リア充としての生活は想像以上に刺激的だった。

俺の発言にみんなが笑う。俺の一言でみんながく。その快を初めて知った。前世界にて、俺は否定され続けてきた。他者から認められるということが、ここまで楽しいものだとはこれまで知るよしもなかった。

そうして慨深く思いに耽っていると、ふいに名前を呼ばれた。

「おい、吉岡ぁ」

でっぷりとした、現代文の教師がニヤニヤしながら黒板になにかを書き付けている。

「わかるかここ？　答えてみろ」

「え……えーと、じゅ、じゅしん？」

瞬間、子の何人かが愉快そうに笑い聲をあげた。

教師がくっくと肩を揺らしながら答える。

「合ってるがちがーう。この助詞の読み方は『うけみ』。なんだじゅしんって」

「あ、そうだった」

思わず乾いた笑いを浮かべる。

結果的にクラスを賑わせることはできたものの、いまのは別に狙ったわけではない。本気でわからなかった。

前世界での俺は、そこまで高績とは言えないまでも、平均的な學力くらいは持ち合わせていた。を「じゅしん」などと読み間違えていた記憶はない。

なんとなくづいてはいた。驚異的な顔面偏差値、そしてコミュニケーション能力と引き替えに、俺は學力を失っている。

でもまあ、勉強法はわかっているのだし、異世界転移した恩恵にあやかって學力でも無雙してやろうか……

などとくだらない思考を巡らせていると。

ガラガラッ。

扉の開く音がして、俺を含む全員の視線がそこに集中した。

そして教室にってきた者の姿を認めたとき、思わず驚愕の聲をあげる。

「お、おまえ……」

そのはクラスでも飛び抜けた貌の持ち主だった。

黃緑がかったロングヘアーに、翡翠の瞳。高校生にして艶めかしさを放つ白い……

見間違ようもなかった。

俺をこの異世界に召還せしめた、あの謎の。

「彩坂、また遅刻か」

「…………」

教師が呆れたように息をらすが、は無表のままなにも答えない。

彩坂……

あのとき、俺の脳裏に浮かんだ名前。

それとぴたりと一致する。やはりあのの名字だったのだ。

ーー彩坂育。

今度は彼のフルネームが浮かんできた。

なぜだ。なぜ俺は彼の名前を知っている。

盛大な遅刻をかました彩坂は、しかし俺に目を向けることもなく席に腰を落ち著けた。

なにがどうなっている。

前世界に突如現れた彩坂は、やけに俺に親しくしてきたし、格も明るいほうだった。

でも。

いま俺の視界に映る彼はどうだ。

まったくの正反対、むしろ過去の俺に近しい、暗っぽい雰囲気を漂わせている。まるで格がれ替わっているかのようだ。

彩坂をあまりにも凝視しすぎていたのだろう、

「ねえ、どうしたの」

と、隣の生徒が若干ひきつった顔で訊ねてきた。

「いや、どうしたってことはないんだが……」

「噓。吉岡くん、ずっと彩坂のこと見てたよ」

彩坂、という呼び方に若干の毒があることに俺は気づいた。

これはーー嫉妬？

いや違う。嫉妬すら飛び越えた、さらに黒い。

「あいつは辭めといたほうがいいよ。顔だけだし、格めっちゃ悪いし」

その発言に、俺はある予を抱いた。

思い出した。

この生徒の名前は高城絵。

スクールカーストでも上位に君臨し、子のなかでもトップクラスに立っている。

子のいじめは俺にはよくわからない。だがいまの高城の口ぶりから察するに、彩坂を敵対視しているのは間違いない。ひょっとすれば、いじめの可能すらも……

「ねえ吉岡くぅん」

授業中にも関わらず、高城はなおも小聲で話しかけてくる。

「まさか彩坂が好きなんてことは……ないよね？」

「なに言ってんだ。んな訳ないだろうよ」

「あはは、そうだよね」

仮に好きだと答えたら、彩坂へのいじめはさらに激しくなる。そんな予がした。

転移してイケメンになってラッキー……というわけでもないということか。リア充にはリア充なりの苦労がある。

「あのさ、吉岡くん」

と高城がささやいてきた。

「さっき、吉岡くんがいじめを止めたときさ、ほんと、かっこよかったよ。あんな一面もあるんだね」

「……ありがとう」

本當は彩坂について々と聞いておきたかった。なにしろ彼は俺を異世界に転移させた張本人なのだ。

だが高城の前でそれはできそうにない。他の誰かにバレないよう、二人だけで彩坂と接する必要がある。この世界はいったいなんなのか、なぜ俺が異世界デビューを果たしたのか……聞きたいことは山ほどある。

イケメンにさせてもらった代わりに々苦労はありそうだな……

俺はひとり苦笑して、授業の殘り時間を過ごした。