「勇樹おかえりー、今日のご飯はイモリ……って、え！」

帰宅するや、母親は飛び出しそうなくらいに目を丸くした。

俺は後頭部をかきながら言う。

「えっと、まあ、ただいま」

「お、お邪魔します……」

恥たっぷりに頭を下げる彩坂をたっぷり數秒間眺めてから、母親は呆けたように言った。

「どうしよう……お母さん、まだ心の準備が……」

「なに言っとるんだあんたは」

いまだに何かブツブツ言ってる母親は放っておいて、俺は二階に繋がる階段に足を踏みれた。恐したようにちょこちょこと彩坂もそれに続く。

俺たちの背中に、再度母親の聲が投げかけられた。

「わかってるわよね！　ちゃんとつけるものつけなさいよ！」

「だからなに言ってんだ！」

俺は心底呆れながら階段を進み、自室へとった。

「これが、男の人の部屋……」

それが彩坂の第一聲だった。

彼にとって、俺がゲームやらラノベを趣味にしているのはかなり意外だったらしい。

互いに気にっているラノベなんかがあったりすると、それについて夢中で話した。

また、俺が口実にした「お菓子」も、彼のストライクゾーンにったらしい。ちょっと灑落た店で買ってきたチョコケーキなのだが、いわく彼もその店のスイーツがお気にりなのだとか。

思えば俺は、彩坂のことをなにも知らなかった。家族構や趣味などの簡単な報もほとんど知らなかった。

だから本當に楽しい時間だった。これでまた、新しく彼を知ることができたのだから。

數時間が過ぎた。時計を見るともう二十二時だ。

話題が盡き、ちょっとした沈黙が流れる。

だが、俺はこの靜けさが嫌いではなかった。

彼が相手だとなぜか居心地の悪さをじない。この真っ白な時間を、もっと楽しみたいとすらじる。

彩坂はぽつりと呟いた。

「吉岡くんのお母さんって……いい人だよね」

「ん……まあ、そうなるのかな」

本來、俺は男手ひとつで育てられてきた。

だからすこし濁った返答になったが、彩坂は意に介することなく続けた。

「さっきも言ったけど、私、い頃にお父さんを亡くして……それからかもしれない。自分の殻にこもるようになった。友達と関わろうとしなくなった」

「…………」

「いま思えば、そうやって自分から壁をつくってたんだよね。だからいじめの標的になったんだと思う」

「そうだったのか……」

以前からの疑問ではあった。

容姿だけを見るならーーもちろん彼は格もいいのだがーー彩坂は學校でもトップクラスの可憐さを誇っている。そんな彼がなぜ、友達すらおらず、あまつさえいじめをけていたのか……。

それをいま、彩坂は話してくれた。

本當に彼は変わった。

俺に対しては壁をつくらないように、一生懸命に話題を振ろうとしてくれているのがなんとなくわかる。