《【書籍化】外れスキル『目覚まし』、実は封印解除の能力でした。落ちこぼれの年は、眠りからさめた神達と優しい最強を目指す。【コミカライズ企畫進行中】》4-58:太の娘

天界に虹が注いでいた。

老いた神オーディンは空中で目を細め、一部始終を思い描く。

虹の橋(ビフレスト)を通って、雪原から天界へと(・)神(・)が昇ってきたのはつい先ほどのことだ。フレイヤはそのまま宙へと舞い上がり、にまとった七の魔力を天界全へと降らせる。

今、力を失い倒れていた神々がを起こしていた。

雷神、魔神、狩神、薬神、目覚ましの神、そして太の娘――神々は青空へ浮かぶフレイヤへ目くばせをする。その後、無言で雪原へと降る虹の橋(ビフレスト)へ向かった。

神々に言葉はない。何が起きていたのかは、戦闘を映していた水鏡ではっきりしていたから。

唯一、聲を発さずにいられなかったのは、主神オーディンだけだった。

「いくのか」

地面へ降り立ち、オーディンは神々へ問うた。

ソラーナだけが立ち止まり、振り向く。金の瞳が主神を見つめ返した。

オーディンは言葉を継ぐ。

「お前たちはすでに深く傷ついている。世界蛇(ヨルムンガンド)らの魔力、そして創世の殘りの魔力を使ったとして、長くはもつまい」

オーディンは槍を杖のようについて、一歩踏み出した。

「世界中の迷宮にいる神々も、日食に抗うためすでに多くの力を使っている。今度、消滅しかければ、もはや魔力で力を取り戻すはない」

ソラーナは微笑んだ。

「何が言いたい?」

「ギンヌンガの空隙に向かえば、ソラーナ、お前は……」

主神が言い淀むのを待たずに、神はに手を當てた。

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「これはわたしの誓いなのだ」

オーディンは槍を握る手に力を込める。

「……誓い?」

「わたしは、リオンと共にある。わたしの意思で、わたしが願って、そう決めたのだ」

主神の脳裏に過ぎ去った歳月が甦る。

はるか昔、オーディンは他の古い神々と共に、人間達の祖先を創った。ユミールが神々を創ったことを真似たのである。

そのため、人とは神よりも下等だと理解したつもりになっていた。

裏切りや恐れ、弱さといったものばかりが目についた。しかし、暗い部分だけではなくて、それを生み出すにも目を向けるべきだったかもしれない。

もともと暗がりとは、が當たるからこそ浮かび上がるものだから。

オーディンは呟いた。

「人間に、神の方が、誓う……?」

今、神が人間の意思に引っ張られている。

今回の終末では、予想もできなかったことばかりだ。

ソラーナは神々と虹の橋(ビフレスト)へ歩きながら、オーディンへ笑いかける。

「目が覚めただろう」

はっと主神が顔を上げた時、すでにソラーナ達は去っていた。

穏やかな風だけが吹き抜けていく。

封印の維持や、冒険者に與えたスキルのため、オーディンに戦う力はない。リスクを考えれば、天界からくべきでもない。

それでも主神は、地上へ行って共に戦えないことを、し悔やんだ。

天界の水鏡は、オーディンからし離れた位置で、依然として雪原の様子を映している。

地上に神々のが現れた。黃金のが、巨大な裂け目に飛び込んでいく。

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が、手ですくいとれそうなほど僕の周りに注いでいた。

遙か頭上の裂け目から、明かりが差し込んでくる。

大氷河に立つ僕とユミールを、黃金のが洗った。ユミールが飛び退き、僕は上へ手をばす。

きらめきを殘しながら、誰かが僕の方へ降りて來る。

僕は目を見開いた。が高鳴る。輝くような笑顔を見て、僕は聲を出していた。

「ソラーナ!」

わずかな時間離れていただけなのに、もう何日も會っていないような気がした。

僕は神様の両手を取って、を引き寄せる。なびく金髪も、僕をみつめる大きな瞳も、をいっぱいにさせた。

「どうしてここに……!」

「それは」

言いかけた神様が、あんぐり口を開ける。

「う、後ろだ!」

5メートルほどの大きさにまで長したユミールが、拳を振り上げていた。

「飛ぶぞ、リオン!」

ソラーナが僕の手を引っ張って、飛翔。

地面で氷が砕ける。上昇する僕らに、ユミールが牙をむき出しにしてんでいた。

――オオオオオオ!

燃える眼が僕らを追尾する。

ソラーナは視線を切るように高度を落とし、大氷河を低く飛んだ。

「神々は力を回復させた。この空隙に來れたのはわたしだけだが、他の神々も地上で待っている」

頭上には、元の世界へと通じる裂け目がまだ口を開けていた。

もしあそこまで逃げられれば、他の神様と合流して、反撃だってできるだろう。

「――魔力が回復したの?」

ソラーナはし言いよどんだ。

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「フレイヤだ。彼の魔力と、世界蛇(ヨルムンガンド)やフェンリルの魔力が、天界に屆けられた。ゆえに、わたし達は回復できた」

「フレイヤ? ルゥに宿ってたはずだけど……ルゥが天界に?」

「いや。協力したのは、フレイだ」

僕は驚いてしまう。

「……どういうこと? 死んだはずじゃ……」

「あとで、もっと詳しく話す。君もルイシアもすごい子だ。迷いの中にあった神を、確かに君達は救ったんだ!」

背後から轟音が迫ってくる。

僕とソラーナははっとして後ろを振り向いた。

氷河を踏み砕きながら、ユミールが追ってくる。全長5メートルを超える巨は、みるみる視界で大きくなった。

僕は尋ねる。

「ソラーナ、もっと高くは飛べない?」

「……すまない! ここに満ちる冷たい魔力は、神々の力をも鈍らせるっ」

確かに、ソラーナから金れ出てる。がほどけていくみたいに、神様のから魔力が消えているんだ。

平気なの――なんて聞こうとして、僕は聲をのみこんだ。

『平気』なわけない。それでも神様は、僕のために空隙へ飛び込んでくれたんだ。

心が熱くなって、戦意が頭にくみ上げられて來る。

「ソラーナ、まずは地上へ戻ることを目指そう」

僕が言うと、ソラーナは眉を上げた。

「……さすがだ、わたしも同じ気持ちだ。この魔を倒すためには、他の神々や、冒険者と力を合わせることが必要だ」

ユミールが両腕に炎をまとわせ、矢継ぎ早に放ってくる。

僕は神様と手を放し、二手に分かれた。どちらもジグザグにけば、炎弾の豪雨だって回避できる。

やっぱり神様との連攜は特別だ。

「リオン! 上にある、裂け目が見えるか?」

回避を終えて、僕はソラーナと背中合わせに合流する。

「ロキ達があそこにいて、準備をしているのだ」

「準備って――」

言い合う間にも、ユミールはまた吠える。メリメリと音を立てて、巨がさらに長した。

その左腕でが散ったのは、腕にヒビがったからだろう。ユミールはさっきもそうしたように、左手首を右手で押さえる。

全長、7メートル。

巖山のような圧迫で、逆巻く金髪はまるで神話の業火だ。首や腰、そして関節部を守るみたいに、赤黒い炎が燃えている。

ユミールは筋をうねらせ、両腕を左右へばした。掌に赤いが生まれる。輝きが強まると、そこに5メートルほどの巖塊が出現していた。

『創造』したんだ。

巨人は両の巨腕を振りかぶり、2つの巖塊を破砕する。破片が橫毆りに降り注いだ。

ソラーナがく。

「そ、創造の力……!?」

回避しながら、僕は応じた。し左肩をかすめたらしく、痛みが走る。

「氷炎の心臓が奪われたんだ」

ソラーナが息をのむ。ユミールのが軋むような音を立て、またし巨大になった。

時間が経つごとに、この魔は力を増していく。

「リオン、だが……」

「大丈夫。まだこの魔は、力を使いこなせていない」

鍵は左腕にはまった腕だ。

ルゥがはめた氷の腕は、大木の幹のようになった腕ではちきれそうになっている。それでも、まだ千切れてはいない。

ユミールにとっては、力を抑える拘束だ。

そして――ユミールは、この腕に興味を持っている。

時折、腕を気にするのがその証明。

ユミールはルゥが腕にこめた気持ちを知りたいと思っている。だからこそ、一気に何十メートルも巨大になるのではなく、じわじわと大きさを増しているんだ。

急激に大きくなれば、左腕の腕はいずれ破壊されてしまうから。

戦いに迷いがあるということ。

「ルゥの腕が、まだユミールを押さえつけているんだ」

が持つ、ユミールを封じる本來の効果。そして、ユミールの心をわせる、副次の効果。

2つの要素が、今の希になっている。

ただ、油斷はできない。

が大きくなるにしたがって、ユミールのり聲は激しくなっている。

原初の巨人は、空気を揺るがせた。

「そろそろ、喰らうか」

巨眼が僕とソラーナを見據える。口から蒸気のような吐息がれていた。

腹の底が震えた。

いつまで腕を大事にするかはわからない。

相手は、腕を生み出したルゥと、その兄の僕をも、喰いたがっているはずだから。腕を産み出した人間を喰らうことで、腕についても知ることができる――ユミール獨特の発想だ。

ソラーナが、ふわりと僕の傍に舞い降りる。

「……狀況はわかった。今から、策を述べる」

10メートルほどの間合いを挾んで、僕らはユミールと対峙する。

ソラーナは続けた。

「數秒でいい。ユミールのきを止めてほしい。私が魔力を使い、ユミールとわたし達を、上まで引き上げる」

僕は、ちらりと遙か頭上の裂け目を見た。

「……引き上げるって、あそこまで?」

「ゆえに策がある。君はその時、角笛も吹いてほしい。それがロキ達への合図になるから」

ユミールのきを止め、角笛を吹く、か。

頬を叩いて気合をれた。

「――了解!」

「うむ、では……」

ユミールが咆哮をあげた。魔力の壁が猛烈な勢いで迫ってくる。

目の前で、氷河のあちこちが弾けた。

神様と言葉が重なる。

「いこう!」

『黃金の炎』の勢いに任せて、僕は地を蹴った。

相手のは7メートル。左の腕は、すでに弾け飛びそうなほど圧迫されている。ぴしり、ぴしり、と氷がひび割れる音が僕の耳に屆いていた。

「はぁ!」

すれ違いざま、ユミールの足を切りつける。淺いだろうけど、『黃金の炎』のおかげで刃は通る。

なら、何度だって繰り返すだけだ。

――オオ!

原初の巨人は腕を振るい、赤黒い炎をまき散らした。4つの火炎はうねうねと踴り、不気味な何かを――魔を形作る。

僕を聲を出してしまった。

「コボルト!?」

犬面の獣人。左右の腕の長さが違ったり、背中に片翼があったり、混ざってはいたけれど確かにコボルトだった。

達は吠えて、飛びかかってくる。

は僕が切り裂き、もう2はソラーナが放つ黃金のに飲み込まれた。

「リオン! 『創造の力』で、相手は魔をも創り出す!」

ゼロから魔を産み出す――反則な力だ。ユミールがいるだけで、王都を襲ったような魔の軍勢が再生しかねない。

でも、こんな力で、この巨人の『飢え』は満たされるのだろうか。

「ユミール」

僕は原初の巨人を見上げた。

「その腕の意味を、教えてやる!」

にルゥの姿が過ぎった。地上に帰ると、戻ると、勢い込んで。

次々と斬撃を繰り出す。

狙いは左腳だ。腕があるの左側で、やっぱりユミールのきはしだけ鈍い。

すれ違いざまの切りつけ。『雷神の鎚』。炎の霊(サラマンダー)と風の霊(シルフ)を組み合わせて風を叩きつける。

ユミールが拳を地面に叩き込み、赤黒い炎を巻き起こした。

飛び退く僕へ追いすがるように、コボルト、ゴブリン、そんな小型魔が現れる。

「っ!」

ソラーナが僕の背を支えてくれた。

「太で、魔を祓おう」

神様から黃金のが溢れて、魔達を飲み込む。ゴブリン達は赤黒い炎をはぎ取られ、すぐに黒い灰へ戻った。

「ソラーナ……」

「平気だ」

一瞬で、神様の魔力がすごく減ったように思う。笑顔も疲れて見えた。

次で決めよう。

踏み出した一歩で、僕はユミールの腕をかいくぐる。今までの切りつけで疵が深まった箇所に、僕は『黃金の炎』で短剣を突き刺した。同時に、神様が同じ左腳へを打ち付ける。

――ウ、オオ……!

ユミールが膝をついた。巖盤みたいな掌から慌てて逃れる。

態勢を崩しただけなのに、まるで地震が起きたみたいだ。

ソラーナがぶ。

「いまだ!」

僕はポーチから角笛を取り出し、息を吹き込んだ。

きらっと上空でが起きる。

応じるように、ソラーナがユミールの下へ飛び込み、大氷河へ黃金のを振りまいた。

一帯が太で満たされる。息を白くする冷気が去って、暖かさが僕らを包んでいた。

「これって……」

ひび割れの音と共に、氷の腕が輝く。そして弾けた。

――ウオオオォォォォォォォオオオオオ!

ユミールがついに腕を砕き、んだ。

ほとんど同時に、僕の足元から溫かい風が吹き上がる。上向きの突風だ。僕も、ソラーナも、ユミールの巨さえも浮き上がる。

金髪をはためかせて、ソラーナが聲を張った。

「裂け目の冷風に、わたしの太の魔力を混ぜた! この冷たい魔力が満ちた空間で、暖かい太の魔力は異だ! 上に向かって、押し出そうとするきが起きるっ」

神様は、裂け目を見上げ頬を緩めた。

「ロキに言わせれば、『上昇気流』のようなものらしい」

得意げに指を立てる魔神様の顔が浮かぶ。

僕も笑えた。

仲間が待ってるって、やっぱり心強い。

ソラーナが頷いた。

「これで、この冷たい空隙から、離するのだ……!」

の奔流は、僕らを上へと押し戻していく。

ユミールが巨腕を振り回し、右手で氷を摑んだ。

「おれ、は……!」

僕は風の霊(シルフ)でその手を切り裂く。大氷河が砕け、ユミールもまた膨大なで上へ押し流された。

――リオン!

――こっちだ!

――戻ってこい!

仲間や神様の聲が聞こえだす。

大氷河から離れて、僕とソラーナ、そしてユミールはどんどん高度を上げていく。落ちてきた裂け目が近づいて、しずつ明るくなった。

僕は、遠くに、うっすらと巨大な樹が見えた気がした。<狩神の加護>、魔力探知。

「魔力の、流れ……?」

魔力のきがって、まるで樹のように見えるんだ。

出口となる裂け目と同じ高さに、が張っている。その上には、途方もない大きさの――何メートル、いや、何キロメートルなのかわからない、山のように巨大な樹が見えた。

樹のさらに上には、いくつものの粒。まるで星空だ。何も見えないと思っていた空隙だけど、もといた世界に近づいたら、たくさんのが目に映る。

ソラーナが僕の腕をとった。

「一つ一つのは、おそらく君達の世界にいる人が持つ魔力だ」

きらめく星空――いや、魔力か。

樹のは、僕らの世界を守るように頭上を広く覆っている。

「わたし達は世界の外に飛び出した。そのために、魔力の流れやがかえってはっきり見えている。木やに見えるのは――世界樹(ユグドラシル)という魔力樹のものだろう」

ソラーナは言葉を継いだ。

「魔力とは、想いが像をなす力。神世界樹(ユグドラシル)の水鏡に利用できている魔力は、この巨木のほんの一部に過ぎない。人間が生きてきた想いが、わたし達の世界を包んで、ユミールが壊した傷からも守っている」

僕らはに包まれて、空隙の外へ出る。

ユミールの咆哮と共に、僕らは仲間が待つ戦場に舞い戻った。

まぶしい。

閉じた瞼を、ここでも太の気配が圧した。

さっきまで黎明だった『霜の宮殿』だけど。地平線に太が顔を出し、空から夜を引き剝がしていく。

僕は吹きあがる風に押し上げられて、ユミールと共に何十メートルも風に持ち上げられた。

見渡す雪原には、仲間と神様の姿。

トール、ヘイムダル、ロキ、ウル、シグリス――そんな神様達に、ミアさんとフェリクスさん、それにルゥ。一緒に雪原へ來た100人ほどの冒険者も、僕らを見ていた。

僕とソラーナはに包まれながら、大階段に著地する。

一拍遅れて、ユミールも大神殿のり口に立った。

朝日が僕らみんなを照らしている。10メートルにまで巨大化したユミールも、を浴びて立っていた。

巨人はじろぎする。一瞬、不思議そうな顔になった。どうしてこの狀況に至ったのか――それを訝る表

雪原に、ユミールが率いていた強大な魔はもういない。

「お兄ちゃん」

ルゥが聲をかけてくれる。

見慣れた空の瞳に、気持ちが逸るのを、ぐっとこらえた。

息を整えて、足を肩幅に開いて、短剣をユミールに突きつける。

「終末(おわり)を、お終いにしよう」

雪原は、一瞬だけ靜まり返った。

お読みいただきありがとうございます。

次回更新は11月25日(金)の予定です。

(1日、間が空きます)

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