《負け組だった俺と制限されたチートスキル》第十話 先ず隗より始めよ
「な、に?」
俺が強く手を握ったことに驚いたのか、カノスガは驚愕の眼で俺を見つめていた。
まあ握るだけで終わらせるつもりは無いので、
「驚くのは早いですよ?」
と言っておいた。
「くっ、な、何を!?」
俺はその摑んだ手をそのまま自分の下に引っ張り、カノスガの首に腕を回した。
突然のことにカノスガを初め、取り巻きの男達も呆然と最後まで見ていたため、俺の行は自分でも褒めたくなるくらいかなり上手くいった。
「は、離せ!」
俺の腕の中で暴れるカノスガ。もちろん離せといわれて離す愚か者はいない。
お付の男達も、主人であるカノスガを人質という形で取られているため、剣は構えていたもののこちらに向かってくるものはいなかった。
「本當にありがとうございますね、左腕」
「ひっ」
カノスガの耳元にそう囁くと同時に、首筋に木の枝を突きつける。ただの木の枝でもあの魔を屠ることが出來た枝だ。簡単にカノスガの命も刈り取れる。
「き、貴様、どうしてそんなに」
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「けるのかって?」
その質問に被せるように言うと、カノスガは続きを言わなかった。どうやら當たっていたらしい。
「そんなの簡単じゃないですか、治っただけなんだから」
「ふ、ふざけるな」
俺の答えが不満だったのか、カノスガが怒鳴る。治ったのは噓ではないので平然と話を続ける。
「噓なんかついていませんよ」
「ならどうして」
「さっきから質問ばっかりですね?」
「や、やめろ」
木の枝にれる力を増すと、カノスガは必死になって命乞いをする。
なんとも自分勝手な事だ。俺が助けてなんて言っても自分は助けないくせに、他人にはそれを求めるなんて、なんて自分勝手で橫暴なことか。
思わず枝にる力が増していく。
「や、やめろ! お、お前らこいつを殺せ!」
気でも狂ったのか、カノスガはそんな事を男達に命じた。自分が人質になっている今、その命令がどんな結末を生むか、分からない男でもないだろうに。
「おっと、それ以上くとこいつの命がどうなるか」
わざとらしく枝を見せつけ、男達を牽制する。どうやら男達の方が冷靜だったようで、くものは誰一人としていない。
その間もカノスガは鼻息を荒くし、憤っている。
「條件を出しましょう」
「じょ、條件?」
さっきとは打って変わって怯えた様子のカノスガ。
「簡単な事ですよ、カインをこの場所に呼び出してください」
「か、カインだと?」
「ええ、カインです。カノスガさん」
「っ!」
カノスガは突然カインの名前が出たことに困し、そして自分の名前が當てられたことに驚愕した。
忙しい態度の変化に面白さをじる。
「わ、分かった、手配する」
噓は言ってないようだ。
なら、
「ではもう一つ」
「な、なに!?」
「誰も一つとは言ってないですよね?」
「そ、それは」
自分で言っておいて、俺はあまりの可笑しさに笑みをこぼさずにはいられなかった。人を騙すのはこんなにも面白いものだったのか。
「それともここで死にますか?」
「分かった! やる、やります」
とうとう口調まで変わったカノスガに俺は笑いをもって答えた。
あのプライドの高そうな人をここまで変えられたという達に加え、その男のけなさを見て笑いが溢れ出した。
「くっくっはははははははは」
自分でも邪悪な笑い方をしていることは分かっていた。だがやめられない。ここまで心地の良い笑いは初めてだ。
俺が腹を抱え、笑い出したのを見て一人の男がく。だが見逃すわけが無い。
「おっと、手がった」
と技とらしく枝をその男の方へ投げ、勢い良くとんだ枝は男の足の甲に刺さる。
本當は甲を貫通して地面に突き刺したかったところだが、そこまで出來るほど俺は人間を辭めていない。
「うん? 武がなくなってしまった。誰か俺に武をくれないか?」
そう問いかけると、男たちの間で何かの目配せをしているのが分かる。それは俺の下で跪いているカノスガへも向けられていた。
そうと分かれば、
「ほらよ」
真っ先にやったことは、カノスガを背中から蹴り倒したことだ。それによって一瞬の隙が男達の間に垣間見える。
その隙に、先ほど枝を足に刺したことで膝をついていた男の顎を蹴り飛ばし、意識を刈り取る。そしてついでに剣を奪い、振り向きざまに迫り來る男の一人へ剣を投げ飛ばした。
剣に気を取られた男。
その顔面へ金屬の左拳を叩き込み、またまたついでに剣を奪っておく。
殘るは二人。
一気に二人がやられたことで揺しているのが見て取れた。
俺はすぐさまその二人のもとへと走り出す。
剣を構える二人。
一人は俺を突き刺すような構え、一人は上から振るうような構えで俺を斬るつもりのようだ。
まず上から斬ろうとする男の剣を金屬の左腕でけ止める。てっきりそれに再度揺して剣先が鈍る。そう思っていた。
だが事はそう上手くいかなかった。
「くっ」
背後から俺を突き刺した男がいた。
もう一方の男ではない。
剣を刺した張本人はカノスガだった。
カノスガは揺して剣を止めた男の剣を奪い、俺を背後から突き刺したのだ。
「あはははははは、これで終わりだ」
まるで勝ったかのように雄たけびを上げる男。
ふむ、ここで一つ実験をしてみようか。
一つ息を吐き、痛みと気持ちを落ち著ける。
そして自分の左手の掌を剣で斬り、その手で目の前にいる男の顔を鷲摑みした。
「無駄な抵抗はやめろ!」
カノスガの剣が食い込んでくる。
だがこれをやめるわけにはいかない。
功しろ……同化!
「ぎゃあああああああああ」
男のび聲が響いた。
ほうほう、上手くいった。
「な、何をした」
剣を俺の背中に刺したまま聲をあげるカノスガ。
だがそれに答える前に左腕で摑んでいた男を呆然としている男の方へぶん投げた。
ぶつかる二人。
「う、うわあああああああああああ」
そして當たったほうの男が絶する。
「か、顔が」
よく見ると、俺が先ほど摑んでいた男の顔が何かに吸い取られたかのような醜い顔をしていたのだ。
もちろん原因は俺なのだが、まあ……正直気持ち悪かった。
「く、何をしたかは知らないが……な、なに」
なにやらカノスガが後ろで騒いでいる。
刺すような痛みの中、振り返ると、カノスガは俺の背中から剣を引き抜いたところだった。
ああそうか、俺の傷が治ったから。
「これが答え合わせですよ」
「な、それはまるで……」
「魔、ですか?」
カノスガはまるで化けを見たかのような表で俺を見る。
ひどいなあ、俺はまだ魔のように人間を食ったりはしないというのに。
「來るな、來るなあ」
「俺にとってはあなたの方が狂っているように見えたんですけどね」
他人を実験道のように使う。それはいくら俺が怒りに狂っていようとも出來そうに無いことだ。それをこいつは正気のまま行っていた。それがどれだけ大変な事かこの人には分からないのだろう。
「カインに復讐するシナリオも用意していたんですが、もういいです」
冷めた目付きで目の前に座り込むカノスガを見下ろす。
下らない、俺はこんな奴に殺されかけたのか。
けない、俺はこんな奴に勝てなかったのか。
許せない、俺はこんな奴に苦痛を強いられたのか。
溜め込んでいた一部の負のがから溢れ出す。
――殺す。
「死ね」
俺は拾った剣二つをカノスガの両手の掌に突き刺し、地面と離れられないようにする。
「な、何を!?」
てっきり殺されると思ったのか、カノスガは痛みで顔を歪ませながら俺に問いかけてくる。
俺は満面の笑みを浮かべて答えた。
「簡単な実験ですよ、あなたがここで何も起こらずそのまま朽ちて死ぬか、魔に食われて死ぬかっていう観察実験です」
カノスガは目を見開いてジタバタと暴れるが、抜け出すには掌を切り裂かなければならない。奴がその痛みに耐えられるわけも無く、直ぐに顔を顰め大人しくなった。目だけはこちらを見ているが、どうでもいいことだ。
「じゃあ、幸運を祈ってます」
そう言って俺はその場から立ち去った。
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