一晩を越した。

幸いこの部屋には食料を初め、寢床もあったからだ。

ここは職員たちの生活部屋と言える部屋だったのだろう、至る所に生活の後が見える。今現在は職員の姿は一切ないがな。

俺が一晩待った理由には二つある。

一つは言わずもがな、本來の目的である復讐のためだ。

俺がここに囚われてから何日経ったのか、正確には分からないが、なくとも數週間といえる期間は囚われていたはず。だがその期間中、俺は一度たりともカインの姿を確認してはいなかった。

そこから、奴は諜報活専門のようだったので、こちらにはあまり出向かないのかもしれない、という憶測がり立つ。従ってカインを見つけるにはこちらで待つよりも、直接奴が諜報活しているところへ言ったほうが速いと結論が出た。だがそれでも一日だけ待ったのは、そのない可能が起こらないわけではないと思ったからである。

とはいえここに一日殘ったのはもう一つの理由が大きいのだが。

その理由は、簡単に言って外の様子を見たからだ。

実はこの部屋の奧にある扉は外に繋がる通路へと繋がっていた。昨日はそこから外の様子を確認して、その上で一日ここに留まることに決めたのだ。

その理由は簡単で、ただ単に夜だったから。

この施設は確か陸繋島だったか、そういわれるような島だった。

そう授業で習ったような気がする。

簡単に言ってしまえば、離れた陸地と砂で繋がった島。日本だと江ノ島とかが有名所かな？　海外だとモンサンミシェルだっけ？　それくらいしか思い浮かばない。

とりあえずそんなじの島だったのだ。

つまり向こう岸の陸へと渡るためには、足場が決してよくはない海に出來た砂の道を通らなければならない。

今のところ街燈なんて見當たらない世界だ、夜は本當に真っ暗である。そんな中、そのような道を歩くのはしばかり危険だと判斷したのだ。

もちろん暗いことで、俺たちの赤い瞳が他人に視認されにくいというメリットはあるが、それは村や集落に著いたときに考えればいい。

今はこの施設から離れることが最優先課題である。

「よし、行くか」

俺は立ち上がり、ミリルに聞かせるような聲で言った。

するとミリルは隣の部屋から寢惚け眼で現れた。

そこから分かるようにもちろん別室で寢た。

流石に一緒の部屋で寢るほど俺は図太くはない。し惜しい気がしたのは気のせいだと思う。きっとそうだ。

「眠れなかったのか？」

あまりにも眠たそうなミリルにそう尋ねる。

ミリルは目をって小さくこう言葉を発した。

「……いつもだから」

なるほど、彼は朝に弱いらしい。

覚えておく必要はあまりないと思うが、とりあえずそれならそれで良しとしよう。俺は逆に昨晩疲れたせいなのか、橫になった瞬間眠りに落ちたので、今は比較的元気である。

「行けるか？」

眠そうな彼に問いかける。

眠すぎて行きたくないなんていわれても行くが。

「うん」

しかしミリルは頷いた。

うん、助かる。

「じゃあ行くか」

「うん」

もはやお馴染みのミリルの返事。

だが別段、嫌な気はしない。

むしろ口を聞いてくれるだけで有難くじてしまうほど、彼とのコミュニケーションは心地がよかった。

……気づいていた。

彼と話すときに限って俺は正常な人間と同じようなに戻ることを。

ただ今はもう考えないことにしていた。

考えたって答えは出ないことは分かっているし、別に悪いことではないのだから。

とりあえず今はここから出ることが大事。

ミリルも俺が行くのを待っていることだし。

俺は歩みを進めた。

そうして々あったその施設から飛び出たのだ。

本當に々あった。

そのほとんどが不幸といえることであったかもしれない、が今の俺があるのはその數々の出來事があったからなのだ。

復讐という道、以前の弱な俺ならきっとし遂げることは間違いなく不可能だっただろう。ただでさえ才能溢れる奴らが勇者スキルなんていうスキルも授かっている。そんな化けに勝つなんて普通に考えて俺では無理。

しかしこの施設で手にれたものによって、その可能はゼロではなくなった。

この施設で手にれた。

それは辛い出來事を乗り越えたという自信だけではないのだ。

確かにその自信は俺を神的に強くしてくれるだろう。今の俺なら生半可な苦難では折れない自信がある。

あの地獄を乗り越えたのだ、あれ以上のものなどそうない、という自信だ。

そう考えると確かに俺は強くなった。

凡人に辿り著ける限界といってもいいくらいには。

薬の投與によるで暴れる苦痛を乗り越えた。

魔の住まう危険な環境を丸腰で生き抜いた。

腕を失うほどの痛みを経験した。

これらは凡人である俺がした最高級の経験値。

この地獄によって培った神力は並外れたものではないと大聲を上げて宣言できる。

しかしまだこれだけでは足りない。

奴ら化けに勝つためには、神力なんていう目に見えない力だけでは足りないのだ。

次に手にれるべきは目に見える力。

それはともいえるし、武ともいえる。

そうして俺はそれも手にれた。

握るのは左拳。

そうだ、この義手は大きな武になる。

握るのは右手。

そうだ、この剣は武になる。

これでも十分とはいえないかもしれない。

だが以前に比べればマシ。

なくとも可能はゼロではなくなったのだ。

「ふふ」

思わずれる笑み。

々考えるうちに楽しみで仕方がなくなってしまったのだ。

これこそが俺の最後にして最高の武。

これにかんしては意図せずについたものではあった。

不可解であることは確かだ。

だが確かに俺の最高の武である。

それは格。

自分でもじるほど今の俺は狂っている。

人殺しに達を覚えるような趣向なんて持ち合わせていなかったはずだ。

人をいたぶって喜ぶような趣味なんて持っていなかったはずだ。

しかし俺は今それを楽しむことが出來る思考を持っている。

理由は分からない。

あの絶がそうしたのか、はたまた俺には考え付かない存在の手によるものか。

考えても答えは出ない。

ただこれだけは言える。

これは最高の武だと。

「楽しみだ」

一つ呟き、俺は砂の道を歩んだ。

これから何が待ちけているかは神のみぞ知ることだ。

今まで以上の絶が待ちけているかもしれない。ここでにつけた武、全てが通じない狀況が訪れるかもしれない。

だけど、もしそうなったとしても、俺は諦めることはないだろう。

何も起こらない無難で平穏な人生より、何かが起こる有難く混沌とした人生の方が楽しいに決まっているからだ。

だからといって、俺はマゾヒストになったわけじゃない。痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。辛いのは嫌だ。

人間なのだから、絶よりも希をむに決まっている。

俺はその希がちょっとずれているだけのことなのだ。

考えに耽っていると、ミリルが不思議そうな顔で俺を見ていた。

――確かに突然笑い出すなんて頭がおかしいと思われるよな。

なので、

「やっとあの施設から開放されたと思うと嬉しくてな」

と、噓ともいえないそれらしいことを口にした。

ミリルは大きく頷く。

やはり彼も嬉しかったようだ。

それはなにより、連れ出した甲斐があるというものだ。

そうしてこう思う俺も彼の前でしか現れない普通の人の。

確かにこんな覚もこれはこれで楽しいかもしれない。

新しい楽しみに気づいた瞬間だった。

そうしているうちにとうとう砂の道が途切れ、陸地に到著した。というのに、そこにあるのは施設にあるのと変わりないような森林。何だか新鮮味がないその景に、思わずミリルと顔を見合わして、二人して苦笑いを浮かべた。

「何だか拍子抜けだな」

「うん」

そんなことを口にしながら、慣れたように俺たちはその森へっていった。