《負け組だった俺と制限されたチートスキル》第二十六話 その剣は何のために
折れた男の剣。
不味い!
それは本能ではなく、理による恐怖だった。
あのアルトに今の俺ではまず勝てない。
まともに姿を確認する事さえ出來なかったんだ、戦うなんて不可能に近い。一方的に殺される。
「クソッ」
俺はカインから急いで離れた。
直後、俺とカインの間にアルトの姿が現れる。
あのままカインに剣を突きつけていたら、きっと腕の一本、いや命は失われていた。
「コウスケ君」
名を告げられる。
昨日までならなんとも無かったその言葉。今はそれが抑止力として俺に働きかけている。
これ以上踏みれるな。
そういわんばかりの圧力を加えて。
「どうして殺したの?」
「正當防衛だ」
どうせ信じてもらえないだろう。
この狀況は俺が一方的に殺をしているようにしか見えないのだから。
「正當防衛……確かにそうかもしれないね」
だが予想外にアルトは肯定した。
俺は驚き彼の顔を見る。
アルトの後ろにいるカインも俺と同じ顔をしていた。
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「でも殺すことは罪だ」
「ならどうしろと」
「罪は法によって裁かれるべきなんだ」
「法……」
俺はこの世界の法など何一つ知らない。
當然殺人を裁く罪はあるだろうが、それがどれほどの効力を持っているかも何一つ知らない。
全ては、俺が異世界人で、能無しだと捨てられて、捨てられた先でも地獄にれられて、何一つこの世界について知るチャンスさえ貰えなかったからだ。
いわば法が味方になってくれなかったから、俺は地獄を経験する事になったといえる。
そんな俺に法を頼れと、そう言うのか。
「ならこいつらは裁かれるべきじゃないのか」
こいつらというのはカインを初めとするこの里の住人全てである。
いくら疎まれている魔人といえ、人実験を行うなど、どこの世界でも忌に當たるはずだ。
「アルト、お前も含めて」
そしてアルトはそんな里の人間。
いくら善人面していようとも裁かれない理由はない。
「……君はどこまで知っているんだい?」
「全てだ」
「どこでそれを?」
アルトはチラリとあの男の方を向いた。
あれだけ威勢の良かった男は大人しく俺とアルトの會話を聞いている。手には折れた剣を持って。
「実験だよ」
「……なんだって?」
「白々しい」
この里にあのカインがいる事で確定しているのだ。
この里とあの施設が裏で繋がっていることが。
「待ってくれ、君は……被害者なのか?」
「何も知らない、そう言いたいのか」
「違う! 僕は……」
途端に口ごもる勇者アルト。
何かやましいことでもあったのだろう。
すると今まで黙っていた男の方から言葉が発せられた。
「勘違いしているようだから言っておくが、そこの勇者はこの里の人間ではないぞ」
「……なに?」
唐突に告げられたアルトを庇うかのような発言。
アルトといい、この男といい、まるで行原理が良く分からない。
しかもそれが予想もできない事態になるのだ。
「どういうことだ」
男にではなくアルトに尋ねる。
本人に聞けるのならそうしたほうが良いに決まっている。
「僕は……」
アルトは後ろの方を気にして口ごもる。
後ろにいるのはカインら、男たちである。
そいつらを気にするという事は、彼らに知られてはならない何かがあるという事なのだろうか。
アルトが息を大きく吸い込み口を開いた。
「僕がこの里に來たのはある報告を聞いたからだ」
今は口を挾むべきではないため、無言でアルトを見続ける。
カインはソワソワしたようすでアルトの方を見ていた。つまり奴らにも告げられていない事が今から話されるのだろう。
「それはこの里で行われている非人道的な実験のことだ」
「なっ!」
驚きの聲を上げたのはもちろん俺ではなくカインたちだ。
やはり表向きは普通の里としてやっていたらしい。
「そして観と銘打って僕はこの里に調査に來たんだ」
アルトはそう言って俺を見る。
まさかその被害者と知り合いになるとは思いもしなかったのだろう。
しかし、観という部分はもうしマシなそれらしい噓は思いつかなかったのだろうか。仮にも勇者と呼ばれている者がこんな辺鄙な里に観だなんて不自然にも程がある。
「それでしばらくは何も見つからなかったんだな」
「そうなんだ」
そりゃあ勇者がいる間は下手なきも出來るわけがない。
「ならこれであいつらを罰する必要が出たわけだ」
「……そうなるね」
「なら――」
殺すことも問題ないはずだ、そう言おうとした。
しかしその言葉はアルトによって遮られる。
「さっきも言ったとおり彼らは法で裁かれるべきだ」
「そんなんで納得できるとでも?」
「……出來ないだろうね」
アルトは俺の顔を見て悲しげな表で呟いた。
もちろん納得できるわけもない。
この世の全ての悪が法で裁かれるのであれば、俺がけてきた被害も法で救済されるべきではないか。
もちろん今までけてきた地獄は、いくらお金を積まれようとも、いくらを用意されても、いくら贅沢な食材を提供されても癒えることはない。
一度けた苦しみを他人の慈悲ごときで癒すことは決して出來ない。それこそ神であろうとも。
だから俺は復讐をするのだ。
苦しみを癒すためには自分の意志を実行するしか方法はないのだから。
俺の場合はそれが憎悪だっただけのこと。
憎悪は殺意に繋がり、それが復讐の目的となる。
それ以外に方法はない。
「例えこいつらが死刑になったとしても俺は納得しない」
だからそう告げた。
痛みつけられたのは俺のだ。俺が己ので手を下さなければ吊り合わない。
「そうだよね……でも僕は勇者だ、そんな君を止める義務がある」
「勇者か……」
無にそう呟く。
勇者、勇者と、そこまで勇者とやらは偉いのか。
その単語を聞くだけであいつらが脳裏に過ぎりとても不快だ。
「勇者は世の人間を守る者だ」
「守る、ね、俺は守ってはくれないのか?」
「守るために君を止めるんだ」
「それで本當に俺を守ることになるのか?」
「僕はそう信じている」
互いに剣に手をかけた。
り輝く黃金の剣と、を呑み込む漆黒の剣。
対とも言えるそれらは、一刻も早く衝突したいとばかりに沸き立っていた。
「最後に聞いていいか」
「何だい」
これがこの青年との最後の會話になるだろう。
そう確信めいたがあった。
この青年とはこの先、道をえることはないという確信が。
「お前の剣は何のためにある?」
「僕の剣は、皆を守るためのものだ。君はどうなんだい、コウスケ」
「俺は……俺の剣は殺すためのもの、ただそれだけだよ、アルト」
やはり分かり合えない。
誰かを守るための剣、そんな考えは俺には不要のものだ。
剣は殺すための武、対象を殺す時に抜かれるものだ。そこに守るなんていう綺麗なはない。
「殺すため、その先に何があるのかも分からないのに?」
アルトから悲痛の言葉が放たれる。
どうしても俺を復讐の道から外したいらしい。
だがもう遅いのだ。
あとし、なくとも俺がカインによってあの施設にれられる前に助けてくれていれば心変わりをしていたかもしれないが、もうその可能はない。
「殺しの先は確かに無だろうさ、だが俺にはもうそれしかないんだよ」
「そんなの……」
空しいとでも言いたかったのか、アルトは口をつぐんだ。
その判斷は正しい。
今の俺に何と言おうと、納得はしないのだから。
「……ミリルちゃんは?」
消えるような聲でアルトはそう口にする。
何故ここで彼の名を口にしたのか、大方予想はつく。
俺が剣を振るう理由と絡めたのだろう。
「俺はあいつを守るために剣を振るっているわけじゃない」
「でも間接的には……」
「間接的にそうなっていることは認める、だが復讐か保護かと問われれば俺は迷い無く復讐を選ぶ」
いくら問答を続けたって無駄だ。
俺がミリルを守っているという事実は確かにあるだろう。
カノスガの時だって、守った。
俺と同じ境遇のだ、同じ地獄を、しかも永遠と味合わせてやるほど俺は鬼じゃない。
それにもし、この先、どうしても目的のためにミリルを捨てなければならなくなった時、俺はミリルを迷いなく捨てるだろう。
俺はそこまでして他人を守る価値を、お前らのように見出してはいないだから。
「……そうか、やっぱり分かり合えないみたいだ」
「ああ、何だか分かっていたようだけどな」
アルトも分かっていたはずだ。
俺が折れない事を。
そして俺も分かっていた。
お前が折れない事を。
二人は剣を抜いた。
「君を止めて皆を守る」
「お前を殺して皆も殺す」
相容れない二つの存在がぶつかった。
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