俺の住んでいたビリ村から馬車で約６時間。

「著いたよ、レイ」

「ああ」

簡素な荷だけを持った俺はセイナと共に馬車を降り、長旅に疲れたをぐっとばした。

そこは大陸の北のはずれにある森の中。そばには湖、聞こえる鳥の聲、文明から離れた自然の世界――だが馬車から降りた俺の目の前に飛び込んできたのは、そんな森の中に不思議に溶け込んだ、巨大な建造だった。

ぱっと見石造りの城のようにも見えるその建。周囲をぐるりと高い壁で覆われ、正面には金の門が閉ざされている。正門の橫に飾られた看板には、きれいな文字でサブリナ魔法學園の名が刻まれていた。

「馬車の者さんもお疲れ様でした。パパとママによろしくお願いします」

「ええ嬢ちゃん、そのご友人も、ご勉學がんばってください。しかしすみませんねえ妙に時間がかかってしまって、馬たちが今日は妙に暴れるもんで……」

「そういうこともありますよ、気にしてませんって。それじゃあ帰り道もお気をつけて」

「へい、それじゃあ失禮いたします」

セイナの家お付きの者は手綱をぐっと引き、馬の足音と共に森の中を去っていった。

「……まさか、馬車に乗っているだけで馬が俺を嫌がるとはな……」

俺ははあとため息をついた。俺の魔科學兵のをたちは嫌う、それは馬車の馬も同様だった。馬たちが暴れたというのはそのためだ。ただそれも運行できないわけではなく、無事にサブリナ魔法學園に辿り著けたのは幸いだった。

「牧場経営など夢のまた夢だな。やはり俺はここにるしかないようだ」

「うん……ここなら街から離れていて、もし魔科學兵だってバレても騒がれないはずだしね」

俺は改めてサブリナ魔法學園の巨大な姿を見上げた。魔法の才もなく、というか男の俺には全く無縁のはずだった、セイナの通う魔法學校。俺が今からそこに踏み込む、それはやはり勇気のいることだった。

セイナが突然ここへの學を提案したことは驚いたが、たしかにそれは合理的なアイデアだった。改造された俺には今まで通りの牧場経営はできず、下手に表に出て魔科學兵ということがバレたら大騒ぎになる。唯一の頼りのセイナは全寮制のこの學校から離れられない――ならばいっそ俺が行ってしまえばいい、というわけだ。どうも特待生として認められればいかなる時期の編でもよく、また學費もいらなくなるらしい。俺の魔科學兵としての能力があればそれは簡単なことだった。

そして俺はセイナを通じて親しい牧場主に頼み、俺の牧場をしばらく預かってもらうことにした。元のに戻った時にまた同じ生活ができるように――それができるだけ近い未來であると信じたかったが。

セイナは帰省を切り上げて荷をまとめ、すぐに馬車を手配してくれた。俺もまた持っていく荷はなかったので準備はあっさりと終わり、俺らはサブリナ魔法學園へ向かって発ち――今に至る、というわけだ。

「だが本當に大丈夫なのか？　いくらセイナの紹介とはいえ、いきなり俺のような得の知れない者がっていったら怪しまれないか？　それに街から離れているとはいえこののがれたら……」

「大丈夫大丈夫！　この魔法學校は実力があればだいたいのことは大目に見てもらえるから！　それに下手すれば魔科學兵よりよっぽど怪しい生徒もいるし」

「それはそれで不安だな……」

男の俺からすれば學校などは完全に未知の世界だ。なんとなくのイメージだけだが、だらけの空間というものは男にとって憧れでもあるが同時に恐怖でもある。それに魔兵ということだけでなく、萬が一男だということがバレては袋叩きにあうんじゃないか……なんて心配もあった。

だがそんな俺を、セイナは笑顔で後押しした。

「いざという時は私がなんとかするから！　ここはいい學校だよ、私が保障する。それにレイはずっとビリ村の隅っこでがんばってきたんだもん、きっと大丈夫！」

「ま……今は、このの能力もあるしな。とにかく飛び込んでみようか……！」

覚悟を決め、俺らはサブリナ魔法學園へと踏み出した。

學園は思ったよりも明るかった。

セイナに連れられて歩く廊下には絨毯が敷かれ、大きな窓からは鮮やかな緑が覗きも差し込んでいる。壁や床の作りもしっかりとしていて天井も高く、まさにお嬢様學校といったじだった。

「まずは學園長のところに行くね。そしたら編試験をけることになるんだ、容はその時々でまちまちなんだけど……今のレイなら全然問題ないと思うよ」

セイナは本當に心配なさそうにそう言った。

実はここに來る途中でセイナには俺のの能を簡単に披している。その力には魔法學園生であるセイナも舌を巻いたほど、しかも俺には直的にわかるのだが俺はまだこのの力を半分も出していない。つくづくあの兄がこの技力を良い方向に使わなかったことが悔やまれるばかりだ。

とその時、廊下の向かい側から２人の生徒が歩いてきた。白を基調として赤や青のラインがった、制服と思われるローブをにまとっている。俺は思わずセイナの後ろに隠れ、直後に生徒たちはこちらに気付いたようだった。セイナも彼たちに手を振る。

「あれセイナちゃん、もう帰ってきたの？　休み中は帰省って言ってたじゃん」

「ちょっと用事があってね、早めに切り上げたの。というのもこの子のことでね」

「その後ろの子？　セイナちゃんちのメイドさんかしら」

セイナはあっさりとを避けて俺の姿を生徒たちにさらした。ど、どうも、と俺はしどろもどろに挨拶する。見知らぬ場所でメイド服姿を他人に見られるなどというのは恥ずかしいことこの上なかった。

「メイドじゃなくてね、私の馴染でレイっていうの。ところで學園長って今いらっしゃるかな」

「學園長に用事？　普通に部屋にいると思うけど……あっ、てことはこの子ひょっとして編するの？　しかもこの時期ってことは特待生候補！？　どっひゃー」

「レイちゃんっていうの？　すごいのねぇ、さすがセイナちゃんの馴染ねえ」

「ま、まあ……まだ、決まったわけじゃないけど」

「この子初めてここに來たからちょっと張しててね、先に學園長のとこ行かせてもらうね、話はまた後で」

「そっか、じゃあまたねレイちゃん」

「ばいばい」

「あ、ああ……また」

２人の生徒は去っていき、俺はほっと息をつく。どうやらバレずにすんだようだ。

「ね、大丈夫だよレイ。あとは特待生になれば誰もレイのこと疑ったりしないって」

「そ、そうだな……せめて著替えくらいしてくればよかった」

ひとまず俺らは先を急ぐことにし、セイナの案に従って學園を進んでいった。

レイたちと話した後。先程の２人の生徒はその後姿、揺れてたなびく銀の髪をじっと見つめていた。

「かわいい子だったねえ。メイド服も似合ってたし」

「ええ。レイちゃん、きれいな人……まるでお人形さんみたいなかわいさだったわ」

「おやあシルフィ、ひょっとして惚れちゃった？　いくら子校だからってあんましそっちに手を出すと將來苦労するよ」

「ち、ち、違うわよおリルちゃん！　そんな目で見てるわけじゃなくて、ただきれいな人だなって……」

「冗談だよ冗談。特待生試験ってことは中庭でやるはずだよね。せっかくだし見守ろうよ、あの子の実力も気になるしさ」

「もぉ……そうね、見に行きましょうか。じきに始まるはずだものね」

２人はまた廊下を歩いていった。先程出會った、その正に気付く由もなかった。