アクアマリン寮の自室。

學園での初日を終えた俺はふかふかのベッドの上に寢転がり、今日のことを振り返っていた。

授業はまあなんとかこなせそうだ。優等生のシルリアが勉強を見てくれると言ってくれたし、リルリーンやシルフィといった隣席たちも補助してくれる。実技系はもはや言うまでもない。學園の雰囲気もいいし、これからの學園生活、楽しくやっていけそうだ。

ただ俺がし気になるのはオニキス寮のことだった。昨日今日と俺の前に現れ（今日の方は俺が首を突っ込んだのだが）怪しげな示唆を殘していくメアとミアの姉妹。俺は彼らに完全に目をつけられてしまっているはずだ。今のところ彼らが何をしに來ても俺は撃退できているが……第５の寮オニキス自が俺を狙ってきた場合、どうなるかはわからない。魔科學兵のの限界はまだ見えていないが、不安は不安だった。

「なにやってんだろうな、オニキス寮って……」

ひとり呟き、俺は目を閉じた。

サブリナ魔法學園には地下があるが遙か昔に封鎖されており、普通の生徒はその行き方は誰も知らない。だが仮に行き方を知っていたとしても生徒たちはわざわざ行こうとは思わない。なぜなら學園の地下にあるのは――學園の闇、オニキス寮だからだ。

オニキス寮は正確には寮ではない。學園の地下、むき出しになった巖盤や基礎の端が見える空間で、じとじととした気配の中に三段ベッドがいくつも並ぶ異様な場所。だがそこには今日も大勢の生徒と、生徒でない者達が蠢いているのだ。

學園が寢靜まった夜。漆黒の寶石たちは火を燈し、かな儀式を行っていた。

「さあ……皆さん。今宵も魔力を送るのです。我らの為に、この世界の為に」

居並ぶ生徒たちに指示を出す黒のは生徒ではない。全を顔まで真っ黒なローブで隠しているので年齢はわからないが、なくとも教師の立場の人間だ。彼を中心にずらりと並んだ１００人ほどのオニキス寮生たちは、黒のの指示に合わせて一様に目を閉じ手を合わせ、魔力を送り始める。送る先はの背後にある――巨大な鉱石。

人２人分程度の高さのある地下、その下から上まで屆く巨大な鉱石、そのは漆黒。火を寫し艶やかにるもののその雰囲気はどこか不気味で、周囲には鎖が幾重にも張り巡らされ、さらに魔法言語の他にも意味不明な言語が書かれた札や杖などが數えきれないほどに配置されていた。

鉱石は寮生たちからの魔力をけ、黒いを放つ。

「……皆さん、ありがとうございます。これでまた我々は明日を迎えられるでしょう。さ、遅くまでお疲れさまでした、ゆっくりとお休みなさい……」

黒のは意外にも優しく生徒たちに聲をかける。生徒たちもこれといった張は見せず、バラバラに背を向けて去っていこうとした。

だがその時。

「待て、みんなくなッ！」

生徒たちの中から鋭い聲が上がった。直後、群衆の中から１人が飛び出した。その生徒は紫の髪をした子供のような背丈の生徒で、群衆の中高く跳躍したかと思うと、そのままくるりとを反転させ、なんと地下空の天井にさかさまに立った。スカートや髪のも重力に逆らい、まるで彼の周りだけ重力が逆になっているようだ。オニキス寮生たちは突然の行に驚いて彼を見上げる。

天井に立った生徒は小柄な背に似合わぬ視線の鋭さで辺りににらみをきかせると、その集會場のり口にあたる部分を指差しんだ。

「侵者！　明化の魔法を使ってもこのミニッツ・ペーパーの目はごまかせんぞ！　正を現せッ！」

天井の――ミニッツの聲に生徒たちがざわつき始める。だがミニッツが指さす先に視線を変えると固まっていた彼たちはだんだんと散らばり、見えない敵に対して対抗する姿勢を見せ始めた。

バレたか。

それまで明化しこっそりと彼らを観察していた俺は、魔法を解いて姿を現した。それを見たオニキス寮生たちに驚きが広がり、天井のミニッツも揺を隠しながら俺を睨みつける。

「貴様……件の特待生か。どうやってここにった！」

「お前らが何をやっているか気になってな、夜分遅くだがお邪魔させてもらった。地下にいるらしいことは聞いていたから、あとは隠し通路を探してそのままってきただけだよ」

そう――俺にとっては、というより魔科學兵にとっては地下にある多數の魔力の気配をじ取り、魔力が地下に満ちる気配から學園に隠された地下への扉を探すのはそう難しいことではなかったのだ。

実はさっき俺がオニキス寮のことを考えながら寢ようとした時。魔科學兵のは『オニキス寮のことが知りたい』という俺の意思を知し、その機能を使って彼らが今現在地下で活をしていることを知らせてしまったのだ。し魔科學兵の機能をおせっかいにも思ったが、一度気になり始めた以上俺は寢てもいられず、気になるあまり寮を抜け出しここまで來てしまったというわけだ。

「グリズリー姉妹から報告は聞いている！　我らに與せぬばかりか幾度も邪魔をする敵だとな！　みすみすここに乗り込んできたこと、オニキス寮への侮蔑と見なす！　相応の報いを與えてやるぞッ！」

ミニッツの聲によりオニキス寮生たちの敵意、そして魔力が一層に膨れ上がった。サブリナ魔法學園の闇が、俺１人へとのしかかる。俺としては彼ら全員でもなんとかできる自信があり、なくとも地上まで逃げ切ることはできると確信していたので、俺も応戦の構えを見せる。一即発の空気が地下に満ちた。

だがその時。

「待ちなさい、皆さん」

生徒たちの奧で沈黙を守っていた黒のが聲を発した。すると敵意に染まっていたオニキス寮生たちが揺らぎ、天井のミニッツも俺を無視してそちらと顔を向ける。

「無益な爭いはやめましょう。ヴィーンさんの力は先日の試験で皆さんも見た通りです、ここで戦っては徒に被害を増やすだけ。ここは私に任せてください」

「し、しかし先生！　先生には立場があるでしょう、せめてここは私が……！」

「そうニャそうニャ！　この特待生には恨みがあるニャ、最低でも私たちがやるニャー！」

「先生、別に心配することもないにゃ、なんとかするにゃ～」

ミニッツ、そして生徒たちに紛れていたメア、ミアが聲を上げる。だが黒のは彼らに対しやんわりと手で制す仕草をとると、俺に向かって近づいてきた。オニキス寮生たちはを自然に避け、こつこつと、黒のは俺へと歩み寄る。俺は逃げるか迎撃するか迷ったが、相手のに敵意はないと考え、黙って彼を待った。

やがては俺の前で足を止める。

「ヴィーンさん。こうなっては仕方ありませんね。まずは説明しましょう、私たちの目的、オニキス寮の意義……そうすれば多、警戒も和らぐと思います」

「そうか……じゃあまず、あなたのそのローブをとって、顔を見せてもらいたいな」

俺は軽く揺さぶりをかけたつもりだったが、黒のはじることはなく、むしろふふっと微笑んだ。

「ええ、最初からそのつもりです。では驚かずにご覧ください……あなたの前の真実を」

黒のは顔にかかっていたローブに手をばし、すっとそれを下ろした。そしてわになったその顔を見て、俺は自分の目を疑った。

ブラウンの短く切り揃えられた髪。堀の深いきれいな顔立ち。地位に対して若くしいそのは。

「學園……長……？」

俺が思わずらした聲に、ラルプリム學園長は優しく微笑んだ。

「ヴィーンさん、あなたには順を追って説明しましょう。なんとなくですが、あなたには特別な気配をじますから……さ、こちらへ來てください」

黒ローブ姿のラルプリム學園長は部屋の奧、謎の鉱石を手で示し、俺をった。