《人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』でり上がる~》3 奈落のさらに底へ

レグナトリクス王國騎士団宿舎、騎士団長室。

帝國との戦爭が激化する中で、騎士団のメンバーのほとんどは前線へと送られてしまった。

中には戦死してしまった者もいる。

そのせいで、以前は満室だった宿舎も今でも空きだらけ。

無駄な空室を有効活用するために、それらの部屋は異世界から転移してきたアニマ使いたちに譲られることとなった。

アイヴィは、友人である王國魔法師のプラナスを呼び出し2人で飲んでいた。

久しくじていなかった、宿舎に溢れる沢山の人の気配にテンションが上っているのか、アイヴィはいつもより早いペースでアルコールを摂取していく。

騎士団長なだけあって前後不覚になるほど酔いはしないが、彼の頬はほんのりと赤く染まっていた。

「それで、結局あの子達はどうだったんですか?」

プラナスが転移者たちのことを問いかけた。

アイヴィは上限そうににぃっと笑うと、饒舌に答える。

「まだまだレベルも低いし経験もないから訓練の必要はあるけど、ステータスは申し分なしだ。武裝やスキルも尖ってて優秀な子が多いし、じきに戦力になってくれると思う。特にイツキって子、あれはとんだ逸材だな」

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「そんなにすごかったんですね」

「そりゃもう、いきなり障壁値……あ、あの子たちにとってはHPだったか。HPが10000もあるアニマなんてそうそう居ないぞ。他のステータスも同レベルで高水準、今すぐ戦場に投しても十分すぎるほど働いてくれるだろうな」

「10000って、アイヴィの初期値よりは低いんですね」

「他のステータスも高水準だと言ったろう? 私のレスレクティオは防特化だからな、魔力や機力は明らかに彼のヘイロスの方が高い」

「萬能型ということですか。ちなみに、他に興味深い子はいましたか?」

「あー……興味深いっていうか、どうしようもない子なら居たかな」

「どうしようもない?」

アイヴィは苦笑いしながら、真っ白でのっぺりとしたアニマのことを思い出していた。

その名はウルティオ。

使い手は、ミサキ・シロツメと名乗る元年のだ。

「ほら、になったとかで騒いでた子がいたろう?」

「ああ、あの人には謝らないといけませんね、いくら服を纏っていたとは言え、別が変わってしまったのは転移魔法の不合ですから」

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「だとしてもだ、アニマってのは何かしら一つは長所があるもんだろう? けど、武裝もスキルも無い、能力も最低ランクのアニマなんて初めて見たぞ。実踐訓練でHPを削ってもスキルが発する様子も無い」

「何も無い……ですか」

それを聞いて、プラナスは骨に表を曇らせた。

「どうかしたのか?」

「アニマとは魂に宿るもの、魂が歪めばアニマも歪んでしまいます」

「あいつのアニマも歪んでいる、と?」

「前例が無いことなので何とも言えません。歪んだ結果、武裝もスキルも失ってしまったのかもしれませんし――」

「注意して見ておく必要があるってことか。そんなに心配せずとも、どのみちあいつは使いにならないと思うがな」

「どうして、そう思うんですか」

「負け犬が染み付いている、しかも戦力にもならないとなれば、囮か連中のおもちゃにするぐらいしか使いみちが無いだろう」

「……アイヴィ」

「何だ、その顔は」

「いえ……なんでもありません」

言い淀むプラナスは、手に持っていたグラスに注がれた濁った酒を一気に飲み干した。

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◆◆◆

夜が更けていく。

男子ではなく、子にもれられなかった僕は、宿舎の置のような部屋に追いやられた。

明かりは小さなランプが一つだけ。

薄暗いし、じめじめしている。

與えられた布団もやけに薄い。

騎士団の宿舎というから期待していたのに……僕以外のクラスメイトたちは、今頃広い部屋に、ふかふかのベッドを與えられてはしゃいでいる頃だろうか。

ぐぅ、とお腹が鳴った。

結局、夕食は食べられなかった。

おかしいと思い食堂に向かった頃には、すでに夕食は終わっていた。

僕にだけ夕食のシステムは伝えられなかったってわけだ。

まあいいや、空腹には慣れているから。

それより今の僕は、自分のへの違和を解消するのに必死だった。

一度だけ、服をいで部屋にある鏡の前に立った。

元から中的な顔立ちではかったけど、すっかりになってしまった顔。

たぶん小さくはない房に、あるべきものの無い下半

本當にになってしまったんだ、とその時はじめて実した。

同時に、寒気がした。

あの時の、折鶴が僕を見ていた目。

元から頭のネジがゆるんだような発想をするやつだったけど、になった今、僕がどんないじめをけるのか想像しただけでも寒気がする。

でも、避けられないだろう。

せっかく異世界に來たのに、狀況が変わるどころか、むしろ悪化するなんて。

ぐぅ、と再びお腹の蟲が鳴いた。

どうせやることも無いし、早く寢るか――と布団に潛り込もうとしたとき。

コンコン。

ドアを二度ノックする音が薄暗い部屋に響いた。

嫌な予に、全が粟立つ。

「岬くん、いる?」

その聲は……彩花のものだった。

「いるけど、何の用?」

どのみち嫌な予がすることに違いはない。

中學の時ならともかく、今の彼は折鶴やその仲間たちのメッセンジャーに過ぎないのだから。

が現れたということは、僕に不幸が降りかかるということを意味する。

できれば、聲も聞きたくは無かった。

「服を、持ってきたんだけど」

「部屋の前に置いといて」

「……っちゃダメかな?」

「置いといてって言ってるんだけど」

「誰もっ……その、私以外は誰も、居ないから」

聞こえた聲からは、しでも僕の顔を見たいという必死さが垣間見えた。

もう関わり合いたくないと思っていることは事実で。

けれど良心が痛んでしまうのは、彼と僕の付き合いが長すぎるからだと思う。

彩花と僕は、家が隣同士の馴染。

両親は僕たちが生まれる前から親しかったらしく、特に僕の父と彩花の母は同じ大學に通っていたらしい。

僕が4月に生まれ、彼が翌年の3月に生まれたので、いころ彩花は僕のことを実の兄のように慕っていた。

その関係は、小學校時代に僕がいじめられるようになってからも変わらず。

僕と仲良くしたことで自分がげられるにもかかわらず、彩花はずっと僕の傍にひっついていた。

……高校に學するまでは。

気乗りはしなかったけれど、ゆっくりと扉を開く。

そこには申し訳無さそうな顔で立つ彩花の姿があった。

手にはの服と下著が握られている。

あれを……僕が著るのか、目眩がしそうになる。

それにしても、彩花の顔をこんな近くで見るのはいつぶりだろう。

まともに話さなくなって、もう半年以上は過ぎているはずだ。

「ありがと、わざわざ持ってきてくれて」

「ごめんね、持ってくるの遅くなっちゃって。もう寢る所だったんだよね?」

「まあそうだけど……」

「……本當に、の子になっちゃったんだね」

「いまいちれきれてないけど、そうみたいだね」

「お姉さんに似るんだね、やっぱり」

「……そう、かな」

そんなことを言われてどう反応していいのかわからない。

姉のことはまだ、僕の中でも完全に割り切れたわけじゃないから。

「ところで彩花、合でも悪いの?」

「え、どうして?」

「汗ばんでるから、熱でもあるのかと思って」

「えっ……あ、ああ、そう……かも、しれない。うん、合悪いかな。しお腹が気持ち悪い気がするし」

「なら戻りなよ、寢た方がいい。突然のことで神的に疲れが溜まってるんだよ」

「うん……」

「そういうわけだから、著替えもらってもいいかな?」

僕はそう言って、彩花が持つ用の寢間著と騎士団の制服に手をばす。

その拍子に、微かに彼の手の甲に、僕の指先がれた。

「いやぁっ!」

すると彩花は大聲でび、著替えを放り投げて後ずさった。

目を見開き、荒い呼吸を繰り返す姿はどう見ても尋常じゃない。

なんだ、結局――彩花もそうだったんだ。

ほんのし、指先がれただけで嫌だとかさ。

そんなに嫌いなら、無理して馴染面しなくたっていいのに。

「あ、ちがっ、違うのッ!」

僕の表の変化に気づいたのか、彩花は顔面蒼白になった。

知ったこっちゃない。

僕は素早く床に落ちた著替えを拾うと、無言で扉を閉め鍵をかけた。

ドンドンドン、と彩花が繰り返し扉を叩く。

「待って、開けてっ、岬くん! お願いだから、今のは誤解で!」

「何が誤解だよ、彩花だって他の連中と同じなんだ」

「違うのぉっ! 信じてよぉ……!」

「さんざん折鶴や磯干たちの命令に従っておくてよく言うよ。挙句の果てには彩花の制服のせいでこんなになってさ!」

知ってるさ、彩花だってある意味で被害者なんだろ?

だから無理やり制服を提供されられた。

けどさ、それだけじゃないんだよ。

抗えとは言わない。

けどさ、無視してりゃいいじゃん。加擔する必要なんて無いはずなんだよ。

なのに、彩花は、結局、自分の意志で、僕を、僕のことを――!

「お願い、岬くん……」

「消えろよ、もう二度と聲も聞きたくないッ!」

「っ……! う、ううぅ、ぅうううぅぅぅ……っ」

彩花の泣き聲が聞こえた。

泣きたいのは僕の方だ。

しばらく黙っていると、泣き聲はしずつ部屋から遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。

僕はその場にへたりこみ、全から力を抜いて窓の外の景を眺めていた。

何を考えるでもなく、ぼーっと。

コツ、コツ、コツ。

足音だ。

誰かが部屋に近づいてくる。

「ひっどいなぁ、白詰」

折鶴だった。

部屋にってくるかと思いきや、彼は扉の向こう側から半笑いで僕に話しかけてくる。

「彩花ちゃん泣いてたじゃん、あんな狀態のの子、めたらすぐに抱けちゃうんじゃない?」

聞こえない。

知らない。

部屋にってこないんなら、取り合う必要はない。

「まあ俺が抱くまでもなく、彩花ちゃんミズキーとヤってんだけどさ」

折鶴はあっけらかんと言った。

「……は?」

思わず聲が出た。

ずっと黙ってやり過ごすつもりだったけど、あまりに馬鹿げた言葉を聞いてしまって、脳が判斷を誤ったみたいだ。

今、折鶴は、何を言った?

「反応うっすいなあ、貞の……あ、今は処か。まあいいや。未経験のミサキちゃんにはわかんなかったかな? 彩花ちゃんと擔任の水木先生がセックスしてるって言ってんの。ついさっき、この部屋に來る前もさ。気づかなかった? やけに汗ばんでたとかさ、変化あったっしょ?」

あった。

は汗ばんでいて、合が悪いかと聞いたら、気持ち悪いと言っていた。

言って、いて。

「もしかしてショックすぎて黙ってんの? 彩花ちゃんのこと好きだったとか? あっはは、お前みたいな人間がよく他人を好きになれたな、の程知らずすぎんだろ!」

好き、だったのか?

僕は、彩花のことが。

確かに馴染で、ずっと一緒に居て、これからもずっと一緒にいるんだって疑わなかったけど。

それが……好きって、ことだったのか?

「あとピュアすぎ、なんて相手さえ選べば簡単に開いてくれるもんだって。彩花ちゃんはそっちの才能があったってコト。ミズキー曰く、合いいし腰使いもしつけるうちにどんどん良くなっていったらしいよ、あと口の方も飲み込みが早いとかでさ、いっそ後ろのも開発しちまうかとか言ってたな」

「……」

「チッ、反応ないとかつまんねえんだけど」

聲も出せなかった。

に力がらない、もちろんにだって。

力も、気力も、全てを失っていた。

「まあいい、どうせ暇つぶしだし。反応しねえんならもう帰るから。じゃあな」

コツ、コツ、コツ。

折鶴の足音が部屋から離れていく。

足音が聞こえなくなった瞬間、僕は膝から床に崩れ落ちた。

よく、わからない。

わからないことだらけだ。

この世界に來たこと、になってしまったこと、彩花のこと、水木先生のこと。

それを言い出したら、僕がいじめられていることも、何もかも。

わからない、僕にはわからないけれど――自然と目から涙がこぼれ落ちた。

生ぬるいが頬を伝い、顎から地面へと滴り落ちる。

「うぅ……ぅ、ああ……」

そして、聲もこぼれた。

悲しみと、怒りと、憎しみと、迷いと、ありとあらゆるネガティブなが混ざり合って、それらを吐き出すように涙とうめき聲が溢れ出す。

「うううぅぅぅぅ……うぅぅぅぅ、ああぁぁぁああああああぁぁ……!」

床を何度も拳で叩き、額をこすりつける。

止まらない吐き気にも似た嗚咽。

わからない。

どうして自分が泣いているのか、どうしてこんなにもが痛いのか。

僕は、折鶴の言うとおり、彩花のことが好きだったのかもしれない。

それに気づかなかったってことは、ずっと前から、それこそ稚園ぐらいの頃から當たり前に彼をしていたのかもしれない。

けれど、あらゆる意味で、もう葉わないであることを知って、だからこんなに苦しいのかな、痛いのかな。

僕はもう、空っぽのつもりだった。

何にも期待せず、夢も希も抱かず、全てを捨てられたと思っていた。

けれど、まだ最後の一個が殘ってたんだ。

それさえ捨ててしまえば。

この涙さえ吐き出しきれば、今度こそ僕は――正真正銘の、空っぽになれる。

何にも囚われず、自由で、無意味で。

きっとそれは、死ぬよりも楽な生き様だ。

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