殺人なんて起きないに越したことはない。

それは被害者と加害者が共にむことで、被害者は自分が殺されることをまないし、加害者は殺人が顕在化することをまない。

重要なのは、一連の死が部犯によるものだと認識させないことだ。

折鶴が魔に殺されたということになったように、榮倉が停戦をまない勢力に嵌められた結果死んでしまったということになったように、そして広瀬が帝國のアニマに殺されたことになったように。

8人もの人間を手にかけておいて、僕にはまだ疑いすらかけられていない。

つまり――必要なのは、殺人を殺人だと悟られないための偽裝手段だ。

幸いなことに、僕たち・・にはそのための武がいくつもあった。

親なる友スウィンドラーによる変裝と、獨り歩きする噓アフェクテーションによる分。

その2つを駆使すれば、アリバイ作りは容易い。

問題は如何にして殺人だと気取られず金持を殺すかだけど――今回の復讐には、一つの目的があった。

それは、実行犯は百合であること。

彼にクラスメイトを手にかけさせることで、二重の復讐を行う。

僕らは金持きんもちを殺すため、部屋で話し合い計畫を立てた。

まず殺害方法を、首吊り自殺に見せかけた絞殺に決めた。

僕が金持の友人に変裝して彼を部屋の外にまで呼び出し、そこで百合が後ろから近づいて首を絞める。

「私が……首を絞めるの？」

「変裝出來るのは僕だけだから、難しいなら別の方法を考えるけど」

「う、ううんっ、やる、やってみせる！」

ここで重要なのは、百合が実行するということ。

自分が人を殺したという現実を突きつけることで、言い訳の余地を與えない。

百合は自分に出來るのかと心配しているようだけど、首を絞めるのに腕力は必要ない。

うまく頸脈を押さえてやれば、脳に酸素が送られなくなり、早ければ數秒で意識を失う。

その際、金持はもちろん抵抗して首をかきむしるだろう。

首に爪痕が殘れば、他殺を疑われてしまう。

防ぐためには、僕が彼の手を押さえておかないといけないな。

「金持が意識を失ったらどうするの？」

「首を絞めた紐……この場合、宿舎に置いてある布巾とかが自然なのかな。それでっかを作って、ドアノブに引っ掛けると良い」

「それだけ？　もっと、天井から首を吊るとかしなくていいのかな」

「以前、有名な蕓能人がドアノブで首を吊って死んだって話を聞いたことがあるから、出來るはずだよ」

そこから、金持が死ぬまでに必要な時間は10分から15分程度。

5分だと、障害は殘るものの生き殘ってしまう可能がある。

そこだけは運頼みだ。

10分間、誰も金持の部屋の前を通り過ぎない事を祈るしか無い。

いつも通りなら、食後の8時過ぎから30分間、金持は部屋で一人きりになり、部屋の前の廊下は誰も通らないはず。

「でも、もし他殺だってバレたら、私たち……」

「絶対に気づかれない、大丈夫だよ。僕たち2人でやるんだから」

それに気づいたら、そいつも殺したらいいだけだからね。

「うん……」

「金持の筆跡を真似した書も用意する、これで疑われることは絶対にない」

「絶対、に？」

「僕の言葉、信用できないかな」

「そんなことないっ！　岬が、間違ってるはずなんてないもん」

計畫は立てた、百合の承諾も得た。

あとは、実行の日を待つだけだ。

この方法だと捕食は使えないけれど、まあ先行投資だと思おう。

これで百合が殺人への抵抗を失ってくれれば、必ず彼は僕の復讐のための有用な道になってくれる。

より強い力を手にれるための捕食は、それからでも遅くはない。

そして、ついにその日がやってくる。

百合は傍目から見ても明らかに張していて、僕は朝から彼の気持ちをほぐすのに必死だった。

計畫が予定通りに進んでも、こんな顔をしてたんじゃ疑われるって。

僕の努力の甲斐あってか、夕食の頃には百合は隨分と落ち著いていた。

それでも不自然な點はあったけれど、彼の細かい変化なんて僕以外が気にするはずもない。

夕食を終え部屋に戻ると、すぐさま準備を始める。

「スキル発ブート、獨り歩きする噓アフェクテーション」

百合がスキルを発すると、目の前にもう一人の百合が現れる。

スキルによって作り出された分は、本との距離が近いほどな作を可能とする。

逆に離れてしまうと、簡単な命令しか下せなくなってしまうのだが、宿舎ほどの広さなら問題なく作出來ると彼は言っていた。

「この子を、人目につく場所で歩かせればいいんだよね」

「出來るだけ接は避けたほうがいい、ボロが出ると分だってバレるかもしれないから」

「誰かと鉢合わせないように、かつ見える場所を歩かせる……わかった、頑張ってみる」

僕も親なる友スウィンドラーを発させ、姿を金持の友人である雨谷あめたにへと変える。

そして筆跡を真似た書と兇である布巾を持って、分と共に部屋を出た。

僕たちは第三者に見つからぬよう足音を殺し、警戒しながら金持の部屋へと向かう。

食後のこの時間は自由時間で、各々が部屋で過ごしたり、カプトに繰り出したり、風呂にったりと、様々な過ごし方をしている。

金持は人の多い場所を好まなかったので、みんなより遅めの時間に、雨谷と共に風呂に向かうようにしているらしかった。

無事、目的の部屋の前までたどり著いた。

生唾を飲み込みながら張する百合の頬にれ、目を見ながら「何も心配しなくていい」と告げると、暗示にかかったように彼のから力が抜けた。

彼が僕に向ける、崇拝めいた信頼はとても便利だ。

百合も落ち著いた所で、僕は金持の部屋の扉をノックする。

「だれー？」

そう言いながらこちらへ近づき、金持が扉を開けた。

「なんだ、あーちんじゃん。いつもより早くない？」

金持は雨谷の顔を見て、安心したような笑顔を浮かべた。

聲を出せば別人だと気づかれてしまう。

僕は無言で手招きして、彼を部屋の外へといだした。

「なによ、なんか面白いものでもあんの？　もしかして赤羽の――」

部屋から一歩踏み出した金持の背後に、扉の後ろに隠れていた百合が近づく。

百合は素早く布巾を首にかけ、エラ骨の下に這わせると、力いっぱい引っ張った。

「え……？　あ、か、ひっ……！」

突然の出來事に何が起きたのか理解できない金持。

僕はそんな彼のを、きが取れなくなるように両手で抱きしめた。

「あー……ちん……？」

彼は信じられない、と言った表で僕の顔を見る。

まさか自分の一番の友人である雨谷が裏切るなんて。

……いや、違うな。

まだ、何かの悪ふざけだと思っているのかもしれない。

「あ、ぁ……う……」

そのまま頸脈を締め続けられた金持は、20秒ほどで意識を失った。

僕は力を失った彼のを床に橫たえる。

「ほんとに、気絶しちゃった」

百合は地面に倒れる金持を見下ろしながら、呆然と呟いた。

確かに、こうもあっさりだと人殺しをしているという実すら湧いてこない。

けど、実際そんなものだ。

人は割と簡単に死ぬ、近にあるもので、なにげないふとした瞬間に。

……さて、悠長に観察している時間はない。

僕は音を立てないようゆっくりと扉を閉めた。

そして2人で金持のを抱え、扉を背もたれにして座るような勢に変える。

座る金持の首に再び布巾を巻きつけ、布巾の端同士をドアノブに結びつけ、その布巾に全重がかかるよう位置を調整した。

「眠ってるみたい……」

実際、この方法で死ねばほとんど苦痛は無いって聞いたことがある。

復讐の方法としてはやっぱり味気ない、次に繋げるためだと思い割り切るしか無いか。

「これで、大丈夫なの？　ちゃんと死ぬんだよね？」

「このまま10分ぐらい誰も來なければ死ぬよ。ありがとう百合、よくやったね」

「あ……」

頭をでられると、百合は嬉しそうに顔を赤らめた。

隣に死にかけの金持が居るってのに、かなり覚が麻痺してるみたいだ。

良い傾向だ、この調子でもっと壊れてしい。

僕は最後の仕上げとして、金持の足元に書代わりのメモを置くと、靜かにその場を立ち去った。

幸運の神は僕たちに味方している。

僕たちは自室に戻るまで誰とも遭遇することはなかった。

ちょうど僕たちが部屋にったタイミングで百合の分も戻ってくる。

無事、誰に絡まれることもなく、アリバイを作るという任務を全う出來たらしい。

人を殺したという実が無いが、ふわふわとした高揚がを包んでいた。

百合も同じ心境なのか、にれるといつもより溫が高い。

僕らはその高揚にを任せ、その時が來るまでベッドで寢転がりながらじゃれあっていた。

外が騒がしくなり始めたのは、それから30分ほど過ぎた時である。

後で聞いた話だけど、金持の近くの部屋に居た男子が異臭に気づき、見に行ってみると死を発見したんだとか。

金持の死は、というからや排泄を垂れ流した壯絶な狀態だったそうだ。

つい好奇心で見てしまった數人のクラスメイトがその場で嘔吐し、ヴィジュアル的にも匂い的にも、ひどい地獄絵図だったという話も聞いている。

死の発見で宿舎全がざわつく中、僕たちは変わらず部屋で抱き合っていた。

「ほ、本當に……死んじゃったんだね。私たち、金持を殺しちゃったんだ」

「そうだよ、これでもう安心だ。あいつは死んだんだから」

「……安心、か。そうだね、そうだよね、もう誰も私たち邪魔する人なんていないんだよね――」

ご褒と言わんばかりに、僕はその晩、百合のことを全力ででた。

教え込んでいるのだ。

僕のために人を殺すことはいいことだぞ、気持ちいことなんだぞ、と。

條件反を植え付けるように。

そして彼は、見事僕の期待に答えてくれた。

金持の死から3日後、今度は雨谷がテラスから飛び降り自殺した。

足元には彼が元居た世界から持ち込み、普段から使っていたメモ紙が置かれており、そこには書めいた容がかかれていたそうだ。

異世界に召喚されたことで環境が急激に代わり、次々と仲間たちが死んでいき、とどめに親しくしていた友人まで死んでしまった。

それらに耐えきれないので私は自殺してします、という書の容は見事に筋が通っている。

誰も他殺だとは疑わなかった。

ましてや、弱者である僕や百合が加害者だとは、想像すらしていなかった。

仕事を終えた百合を「よくやったね」と褒め、ご褒・・・を與えてやると、彼は笑顔で発した犬のように鳴いた。