《人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』でり上がる~》24 アポテムノフィリア
ディンデへと向かう道中、峠を越えたあたりで周囲が暗くなってきた。
馬の疲れも目立ってきたため、先導していたアニムスに乗った商人が今日はここでキャンプをすることを提案する。
他の商人たちが快諾したのを見て、僕と百合も首を縦に振った。
さすが商人の馬車と言うべきか、料理道や食材が充実しており、その日の晩は焚き火を囲んでの宴會が開かれることとなった。
僕たちへのおもてなしと言う意図も含まれているのか、焚き火の上でぐつぐつと煮立つ鍋の中にっている食材も、やたら豪華だって話だ。
濁り酒も勧められたが、2人とも飲めないからと言って斷った。
この世界では、飲酒を年齢で縛る法律は定められていない。
しかし、僕は心を許していない相手の前で無防備を曬すほど愚かじゃない。
「いい酒なのにもったいない」と念を押して勧められたけど、それでも斷りきった。
一方で、商人の弟子だと言う17歳の年――ラビーは、師匠に勧められてぐいぐいと酒を飲まされていた。
どうやら、17歳でも酒は飲めるんだぞ、ということを見せつけた上でまた僕らに飲ませようとしているらしい。
……彼、呂律回ってないみたいだけど、あれで飲んだって言えるのかな。
酒も進み、ほとんどの商人たちの頬が赤らみ足取りが怪しくなってきた頃、1人の小太りで髭を生やした胡散臭い男が立ち上がる。
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驚くべきことに、彼はプリムスで見かけたチラシ、つまり”例の見世小屋”の主催者らしい。
「うちの自慢のコレクション・・・・・・を見せてあげますよ」
自慢げに言った彼は自分の馬車の荷臺へと向かい、鍵・を開くと、3人の男を引き連れて戻ってきた。
彼の”見せ”に他の商人たちは大いに盛り上がり、拍手が降り注ぐ。
拍手をけて、彼も、そして連れてこられた3人もどこか誇らしげだった。
僕と百合がその見せをけれられなかったのは、の違い、あるいは異世界にこの言葉を使うのが正しいかどうかは別として、いわゆるジェネレーションギャップってやつなんだろう。
ただ僕が気になったのは、見世小屋の主が彼らのことをコレクションと呼んだことだ。
行き場のない彼らにとっては、見世小屋は必要な居場所なのかもしれない。
けれど……と、そこまで考えてふいに思い出す。
なぜ僕がそんなことを考えているのだろう。
どうせあいつらは全員王國の人間なんだ。
頭を悩ます必要なんてどこにも無い。
殺してしまえば、同じことだ。
◇◇◇
全員が寢靜まった深夜。
商人たちが用意したテントの中で百合と共に寢そべっていた僕は、いつ彼らを殺すかずっとタイミングを伺っていた。
すると外から、ごそごそと誰かがく音がする。
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テントの口から外を覗き込むと、そこにはもぞもぞとく袋を背負う見世小屋の主の姿があった。
彼は挙不審に周囲を見渡し、近くにある森の方へと向かっていく。
「私は不審人ですって自己紹介してるみたいなきだよね」
「追いかけてみるから、百合はここで待ってて」
「わかった、気をつけてね」
僕は百合の言葉を背にけてテントを抜け出し、足音を殺しながら袋を背負った男を追う。
それから3分ほど歩き、彼が「はぁ、はぁ」と呼吸を荒くし始めた頃、僕は一気に距離を詰めて、背後から肩に手をばした。
「うわああっ!?」
男はけない聲をあげながら餅をつく。
袋の中から小さく「あぅっ」という聲が聞こえた。
中は生きか。
「何をしているんですか」
「な、なんだ……あんたか。何でもいいだろう、放っておいてくれ」
「袋の中から聲がしましたけど、まさか人でもってたり?」
「っ……」
男は息を呑む。
わかりやすいリアクションだ、やっぱ中は人間だったのか。
「役に立たなくなったから処分するつもりですか?」
「ぐっ……そ、そうだよ、悪いか!? 高値で買ったのにこれっぽっちも役に立ちやしねえ、下の世話も必要だし手間ばっかりかかって面倒なんだ!」
「買ったんですか」
「ああいう連中の親の中には、し金をちらつかせてやれば子供を売る親が沢山いる。生む前は”我が子を殺したくない”とか言ってるくせに、育ててるうちに嫌になってくるんだよ。俺はんな町を渡り歩いて、そういう子供を買って金を稼いでる。持ちつ持たれつの関係なんだ、悪行だと思ったことは一度も無い」
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「そうでもしないと、彼ら1人の力では金を稼ぐことも出來ないですからね」
「わかってんじゃねえか。だったら、これも見逃してくれるよな?」
そう言いながら、男は地面に転がった袋を顎で指した。
「見逃すも何も、最初から咎めようとは思っていませんよ。ただ興味があっただけです」
「なんだ……そうだったのか。だったらもういいだろ、行かせてくれ」
「最後に一つだけ、その袋の中にっているのはどんな人なのかだけ聞かせてもらえませんか?」
「そんな事に興味があるのか、変わったやつだな」
変わってるのかな、今から死ぬ誰かに興味を示すのは人間だれしもが持つ當然の好奇心だと思うけど。
「中にってるのは、南西にあるイングラトゥスって町で買った、手足が無くて目も見えないだよ。アニマ使いらしく、町じゃ”聖”って呼ばれたらしいんだが、”使いにならなくなったから売っぱらっちまいたい”って向こうから言ってきたんだ。しかし買ったのはいいものの、変にプライドが高くて使いになりやしねえ。事あるごとに故郷に帰りたい帰りたいってわめきやがるし」
アニマ使い……か。
「それが最後の質問だったよな、いい加減に行かせてもらうからな」
「ええ、引き止めてしまい申し訳ありませんでした」
「……本當に変なやつだな」
捨て臺詞のように言うと、男は森のさらに奧へと去っていった。
僕は彼の姿が見えなくなるまで見送ると、テントへと戻る。
「どうだった?」
り口をくぐるなり、百合が尋ねてくる。
僕は抑揚のない聲で返した。
「使いにならなくなったの人を捨ててた」
「え、捨てて……!?」
「人間をコレクション呼ばわりする奴なんてそんなもんだよ。それじゃ、あの男が戻ってきたら始めよう」
もはや有無を言わさず、計畫を遂行しない理由なんて無い。
「わかった、予定通りにね」
すでに作戦會議は終わらせている。
相手は生の人間ばかり。
抵抗しように、アニマを纏うだけで済む僕らに対して、彼らはアニムスへの搭乗しなければならない。
その上、こっちはアニマが2機いるんだ、仮にアニムスに搭乗出來たとしても勝てる見込みは萬が一にもない。
結果は、やる前から見えていた。
◇◇◇
先ほど見世小屋の主が歩いていったルートを辿り森を進むと、そこには微かに蠢く麻袋があった。
袋に封をしている紐を解き口を開くと、中から排泄の匂いがむわっと吹き出してくる。
僕は思わず顔をしかめた。
「おーい、生きてるー?」
「誰……ですか……」
僕の呼びかけに、彼は小さな聲で答えた。
意識ははっきりしてるみたいだ。
「僕の名前はミサキ・シロツメ。個人的に興味があってさ、君を迎えに來たんだ」
「助けに……ありがとうございます」
ありがとうございます、か。
聲を聞いただけでわかる。
彼は、たぶん綺麗・・な人間だ。
「とりあえず近くに川があるみたいだから、そこでを洗おっか。えっと、袋のまま運んでも大丈夫かな?」
「……ごめんなさい、汚いですよね」
「そりゃ、まあね」
「大丈夫です、そのまま運んでください」
変に否定して気を使わせたくないと思った。
彼も自分がらしてしまっていることに負い目をじているのか、表は暗い。
僕は袋を擔ぐと、急ぎ足で近くの川へと向かった。
幸い川の流れは遅く、をそのまま浸しても問題は無さそうだ。
僕はまず、彼の服をがす。
溫和そうな笑顔の似合う顔立ちに、シミひとつ無いらかで白い、満なつき。
五満足であれば、男たちが彼のことを奪い合ったに違いない。
いや、仮に手足が無かったとしても――あるいは、男は見世小屋で彼をそういった用途で使う・・つもりだったのかもしれない。
”プライドが高い”と忌々しげに言っていたのは、それを拒まれたからか。
両脇を摑んだ狀態で、彼のを水に浸す。
がす途中、彼はやけに恥ずかしそうにしていた。
聲でだってことは伝わってると思うんだけど、そういうの苦手なのかな。
「あぅ……」
「大丈夫? 冷たかった?」
「あ、大丈夫です。見えないので、し驚いてしまって」
そうか、目も見えないんだったっけ。
「次からは何かする時には合図を出すようにするよ」
「そうしていただけると助かります」
嫌味のない、丁寧な口調だ。
そこに彼が聖と呼ばれていた頃の名殘をじつつ、粛々とを洗い流していく。
拭くは持ってきていなかったので、申し訳ないと思いつつも彼の汚れていない上著を使わせてもらった。
帰りは僕の服を著せれば問題無いはず。
四肢の無いのなんて洗ったことが無いものだから四苦八苦しつつ、丁寧にの隅々に手をばす。
「さすがにこれは死んでしまうのかな、と思っていたので本當に助かりました。ありがとうございます、ミサキさん」
「お禮なんていいよ」
どうせすぐに恨まれることになるだろうから。
「ところで、君の名前は?」
「あっ、ごめんなさい、自己紹介がまだでしたね。私はエルレア・フラウクロックと申します」
「エルレアか、よろしくね……って、呼び捨てでよかったのかな」
「19歳ですが、ミサキさんは何歳ですか?」
「じゃあエルレアさんの方が3つ年上だ、僕は16歳だから」
「落ち著いていたので同い年ぐらいかと思っていました。ですが気にしないで呼び捨てで呼んでください、命の恩人なのですから」
「なら僕も呼び捨てで呼んでよ、エルレア」
「それもそうですね、ミサキ」
エルレアは僕を一切疑う様子もなくを任せ、會話も弾む。
いや、彼が僕を疑う要素は実際のところ一つも無いのだけれど、なんとなく、僕の勘がこう告げていたから。
彼は綺麗な人間だから、きっとこのあと僕らのことを心の底から軽蔑するはずだ、と。
◇◇◇
エルレアのを洗い終えた僕は、彼に上著を著せ、抱きかかえてキャンプ跡地・・に戻った。
戻ってきた僕の姿を見るなり、百合が駆け足で近づいてくる。
ちょうど馬車の荷臺に荷を載せ終えた所だったみたいだ。
「おかえり、岬。まさかその子が例の捨てられたっての子? ってうわ、すっごい人さんだ」
「うん、エルレア・クフラウロックって言うらしいよ」
「私は岬のこい……相棒で、ユリ・アカバネって言うの。よろしくねエルレア」
「はい、よろしくおねがいしますユリさん」
「呼び捨てでいいって、見たところ私の方が年下みたいだし」
「先ほどミサキにも同じことを言われました。それではユリ、と呼ばせてもらいますね」
「うんうん、そっちの方が距離近くていいと思う」
百合は人付き合いが得意だから心配はしていなかったけど、あっさりとエルレアと打ち解けてしまった。
「あ、そうだ。エルレアって普段移する時はどうしてたの?」
「布で固定して、背中に背負ってもらっていました」
「やっぱりか……百合、彼を背負えそうな道が荷臺に殘ってなかった?」
「布で出來たバンドみたいなのがあった気がする、探してみるね」
「お願いするよ、ずっと抱えておくわけにもいかないから」
重さの問題ではなく、出歩くのに両手が塞がっていると都合が悪いという意味で。
長い付き合いになるだろうし、お互いに快適な旅を送るために、できるだけのことはしておきたいよね。
「お手數をおかけして申し訳ありません」
相変わらず腰が丁寧だ、良い家で育ったんだろうな。
それがどうして、四肢を失い、視力までなくして売られることになったのか。
そして、売られてもなお、なぜ彼はここまで清廉でいられるのか。
興味は盡きない。
「ところで……」
「ん?」
エルレアは不意に、まるでほんの些細な疑問を投げかけるように言った。
「やけにの匂いがするのですが、何かあったんですか?」
対して僕は、それが日常茶飯事であるようにさらりと返す。
「エルレアと彼・を除いで全員殺したから、そのせいだと思うよ」
返事は無かった。
おそらく、エルレアは僕の言葉を理解していなかったからだ。
そんな彼に現実を突きつけるように、年の聲が近づいてくる。
「ボクじゃない、ボクじゃない、ボクじゃない、ボクじゃない……っ」
手にナイフを握り、腕を返りで真っ赤に染めた年は、その名をラビー・ミジャーラと言った。
年齢は17歳、出地はオリネス王國。
レグナトリクス王國の人間ではない、だから生かしたのだ。
もっとも、ただ生かして逃げられても厄介なので、十分な楔・は打ち込ませてもらったけれど。
「ラビー、そろそろ馬車を出す準備をしてもらってもいいかな」
「ボクじゃない、ボクじゃない、ボクじゃないぃぃっ!」
頭を掻きむしりながらせわしなく歩き回る彼に、僕は告げた。
「師匠を殺したのは君だよ、ラビー」
「ボクじゃないんだあぁぁっ! あれは、あれは命令されて仕方なく……!」
彼に近づいて、顔を近づけてもう一度告げる。
「でも殺した」
ラビーは「ひっ」と小さく聲をあげてきを止めた。
「自分の手を見てみなよ」
「あ、あぁ……ああぁぁぁああ……違う、違う、これはボクじゃないっ」
「君がやった。ラビーは僕たちと同じ人殺しだ」
「ううぅぅぅぅぅ……違うのに、違うのにぃぃっ! なんだよ、なんなんだよあんたらはぁっ!」
心の逃げ場を失ったラビーは、僕を睨みつけながら言った。
「ほ、本當に殺したのですか? なぜ殺す必要が? ただディンデに向かっていただけではないですか!」
エルレアも同調して僕を糾弾した。
プリムスでもの子に同じようなことを聞かれたような気がするな。
今後も殺す度に同じことを聞かれるんだろうな、何度聞かれたって答えは一つしか無いのに。
「僕は王國への復讐を誓った人間だ。だから殺した理由なんて、彼らが王國の人間だから、だけで十分だよ」
僕は淡々とした口調で事実を告げた。
「ボクは……レグナトリクスの人間じゃないから生き殘ったのか」
ラビーは唖然としている。
一方、エルレアは怒りにを震わせた。
「そんな、そんなわけのわからない理由で人を殺めるなど……あっていいことではありませんっ!」
「良いこととか悪いこととか、そういう問題じゃあないんだ」
「そういう問題です! あなたは、人の命を何だと思っているのですか!?」
「ゴミクズ以下だと思ってるよ、王國の人間に関しては」
「ならばなぜ私を殺さなかったのです!」
「それはさっき言ったじゃん、興味があったからだ、って」
エルレアは、眩しいほどに輝きを放つ、綺麗で純粋な心を持っている。
なおかつ、人の悪意にさらされても濁らない、強さも持ち合わせていた。
「聖と呼ばれるほど人々に大事にされていたのに、役立たずだと判斷された途端に、盡くしてきた仲間に見捨てられ売られたエルレアの心がなぜ曇らないのか、興味が盡きないよほんと」
「売られてなどいません、私は攫われてしまったのですから」
「それ、誰から吹き込まれたの?」
「私を攫った男の人たちです!」
「ふ、ふふふっ、あはははははははっ!」
「何がおかしいのですか!?」
思わず笑ってしまった。
ああ、なんてこった。
まさかここまで、目眩がするほど純粋だなんて。
「は、ははっ、いや、そこまでいい子ちゃんを貫けると人生幸せだろうなと思ってさ。まあ、とりあえず、僕らの旅には付いてきてもらうよ。何だったら故郷イングラトゥスに寄り道してもいい」
「離してくださいっ、貴のような悪魔についていくつもりはありません!」
「安心してよ、僕も百合も町の人たちに手を出したりはしないからさ」
「當たり前ですっ! あの町の人達に手を出したら、私だって容赦しませんから!」
「そういやエルレアもアニマ使いなんだっけ。正面からやり合うのも楽しそうだ」
聖と呼ばれるぐらいだし、きっと優秀なスキルを持っているんだろうし。
それを捕食して手にれるのも悪くない。
「どうせ拒否権も無いんだけどさ」
「私を連れて行って、どうするつもりなのです……」
「さあ? 旅の末に、エルレアがどうなるのかが見たいのかもしれないね」
「どうもなりません、私は私ですから!」
強い口調で言い切るエルレア。
変わらないなら変わらないままでもいい。
いや、むしろそっちの方が僕にとって都合が良いのかもしれない。
本當の意味で心の綺麗な人がこの世には存在するという証明は、多なりとも救いになってくれるはずだから。
僕が指示すると、諦めのついたラビーは怯えながら者臺に座り、馬の手綱を握った。
エルレアと百合と僕、3人が荷臺に座ると、鞭がしなり、馬が歩きだす。
「岬ってば楽しそうだね」
百合は、肩をぴたりとくっつけながら言った。
「実際、楽しいからね。平和な旅も悪くないけど、やっぱりクラスメイトや王國の連中を殺せた時が一番気持ちが安らぐよ」
復讐が確実に進行しているというい実は、僕に充足を與えてくれる。
これから先、どんな愚か者たちが僕の前に現れ、どんな斷末魔を聞かせてくれるんだろう。
僕は次なる出會いにを躍らせながら、ディンデへと向かうのだった。
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