ソレイユに連れられて、彼行きつけの飲食店やパン屋、服飾店なんかを回る間も、ずっとラビーは難しい顔をしていた。

思えば、一つ前に立ち寄った町、アルウェウスあたりから彼のため息の頻度が増したような気がする。

心當たりはあまり無い。

と言うのも、イングラトゥスを出たあとは常にエルレアが僕にひっついていたから、中々ラビーと話す機會が無かったんだよね。

「百合、しだけエルレアを抱えててもらってもいいかな？」

「いいよー」

百合は快く引きけてくれた。

エルレア、ソレイユに彼を加えた3人は、町を歩きながらガールズトークで盛り上がっていた。

何となくにはれてもらっているものの、正直全く話題にはついていけていないし、會話にも參加出來ていない。

離れても問題ないと判斷した僕は、エルレアを百合にまかせてラビーと話をすることにしたというわけだ。

「ラビー、ちょっといいかな」

「どうしたんですか？」

3人からし距離を取って歩いていたラビーに近づく。

彼は笑顔で対応したものの、話しかける前は難しい表をしていたのをばっちり目撃している。

「何か悩みがあるんじゃないかと思って」

「えっ！？　い、いや、悩みなんてそんな」

そのリアクションで悩みが無かったら逆に心するよ。

商人志のくせに噓が下手だなんて致命的じゃないかな。

僕が無言のまま目を細めてラビーを見ていると、彼は観念したようで自ら口を割った。

「ミサキさんって、本當に中は男なんですよね？」

「心までになったつもりは無いね」

「その言葉を信じて相談しますけど、引かないでくださいね」

ラビーほどの常識人が”引かないでください”なんて。

むしろ僕の方がよっぽど引かれるようなことしてきたんだし、心配しなくたっていいのに。

「アルウェウスに宿泊した時から、宿の部屋割りが変わったじゃないですか」

「うん、エルレアが僕たちと同じ部屋に寢るようになったね」

つまり、僕と百合とエルレアが同じ部屋、もっと言うと同じベッドで”寢て”、ラビーは1人で別の部屋に泊まっている。

それと彼の悩みとにどんな関係があるんだろう。

1人きりになって寂しくなったとか？

まさか、19歳で家を飛び出すような男が、そんな々しい傷に囚われたりするだろうか。

「こう、なんといいますか、想像してしまうんです」

「想像？」

「実際はどうなのか知りませんよ？　けど、ミサキさんとユリさんってそういう関係、なわけじゃないですか」

そういう関係というのは、つまり関係のことだろう。

否定するようなものでもない。

僕と百合が先日、アルウェウスでエルレアを抱いたのは事実だ。

「まあ、そうだね」

「つまりエルレアさんもそこに混ざったと」

「そういうことに、なるね」

「……わかりません？」

「うん、わかった」

同じ男だからこそ、嫌というほど理解できてしまう。

我ながら、淺はかだったかもしれない。

19歳と言えば、思春期ほどでは無いにしても、々とお盛んなお年頃。

そんな男が宿泊する隣の部屋に、怪しい関係の3人が泊まっている。

この狀況下において、あれやこれやを想像しない男が居るだろうか？

いや、居ない。

もっと早くに気づいておくべきだった、つまり彼は――

「ラビー、溜まってるんだ」

「言い方が直接的すぎませんか！？」

大音量の突っ込みに、前を進む陣が一斉にラビーの方を向いた。

「あ、いや、なんでもないです」

彼の顔は真っ赤になっている。

ラビーからは何も報を得られないことに気づいたのか、続いて陣の視線は僕の方に向いた。

「こっちの話だから、気にしないで」

苦笑いをしながらそう言うと、彼たちは再びガールズトークを再開した。

「こっちの話だからこそ気になるのですが……」

エルレアだけは、あんまり納得してない様子だったけど。

「すいません、大きな聲を出してしまって」

「いいよ、僕もデリカシーに欠けてたから。というわけで、はいこれ」

僕は財布から紙幣を取り出すと、ラビーの手に握らせた。

「これは？」

「つまりそういうことじゃないの？　ここ鉱山町だからさ、鉱夫向けのお店も結構あるみたいなんだよね」

「はい、さっき見ましたからだいたい知ってます。ソレイユはあえてれなかったみたいですが」

「だから、そのお金でさ」

「……行ってこいと」

「嫌って言うなら別にかまわないけど」

「いえいえいえ、嫌なんかじゃありません！」

めんどくさいな。

行きたいなら素直にけ取ればいいのに。

「あの、ミサキさん」

「んー？」

ラビーは差し出された紙幣を、鼻息を荒くしながら強く握りしめている。

「今から行ってきてもいいでしょうか」

……そこまで余裕無かったんだ。

まあ、どうせこの後もの子が興味のあるお店を回るんだろうし、ラビーが一緒に居ても退屈なだけ、か。

正直、僕も退屈だけど、百合とエルレアが居たらそれなりに楽しめるしね。

「いいよ。宿の場所はわかってる？」

「大丈夫です」

「変なお店にらないように」

「見極め方は師匠に以前聞いたことがありますので」

何の師匠なんだか。

「それではっ」

「うん、行ってらっしゃい」

テンションの上がったラビーを手を振って見送ると、僕はかしましい3人組に再び合流した。

「あれ、ラビーくんどこ行っちゃったの？」

「途中で気になるお店があったんだってさ」

僕たちは足を止め、進行方向とは逆の向きに走り去っていくラビーの後ろ姿を見送る。

「ったく、男はどいつもこいつも」

ソレイユは彼の背中を見てそうぼやいた。

向ける視線もやけに冷たい。

どうやら彼だけは”気になるお店”が何なのか察しが付いているみたいだ。

一応フォローはしておいてあげよう。

「男は1人だけだからさ、々大変なんだよラビーも」

「わかってるけど、あんなお店に必死になって走ってくほどの価値があるいとは思えないね」

そこは擁護できない。

せめてもうし落ち著いた姿で、歩いて向かってくれればとは僕も思っていた所だった。

よほど店が楽しみなのか、あっという間に離れていくラビーの後ろ姿。

曲がり角の直前で、地面の石に足をひっかけて転びそうになる。

前のめりになった彼の上半が切斷され、地面に落ちた。

切り離された上半は、僕と別れたときと変わらない、嬉しそうな表のままで、紙幣を握りしめ、を撒き散らしながら地面を転がる。

殘された下半は、全くスピードを落とさずにそのまま走り去ろうとして――

「……？」

あまりに現実の無い景に、僕は直的にそれを幻覚だと確信した。

すぐさま目をこする。

すると、視界から切斷された上半も、汚らしいも全て消え去っていた。

視線の先には、確かに五満足の狀態で駆けるラビーの姿がある。

「どうしたんですか、ミサキ」

エルレアが心配そうに、百合の腕の中からこちらを覗き込む。

「いや、何でもない」

死をあまりに見慣れたせいで、幻覚を見てしまったんだろう。

僕はそう決めつけて、百合の腕に抱えられたエルレアのを抱き上げた。

「私のせいで、疲れさせてしまったのでしょうか？」

「岬はあれぐらいでへばったりしないよ、宿舎の時はもっとすごかったんだから」

「ユリもエルレアも、なんの話をしてるんだ？」

首を傾げるソレイユをよそに、百合とエルレアは意味深な會話を続ける。

そんな2人を前に、僕は苦笑いすることしかできなかった。

その後も、僕たちはソレイユに案されながらモンスの町を練り歩いた。

時に3人の會話に置いてけぼりにされつつも、逆に百合とエルレアと惚気けて見せてソレイユを置いてけぼりにしてみたり、服屋で著せ替え人形にされながら遊ばれたりと、楽しい時間を過ごす中――僕は散発的に発生する幻覚に悩まされ続けていた。

通りすがりの、晝間から酒場にり浸る鉱夫らしき男、立ち寄った甘味店の店主、そして百合、エルレア、ソレイユ。

見る幻覚は、決まって上半と下半が分離しているものばかりだった。

確かに死は沢山見てきたけれど、死因は様々だ。

を真っ二つにすることにこだわったつもりもない。

なら――僕が見ているこの幻覚には、一何の意味があるというのか。

得の知れない気味の悪さをじつつ、一通り居住區を見て回った僕たちは、一旦労働者ギルドのアジトに戻った。

扉をくぐって、元々禮拝堂として使われていた広間に足を踏みれると、フォードキンとラクサが難しい顔をして部下らしき男から話を聞いている。

「帰ったぞ！」

空気を読まずか、それともあえて明るく振る舞ったのか、ソレイユが手を上げて彼らに近づいていく。

一旦話を中斷すると、フォードキンとラクサはこちらを見た。

ソレイユの明るさを見てもその表は変わらない、よほど深刻な自が起きたのか。

「どうしたんですか、フォードキンさん」

僕が尋ねると、彼はし悩んでから口を開いた。

「……タヴェルナさんが、殺された」

低い聲で告げられる。

予想だにしていなかった自に、僕は困することしかできなかった。

「そんな、まさか！？」

帝國の工作員がそう簡単に死ぬわけがない。

何かの冗談だ、そう思いたい。

彼が居なければ帝國に渡ることも出來ないのだから、勝手に死んでもらっても困る。

「彼に聞きたいことがあったので部下を向かわせたんだが……そこで、死を見つけたそうだ」

「間違いなく死んでいたんですか？　顔が焼かれていたりはしませんでしたか？」

帝國の工作員なんだ、自らの死を偽裝工作することだって出來るかもしれない。

けど、僕のそんな淡いみはすぐさま打ち砕かれることとなる。

「間違いなく本人だ、顔もしっかり確認出來る狀態だったそうだ」

「死因は――」

「切れ味の鈍い刃で強引に、上半と下半が切り離されていた、と聞いている」

フォードキンは気持ち悪そうに口に手を當てながら、そう教えてくれた。

まるで答え合わせをされたような気分だ。

じゃあ、僕が今日見ていた幻覚は――ただの幻なんかじゃなかったってこと？

上半と下半が切り離されるなんてまともじゃない、ただの人間にできるはずがない。

つまり、アニマ使いの仕業である可能が高い。

「商人ギルドの仕業ですか？」

「あちらのアニマ使いの素は全員割れているのよ、なくとも5人のうちにそんな能力を持っているアニマ使いは居なかったわ」

「新たなアニマ使いが彼らの戦力に加わった可能は？」

「無い、と言いきれるわ」

ラクサの返答が一つ一つ可能を潰していく。

この自信、おそらく商人ギルド部から流れてきてる報なんだろう。

労働者ギルドのサブリーダーが言い切ったんだ、ここを疑っていたんじゃ話は進まない。

彼の言葉が事実だと仮定するのなら、つまりタヴェルナを殺したのは、労働者ギルドでも無く、商人ギルドでもない、第三者ということになる。

一、誰がそんなことを――

考える暇もなく、広間にバァンッ！　と扉を開く音が響き渡った。

奧の部屋から額に汗を浮かべ、青ざめた顔で飛び出してきたのは、労働者ギルドの構員らしき。

フォードキンに駆け寄る彼の手は、べっとりと赤いで濡れていた。

「どうしたんだいソフィア、それにその手は？」

「し、死んでっ……本部の中で、リーンが死んで……が、2つに分けられ……！」

ソフィアと呼ばれたは、と聲を震わせながら話した。

が2つに分けられて……間違いなく、タヴェルナを殺したのと同じ人間の仕業だ。

「犯人がこの中に侵してるってこと？」

「どうやってったんでしょう……」

「考えられない！　り口は限られているし、勝手にることはできないはずだし！」

ソレイユの言いたいこともわかるけど、相手がアニマ使いなら常識が通用する相手じゃない。

あるいは――労働者ギルド部に、すでに犯人が居る可能だってあるわけだし。

ソフィアに案され、全員で死の場所へと向かうと、そこには扉が何らかの工でこじ開けられたような形跡と、タヴェルナ同様に切れ味の鈍い刃で、強引に切斷された死があった。

ひょっとすると、扉をこじあけた何かと、リーンを殺した兇は同じものなのかもしれない。

獲が何にせよ、この町には、正不明の姿の見えない殺人鬼が迷い込んでいる。

景が歪む。

また幻覚だ。

フォードキンが死に、ラクサが死に、ソレイユが死に、百合が死ぬ。

背中のエルレアもたぶん無事じゃない。

皆殺しだ。

上半と下半を切り離され、臓を曬し、無殘に殺される。

そして同時に――

『お兄さん、面白い人だね』

そんないの聲を聞いたような気がした。