僕は必死に逃げていた。

攻撃は後回しだ、今は無様でもエクロジーから離れることを最優先としなければならない。

指先から放たれる線が時折肩を掠める、きまぐれに距離を詰めては繰り出される拳を、地面を転げながら回避する。

実力差は歴然としている。

どれだけウルティオが全力で走ろうと桂はぴったりとついてくるし、時折一気に接近して攻撃を仕掛けてくるのだ。

僕が弱るのを待っているのか？　だとしたら好都合だ、このままさらにエクロジーから離れてやる。

――今頃、百合たちは住民の避難を手伝っている頃だろうか。

百合もエルレアも、別れ際は泣きそうな聲してたな。

そんなの聞かされたら僕だって泣きたくなるっての、今生の別れってわけでもなしに。

「リ、ア、グィル、ジーン」

桂は相変わらず謎の言語を口にしている。

懲りもなく話しかけてくるってことは、何かしら僕に返事を期待してるってこと？

そもそもこっちの言葉は理解してるのかな。

「謝罪をご所なら、期待しない方がいいよ。今でも僕は広瀬に”あの世から一生土下座してろ”って思ってるぐらいだから」

……反応は無かった。

けど、僕の言葉を聞いた桂をきを止め、手のひらをこちらに向ける。

今までの攻撃とは異なる挙。

僕は警戒し、いつでも回避出來るよう勢を整える。

すると、桂の手のひらで魔力らしき紫の粒子が渦巻きはじめた。

その後に起きることは大察しがつく。

「ガーンデーヴァ！」

走って距離を開きながら、右腕に展開したクロスボウを放つ。

今のきを始めてから桂はきを止めた、手のひらのアレを使うためにはそれだけ集中が必要なんだろう。

ならあのチャージさえ止めれば――と思ったけど、矢は手のひらに當たった瞬間に消滅してしまった。

めげずに2発、3発と繰り返し放つも、やはり効果はない。

ガーンデーヴァじゃあのクラスの相手には効果は期待できないか、反もないし移しながら使えるから便利なんだけどな。

なら次は可変ソーサリーガンで！

念じると黒い銃がを纏いながら現れる。

相手は人間サイズ、ならば使うのは狙撃形態モードアンサラー。

グリップを握り、引き金に指をかけ、狙いをすまして銃弾を放つ。

ドンッ！

魔力の凝された握り拳ほどのサイズの球が、回避不可能な速度で桂に迫る。

「ギ、ニウッ」

バヂィッ！

ガーンデーヴァと同じく手のひらでけ止めようとするも、弾かれ溜め込んでいた魔力が霧散する。

良し、止まった。

「ラ、ルージ、カ、ヮウト」

次は両手で魔力のチャージを開始する。

先ほどと同程度の威力では止められないだろう。

けど、今のが僕の最大火力と思われちゃ困る、まだ僕には手段が殘ってる。

「彩花、力を貸りるよ……スキル発ブート、魔弾の手イリーガルスナイパー！」

スキル発と同時に、障壁が消失する。

代償として上がる出力、さらに多くの魔力が可変ソーサリーガンに込められる。

HP0、一撃でも攻撃を喰らえば死ぬ狀態。

けど、どうせ當たったら死ぬんだ、HPがあろうとなかろうと関係は無い。

しっかりと狙いを定め――発。

ドウンッ！

サイズは変わらない、しかしは濃く、見るからに込められている魔力量は増している。

例え両手になろうとも、そう簡単に止められてたまるもんか！

魔力同士がぶつかり、激しくせめぎ合い、火花を散らす。

「ガゥ、ジェゥア……」

バヂイィィッ！

しかし桂の手に渦巻いていた魔力は次第に押されていき、再び先ほどと同じように弾かれ、チャージした魔力は消え失せた。

彼は自分の手のひらとウルティオを互に見つめる。

「ィ、リァング、レイ、レイ、リ、クル」

意味はわからないけど、意志は何となく伝わってくる。

『過小評価だった、戦法を組み直す』とでも言ってるんだろうね。

そうやって桂がぼーっとしてるうちに、僕はさらに遠くへと駆けてゆく。

エクロジーの町並みはもう見えない、さすがにここでの戦闘なら百合たちを巻き込むことは無いだろう。

今のうちに魔弾の手イリーガルスナイパーを解除し、障壁を元の狀態に戻す。

さらに、今後の戦闘で使えそうなスキルを整理しておく。

霧に消える悪意ソーサリーチャフを使って姿もくらましておきたい所だけど、それで相手が諦めてエクロジーに戻られたんじゃ意味がない。

正直怖いけど、このまま姿を曬したまま逃げるしか無い。

親なる友スウィンドラーは戦闘向きじゃないし、卑劣なる俯瞰者ライフトーチャーはすでに発中、正義の味方ブレイバーは――ああ、そうか、このスキルのおでHPが減るほど耐久力が上がる、數字以上にはHPに余裕があると思っていいのか。

つまり、あと1発ぐらいなら攻撃をける余裕がある。

羨せよ我が領域ナルキッソスによる攻撃は止められた、でも使い所によってはまだ役に立つはずだ。

はてさて、この手札でどうする？

ヴァジュラは真正面からけ止められたし……いや、でも可変ソーサリーガンによる狙撃は確実に相手にダメージを與えていた。

どうして？　あの攻撃の時は平然としていたくせに。

チャージを中斷され、腕が弾き飛ばされるという明確なアクションが無かっただけで、実は有効だったのか？

ま、どうせ都合の良い切り札なんて無いんだ。

モンスで食ったアニマから手にれられたのも、スキルと武裝がそれぞれ1個だけ。

スキル影の病ドッペルゲンガー――鏡が無いと使えないスキルなんて、森と山しか無いこの場所でどう使えってんだか。

武裝の方も多數を相手にする時ならともかく、強い1人の相手には使いにならないみたいだし。

辛抱強く避けて、攻撃を叩き込んでいくしか無い、か。

考えているうちに、背後から桂が猛スピードで近づいてくる。

振り返り、頭部ハイソーサリーガンをして足止めを図る。

が、桂は雨のように降り注ぐ弾丸全てを用に避け、すぐさま僕の眼前にまでたどり著く。

「シヴァージー！」

繰り出される右足を、左手の手甲剣でけ止める。

ガゴォンッ！

手に鈍いしびれ、右半に凄まじい衝撃。

だがよろめきながらも、クリーンヒットは避けた。

しかし桂は続けざまに拳による攻撃を仕掛けてくる。

どうやら、弾戦が最も有効だと判斷したらしい。

確かにまあ、その気になれば――この図の差だ、こっちの攻撃なんて簡単に避けられてしまうだろう。

「っりゃあ！」

ブゥンッ。

シヴァージーによる斬撃は空を切る。

そして桂の緑の拳が、右頬に叩き込まれた。

ガゴォンッ！

脳に吐き気がするほどの衝撃、同時にが浮かび吹き飛ばされる。

桂はさらに吹き飛ばされているウルティオに近づき、顔のど真ん中に右ストレートを放った。

ボゴォッ！

「は、ぶぇっ」

けない聲がれる。

地面に叩きつけられ、何度かバウンドしながら転がると、最後は仰向けになりながら寢そべる。

頭がくらくらする、起き上がろうにもうまくがかない。

脳震盪に近い狀態なんだろうか、アニマでもそんなことあるんだな。

朦朧とする意識の中、桂がウルティオのの部分に降り立ったのが見えた。

現在のHP、2400/55800。

あ、死んだなこれ。

2発も毆られて耐えられたのは、正義の味方ブレイバーの効果のおかげか。

でも、どうする？　ここから、どうやって戦う？

仮に切り抜けたとしても、あと1発でも食らえば死ぬ狀況から、どう逆転しろって言うんだか。

ぼやける視界の中で、桂が拳を振り上げているのが見える。

のあたりってことは、心臓でも貫くつもりだろうか。

「ッ……アグニ！」

僕は桂のを握りしめると、手のひらに仕掛けられた火炎放を起させる。

著した狀態で、彼のに高溫の炎がまとわりついた。

「グ、ラァゥッ」

桂はすぐさま手を振り払うと、僕から離れていく。

はっ、やっぱまだ諦めるには早いかな。

全然効いてないわけじゃないんだ、まだまだ行ける！

桂はすぐさま反転して飛び蹴りを放ってくる、僕は転がりながらそれを回避。

ボグォオッ！

森に突き刺さった桂の蹴りは、木々のごと大地をえぐり、大量の土が舞い上がる。

どうにか起き上がった僕は、次に放たれた桂の拳をバク転しながら回避。

次は懲りもなく近づいてくる彼に向けて、凍結の魔法フリームスルスを纏った膝蹴りを放った。

パキ……キ……！

すぐさまを覆う氷は壊されてしまうけど、全く意味がないわけじゃない。

氷を壊すというワンアクションによって若干のきの遅れが生じる。

「そうか、氷か……」

僕は呟きながら、頭部ハイソーサリーガンを放ちながらバックステップ。

著地と同時に――

「ヴァジュラ！」

部大型ソーサリーガンを放。

桂のはに包まれた。

これが厄介なんだ。

確かにヴァジュラは威力が高いけど、桂のがビームにすっぽりと覆われてしまって見えなくなる。

そして彼は平然と、そのビームの中を移して僕に迫ってくるってわけ。

最初はそれでやられた。

けど、そう何回も同じ手でやられるわけにはいかない。

人間は學ぶ生きなんだから。

「スキル発ブート、羨せよ我が領域ナルキッソスッ！」

ヴァジュラの放もそこそこに、地面を蹴り上空へ飛翔。

「ゥイ、オ、ンァ」

ウルティオの寸前にまで迫っていた桂の拳は、虛しく空を切った。

そしてすぐさまこちらを見上げる。

桂はその場から垂直に上昇、僕の次のきを読み、下降からの飛び蹴りを待ち構えた。

でも甘いよ桂、そう同じ手を何度も使うつもりはない。

ウルティオの腳部が魔力を噴、下降を開始するも、向かう先は桂ではない。

全く別の方向――何もない地面に向かって、だ。

「フリームスルス！」

再び冷気の魔力を纏いながら、地面に著地。

地面は凍りつく。

き通った、不純の無い氷が土と木々を覆う。

「アィヲ、イェ、ウ」

僕の不可解な行に対応しきれないのか、桂の反応が若干遅れる。

罠の危険を考慮してスピードを落としながら、こちらへ接近してきた。

そして、彼が凍った大地の上に差し掛かりそうになった時――地面に向けて、頭部ハイソーサリーガンを発する。

土と共に、氷を舞い上がらせるために。

き通った氷は、周囲の景を鏡のように・・・・・映し出した。

「スキル発ブート、影の病ドッペルゲンガー」

右手を前に突き出しながら、宣言。

すると宙に浮かぶ氷に映し出された桂の姿が、実を持ち鏡と化した氷の中から這い出てくる。

それは1だけではない。

映し出された像全て――20以上の桂が、わらわらと氷から現れるのだ。

むろん、現れたコピーは所詮劣化したレプリカでしかないが、どうやらある程度コピーした相手に戦力は依存するらしい。

「リ、ォ、ル、ェ」

言葉からは読み取れない。

まあ、現れた自分のコピーに戸ってるんだと思っておこう。

桂は取り囲まれ、コピーたちは容赦なく桂に毆り掛かる。

11は大した強さじゃない、一度毆られただけで鏡のように砕け散ってしまう。

しかしそれが20。

ダメージはしずつ蓄積されていく。

僕は囲まれ、毆られる桂から距離を取ると、可変ソーサリーガンを構えた。

もちろん狙撃形態モードアンサラーで、魔弾の手イリーガルスナイパーを発しつつ。

桂のきが鈍っている。

やはりヴァジュラも、全くノーダメージだったってわけじゃないらしい。

ただ、痛みをじないだけで。

狙撃タイミングは、コピーがある程度減り、狙いを定めやすくなった瞬間。

遠方からの狙撃でとどめを刺す、それでおしまいだ。

けど……どうにも引っかかる。

確かに強かったけど、威力も頑丈さもヘイロス・ブラスの方が上だったようにじられたからだ。

あの時は、僕だけじゃなく百合やエルレア、フラン、キシニアまで一緒だった。

つまり、1対5の狀況で、さらにはオリハルコンの暴走を発してどうにか勝てただけ。

なのに今回は、満創痍とは言え、僕1人だけで倒せてしまいそう。

プラナス曰く、”羽化”した人間はオリハルコンをにまとった時よりも更に強くなると言っていた。

あれがさらに強くなった狀態だって言うんだろうか。

それとも、まだ何か――

「コ、ィ」

聲が聞こえる。

桂の聲は、耳を傾けてみると、最初の時よりもはっきりと、明確になっている気がする。

彼自が、に慣れてきたのだろうか。

そして、數の暴力に翻弄され、きが明らかに鈍りながらも、反撃もせずに落ち著いた様子で何かを呟いた。

「ヘ、イ、ロ、ス」

聞き覚えのあるその言葉は――桂のアニマの名前。

僕は妙に納得してしまった。

彼が思ったより強くなかった理由が、なるほどそうだったのか、と。

桂のがに包まれる。

その向こうに見えるシルエットは、何度か戦したヘイロスそのもの。

しかし、は緑、はき通り、なにより孕む魔力の量が違う。

が晴れ、その姿を白日のもとに曬したヘイロスは、背負った験――エクスカリバーを引き抜くと、軽く薙ぎ払う。

バシュウッ！

切り裂くとか、砕けるとか、そういうレベルではなく、彼を囲んでいたコピーたちは一瞬にして消滅した。

「シロ、ツメ。こコ、からが……本番、だ」

剣の切っ先をこちらに向け、桂が抑揚の無い聲で宣言する。

何が本番だか、もう終わってるようなものじゃないか。

僕は心で悪態を付きながらも――退くことは許されない、と引き金にかけた指に力を込めた。