そこから――始めて戦いらしい戦いが始まった。

躙ではなく、真っ向からの力と力のぶつかり合い。

無論、能力で優れているのはヘイロスの方ではあるが、所詮”今はまだ”に過ぎない。

「シィッ！」

ヘイロスは暴食グラトニィを発させまいと、小刻みにコンパクトな攻撃を仕掛けてくる。

パワーよりもスピード重視、したがってシヴァージー・マギアならばけ止めることが出來る。

しかし桂がそういった手を使ってきたという事は、ようやくウルティオを脅威として認識してくれたらしい。

フォン――バヂィゥ！

激しく火花を散らしながら、空中でぶつかり合う剣と剣。

周囲の魔たちは衝撃波によって吹き飛ばされ、近づくことすらできなかった。

邪魔がらないのはいい、けどこのままスキルを発出來ずに、しずつ追い詰められていくのもつまらないな。

使い慣れない武裝ばかりで上手くくかわからないけど、やってみるか。

「アンサラー・スレイヴ、行けぇッ！」

ガギンッ！

金屬音と共にウルティオの両腰から、小さなユニットが2つパージする。

機から離れたそれは、浮かんだまま変形した。

生きる銃のように自・・で敵を打ち貫く、バレルに羽が付いたようなユニットこそが、アンサラー・スレイヴ。

その名の通り狙撃形態モードアンサラーの機能をけ継ぎ、さらに喰らった羽蟲型の能力を追加した新たな武裝だ。

エクスカリバーでの近接戦闘を仕掛けてくるヘイロスを敵と認識し、スレイヴたちは銃口から魔力を放つ。

バシュゥッ！

ヘイロスは2方向からの撃を、既で避けたものの――

「新たな武裝……そうか、吸収するのは能力だけでは無かったか」

不意を突かれ、生じるタイムラグ。

それを僕は見逃さなかった。

「スキル発ブート、暴食グラトニィ！」

こちらに近づけず、遠巻きに見ているだけだった魔たちの背後の景が歪む。

そして歪んだ空間の向こうから現れた、醜悪な捕食口。

暴食は、一定範囲のHP3000以下の相手を無條件で喰らい盡くす。

無論、死んでいるアニマだって例外じゃない。

「っ……はあぁ……」

開く・・は相変わらず……いや、以前よりもさらに強烈で。

戦闘中だっていうのに妙な聲が溢れてしまう。

が熱を帯び、溢れる力に恍惚とする。

すでに100単位の魔を喰らったウルティオは、暴食グラトニィを発させてもあまり姿が変わることは無かったけれど、何も変化が外見だけに生じるものじゃない。

數多の魔の魂アニマを喰らい、その力を取り込む度に、武裝は増加し、変異する。

シヴァージーとハイソーサリーサーベルがシヴァージー・マギアに姿を変えたように。

狙撃形態モードアンサラーがアンサラー・スレイヴに姿を変えたように。

使い慣れた他の武裝とて――

「小さい上に素早いとは、剣で落とすのは困難か。ならば――クラウソラス」

ヘイロスがスレイヴに苦戦する中、僕は右手にクロスボウを展開する。

ガーンデーヴァだ。

しかしその形は以前と若干異なる。

矢が裝填され、照準をスレイヴを落としたヘイロスに向け、放つ。

「無駄だ」

桂はもちろん手にした剣で迎撃しようとした、払い落とそうとしたのだろう。

だが、矢には彼の剣が屆く前に火が燈り、やがて猛々しく揺れる炎となると、弾けて火の雨となりヘイロスへと降り注いだ。

ドドドドドドドォッ！

火の群れに周囲に居た魔たちも巻き込まれ、ことごとく倒れていく。

「……これも新たな武裝か」

「ガーンデーヴァ・アグニって言うんだ。前とは違って威力も十分だったでしょ？」

「確かに強くはなった、だが損傷はあまりに軽微だな」

桂は折れない。

いや、そもそも折れるという観念自が存在していないのか。

ダメージが無いわけ無いんだけど、それでも彼は一直線にこちらに向けて迫ってくる。

恐怖も消えてるんだろうし、當然と言えば當然か。

「速度ならばまだこちらが上だ」

「それはどうかなあ？　スキル発ブート、羨せよ我が領域ナルキッソス！」

地上ならば上空へジャンプするだけのこのスキル。

しかし空中で使うと、腳部から吹き出す魔力によって擬似的なブースターとして使うことが出來る。

一瞬とは言え、この戦闘においてその一瞬は大きな意味を持つ。

「アンサラー・スレイヴ！　ガーンデーヴァ・アグニ！」

距離を取りながら再度スレイヴの生、さらに”軽微”と稱された武裝で足止めを図る。

エクスカリバーの一薙ぎで火を吹き飛ばすヘイロス。

桂の頭なら、その一太刀がどれだけ重い意味を持つのか理解しているはず。

「暴食グラトニィ！」

さらに魔を喰らう。

ひとまずHPの確認、殘りは――123500/347250。

「……っは」

思わず笑いがこぼれた。

そっか、30萬か。

そりゃウルティオも原型を留めてないわけだ。

けど、僕は同時に恐怖した。

暴食グラトニィの力がなければ、こうしてヘイロスとまともに戦うことすらできなかったのだから。

大量の魔、というお膳立てが合ってこそ始めて立した戦い。

こんな化を、王國はただオリハルコンをくっつけるだけで作ることが出來る。

昔の人ら、こいつら倒すのにさぞ苦労したんだろう――なっ！　と。

ガギィンッ！

火の雨の中を突っ切ってきたヘイロスと剣同士でぶつかり合う。

アンサラー・スレイヴの撃は無視することに決めたらしい。

背中を撃たれながらも、桂は真正面のウルティオとの戦いに集中していた。

だが――力は拮抗している。

小細工無しで、まっとうに鍔迫り合っている。

「互角……か」

「ついに、だね」

「だが、僕の勝ちが揺らいだわけじゃない」

「負け惜しみをっ！」

「違う、冷靜な分析だよ」

ぐっと腕に力を込める。

するとヘイロスはわずかに後退した。

ほら見ろ、し力をれただけで立場は逆転する。

互角なんかじゃない、今は僕の方が上――

「クラウソラス」

至近距離で、彼はそう呟いた。

ヘイロスの背中からクラウソラスが放たれ、そしてすぐそばでぐにゃりと曲がると、ウルティオの無防備な背中で炸裂する。

「がっ……」

強い衝撃に、思わずバランスを崩した。

ヘイロスは前のめりになるウルティオを避け、そしてさらに落下する背中に向かってエクスカリバーを振り下ろした。

ズドォンッ！

背骨が折れたかと錯覚してしまう程の、吐き気がするようなインパクト。

僕のは一瞬にして地面に叩きつけられ、顔面含めてを強打した。

ちっ、ちょっと調子に乗りすぎたか。

寢たまま橫へ転がり、回避。

直後、先程まで僕が居た場所にガラティーンのが突き刺さった。

風に巻き込まれさらに側方へ吹き飛ばされる。

飛んだ勢いで起き上がり、エクスカリバーで斬りかかってくるヘイロスの攻撃を後退して避ける。

バックステップの著地時、武裝を発。

「フリームスルス――」

「氷結武裝か、だが當たらなければ意味は無い」

ブォンッ！

確かに僕の蹴りは空を切った。

フリームスルスは蹴りが命中して始めて効果を発する武裝。

でも、それが以前のフリームスルスと同じだと、誰が言った？

「ヴィント」

風を意味する言葉を付與され、腳部凍結機構フリームスルスはさらなる力を得る。

すなわち、腳部広域凍結機構フリームスルス・ヴィント。

ビュオオオオオォッ！

蹴りと共に生じた強風。

全てを凍りつかせる魔力はその風にも込められ、前方一帯の全てを凍りつかせる。

その氷結溫度は、以前のフリームスルスとは比べにならない。

「氷が……剝がれない、ヘイロスの力でも……！」

全が凍りつき、まともにきが取れなくなるヘイロス。

そんな彼を前に、僕はついに最後の一撃をお披目することにした。

彼のHPがどれほど削れているかはわからない。

これがトドメになるというのは、あくまで僕の勘だ。

をオリハルコンに奪われた彼は、HPが0に近づいたとしてもそれを表には出さないだろうから。

「ぐ……がっ！」

僕は部裝甲を展開、かつてヴァジュラと呼んでいた武裝の必須パーツ、コアをむき出しにする。

魔力を溜め込み、それを一気に解き放つための水晶。

つまりこれには、ウルティオのでもっとも多くの魔力が宿っていた。

それを右手でつかみ、握り、部から引きちぎり、取り出す。

「何をするつもりだ」

「はは……嫌がらせ、だよ」

これは復讐だ。

ならば相応しい方法で幕を下ろさなければならない。

取り出したコアを桂に見せつけるように掲げると、僕は意識を集中させて左手に銃を生する。

可変ソーサリーガン、殲滅形態モードブリューナク。

いや、可変機構は無いから、ただのブリューナクという銃とでも呼ぶべきだろうか。

僕はそれに取り出したコアを當てると、ブリューナクは中にそれを飲み込んでいく。

「ヴァジュラのコアを銃弾とし、この銃で撃ち抜く」

「それの何が嫌がらせだと？」

「わかんないかなぁ。ヴァジュラの持ち主は広瀬、そして銃の持ち主は彩花」

「……だから、なんだと」

桂の聲が震えている。

はない、オリハルコンによって無理やり奪われたから。

けど、魂まで人外に落ちぶれているのだろうか。

果たして、何もかもがれ替わっているのだろうか。

彼が人の心の殘滓と呼んだものは、果たして僕との対話だけで全て吐き出せたのか。

おそらく、答えはノーだ。

僕への憎しみごときのすら殘っていたんだ、だったらもっと別の、大事で厄介なアレが殘ってるはずなんだ。

それは、広瀬への想い。

「彩花の力で打ち出された、広瀬の魂で死ぬんだよ。この攻撃の全てが、桂に報いを與えるんだ」

「……っ」

「みじめだよね、あんなに一緒に居たのに、盡くしたつもりだったのに、報われないどころか殺されるだなんて」

「団十郎」

「そう、だんじゅうろうクン。ウルティオの捕食はさ、魂を喰らう行為なんだ。まあ、とか意志とか記憶あたりはどこかに消えちゃうみたいだけど、この銃に込められた弾丸は、紛れもなく広瀬の魂の一部なんだよ」

「僕は……僕は……」

そうそう、その調子。

せっかく最期なんだから、今ぐらいは人間らしさを取り戻そうよ。

そして悔み、憎み、泣きびながら死のう。

それでもまだ、彩花を貶めたお前には甘すぎるぐらいなんだから。

「……いや、だ」

「ん？」

「いやだ、いやだ、いやだ、死にたくない……団十郎に、殺されたくない……！」

「うんうん、そうだろうね」

「そうだ、僕は……僕は、団十郎のことをしていた！　ずっと一緒にいたかった！」

「へえ、それでそれで？」

「だからっ」

桂がこんなにをわにする姿を見るのは、始めてだった。

それが緑の結晶になった狀態、ってのは愉快な狀況ではあるけれど、彼の本音を引き出せたことに違いはない。

を取り戻した彼には、未練が殘るだろう。

死んでも死にきれないほど、強い未練が。

これで、舞臺は整ったってわけだ。

「他なら何でも良い。だからどうか、団十郎に、僕を殺させな――」

「斷る、彩花ブリューナクだってそう言ってる。メルクリウス、発シュート」

桂の言葉を最後まで聞き屆けることなく、僕は引き金を引いた。

コアはブリューナク部でむき出しの魔力の塊となり、超高速で放たれる。

チッ。

電気がほとばしるような音が聞こえたかと思うと、靜かに銃口からコアは放たれ――

視界は、白いに覆われた。

キイイィィィィィィ――

派手な発音は無く、耳鳴りに似た音だけが聞こえる。

暴食グラトニィによって増大した出力、そしてコアそのものを銃弾とすることによって引き上げられた威力。

この2つの相乗効果によって、メルクリウスへと生まれ変わった新たな武裝は、破壊ではなく対象を消滅させることを可能とした。

が次第に弱くなり、景が戻ってくる。

――僕の目の前に立っていたヘイロスは、もはや跡形も殘っていなかった。

代わりに、ヘイロスが立っていたであろう場所を始點として、巨大な扇型のクレーターが出來ている。

クレーターは森をえぐり、前方の山を消失させ、さらに奧にある町の寸前で止まっていた。

その威力は、あのヘイロスのガラティーンすら凌駕するほどだ。

コアはしばらくすればまた生される。

消耗する魔力量は途方もない量だけど、今のウルティオなら気にするほどではなかった。

「ああ、やっと……倒せたん、だ」

長い、戦いだった。

実際の時間はわからないけれど、いくら傷を魔で補ってきたとはいえ、神的な消耗が激しい。

さらにヘイロスを倒したことで気が抜け、足元がふらついてくる。

「は、はは……そりゃそうだよ、あんな化……絶対、勝てないと思ったし……」

さらには意識まで朦朧とし、立っていることすら出來なくなってくる。

地面に膝をつき、手でを支えることで、どうにか姿勢を維持。

けれどそれすらも出來なくなり、ついにウルティオは地面に寢そべってしまった。

「まだ……魔、殘ってるのに……」

が言うことを聞かない。

食いすぎて、変わりすぎて、まだ……適応、出來ていないのか。

戦いで、消耗が激しいし……いくら魔とはいえ、意識を失ったら、危な……い……。

◆◆◆

「さあ、良い子だから行きなさい」

が犬型魔にれながら命令すると、魔は命じられるままに走り出す。

前方には別の魔が、牙をむき出しにしながら威嚇している。

しかしそんなことはお構いなしに、魔は走り、加速し――やがて、その足は宙に浮かびあがる。

グシャアッ！

そのまま犬型は前方の魔に激突し互いに頭部をひしゃげさせながら、絶命した。

「これでぜんぶ、かな」

灰で細のアニマは、らしい歩き方で森を進むと、とある場所で立ち止まった。

「魔が群がっていたから助けてみたけど、変わった形のアニマ」

彼は地面に倒れるウルティオに手をばし、「ん、んん……っ」と苦しそうな聲を上げながら機を持ち上げた。

「このアニマの中が、岬ちゃんだったらいいのに。なーんて……そんな運命の出會いみたいなこと、あるわけないよね」

言ってから、命みことは「はぁ」と小さくため息をついた。

そしてウルティオを抱いたまま、ふらふらと無人のエクロジーへ向かって歩いて行く。

周囲には、彼が仕留めた無數の魔が倒れていた。

死は全て、21組。

そのどれもが――魔同士が・・・・衝突する・・・・という、奇妙な死に方をしていた。