目を覚ますと、薄暗くぼやけた天井が見えた。

何度かまばたきを繰り返すと、霞んだ視界が次第にクリアになっていく。

次はを起こそうとするものの、思うようにいてくれない。

し気合をれて腹筋に力を込めると、ずきっと疼くような痛みをじた。

「っぐ……」

思わず苦悶の聲が出る。

そっか、エルレアから傷を移植して……そのまま、治らなかったんだっけ。

しかし”痛い”だけで済むとは、一あれから何日経ってしまったのだろう。

まったく、つい最近まで一週間も寢ていたくせに、また數日意識を失っていたんだろうか。

それにしたって、たかが數日でここまでが鈍るものだろうか。

この重さ、まるで金縛りのようだけど――と、視線を足元の方に向けると。

の子たちが、寄ってたかって僕の足を枕にして眠っていた。

ちなみに、ラビーは部屋の隅の椅子に座ったまま寢ているらしい。

百合は右足、お姉ちゃんは左足、フランはなぜか足と足の間に頭を置き、そしてエルレアに至っては僕の足の上に橫たわっている。

まあ、たぶん誰かがそういう風に彼のを置いたんだろうけど、それにしたって――

「およそ怪我人に対する扱いとは思えんのう、林の主よ」

そうそう、それを言いたかったんだけど。

聞こえてきたのは、知らない誰かの聲。

聲の主――部屋の口の方へと視線を向けると、そこには小さなが居た。

フランとあまり変わらない長に、しかし彼よりも大きな態度。

お姉ちゃんを思わせる腰までびた黒い髪に、赤い瞳。

表ににじみ出る自信と、裏腹にか細い。

ここが帝都にある城の中だとして、好き勝手に出歩ける人間――その心當たりが、一つだけあった。

「リアトリス・スピカータ？」

それは、インヘリア帝國の皇帝の名だった。

彼は僕の言葉を聞いてにやりと笑う。

「初対面で皇帝たる我を呼び捨てとは、平民であればその場で打ち首だぞ、ミサキよ」

「……あ、そっか。偉い人、なんですよね」

「くっくく、偉い人か。そうだな、我は偉いぞ。帝國、いや世界で一番偉いのが我だ、世界を統一し統治するに相応しい人間はこの世界に我一人しかおらぬ」

淀み無く、冗談のニュアンスも含まずにはっきりと言い放つ。

フランやお姉ちゃんから何度か名前は聞いていて、その話しぶりから相當な困ったちゃんであることは想像していたけれど。

なるほど確かに、これは一筋縄ではいかなそうだ。

「だが、我は我の偉大さに溺れ、権力により他人に圧をかけるだけの愚かな人間ではない。が大きいのだ、素直に禮も言えるぞ」

「はあ」

未だに何のために僕の前に姿を現したのかわからないリアトリス、もとい皇帝。

まさか、顔を見に來ただけ、とか？

にしてはやけに前置きが長いし、関係のない話ばかりしているような気がする。

僕が彼の真意を測りかねていると、リアトリスはおもむろに真剣な顔で言った。

「ミサキ、お前が居なければ帝國は終わっていただろう。ありがとう、心の底から謝している」

そして、深々と頭を下げる。

僕はその景を、ぽかんとして見ていた。

すると禮を終え頭をあげたリアトリスが、不満げな表で言う。

「我の禮にリアクションすら無いとは、どこまでも無禮なやつだ。平民であればその場でギロチンだぞ」

どれだけ平民を殺したいんだこの人は。

けど、僕の反応が無かった事が失禮なのも事実で。

僕はどうにか頭をひねって、なんとか言葉を返した。

「えと、僕は僕の目的を達するためにやっただけなので、帝國を救っただなんて大げさなことをしたとは思っていません」

「ほう、つまりそこで寢ておるどもを守るためだと？」

「それももちろんありますし、何より――あの3人を殺したかったんです、僕自の手で」

言いながら、思わず僕は笑顔を浮かべてしまった。

戦力差を鑑みるに、帝國と彼ら3人が戦って、3人の方が無傷でいられるはずが無いわけで。

おそらく、何らかの理由で彼らに傷を與えられなかったか、あるいは彼らの傷が治ってしまう”出來事”が起きたのだろうけど。

おかげで、僕は自分の手で復讐を遂げることが出來た。

つい笑ってしまうのも仕方のないことだ。

「くっくくく、くはははははっ！　そうか、そうだろうな、やはりアニマ使いはそうでなくては！」

僕の返事を聞いたリアトリスは、突如大きな聲で笑った。

もちろんそんな聲を出したら、眠っている彼たちも目をさましてしまうわけで。

一番最初に百合が「ん……」と小さく聲を出してく。

「おっと、我としたことが。あまりに愉快で抑えられんかったわ」

「そんなに面白かったですか？」

「ああ、やはりミコトの弟だな。さて、の再會の場に我が居たのでは輝き過ぎて水を差す。今日の所は帰らせてもらうこととしよう」

彼は踵を返し、部屋を出ていく。

結局、禮を言うためだけにここに來たのか。

一筋縄ではいかないけれど、なかなか律儀な人らしい。

「おっと、1つ言い忘れておったが」

そのまま部屋を出ていくかと思いきや、リアトリスは扉の寸前で足を止める。

そして首を回し、橫目だけをこちらに向けると――

「勘違いされると困るのであえて言っておくが、我はお前やミコトより年上だからな？　見た目だけで判斷せぬことだ」

からかうように言って、軽く手を上げてそのまま去っていった。

僕はしばし、彼が去った後も、閉まった扉をぼーっと見ていた。

……々とすごい人だったな。

濃な時間にし休憩がしい所だったけど、そろそろ目を覚ます彼たちがそれを許してくれそうにない。

「ん……岬……？」

百合は僕のふくらはぎ辺りに埋めていた顔を上げ、目をりながらこちらを見た。

まだ寢ぼけているのか、表に締まりがない。

「おはよう。って、外は暗いしみんなは寢てるし、今は深夜なのかな。じゃあ、こんばんは？」

「うん、こんばんは」

今日はやけに寢覚めが悪いみたいだ。

ま、あんな勢で寢てたんじゃ疲れも取れないだろうし、仕方ないか。

「あれ、岬……？　岬が……夢？　いや、これ夢じゃ……ない」

次第にぼんやりとしていた目にが宿り、百合の意識が覚醒していく。

「岬が、起きてる。岬が起きてるっ、起きてるっ！？　ねえ、岬が起きてるよっ！　みんな、寢てる場合じゃないって！」

ようやく目が覚めたらしい百合が、エルレア、お姉ちゃん、フラン、そしてラビーと順番にを揺らして起こしていく。

全員がゆっくりと寢ぼけた狀態で目を覚ましたのを確認すると、最後は僕の前に立ち、に頭を押し付けるようにして抱きしめた。

らかい、けどちょっと苦しい。

「よかったぁ……岬、もう目を覚まさないんじゃないかって……！」

「あれで死んだら間抜けじゃ済まないよ」

「でも、3日も目を覚まさなかったじゃない！　もう、あんまり無茶して心配させないでよぅ……っ」

涙聲で喋りながら、百合は僕の頭を強く強く抱きしめる。

されてるんだなって強く実できて、僕の頬は自然と緩んでいた。

そうこうしている間にも他の面々が目を覚まし、僕が起きていることに気づき騒ぎ始める。

「岬ちゃあんっ、良かったよぉ！　私のせいで死んじゃうんじゃないかって、何回泣いたかわかんないぐらいだったんだからぁぁぁっ！」

そう言いながら、また涙を流して僕のに抱きつくお姉ちゃん。

「わだじ……わだぢぃ、このままミサキが目をさまざながっだらぁ、ぜっだいしんじゃうっでぇ、だからぁ、だからあっ……うわあああぁぁぁんっ！」

なかなか見られないほどをわにして、顔をぐしゃぐしゃにしながら僕のお腹に顔を埋めるエルレア。

すっごい痛いけど、まあ、今ぐらいは我慢しておこう。

心配をかけたのは事実だしね、特に彼には。

その頭に手をばしでてやると、エルレアは自らの頭を手のひらにこすり付けた。

でも、ああしなければエルレアが死んでたかもしれないんだし、後悔はしていない。

こうやってれ合えるのも、お互いに生きてるからこそ、なんだしね。

「ボクはミサキさんは必ず目を覚ますって信じてましたよ、これぐらいで死ぬようなタマじゃありませんからね」

ラビーはし離れた場所から、なぜか自慢げに話している。

そしてフランは、なぜか釈然としない表で、立ったまま僕を見ていた。

「どうしたの、フラン？」

「お姉さんが死ななくて、私嬉しいんだな、と思って」

「それが、そんなに不思議なことなの？」

「うん、不思議。とても不思議だけど――今は深く考えないで、みんなと一緒に、お姉さんが目を覚ましたことを素直に喜ぼうかなっ」

そう言って、フランは他の3人を真似するように、僕の足にしがみついた。

その後、彼たちが満足するまで僕は抱きしめられ――解放されるころには、へとへとになってしまっていた。

みんな怪我人相手に容赦無いなあ、こういうのが重いって言うのかな。

けど、気だるさと痛みをじながらも、僕はそれ以上の幸福に満たされていて。

しずつ、心の傷が癒えているのを実していた。

やっぱり、復讐相手が殘り7人になったことが大きいんだろうか。

人數が減る度に、心が軽くなっていく。

この世界にもう彼らが存在しないんだと思うだけで、救われたような気持ちになる。

失ったは取り戻せないけれど、奪われたは奪い返すことが出來る。

新たに手にれることだって出來る。

僕にとっての復讐って、そういうものだ。

過程であり、結果ではない。

その先にある未來をより良いものにするための手段。

意識を失う前、帝都で見たあの姿は確か――木暮きぐらし、長穂ながほ、梅野うめの、咲崎さきざき、姶良あいら、六平むつひらのアニマだったはず。

彼らはいるんだ、ここに。

僕が居ることも知らずに、まんまと・・・・亡命してきた。

この機を逃す手は無い。

殺さなければ。

例外なく、弄びながら、後悔と憎悪の中で苦しみ藻掻く彼らを。

可能な限り無様で、見苦しい死に様を。

そのためにはまず――さて、まず誰を駒として利用しようか。