《人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』でり上がる~》82 芽吹き

梅野の死から時間が経過し、それでも何故か死んだはずの梅野がき回っていると言う狀況は、木暮と姶良から現実を喪失させつつあった。

何せ、周囲に聞いても口を揃えて”梅野を見かけた”と言うのだ、ならばそもそも彼の死自が噓だったと思いこむほうが楽だし2人にとって都合がいい。

あの日は夢を見ていたのだ。

2人がそう結論を出すまでに、そんなに時間はかからなかった。

そして彼らは、しずつ落ち著きを取り戻し、現実から目を背けて日常へと回帰していく。

そんなの、僕が許すわけもないのに。

皇帝の部屋から出た僕は、まっすぐに姶良の部屋に向かった。

夕食まで若干時間のあるこのタイミングなら、まだ木暮は部屋に來ていないはず。

軽くノックをして名乗ると、彼はすぐに僕を部屋にれた。

これまですでに數回姶良の元を訪れており、すっかり警戒は解けたようだ。

「ごめんね、なかなか良くならなくて」

「いいよいいよ、ゆっくり治していこう。環境が変わるとどうしても調って崩れるものだから」

たちの前で善人を裝うのは、やはりとてつもない苦痛だ。

けれど、彼たちを取り巻く環境を自分が掌握しているんだ、という実が、それ以上に大きな優越を僕に與えてくれる。

その歓びこそが、僕を突きかす原力だった。

「そういえばさ、この前、姶良さんと一緒に果を食べたよね」

「うん……ミリーっていう果だっけ、すごく味しかったよ」

「気にってもらえてよかった、また持ってくるよ。けどさ、あの時に確か……この部屋に、ナイフを忘れていったと思うんだけど」

姶良のがびくんと反応を見せた。

わかりやすいなあ、はは。

でも、見て見ぬふりをする。今の僕は優しい上司だから。

「心當たり、ないかな。食堂から借りてきただから、失くしたって言ったら怒られちゃってさ」

「私は……知らない」

「あれえ、そうなんだ。おっかしいなあ、じゃあどこで落としたんだろう、食堂に帰る時かな」

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すこし大げさに演技しながら言うと、姶良は勝手に追い詰められていく。

手は小刻みに震え、首筋には汗が浮かんでいた。

そこで、もうひと押し。

ガタンッ。

部屋の外から聞こえてきた音に、僕と姶良は同時に扉の方を見た。

「なんだろう、何か落ちたような音がしたよね?」

「……うん」

「見てくるね、ちょっと待ってて」

僕は立ち上がり、扉を開くと、足元に落ちていたそれを拾い上げた。

刃が鞘に収まった、小型のナイフだ。

僕が姶良に果をご馳走したときと同型の――というか、全く同じもの。

「あれ、なんでナイフがこんな所に?」

そう言いながらナイフを姶良の方に見せつけると、彼は目を見開く。

僕と全く同じことを考えたんだろう。

けれど、僕にとってはただの果ナイフでも、姶良にとっては梅野を殺した兇

け止め方の深刻さは、僕よりも彼の方がずっと深くて。

「っ!?」

調が悪いはずの姶良は素早いきでベッドから這い出ると、こちらに駆け寄り、僕の手からナイフを奪い取った。

「はぁ、はぁ、はぁっ!」

「ど、どうしたの姶良さん、そんなに急に立ち上がったらまた合が悪くなるよ? それにそのナイフ、僕が持ってきたやつだよね?」

「はぁ、はあぁ、はあぁぁっ」

「食堂に返さないといけないから、貰ってもいい?」

「だめえぇっ!」

姶良は必死にぶ。

そして覗き見るようにちらりと鞘をずらし、刃を見ると――そこにべったりと付著する黒ずんだを見て、また慌てて刃を隠した。

青ざめた顔、絶に満ちた表

そうそう、いいよその表

僕はそれを見るために、わざわざ六平を使ってナイフを外に置かせたんだ。

どう? 現実に引き戻された気分は。

最高に最悪だよね、吐きたいぐらいだよね。

じゃあ、次はそれを木暮に見せよう。絶を共有しよう。

そして自覚するといいさ。

梅野を殺したのは、私なんです、ってさ。

「姶良さんがそんなにそのナイフを気にったなら、僕も無理強いはしないよ。もし不要になったら返してね、食堂に戻さないといけないから」

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「ふうぅ……ふううぅぅ……」

「さっきよりも顔が悪いけど、大丈夫?」

「はっ……ぅ、大丈夫じゃ、無い。気持ち悪いから……寢るね。ひとりに、して」

「わかった、何かあったら僕か木暮くんを呼んでね」

不自然なまであっさりと引き下がると、僕は部屋を出た。

これで良し。

ああ見えて、姶良は酷く自己中心的なだ。

姶良と咲崎は殘された數ない子で、比較的うまく付き合っている、友人とも呼べる2人だった。

だというのに、姶良は咲崎から木暮を奪ったんだ。

男子けの良い優しくておっとりとした――そんな仮面は、姶良を追い詰めていけば自ずと剝がれる。

そうなった時、ヒステリックに喚く彼れられるほどの量は、木暮には無い。

何せ、木暮は木暮だから。クラスの勝ち組にはなれなかった、中途半端な男だから。

結果、2人は孤立する。

頼れる相手が居なくなった時、もはや彼らは、哀れなモルモットでしかない。

手のひらの上で好きに踴らせて、疲れ果てたら殺してしまおう。

さて、まずは――

◇◇◇

姶良と木暮の仲違いイベントは、僕の予想よりも早く、その日のうちに発生した。

追い詰められ、限界を迎えた姶良は木暮を責めたてた。

『あなたがちゃんと死を隠さないからこんなことになったんだ』

対する木暮は、もちろん反論する。

『お前が殺したくせに、なんで俺がそんなことを言われなくちゃならないんだ』

うん、正論は間違いなく木暮の方だ。

しかし姶良は自分が正しいと信じることをやめない。

口論は平行線、2人の意見はわること無く――喧嘩はヒートアップし、木暮は部屋を飛び出した。

翌日になっても木暮は姶良の部屋に行く様子はない。

そして同時に、いつの間にか咲崎も姿を見せなくなっていた。

今日も作業のために外に出た所で、浮かない表をした木暮が僕に近づいてくる。

「あの、白詰さ。梨里がどうしてるか知らないか?」

つい最近、咲崎と喧嘩した手前、直接聞きに行くことも出來ないのだろう。

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僕はすぐさま答えた。

「実は、昨日あたりから調を崩してずっと寢てるみたいなんだ」

「梨里まで!? いや……そうだな、以前から辛い出來事があるとすぐに調を崩してたし、そうなるのも仕方ないか」

10割方、お前のせいだけどね。

「ただ調を崩しただけだったら良かったんだけど」

「何かあったのか?」

僕はうつむきがちに、まるで咲崎のを案じているような表を作りながら、低い聲で言った。

「失聲癥。ストレスとかが原因で発癥するらしいんだけど、一時的に聲が出ない狀態みたいで」

「そんな――梨里が、いつの間に!?」

「昨日だと思う。咲崎さんにとっては聲が出なかった事自もショッキングだったみたいで、部屋から出ようとしないんだ」

木暮は悔しそう歯を食いしばった。

自分が原因だということに気づいているからだろう。

しかし、それでも彼は咲崎に會いに行こうとはしない。

姶良と関係まで持った人間が、今さらどの面を下げて會いにいこうというのか。

「なあ白詰、無責任だってことはわかってる。でも……頼むっ、梨里のこと、見てやってくれないか!」

深々と頭を下げて、頼み込む木暮。

あの木暮が、僕を毆ったこともある木暮が、あろうことかその僕を信用して、頭を下げるなんて。

馬鹿馬鹿しい、笑い飛ばしてやりたくなる。

「わかった、咲崎さんのことは任されたよ。その代わり、作業の方頑張ってね、木暮くん」

「ああ、わかった。ありがとう白詰!」

ありがとう、か。

どうしてこの男は、何もかもが僕の思通りだってことに気づかないんだろうか。

と言うか、よくもまあ、仲間を1人殺して、埋めておいて、グループのリーダー面できるよね。

その顔の面の厚さだけは、尊敬するよ。

◇◇◇

僕の予定では、このまま木暮とも疎遠になった姶良を追い詰め、殺すはずだった。

しかしその日の晩、予想外の出來事が起きる。

考えてみればあり得る展開で、計畫が狂ってしまったのは、見立ての甘かった僕のミスだ。

要するに、姶良がなぜあんな男けの良い格になったか、という話。

本的に寂しがり屋だった。

あまりに寂しいので、常に誰かしら男子を隣に置いとかなければ我慢出來ない程に。

考えてみれば、日本に居た頃から、彼の隣には常に誰かしら男子が居た。

その悪癖は異世界に來てからも変わることは無く――木暮を失った彼は、その代わりの人間を求めたわけだ。

つまりは、殘る1人の男子、あの暗くて暗での白い長穂を。

長穂は元から姶良に気があったため、夜のうちに木暮と仲違いした彼を心配して、部屋を訪れたらしい。

その時、姶良の神狀態は限界に達していた。

ナイフが戻ってきたことで、梅野の死を夢として片付けることも出來ず、木暮もいなくなり、誰も自分をめてくれない。

弱っていく心、去來する寂しさ、連して悪化する調。

追い詰められた姶良は、衝的に――部屋を訪れた長穂をした。

ぽっかりと空いたを埋めるために、好きでもなければ興味も無い、彼を利用したのだ。

そして翌朝、正気に戻り自分のやってしまった事を後悔した姶良は、今や唯一の相談相手となった僕を自室に呼び出した。

以前よりさらに顔が悪くなり、頬もこけてしまった姶良は、年齢以上に老けて見える。

「私……昨日、男の人に襲われたんだけど、どうしたらいいのかな?」

姶良は、その相手が長穂であるということを明かさない。

もちろん、彼は僕が百合やエルレア、お姉ちゃん、フランサス、そして時に六平を使って、事の一部始終の報を集めていることなど知らない。

だから、それが同意の上での行為であることは気づかれていないと思っているし、相手の名前を伏せた時點で自分が被害者になるつもりなのは明らかだった。

「迫られて、押し倒されて。怖くて怖くて、とてもじゃないけど逆らえなかったの」

ほらね。

そして彼が長穂の名前を伏せたのには、おそらくもう1つの理由がある。

それは、僕に責任を押し付けるため。

長穂の名前を出せば、上司である僕は彼への罰を軽くしてしまうかもしれない。

しかし、それが見知らぬ男Aならば、容赦なく厳しく男を非難するだろう。

長穂に対する罰が重いものになってしまった場合、言い出したのは白詰岬だ、私じゃない、と言うことにして自分を守ろうとしている。

どこまでも小賢しく、醜いだ。

けれど僕は、あえてそれに乗ることにする。

計畫は変更。

姶良は後回しにして、長穂を先に殺してしまおう、そう決めたから。

「大変だったね、姶良さん……」

僕はこみ上げる吐き気を抑えながら、彼めるためにそのを抱きしめた。

……あとでシャワー浴びないとな。

「白詰くん……」

「辛かったよね、怖かったよね。か弱いの子を襲うだなんて、とんでもないやつだ!」

「う、うん」

あまりに大げさに僕がめるものだから、若干戸っているようだ。

僕はそんなキャラじゃないって思われてるんだろうな。

まあ、自分でもそう思ってるよ。

「城の警護兵に伝えに行こう」

「えっ、警備兵?」

「彼らに言えば、きっとその襲ってきた相手を監視してくれると思う。姶良さんが名前を伏せてるってことは、出來るだけ穏便に済ませたいんだよね? だったら、それが一番いいと思うんだ」

「警備兵って、男の人だよね……」

の人も居るし、口もいから大丈夫だよ」

「その、警備兵さんに襲ってきた相手の名前を教えたら良いの?」

「うん、きっとそれで伝わるはずだよ。今すぐ行こう、今の僕なら紹介できるから」

反論の隙も與えずに、僕は姶良の手を引いて部屋を出た。

あまり抵抗が無い所を見るに、彼も長穂への罰としては妥當だと考えているんだろう。

にとって重要なのは、長穂が罰をけることではない。

自分が被害者になり、みなに同されることなのだから。

◇◇◇

姶良が警備兵に長穂の名前とその罪狀を伝えると、彼らは姶良を守り抜くことと、報をらさないことを約束した。

そして姶良は安堵の表を見せ、僕にお禮を言うと自室へと戻っていった。

――そしてその日のうちに、長穂が姶良を犯したという報は、城中に瞬く間に広がっていった。

夕食の時間を待つこと無く噂は城に広がりきり、やがて城外――帝都にまで伝搬していく。

無論、噂は姶良の耳にまで屆き、彼は大いに戸った。

どうして、絶対に誰にも言わないって約束したのに、こんなに広まってしまったの、と。

長穂が歩くと、ひそひそと誰かが噂をする。

『あの人、の子を襲ったんですって』

長穂が歩くと、誰かが舌打ちをして吐き捨てる。

『あいつを犯した男のくせによく歩き回れるよな』

長保が歩くと、何者かに肩を捕まれ毆られる。

『おい強魔、とっとと城から消え失せろ!』

彼にとっては、意味不明な事態だろう。

なぜ自分が罵られなければならないのか、なぜ自分が毆られなければならないのか。

何もかもがわからない中、1つだけ心當たりがある。

昨晩、姶良と寢たこと。

けれどあれは姶良からってきてやったことのはずだ、自分が強魔呼ばわりされる謂われなんて――

と言い訳をしても誰も信じない。

長穂はもはや、満場一致で悪人だった。

事実などどうでも良いことで、圧倒的に悪人になってしまった彼が裁かれるまで、噂を知った人々は彼を蔑み続けるだろう。

翌朝、食堂に向かうと、誰もが長穂から距離を取り、離れた場所から噂をした。

珍しく近づいてきた人がいると思うと、熱いスープを頭にぶちまけられる。

長穂は泣いたが、誰ひとりとして彼に同する人間は居なかった。

その後、外に出て作業を始めると、やはり誰かが噂をしている。

そして子供が近づいてきたかと思うと、彼にそこそこ大きな石を投げつけた。

石が側頭部に命中すると、が切れてしまったのか、流れたが髪に絡み、こめかみを濡らす。

長穂は崩れ落ち、涙を流しながらを震わせたが、誰も助けには來なかった。

……僕を除いて。

僕は心配するフリをして長穂に近づいた。

ポケットからハンカチを取り出し、傷口に當てる。

「長穂くん、大丈夫?」

「ボクじゃない、ボクじゃないんだ……」

「あの噂のことだよね、僕はわかってるよ」

「本當に?」

「うん、信じてる。長穂くんは酷いことなんてしてない、ただ、ちょっと気持ちが空回りしちゃっただけなんだよね」

僕の言葉に、長穂は絶句した。

ああ、この人すらボクを信じていないのか――と絶し、目に涙を浮かべる。

「長穂くん、いちゃだめだよ。ちゃんと傷の治療をしないと」

「違う、違うんだっ! ボクは何もしていない、ボクは悪くない、全部何かの間違いでっ……!」

「うん、うん、わかってる。わかってるから」

「白詰くんは何もわかってないいぃッ!」

両目から涙を零しながら、両手を強く握り、ありったけの聲で彼はんだ。

響いた聲に、周囲の人々は一斉に長穂の方を見た。

氷よりも冷たい視線が突き刺さる。

いくつも、いくつも。

「やってないんだよぉっ! なんで信じてくれないんだ、ボクは、ボクはぁっ!」

「長穂くんっ!」

そして耐えきれなくなった長穂は、掠れたび聲をあげながら、どこかへ走り去ってしまった。

そんな彼の背中を見て一言。

「はは、順調に壊れてるな」

僕は消えた長穂を追うこともせず、踵を返し、軽い足取りで百合やエルレアが作業している場所に向かった。

元からメンタルがあまり強くない長穂のことだ、限界を迎えるとしたら、明日あたりか。

◇◇◇

その日の夜、食事を終えて、城から出て外の空気を吸っていると、フランが姿を現した。

「お隣あいてますかっ?」

無邪気にそう問いかける彼を見て、人殺しだと思える人が一どれほど居るだろう。

僕ですら、未だに信じられない。

「見ての通り、空いてるよ。なんでわざわざ聞くかな」

「予約がってるんじゃないかと思って。ユリとか、エルレアとか、ミコトとかっ」

今の予約はってないけど、たぶん部屋に戻ったら百合が待ってると思う。

「あ、今誰かのこと思い浮かべてたでしょ」

「百合だよ」

「へー、今日の夜伽の相手はユリなんだぁ」

「よとっ……ったく、フランはどこでそんな言葉覚えてくるんだか」

「キシニアと一緒に居るとね、どうして無法地帯ローレスのおっさんたちの下品な言葉が聞こえてくるから」

存在自教育によろしくないような連中だ、フランはその中で育ってきたから歪んでしまったのか。

いや――どうにも僕は、彼はもっと本的な問題があるように思える。

歪むでのはなく、スタート地點から間違っているような。

「そういやさ、ずっと気になってたんだけど」

「んー?」

「フランはなんで僕のことを気にってくれたの?」

「それ、前にも言わなかったっけ。あれでも納得できないなら、的はわたしにも説明出來ないよ。強いて言うなら、好きな匂いがするから、かな。わたしは好きって思った人に、好きって思ってもらえるような行をしてるだけだから」

「それが、キシニアさんと僕だったってこと?」

「うん、2人のことは、人殺しと同じぐらい大好き。だから2人が人殺しをするともっと大好き!」

噓偽りのない素直な言葉に、僕は思わず頭を抱えた。

「どうしてそんな困った顔をしてるの?」

「もしも、だけどさ」

「うんうんっ」

「王國との戦いが終わったあとに、戦いのない場所でのんびり暮らしたいって言ったら――フランは、ついてくる?」

「……戦いのない場所? そんなの、この世にあるの?」

「絶対にとは言えないけど、縁遠い場所ならあると思うんだ」

「そこに、わたしが?」

「もちろんユリやエルレアも、お姉ちゃんだって連れてくつもりだけどさ」

それは、復讐が終わりに近づくにつれて徐々に現実味を増してきた、未來の話だった。

復讐は過程に過ぎない。

重要なのは、全ての重荷クラスメイトが消えたあとの、未來の過ごし方。

その幸福のために、僕は彼らを殺している。

「んー……戦いが無いってことは、人を殺すことも出來ないんだよね」

「でも僕はそこに居る」

「お姉さんは、わたしもそこに連れて行くつもりなの?」

「退屈だって言うんなら無理強いはしないよ」

「お姉さんはどうしてしい?」

「……ついてきてしい、かな。付き合いはそんなに長いわけじゃないけどさ、好きって言ってくれる人と一緒に居たいとは思う」

「一緒に居たい、かぁ」

フランは言葉を噛みしめるように反芻した。

一緒に居るという言葉、それは彼にとって何か特別な意味でもあるのだろうか。

は大きく息を吸うと、珍しく憂鬱な表を浮かべて、空を見上げながら語った。

「わたしね、善悪の彼岸インヴィジブルってスキルを持ってるでしょ? あれって、ある日、急に目覚めたの。お外で遊んでて、家に帰ったら、わたしは誰にも気づかれなくなってた。大好きなパパとママも、誰も」

それは、今よりもかった頃の話。

今でも十分いというのに、その當時のフランにとって、両親にすら気づかれないという孤獨は、あまりに過酷なものだったろう。

「話しかけても、っても、誰も気づかないの。攻撃したら気づいてくれる、なんて條件、あの時のわたしにわかるわけもないから。でも、わたしはわたしに気づいてしかったから、その行しずつエスカレートしていった」

僕は小さく相槌を打ちながら、彼の話を聞き続ける。

「パパは、アニムスの整備士だったんだ。そんなパパに気づいてしかったわたしは、高い場所から大きな工を落として、パパの背中にぶつけた。これだけ痛ければ、きっと気づいてくれるはずだ、って」

いフランは、死なんて知らなかった。

無知ゆえの殘酷さ、それが悲劇を生んでしまったのか。

「それはアニムス用の工だった。人にとっては大きいけど、アニムスにとっては小さな、銀の、を潰すために使うモノ。わたしのパパを殺した兇。名前は、パニッシャー」

それは、普段彼が持ち歩いており、またアーケディアが主武裝として使っている、あの工のようなものだ。

いや、結局本當に工だったってわけか。

アニムス用ならば、あの大きさも納得できる。

「でもね、そのおかげで、パパは最後の最後にわたしを見つけてくれたんだ。パパの最後の言葉は、『やっと會えた、ありがとう』って。わたしは嬉しかった、ずっと気づいてしかったパパがわたしに気づいてくれたんだから」

だから、父親の次は――

「だからわたしは、ママも殺した。パパを殺した時と同じ工で、背中から撲殺した。そしてママも『ありがとう』って言ったから、わたしはそれからずーっと同じことを繰り返したんだ。人を殺すのはいいことだ、そうパパとママが教えてくれたから」

そうして、き殺人鬼は誕生した、ってことか。

おそらくだけど、キシニアと出會うまでの間、フランはひたすらに無差別に人を殺し続けたんだろう。

だからこそ軍の目に止まり、そしてキシニアによって捕らえられた。

「でもね、最近はちょっと違うような気がしてた。キシニアと出會って、一緒に過ごして、違和が生まれて。そしてお姉さんに出會って、何度もお話して、それで……その違和が、何なのかわかったんだ」

「それは何だったの?」

「パパとママは、死ぬ前に、”ありがとう”だけじゃなくて、”ごめんなさい”とも言ってたの。『一緒に居られなくてごめんなさい』、そしてその後に、最後に會ってくれてありがとう、って。パパとママがわたしに伝えたかった大事なことって、本當は”ありがとう”じゃなくて、”ごめんなさい”だったんだ」

フランの殺人癖の源にあるものは、両親を求める寂しさだ。

それを埋めるために両親を手にかけ、そして人を殺し続けた。

誰にも気づかれないの、一杯の自己主張。

「一緒に居られなかったら、ごめんなさい、なんだね。一緒に居たい、って言ってくれる人の隣にいることが、一番大事なことなんだよね。別れがあったから”ありがとう”があった。でも、別れが無いならそれに越したことはない。そして今、わたしに一緒に居たいって言ってくれる人がいる」

正直、僕はそこまで深く考えて発言したわけじゃない。

だからちょっとばかし罪悪はあるけれども、結果的にフランが僕の申し出をれてくれるのなら、まあいいのかな。

「人殺しは楽しいし、機會があればまだまだやりたいけど、お姉さんが一緒に居たいって言ってくれるなら、それが一番良いと思う。たぶん、わたしにとって一番幸せな選択だと思う」

「じゃあ、答えはイエス、ってことでいいのかな」

「うんっ、戦いが終わってわたしとお姉さんが生き殘ってたら、だけどね。賑やかで楽しい生活になるんだろうな! あ、もちろんわたしにもえっちなことしてくれるんだよね?」

「いや、まだそれは早いから」

「えぇー! 実の姉に手を出すくせに?」

うっ、そこを突かれると痛い。

とは言え、まだ手は出してないし、さすがにこんな小さい子にいかがわしい行為をするわけにもいかないし。

「もうちょっと大きくなったらね」

「ちぇっ、エルレアがすごい聲出してたから、わたしも興味あったのに」

「……聞こえてたの?」

「たまたま部屋の前を通ったら、丸聞こえだったよ? あんまりしゃおんせーは高くないらしいから、気をつけた方がいいよ、お姉さん」

それは嬉しい忠告だ、今夜も同じ過ちを犯す所だった。

あー……でもなあ、百合も結構聲が大きいし、特に今日は久々だから盛り上がりそうだし。

まあ、場合によっては割り切る必要もあるのかもしれない。

「あとさ、お姉さん。あの亡命してきた6人を殺そうとしてるんだったよね?」

「ん? そうだけど」

「お姉さんがウメノってやつに変裝してるトコ見たけど、じゃあ本人はもう死んでるってことなのかなっ」

「死んでるよ、あえて仲間に殺させたから」

「で、アイラってとナガホって男が死にそうな顔してるのも、お姉さんの仕業なんだね?」

手を腰の後ろで組みながら、小悪魔のように笑うフランに僕は徐々に追い詰められていく。

別に彼になら全部話したって構わないんだけど――ちょっと嫌な予がするな。

「もちろん、全員殺すつもりだからね」

「見たところ、アイラとナガホはもう大詰めみたいだから、わたしも無理にはとは言わないよ。でも、殘り3人はまだ余裕があるよね?」

「殘り2人ね、1人はもう死んでるから」

「あ、そうなんだ。じゃあ2人の、そのどっちかでいいから、わたしにも手伝わせてよっ」

……やっぱりそう來たか。

「やっぱり殺せる機會があるなら殺したいし、お姉さんと一緒なら絶対に楽しいもん! ね? 手伝うだけでもいいからっ」

まだ計畫に余裕があると言えばあるんだけど。

六平の殺し方はもう決めてるし、となると木暮か。

フランがる余地なんてあるかな……まあ、どうにかなるのかなあ。

僕が頭を悩ませていると、フランががしっと僕のにしがみついて、駄々をこね始めた。

「あいつらにはわたしの姿が見えてないんだし、絶対にうまくやるからっ! ねーねー、いいでしょー?」

まるで姉にをねだる妹のように、フランのわがままは続く。

実際、戦いが終わった後に一緒に過ごすとなれば、妹みたいなポジションに落ち著くんだろうし。

かわいがってやりたいと思ったからこそ、ったわけで。

の無理は生じるけど……仕方ない、聞いてやるか。

「わかった。ただし、とどめを刺すのは僕の仕事だから、殺さないように加減してよね」

「やったぁーっ! さっすがお姉さんだよ、大好きっ、ほんと大好きっ!」

調子がいいんだから。

それでも、まんざらでも無いっていうか。

顔がニヤついてる僕も、相當調子がいいやつなんだけどさ。

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