《人喰い転移者の異世界復讐譚 ~無能はスキル『捕食』でり上がる~》87 凡人の旅路
住民たちがフリーシャを殺し、その報復として魔たちに滅ぼされた町、テーム。
かつて、と呼ぶほどまだ時間は経っていない。
それでも、一切の人間が死に絶えたその町は、すっかり廃墟と化していた。
割れたガラスにちぎれたカーテン、だらけの住宅、散する服――
見ているだけで寂しくなる景だ。
その中にあって、なぜかほとんど傷ついていない新築の住宅も、余計に虛しさを際立たせている。
「なんだか隨分と昔のことのようにじますね……実際はそんなに経っていないはずなのに」
ラビーはそんなテームの町並みを見ながら呟いた。
あの頃はまだ、岬のことを得の知れない化としか思っていなかった。
いや、今も恐れていることに変わりはないのだが、それでも人間らしい一面も見えてきて、普通に友人として話せるようにはなってきた。
思えば、エルレアの中に人間に対する”疑念”が生まれたのも、フリーシャの一件がきっかけだったか。
あれが無ければ、イングラトゥスでの殺は起きなかったのかもしれない。
「すごく昔のことに思えるのは、みんなが変わったからなのかな」
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そしてラビー自もまた、様々な出來事を経て変わっていった。
果たしてそれを”長”と呼ぶべきなのかは判斷しきれなかったが、多様をけれる寛容さはにつけられた気もする。
それと、目的のためなら手段を選ばない殘酷さも。
テームを通り過ぎ、平原を抜けると、次は山へと差し掛かる。
ラビーは晝食として、トランシーで購した果をかじりながら、前進を続けた。
◇◇◇
天から降り注ぐは木々のカーテンに遮られ、山道は見渡す限り延々と、薄暗い景が続いていた。
おかげで日差しも弱く、風通しもよく、実に過ごしやすい。
一方で、山道にると馬車の揺れはひどくなったが――この程度の揺れで酔うようでは、馬車の運転など出來やしない。
「ふー……」
昨晩が野宿だったせいか、まだにし疲れが殘っている。
この調子で行けば、プリムスに到著するまでの間に2泊か3泊はしなければならない。
ベッドを持ち運ぶわけにもいかず、い荷車の中で眠るしか無いのだ。
パチンッ!
まだまだ、こんな場所で疲れてる場合じゃないのに、とラビーは自ら両頬を叩き、活をれる。
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「プラナスさんも言っていた通り、魔や山賊にも気をつけなければいけませんからね……気を緩めないようにしないと」
周囲に誰も人が居ないと思うと、自然と獨り言が多くなる。
ラビーは、頭で考えていることを自然と口にだすようになっていた。
近くに人里が無いという事は、誰も魔を駆除しない、と言うことでもある。
魔化した獣が繁を繰り返せば、それだけ加速的に魔は増加する。
山賊も同様に、治安を維持する存在が居なければ活し放題ということだ。
「とは言え、ほとんどの商人はこのルートではなく、迂回して王都に向かっていますからねぇ」
商人が居ないという事は、山賊としても食い扶持がないと言うこと。
「あえて人気の無い場所に住み著く理由は無いはずですし、警戒すべきはやはり魔――」
……と結論を出そうとした、その時だった。
ズゥン……。
突然響いた地鳴りに、ラビーは東の空を見る。
無論、木に覆われた山の中からは見えなかったが、明らかに何かしらのアニマがいた音だった。
「魔かな……」
しかし音はまだ遠い、このまま進んでも問題ないだろうと思っていると、再び地鳴りが響く。
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ズウウゥゥン……。
音が、明らかに近づいていた。
「いやいや、見えてるわけでもあるまいし……」
思わずきを止めて音のする方を見てしまったが、まだまだ遠い。
偶然こちらに移しただけなのだろう。
そう高をくくっていたのだが。
ズウウゥゥゥンッ!
気づけば、音はすぐ傍にまで近づいており、巨大な足が空から振ってくるように降りてきた。
「ひゃわあぁぁぁぁあああっ!?」
思わず高い聲で悲鳴をあげるラビー。
慌てて鞭に力を込めると、馬がスピードを上げて走り出す。
なぜ近づいてくるのか、ここまで接近してもまだ偶然と言えるのか。
それに今の足、獣ではなく人型だった。
つまりは魔ではなく、人間のアニマ。
山賊か、それとも偶然通りがかっただけの誰かなのか。
「な、なんでっ、なんで追いかけて來るんですかぁーっ!」
まさか岬から託された資料の容を知っているわけでもあるまいし。
仮に知っていたとしても、それをプラナスに渡す意味を知っているのは、それこそ當事者の2人だけだ。
ラビーですら、資料を渡してソレイユに真実を伝えた結果どうなるのか、知らされていないのだから。
「くっ、疲れてるのに無理させてごめんっ!」
馬に頭を下げながら、必死でアニマから逃げるラビー。
しかし、やはりアニマは馬車を狙っているらしく、まるで遊んでいるかのようにギリギリの場所を狙い定めて、地面を踏みつける。
揺れる地面に、大きな足音。
本來なら馬だって怯えて錯していてもおかしくないのだが、よく躾けられているのか、ラビーの指示に従って真っ直ぐに山道を進む。
「近いっ! これ絶対に狙われてますよねぇ!?」
もはや疑いようもない、アニマのターゲットは間違いなくラビーだ。
必死に逃げる馬車だったが、それでも、馬程度の足でアニマに勝てるはずもなく――
ついにアニマは馬車を追い越し、そして馬の真上をめがけて、足を振り下ろした。
「あ――」
絶的な景を前に、ラビーは絶句した。
ズウゥンッ!
気づいた時には、すでに目の前にアニマの腳部が壁のように立ちはだかっており。
ここまで頑張ってくれた馬は無殘にも踏み潰され、命を散らされ、そして馬車は勢いを殺せないまま腳部裝甲に突っ込む。
そして盛大にバランスを崩すと、荷車ごと山道の橫にある崖を落ちていった。
「アニマも使わずにちんたら移してるからそうなるんだよ! ははっ、すごい、すごいよオリハルコンの力って! なんて素晴らしいんだ! 最高の気分だ!」
まだ山賊なら納得もできた。
しかし、ラビーを襲ったその男は――ただ、力を見せびらかしたいだけだった。
手にれた力で、他人を傷つけてみたいだけだったのだ。
急勾配の坂道を転げながら、力に溺れ笑う男の聲を聞いて、ラビーは酷く虛しい気持ちになる。
こんなやつに、貴重な命は奪われ、ボクの未來は潰されてしまうのか、と。
「うっ、うわああぁぁぁああっ!」
どれだけ虛しかろうと、転がり落ちるが止まるわけもなく。
何度もバウンドを繰り返しながら、手はすりむけ、服は破れながら、ラビーのは荷車と共に落下。
やがて、崖下の地面に叩きつけられた。
「げほっ、ごほっ……」
ようやくが止まると、強い衝撃に思わず咳き込む。
崖が徐々に緩やかになっていたおかげか致命的な傷はなかったものの、全が打撲したかのようにズキズキと痛む。
それでも、まだ生きている。
おそらくあのアニマは、ラビーを殺すまで弄び続けるだろう。
アニマを手にれたことで、そしてオリハルコンを摂取したことで、のタガが外れてしまっているのだ。
説得など無駄、罪悪に訴えかけた所で通じるとは思えない。
ラビーは重いを持ち上げ、ふらつく足で一緒に落ちてきた、壊れかけの荷車に近づくと、中から資料のったバックを取りだした。
それを肩からぶら下げ、道も無い山の中を歩き始める。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
歩くスピードは、馬車よりも遙かに遅い。
しかも木々を支えにしなければ、まともに前に進めない有様だ。
そう遠くない場所でアニマの重い足音が聞こえる。
ラビーを探しているのだろう。
見つかれば、間違いなく死ぬ。
あの馬と同じように、殺されてしまう――
「ごめん、ごめんよぉ……まさか、こんなことに……っ」
必要以上に移していたつもりはないが、それでも一緒に旅をしてきた馬を殺されたのが、あまりに悔しくて、ラビーは涙を流していた。
使命の果ての死でもなく、敵に狙われたわけでもなく、ただ興味本位で殺されてしまったのだ。
あれだけ人の死を目の當たりにしてきておいて今さらなんだと言われたとしても、悲しかったのだから仕方ない。
「はぁ……っく、うぅ……はぁっ、すうぅ、はあぁ……」
「あ、見つけたぁ」
まるでなくした玩を見つけたかのように、男は言った。
必死で逃げるラビーだったが、ついにアニマに捉えられる。
びた手が彼に近づいたかと思うと――人差し指で突かれる。
「うわあぁっ!?」
ただそれだけで、人が吹き飛ぶには十分な威力だった。
地面に叩きつけられ、転がったラビーのは、木にぶつかってようやく止まる。
「う、うぅ……」
それでもアニマは、ラビーで遊ぶことはやめない。
優越に溢れた、狂ったような笑い聲をあげながら、今度はを押しつぶそうと人差し指をばす。
その時だった。
「グルウウゥゥアアアァァァァァッ!」
怒りに満ち溢れた、獣の聲が聞こえたかと思うと――
ガシャアァンッ!
1の魔がアニマに突進し、そのを吹き飛ばす。
風圧で舞い上がる土と落ち葉に、ラビーは思わず両手で顔を隠した。
「魔か!? けど、オリハルコンの力さえあれば魔なんてっ!」
立ち上がったアニマは、サーベルを取り出し魔に斬りかかろうとしたが、彼の背後から新たな魔が迫った。
「グルォォオオオオオオッ!」
「なっ、2匹目!?」
慌ててガードしようとするも、間に合わず。
アニマは2匹目の魔の爪をまともに食らい、再び倒れる。
倒れた所に、1匹目の魔が襲いかかり、噛み付く。
2匹目も近づくと、鋭い牙を食い込ませる。
「やっ、やめろっ、やめろおぉっ! 強いんだぞ、オリハルコンはすごいんだぞ!? なのに、こんな、こんなこと――!」
どれだけオリハルコンが素晴らしかろうが、彼はアニマの力を手にれたばかりのひよっこ。
この一帯の魔を統べる2匹に、手も足も出るわけがなかった。
自分を襲ったアニマをあっさりと撃破した魔を、地面に倒れたまま呆然と見上げるラビー。
彼には、その2匹の魔に見覚えがあったのだ。
「まさか……マーナと、ガルム?」
それは、魔使いのフリーシャと共に過ごしていた、2のシルバーウルフの名前である。
久々に人から名前を呼ばれた2匹は、完全にかなくなったアニマへの攻撃を止めると、返事をするように鳴いた。
「ワフッ!」
「ガウッ!」
実は、彼らがラビーを助けたのは偶然などではない。
2匹は嗅ぎ覚えのある匂いを察知し、ラビーの馬車を追いかけてここまで來たのだ。
すると偶然にも彼がアニマに襲われている所を発見し、こうして姿を表した、というわけである。
「本當に、マーナとガルムなんですね……! お久しぶりです、元気でしたか?」
「ワフワフッ!」
ラビーに近づいてきたマーナが、鼻息を荒くして返事をした。
言葉を理解しているかはさておき、どうやら元気だったらしい。
「助かりました、あなたたちは命の恩人です、ありがとうございます!」
「ガウガウッ!」
今度はガルムが返事をした。
まるで『大したことはしていない』と謙遜するように。
そしてアニマを解除すると、本來のシルバーウルフの姿になってラビーに近づく。
彼が頭に手をばしてでると、2匹は気持ちよさそうに目を細めた。
「野生に戻ってボクらのことなんて忘れてると思ってましたけど、全然そんなことはないんですね」
生まれてからずっとフリーシャと共に生きてきたのだ。
かけがえのない家族を失った上に、れ合う人間も居なかった彼らは、ひょっとすると人をしく思っていたのかもしれない。
その証拠に、ラビーがどれだけ好き勝手になでても、喜ぶばかりで抵抗もしなかったのだから。
「それにしても、どうしようかな。馬車も無くなっちゃったし、これじゃフォディーナに到著するのはいつになることやら……」
「クウゥン?」
「ああ、ごめんなさい。言ったってわかりませんよね」
「ガウッ!」
「ん……?」
「ガウガウ!」
「えっと……わかる、ってことですか?」
ラビーがそう言うと、ガルムが首を縦に振った。
シルバーウルフが人の言葉を理解するなんて、そんなまさか――と思いつつも、この2匹に関しては理解しているような気がしてならない。
賢い上に、生まれてからずっと人と暮らしてきたのだ。
喋ることは出來なくても、意思疎通はできるのかもしれない。
「フォディーナっていうのは、北にある町なんです。ボクはそこに、この紙を持っていかなくてはなりません」
「ワフッ?」
首を傾げるマーナが首をかしげる。
「言葉の意味がわからなかった?」
マーナは首を橫に振る。
「じゃあ、理由を聞いてるんですか?」
「ワフッ!」
どうやらそうらしい。
ラビーは大いに戸いながらも、その理由を2匹に語った。
「ミサキさんにお願いされたんですよ。ボクとミサキさんは友達です。友達との約束事だから、なんとしてもやり遂げたい。マーナとガルムにもそういうことありませんか?」
「ワンッ!」
「ガルッ!」
「ありますよね。だから、必死に馬車でフォディーナに向かってたんですけど、さっきのアニマに襲われて、荷車も馬も……」
徒歩でも行けないことは無いが、まず間に合わないだろう。
プラナスと同じスピードでは遅すぎるのだ。
こうなったら、一旦トランシーに戻って新しい馬車を手にれるしか無い。
そう考えるラビーに対して、マーナが吠えた。
「ワフワフッ! ワオォンッ!」
「ど、どうしたんですか、急に吠えたりして」
「ガウッ! ガルルルゥッ!」
「えっと、手伝ってくれる……とか?」
「フンス!」と2匹は同時に鼻息を吹き出し、首を縦に振った。
「手伝うと言っても、どうやって……」
戸うラビーだったが、そんなことはおかまいなしに、ガルムが鼻先でラビーのをぐいぐいと押し始めた。
押された先に居るのは、マーナだ。
そしてマーナは、鼻先で自分の背中を指し示す。
「まさか、乗れっていうんですか?」
「ガウッ!」
ガルムの返事からして、イエスらしい。
確かにシルバーウルフは普通のウルフに比べてかなり大きい。
乗ろうと思えば人が乗ることは可能だが、しかし速度は著しく落ちるはずだし、力だって保たないはずだ、と思っていたのだが。
「そっか、2匹ともアニマ使いだから、普通のと同じに考えても仕方ないのか」
人間だってアニマ使いになれば能力は向上する。
獣だってそれは同じはずなのだ。
普通のシルバーウルフと比べて、マーナとガルムが高い能力を持つというのなら、ラビーが背中に乗っても何ら問題は無いはず。
「えっと、ちょっと待っててください。荷車から持てるだけの食料を持ってくるので!」
そう言うとマーナとガルムは大人しくその場で待機し、ラビーが離れていくのをじっと見ていた。
崖下に落ちた荷車まで移した彼は、荷車に殘っていたもう1つのバッグに、落下の衝撃を乗り越え無事だった野菜や果を大量に詰め込み、待たせた2匹の元へと戻る。
1人と2匹分の食料としては心許ない量だったけど、無いよりはマシだと判斷したらしい。
そして戻ってきたラビーは、バッグからトランシーで購したミリーを2個取り出すと、彼らの前に差し出した。
「全然足りないけど、とりあえずお禮ってことで、どうでしょうか」
「わふん!」
「がうぅ!」
2匹は嬉しそうに尾を振りながら、甘えるような鳴き聲を出すと、ミリーに喰らいついた。
どうやら気にってくれたようだ。
そして果を食べ終えると、ラビーはガルムのに2つのバッグをくくりつけ、マーナの背中にまたがる。
「それでは、まずは北にあるプリムスに向かいましょう!」
「ワオオォオンッ!」
ラビーが言うとマーナが吠え、それを合図に2匹は同時に駆け出した。
彼が振り下ろされないように、ある程度の加減をしながら。
「おぉおお……おおおおっ、すごい、早いですっ! 早いですけど――」
それでも、人間にとっては末恐ろしい速度。
加えて、目の前で木を避けたりするものだから、スリル満點なんてもんじゃない。
ただでさえ肝っ玉の據わっている方ではないラビーにとっては、いわば絶マシンのようなもので。
「こ、これっ、怖くないですかぁぁぁっ!? ひえええぇぇぇえええぇっ!」
マーナの背中の上でけない聲をあげながら、彼は森を進んでいく。
その速度は馬車よりも早く。
彼がプラナスと合流し、資料を渡すのは、そう遠くない未來の話であった――
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