俺は母親の房に吸い付いた。そして、左手をの谷間に無理やり潛り込ませて奧のにれる。暖かく、そしてらかい。

「―――？」

こんな行をする赤ん坊などいなかっただろう。だから、毎回おそらくではあるが、俺に対して聞いているのだろう。「何をしているの？」と言っているのが最有力である。だが、俺にはそれを答えることが出來ない。

俺は、左手から母さんの心臓の音をじていた。俺の心臓とは違うリズムで刻んでいる母さんの心臓。目を閉じて、意識を集中している。

自の気をじたら、次は他人の気をじる。次は自然の気をじる。そこまで來て、本當のスタートラインである。自の気は今もの中を巡っている。俺が一番れる機會が多いのは母さんである。だとしたら、母さんの気を知覚するのが一番早いであろうと思うわけだ。

心臓の音を聞き、の溫かさをじ、房のらかさにれ、話しかけてくる音に浸っている。母さんから生み出される力を俺はもらっている。だが、いまいちが良くない。これでは、他人の気を知ることは出來ないのだろうか。難しい話である。

授は終わり、俺はベッドに寢かされる。今日もダメであった。

り人形は踴っている。生きを夢見て。命をもらい、自分の足で立つことをんでいた。しかし、上から垂れている糸がなければ自分が人の真似事すらできないことを知っていた。今日も道化が踴っている。笑顔振りまき踴っている。観客たちは手を鳴らす。大きな音が包んでいる。道化の心には屆かない。だけではわからない。中がなければわからない。中はどこへ捨てたのか。そもそも最初からなかったのか。

り主は手を離した。人形は力が抜けて倒れ込む。殻だった。殻が、偽りのも捨てて空っぽな音を鳴らす。それはもう、要がないとばかりに捨てられてしまった。今度はいつ生まれるだろうか。魂を抜き取られてしまった人形はわからずに倒れたままである。

舞臺に上がるは、別の。ドレスで著飾ったの。一人でダンスを踴っている。客の目にはのみ。そこがすべてである。倒れた人形は存在しないのだから。だれの記憶にも殘らずに一人ひとりで朽ちていく。

じっと見ていた。表の世界を見ていた。夢なのか。誰にもわかることはないだろう。本人もわかっていないのだ。そこに行かなくてはいけないような気がするのだ。でないと死んでしまう。

……それは違う。人形は気づいた。違うことに。表にいることに意味はないことに。裏でよかった。裏でもいいのだ。なら踴ろう。裏で踴ろう。

人形は力を込めた。起き上がらなかった。もっと力をれた。起き上がらなかった。もっともっと、力を込めた。起き上がらなかった。もっともっともっと、力を込めた。が軽く、浮き上がる。上には誰もいなかった。糸がちぎれて垂れている。人形一人で立っている。人形は踴りだす。舞臺の裏で踴りだす。表ではない。表には出ずとも、人形は踴ることが出來たのだ。壊れるまで、永遠に続く一瞬を踴りあかしていた。

俺はゆっくりと目を開いた。日はまだ高かった。使用人が部屋で掃除をしているのが目にった。逸らすことなくじっと見つめた。

「―――――――。――――――？」

俺に何かを語りかけている。俺に言葉はわからなかった。ぼーっと、使用人の顔を見つめているだけしか出來ない。

音が響いている。下からである。足音だった。部屋の前を誰かが通った。一人か。二人か。それはいずれ小さくなる。消えていなくなった。でもいる。まだいる。向こうにいる。あっちは階段だ。上に行った。階段を上がった。追いかけろ。まだいるぞ。

聲が聞こえた。外から聞こえた。あのは兄さんたちであろう。二人だ。聞こえた。駆けている。走っている。かけっこだ。庭をぐるりと回っている。よそ見をした。大きいほうの兄さんが。隅に生えている木にぶつかった。ズシリと重い音だ。泣いている。泣いている。大きく泣いている。だんだんはっきり聞こえてくる。

「――――――！　――――――！」

掃除をしていた使用人は窓を見て、慌てたように部屋を出ていった。向かう先は玄関だ。駆けている。焦りが見える。

見える。見える。みんな見える。みんないる。いたるところにいる。犬も貓もみんなここにいるのだ。

輝いた。魂の輝きか。キラキラとしたものが、あたり一面に広がっていた。上も橫も、探せば下にもあった。

「あーお」

俺はその景に見っていた。しばらく眺めていた。目に焼き付けていたのだ。しばらくすると、その輝きは薄れた。しかし、そこに存在していることはわかった。あたたかな重みのある重さのないものがそこにある。俺は認識できていた。

俺はようやく、他の生の気を知覚することが出來るようになった。それは、あまりにも唐突で、そして、圧倒的な力でもって俺に襲い掛かってくるようなものであった。が張り裂けそうなほどに震えているのである。しかし、それは恐怖ではなく、喜びからくる震えであるのだと理解しているのであった。