《天の仙人様》第24話 気の巡りと聖域
俺の目の前には、妖がいた。大人の手のひらほどの大きさの、年のようなのような中世的な顔をしている存在である。どちらの別でもあり、そして、どちらの別でもないという不可思議な存在である。それが、二対の半明な羽を生やして、俺の周囲を飛んでいた。その顔つきは笑顔一であり、俺を歓迎しているかのように見える。
妖だけでも驚きだと思うだろうが、さらに驚きなのが、出會った場所なのだ。初めてで歩いてみた場所で出會ったのならば、俺は驚きというよりも歓喜のが沸き上がっていただろう。だが、そうではなかったのだ。なぜなら、その場所は、俺がいつも通っている森であった。
この森には、妖のような存在はいないはずである。なにせ、俺自が何度も足しげく通っているのだから、この森のことなど自分の庭のように知している。そして、妖の存在は今の今まで見てこなかったのだ。
妖の存在している森というのは、聖気に満ち溢れており、った瞬間に、空気の味が変わると言われるほどに、わかりやすい。穢れが多いと、その気に當てられるだけで窒息すると言われる。その穢れの多さが恐ろしい程にシビアであり、しの臭気が漂っているだけで死ぬのだ。それほどの清らかな空間でなくてはいけないのだが、なぜこの森に。
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「――――」
俺に語り掛けるように、何か言葉を発した。しかし、俺には軽やかなメロディーが聞こえるだけである。心が浮き上がるような、そんな音楽が妖の口から発せられるのだ。今までに聞いてきたどの音楽ですら俗悪にじるほどのしく、優雅なものだった。
俺は手をばしてみると、そこに集まってくるようにふわふわと飛んできている。その間も雅で心が落ち著くようなメロディーが妖の口からこぼれている。俺はその音にを預けるようにしながら、歩みを進めている。
「―――」
こちらは厳かなクラシックである。聞いているだけでが引き締まるかのような思いに駆られる。だが、ここまで聞いてもわかる通りなのだけれども、これでは、言葉が通じないとかいう話ではない。理解出來る可能など萬に一つもないであろう。
俺は妖たちを目で追っていると、小さなの塊が浮遊していることに気づいた。そのの塊は、小さく明滅している。チカチカとしたに俺の心はわずかに奪われる。手をばしていくと、さっと逃げられてしまった。
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「……これは。霊もいる」
いや、妖がいるのだから、霊がいても不思議ではない。二つの存在は同じような空間に存在している。妖がいて霊がいない場所はないし、逆もまた同じである。だが、俺は妖がいるという驚きのあまり、霊もいるであろうという初歩的な事実を忘れていたのである。
の塊程度であれば、霊としては下位の存在だ。姿をとることが出來ない、弱い力しか持てないというわけである。だからといって、この森にいるのが普通というわけではないが。中位の霊がいないだけ、まだ許容できる範囲というだけである。それほどに、今の現狀は理解しがたいものなのだ。
「なんだここは……。どうなっている。いつの間にこの森の聖域化が行われていたというのだ。目をし離しただけで、霊までもが生まれているではないか……」
俺の背後で男の聲が聞こえた。よく聞きなれた、力強い聲の主である。俺は慌ててそちらに振り向くと、カラス頭の山伏が立っていた。懐かしい顔である。しの間だけしか會わなかったというのに、ずいぶん前のようにじられる。
「お師匠様。お久しぶりでございます」
その男はお師匠様であった。俺は反的に頭を下げた。お師匠様は頭を上げろと言わんばかりに手をこちらに出す。俺はその通りに頭を上げる。
「うむ、順調に仙をにしているようだな。心心」
會わなくなってから一年も経っていないが、それでもお師匠様に長を褒められるというのは嬉しいものである。というか、長できていたのかという喜びもある。やっていたことは、基本的に、外気と気の循環程度でしかないわけだが。だが、それが仙の基本であり、仙人という存在の幹に存在するものなのだ。これを怠ってしまっては、仙人としての存在が揺らいでしまうことは確実。
「今のお前の気のは、だいぶ自然に近づいている。その狀態でも恐るべき力を発揮することが出來ることだろう。だが、俺もそうだが、それ以上の実力を持つ者たちはいる。そこで終わりではなく、そこから先、そこから上を目指すために、進するように」
「はい、進します」
と、俺は答える。お師匠様が笑った。俺も笑う。お師匠様が、俺のことを気にかけてくれることで俺は笑みが抑えられないのだ。自分の努力を認めてもらえる相手がいるというのは心強いものだ。それが、一人いるだけで努力は永続していく。
「ところでだが、なぜここに妖がいるのだ? し前に來たときは、そのような気配は一切なかったはずなのだが。それは、もしかしたら俺の勘違いということはあるだろうか? 全く記憶にないのだから、勘違いではないと思いたいのだが」
お師匠様は、俺にそう問いかけてくる。本當に原因がわからないようである。眉間に指先を當てて悩んでいるようなポーズをとっている。おそらくだが、そうしてもわからないものはわからないと思う。だが、指先がし寂しいのかもしれない。だから、とりあえずとして、悩んでいる風を裝っているのだろうか。
「わかりません。気づいたらここにいました。俺だって、今日森の中にってこのような狀態になっているのだということを知りましたから。驚きましたよ。今まで、何の変りもなく存在していた森が聖域に飲み込まれつつあるなんて、思いもしませんからね」
俺は正直にけ答える。お師匠様は、手を顎に當ててさすりながら考え事をしている。そうして、このあたりをゆっくりと歩いている。そして、お師匠様の後を続いていくかのように妖たちが後ろにくっついている。遊んでもらっているとでも思っているのだろうか。からからと様々な音を響かせながら、笑顔を浮かべている。
「まあ、妖などは相當な高貴な魂を持つか、俺たちのような仙人以上の位の格でもないと、見ることは出來ないだろうから、問題はないか」
そういえばそうだった。妖を見れるのは、エルフなどの一部の種族か、英雄と後世に語り継がれるような聖人だけである。そうでなければ、妖や霊の存在すら知覚できない。妖や霊は、生きではないのだ。四元素と同じような存在である。それがいていることに疑問を覚えるのだが、そもそも、研究できないジャンルのことであるので、そう言うものだとして諦めるしかないのであるが。俺だって、世界の全てを知るわけでもない。それに、妖たちを調べることで、彼らに不幸が訪れることがあるのなら、調べないということだって選択肢にる。
「ここを中心にしているようだな。一番聖気が満ち満ちている」
そう手を置いたのは、俺がいつも修行に使っている巖であった。ゆっくりと、巖をさすりながら心するように頷いている。どうやら、原因に気づいたようである。それと同時に、俺の額から汗が伝っていることに気づいた。すぐさま、拭う。
「ふむ、この巖自が聖気を発しているな。前はこんなことがなかったのだが、巖も格が上がったのだろうか。世の中には不思議なものがあるだ。今までどれだけの年月を生きてきたかは忘れたが、まだまだ新たな発見があるというのは飽きさせぬな」
お師匠様は顎に手を置いて、うんうんうなっている。その表はとても満足そうであるのだ。
……俺が毎日修行を同じ場所でしたせいで、そんなことになっているのか。いつからだ。半年か? それほどの時間を巖と共に過ごしただけで、ああなってしまうのか。いや、あの巖は元からきれいな形をしていたし、自然の荘厳さを語らせる力強さをじていた。そのしさに惹かれてあの場所を修行に使うことに決めたという面もあるのだ。だからこそ、あの巖自の神聖集まるかのようにして、聖気が宿ったのだ。きっとそうであろう。俺はそう思うことで、責任をじないようにする。
「素晴らしいな。新たな聖地が生まれたのか。ここは心地がいい。……アランよ」
「は、はい。なんでしょうか」
「この地の管理を頼めるだろうか。いずれは自の力で守れるだろうが、今はまだ力がない。こいつの代わりに守ってやってくれないだろうか。こうして新たに生まれた霊たち、妖たちのためにもな」
お師匠様は巖に手を當てて、ゆっくりとでる。まるで、自分の子供をあやしているかのような優しい手つきであった。
「かしこまりました、お師匠様。絶対に守って見せましょう」
「ありがとう。まあ、そこまで気を張らなくてもいいだろうがな。では、俺は用事がある。さらばだ」
お師匠様は羽を広げて空へと羽ばたいていった。俺はその姿を見えなくなるまで見つめていた。
俺は、背後を振り返った。そこにはいつもの景に、妖たちが追加されていた。キャンパスに映る風景畫に、人を書き足された。その姿を、じっと見つめている。
「―――――?」
不思議そうに、妖が飛んできた。俺は、頭をでてみる。れる。嬉しそうにを鳴らしている。おそらく。音が出ている場所がわからない。彼らは口を開けて発聲しないのだから。
「俺がお前たちを守ってやるからな」
「―――――?」
「まあ、わからなくてもいいさ。これは俺の決意だ。この場所は俺が生み出した。なのならば、俺が守るしかないだろう。息子のようなものだ。絶対に守ってやるさ。だから、安心してくれよ」
この決意が通じているかはわからない。だが、俺のこの決心は俺の心の奧底に通じているのだ。
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