一週間か。それほどの時間が流れていった。いくつもの太が昇っていき、そして隠れていくのである。靜かに流れていく時間の中で、それが何度も繰り返されているのだ。

毎日見ていると、変化というものがわからなくなってしまうものであるが、始まりの記憶を思い出せば、今の景が大きく変わっているということがよくわかるというものである。多くの年月を過ぎ去れば、その時間が長引くほどに、過去と今とでは別のものとして存在しているといえるほどに変わってしまう。だが、それは年をこえていかなくてはならない。日では変わることはないのだ。だが、それが起きているのだ。一週間前とそのあとで、変化が見てわかるというのであれば……それは、通常の変化というものから大きく外れたような変わりようであることは言うまでもない。

それは、ある地點を経過すればわかることだった。空気が変わる。がらりと。戻ってみる。また変わる。俺が先ほどまでいた空間というのは非常に粘つくようなどろどろとした世界だと実するほどに、俺が足を踏みれた場所はさわやかに、さらさらとした重さをじることのない空間なのである。空気が味しくなるとかそういうレベルではない。呼吸をしているだけで、死にかけの老婆が若返るかもしれないと錯覚するほどの活力がみなぎってくるのである。呼吸をしているだけでだ。そこから、段々と霊の姿が見えてくる。妖もちらっと見える。彼らは、俺を歓迎するように集まる。手招きをしている。笑い聲、それを聞くと、心がふわりと浮かぶような気分になる。

下に視線を向けると、草の波が流れており、俺の足にゆったりと當たっている。點々と、花、花、花。花が咲いている。赤、白、青。とりどりの花が波に揺られて頭を振っている。葉からは、時折、気泡が飛び出し、中空をさまよいはじける。ふらふらと俺の鼻のもとによって來た気泡ははじけると、すがすがしい森の匂いを屆けてくれる。頭の靄がすべて消え失せてしまい、すっきりとしたような快に襲われるのである。

上は。木々が背をばし、葉が空を覆っている。しかし、緑は薄く、が差し、隠された太のが俺たちのもとまで屆いている。太のは、バラバラに分解されて、鮮やかにり輝いている。虹に時間ごとにゆっくりと変化しているのである。チカチカとせず、程よいしさを保ったままに、変わり流れているのだ。その間には、妖が飛びい、枝に座って果実を食べている。ヒトの手のひらほどある果実はによって金に輝いているようであり、金銀財寶よりも魅力的なものに見えるのである。

小鳥たちが枝に止まってさえずる。メロディーとなり、この森に溶けていく。うっとりと、小鳥たちの鳴き聲に自分たち自が聞き惚れているのだ。自分たちの聲を何層にもしく、変質させていく。そして、それとハーモニーを奏でるかのように、妖たちも歌いだしている。それぞれがそれぞれに好きなように歌っているだけだが、それが不協和音として殘ることはなく、一つの完された音楽として俺の耳に屆くのである。

俺を迎えれるように霊の一は、こちらへと近寄ってきた。ただのの塊。しかし、意志を持ち明滅によってを表現している。それにつられるようにしていくつもの霊が集まってくる。群がってくる。すうっと、が落ち著いたを見せる。濃い青のに包まれる。ここは夜。朝でありながら、星空がここには展開されているのである。俺は、それについていくように足を進ませる。そうして、いつもの巖の前へとたどり著く。

巖はグラデーションがかかっており、ゆっくりと彩が変化していく。を反して虹ではなく、巖そのものの彩が変化している。そして、それはサイケデリックに過激なのではなく、おさえられるかのように淡く、儚い合いであるのだ。もとの灰のキャンパスに消えてしまうほど薄く、絵のが塗り替えられていくのである。それにれると、波紋が広がり、気の波が表面に浮かび上がる。巖は生きている。あたたかなものが外から湧き上がっており、俺に力を與えてくれるような錯覚さえ覚える。花々は踴り、木々は音楽を奏でる。笛の音が奧底からこちらへ向かって集まってくるのである。

ここは一種の水場である。水のない水場である。神的なのである。あまりにも陳腐だが、これを伝えるにふさわしい言葉の場所だった。ありふれて使い古された言葉が、そのままにしさを保ったまま、しっかりと景を伝えることが可能なのである。鳥も蟲も獣もなにもが、ここでは爭いを起こさず、存在している。この空間は小さなものである。周りを歩けば半日もかからない。それほどに小さいだろう。だが、ここは檻か。そうではない。外が檻なのだ。これが本來の世界なのではないか。それほどに錯覚できる景であった。

俺は、緑の後姿を見つける。今までにも何度も見ている姿かたち。とてもおしくじてしまうほどである。近寄って肩に手を置いた。それは振り向いた。摘んだ花を鼻に當てて匂いを嗅いでいたようだった。らしい趣味をしている。

「オハヨウ」

「ああ、おはよう。今日もいい天気だね」

彼は笑っている。俺も自然と笑顔になる。再び會えたことに謝をしてお互いを抱きしめる。あたたかなぬくもりをじっくりとで味わう。生きている，そして活きている。そのをわし合っているのだ。

俺たち二人は、ほんのし地面に寢そべる。草花が俺たちのを包むようにけ止めてくれる。固さなどなく、ベッドに寢ているかのようにふうわりとしたなのだ。そこから、緑の匂いが漂ってくる。自然の息吹を全でじ取るのだ。

「ハフウ……」

息がれた。お互いを見る。俺は彼の頬に手をれた。彼もまねをする。だんだんと近寄っていく。額が當たる。じっとしている。あたたかく、流れていく。時間もも、何もかもが。二人の目線が合うというこの現象だけで、すべてがわかる。そうとさえ錯覚できるほどだ。いいや、錯覚ではないかもしれない。今まさに心が通じ合っているのだと、を張って言えてしまうのである。

足りたのか。俺たちは起き上がって、腰に差している木刀を手にした。爭うわけではない。謝をするだけだ。踴るのだ。舞だ。死と生をじ、今の生をかみしめる儀式であった。この場所に、この地に、生きることの喜びを伝えるように武踏を演じるのである。ゆっくりとき出した。手足が型をもって相手を攻める。それを流し止める。それの繰り返しである。速さはいらない。緻であるべきである。

俺たちはこの世界における最初の男であり、アダムとイブなのだ。その舞はだんだん緻に激しくなる。びが、発が、俺たちと共鳴する。地面が震える。待機だって震えるさ。自然の力を俺たちはしている。その喜びの舞である。

どれほどか。時間の流れというものがとまり、永遠の中で踴り続けた。永遠が瞬間にあり続けていたことだろうか。終わりというものすらも忘れてしまったかのようにひたすらに踴っていたのだから。そのせいだろうか、お互いに汗を流していた。

「今日はこれぐらいにしようか」

「ウン」

これもある意味では仙の鍛錬になるのである。すべてが修行である。彼もそれに付き合わせているのは悪いと思うが、だんだんと俺についてこれるようになってきている。その長が嬉しくじる。だから、俺は彼をっているのだろう。いまでは、ゴブリンとしては常識の外の強さなのかもしれない。彼の武道は、力強くしい。惚れ直すほどに。

俺はそんな素振りなど見せないように努めて冷靜に汗をぬぐう。恥ずかしい、そう思っているのかもしれない。惚れるということに罪はない。ただ、生としてのとして、そういてしまうのだった。俺はまだまだ、自然ではない。一部にはなれていない。だが、それもいいかと思えているのだった。

「……なんだ？」

地面が揺れている。地震ではなかった。生きの手によって引き起こされる揺れであった。足音が聞こえた。まだ遠くではあるが、段々とこちらに近づいてくるようにじた。ゆっくりと大きくなっていくのだ。不規則な振はそれ以外のことも伝えようとしていた。

「苦しんでいる」

その振は助けを求めているようである。抗えない力に対する抵抗がわずかに見えた。もがいていたのだ。俺は放っておけなかった。危険かもしれないが、放っておいたほうが大事になるのではないかと思い至ったのだ。助けられるのは俺だけか。俺しかいないか。振の主は強い。それが地面越しに伝わるのだ。大きいから？　違う。れ出す気が、地面を伝って、俺に教えてくれる。お前だけが頼りだと。頼むと。助けてくれと。伝えてくれるような、そんな気がするのだ。俺を待っているのだ。ならば、行くしかない。俺はそっちへと足を踏み出す。

「ドコイクノ……？」

彼は、不安そうに俺の袖をつかんだ。しかし、その力は弱い。止められないと理解できているかのようであった。俺のことをよく知っているからこそ、強く引き留めることが出來ないでいるのだ。俺は申し訳なくも思い、それと同時に俺のことを理解してくれることの喜びを思う。

「助けてくる。あいつは今まさに苦しんでいる。助けを求めるようにして暴れまわっているんだ。俺にしか助けられない。だから行くんだ。待っててくれるか？」

「……ウン。マッテル」

彼は俺を信じてくれた。だから、俺の袖を離してくれる。無理やり引きはがすことなく、俺と彼はつながり合っているのだ。信頼しているのだ。そう思えるかのように、手を離してくれたのだ。なのだとしたら、俺はその期待に答えなくてはならないだろう。そう心に誓うのだ。

「ありがとう」

俺は彼を軽く抱き寄せて肩を叩くと、足音のなるほうへと走り出した。俺の走る速度は、俺の心を表しているかのように早くなっていく。加速していくのだ。

聖気に満ち溢れていた場所から外れた。いつもの世界へと戻る。だんだんと足音が大きくなる。もうすぐそこなのだと理解できるのだ。いるのだ。木の向こうに。

出會った。足跡の主と。そのものは、走った眼をこちらに向けていた。苦しんでいるような。救済をんでいるような。そんな眼であった。

「……キメラ」

俺は、わずかにいた口でそう呟いた。