《天の仙人様》第29話 終わりの靜けさ

キメラはピクリともかなくなり、森の中に橫たわっている。先ほどまでの暴れ合から発生した衝撃は周辺にを近寄らせないだけの力があった。今はその力はなくしんと靜まり返っている。先ほどまでの轟音が響かないというのもまた恐ろしいもので、しばらくの間は何も近寄らせないだけの威圧を見せつけているのである。だが、あまりにもかないということが分かれば、様子を見にちらほらと生きがこちらに顔を出してくる程度には警戒心が薄れているようである。

小さなネズミがキメラのに鼻を近づけて匂いを嗅いでいると、ピクリとが震える。それに気づいた直後に、あたりの生きはさっと距離をとった。木のからこっそりと見守っている。だが、興味はなくせないために顔がはみ出ているせいで、どこに誰がいるのかというのがはっきりとわかってしまう。そこのところがし杜撰であるといわざるをえないだろう。

キメラはもぞもぞとき出し、そして、腹の下から何かが出てきた。それは腕であった。続いて何かのが出てきた。俺ことアラン=バルドランである。潰されてしまって抜け出すのに相當苦労したが、なんとか上半を外に出すことに功した。それと同時に達と共に大きな疲労がやってくる。

Advertisement

「ふう……何とか出てこれたな。あまりにも重いものだから、抜け出せなくて死ぬのではないかと不安にはなったが、どうにかなるものだな」

顔をキメラの外から出して一息つく。俺の顔は、顔どころか全まみれであるため、恐ろしい悪臭を半っている。だが、この悪臭というのも、俺のようなを食事としない生きだからこその価値観であるらしい。一部の食獣はふらふらと寄ってきて、俺の顔を舐めたりしてをぬぐったりしているが。それほどに、キメラのの匂いは惹かれるものがあったのだろうか。數頭の食いどもの舌舐め攻撃は何ともくすぐったい。そして、ざらざらとしている。が削れてしまうのではないかという焦りを覚えてしまう程度には痛いと思える。

「《ああ、お前たちあんまり舐めすぎるなよ。俺の顔が唾まみれでひどいことになるだろ。だから舐めるのやめろって言ってるじゃねえかよ。聞こえているのは知っているんだぞ。ほら、今耳がいたぞ。お前は直させたよな。ほら、離れろ離れろ》」

Advertisement

俺の言葉を聞いて、食獣は後ずさりをする。申し訳なさそうに、俺のことを見ている。何とも視線がいたたまれないが、気にして黙って舐められるのもよしとはしていないから仕方のないことである。顔が削れてしまってはダメなのだから。夢中で舐め続けて俺の言葉を一切聞いていなかったら危なかったところではある。

魔道言語は全ての生が理解できる言語だと言われている。実際その通りではある。魔導言語は正規の言語の進化を遂げていないから、このような事態が起きているのだろうと思う。數十世紀以上もの昔に生み出されておりながら、言語の変化が生まれないのだ。始まりから今まで、変化が起きない言語は魔導言語以外には存在しないだろう。

魔道言語でコミュニケーションがとれるのなら、ゴブリンに言葉を教える必要はないと思われるだろう。しかし、魔導言語のコミュニケーションはあいまいな、象的にしか伝わらないのだ。先ほどの言葉全てを使って伝わっているのは「俺から離れろ」ということだけである。それ以上の意味を伝えることは出來ないだろう。なのだから、彼らはどうして俺に離れてほしいのかを分かっていないために、俺の顔を窺うようにちらちらと見てくるのである。それぐらい、言語を持たない種族とのコミュニケーションはあいまいなものになってしまう。だから、ゴブリンに言葉を教えていたわけである。それに、會話出來たほうが楽しいのだからな。

「……! タイヘン!」

と、悲鳴を上げながら俺に近づくゴブリンが現れた。急いで駆け寄ると、俺の腕を摑んで引っ張っている。しかし、キメラに挾まっている俺の下半はどうも抜け出す気配がじられない。だんだんと彼に焦りが見られている。だからといって、彼の力が急激に上がるということもないのだから、何度も引っ張り出そうとしても、意味はない。無駄な力を使っているだけである。まあ、鍛えるという意味では意味があることかもしれないが。なくとも、彼は鍛えるためにやっていないのだ。目に涙をためながら何度も俺の腕を引っ張っている。なんと健気なことだろう。おしさが溢れてきた。

「チガ、チガ! シンジャウ!」

「いや、死なないから。これは俺のではないから、俺が死んだりすることはないぞ」

俺のまみれなのを見て、俺が今にも死ぬのではないかと予想を立てているらしいが、そんなことはない。怪我などない綺麗なをしているわけである。だから、落ち著くようにしっかりとなだめている。彼は実際に顔をって確認したら、俺から流れているではないということが分かって、し余裕が生まれているようだった。ぐしゃぐしゃに歪んでしまった顔がしばかり整っているように見えなくもない。本當にわずかな変化でしかないから。

「ホント?」

「本當だよ。そうじゃなきゃこうやって笑っていられないだろ? な?」

「……ウン」

はどうやら俺の説得が通じたようで、無理に引っ張り出そうとはしなくなった。しかし、俺の手をぎゅっと握ったまま離すことはない。俺も握り返してあげるが、しばらくはこのままなのかもしれない。俺だって、ここまで何とか這い出てくることは出來たが、そこから先にはもうし時間がかかってしまう。どうしたものだろうか。

「《お前たち、これを食べてくれないか? 皮は固いかもしれないが、それさえ破けばいけるだろ。さっさと食べてくれないだろうか。きっと、味しいかもしれないぞ。……いや、いやそうな顔をするなよ。そんな顔をしたって、食べがあれば喜んで食べるべきではないか?》」

を舐めることには抵抗がなくても、明らかに奇怪な姿をした生きに口をつけて食べることには抵抗があるのだろう。気持ちはわからなくもないが、好き嫌いをしていたら自然界では生きてはいけないだろう。食獣たちは顔をしかめるが、仕方ないというばかりにキメラの皮に爪を立てる。ようやく、心の準備が出來たということだろうか。そして、何度かひっかいているようであるが、皮が切れていないようであった。

「がう?」

熊は俺の顔を覗き込んだ。まるで不満でもあるかのような顔を俺に向けている。それに続くように他のものたちも俺に顔を向けて首をかしげていたりする。確かに、皮がそこら辺の野生生に引き裂かれるようでは自然界で生きていくことは難しいだろう。だから、皮がある程度は固いであろうことは想像できるし、驚きはしない。それでも、ジャンボライオンから比べてみれば異常な強度であるということは言うまでもないだろう。魔力が流れていないのにこの強度ということは、皮すらも他のか魔のものになるな。一どれだけの生きを犠牲にしてキメラを生み出したのやら。絶対に一発、いや、地獄に行くほうがましだと思う程度にぶん毆ってやる。

俺の怒りが他のたちにも伝わってしまったようで、恐怖を抑えるように苦々しい顔を見せながら一歩二歩と後ずさりをしている。怖がらせてしまっては申し訳ないと思い、怒りを抑えるようにゆっくりと呼吸をする。心を落ち著かせて、怒りをへ戻していき、れてしまったものは外へとかき消すようにしていく。これで何とか、彼らも怯える必要はなくなったことだろう。

「手を離してくれないか?」

「エ? ……ワカッタ」

は俺の手を離し、立ち上がる。そして、し離れてもらう。周囲に誰もいないことを確認してから、俺は地面に手を付けてを持ち上げる。やはり、の重さは相當なものなので、気を緩めてしまえば、再び押しつぶされそうではあるが、負けるつもりはない。段々とが地面から離れていき、上に乗っていたキメラも浮き上がる。

先ほどの休憩で何とか無理やりに立ち上がることが出來る程度の力は回復できている。とはいうが、結構つらいから、顔は鬼のような形相になっていることだろうが。ヒトには見せられないこと間違いないだろう。

「ふんっ」

完全に二本足で立ち上がると、キメラのは腹を出して倒れる。腹には俺が付けた傷がついており、そこからがしっかりと見えている。は全て流れ出してしまったのか、しも出てはいないが。焼いたら出てくるかもしれないが、それは気にしないことにする。

俺は自分のを見回すと、真っ赤に染まっていて服のもとのデザインがわからなくなってしまった。それに、染まっているだけではなく、破れてしまってもいるので、布を巻きつけているだけといった方が信じてもらえそうだ。これは大変なことだろう。母さんたちになんて怒られるか。そもそも、怒られるで済むだろうか。

言い訳をどうするか考えていると、俺の目の前をクルミザルが駆けていった。猿はキメラの前に來ると、腹の中をほじくって、を食べている。一番最初に口をつけた。他のもの達は躊躇していたのだというのに、それを気にすることなく突撃してきたのだから相當な勇気を持っているのだろう。無謀だと言われても変ではないが。

「…………」

みんながみんな、あいつのことをじっと観察していた。何か危険なことが起きるのではないかと。だからこそ、躊躇をして最初の一口を誰が行くのかとお見合いしていたのに、関係ないとばかりにクルミザルが突撃してくれたのだ。ある種の安心がそこにはあったかもしれない。

「キャーキャー!」

猿は手を大きくたたいて騒ぐと、再びに手を出した。あの表現は仲間に安全であることを教える合図である。それを聞いたのか、他の猿もぞろぞろと現れて次々にキメラに手を出し始めている。それを見ていた殘りの食獣たちも口を出し始めた。一応、キメラに群がる程度には腹が空いていたようだ。ゴブリンも混ざっていた。

「オイシイ! オイシイヨ! タベナイノ? コンナニオイシイモノハメッタニタベラレルモノジャアナイヨ!」

「俺は、生では食べられないんだ。人間はし不便なだからね」

「ソウナンダ、ザンネン」

そう呟くと、再びへ食らいつき始める。あんなに味しそうに食べていると、勘違いしそうになるが、俺のは生ものを食べれるようには出來ていないはずだ。お腹を壊すのがオチだろう。そこまでして生のを食べたいと思わないし、焼いて食べてもいいだろうが、あんなに味しそうに食べている彼らに俺も參加して取り分を減らすのはどうかと思ったのである。俺は別に食べなくても死なないのだから、こういう時には他のもの達に譲ってやろうというのだ。

そうして、キメラのは骨と皮だけが殘り、は綺麗になくなってしまった。それが確認できると、集まっていた奴らは解散していく。俺はその後姿をぼーっと見ていた。

ゴブリンは、俺と目が合うと、ニコッと笑う。俺は笑いながら自分の口に指をさす。彼は口にれてみると、手にがべっとりとついていた。すぐにごしごしと口を拭いて、を落とす。とはいえ、薄くついてはいるが。

「もうそろそろ時間だから、俺は帰るな」

「ウン。マタクルヨネ」

「もちろん」

俺は、手を振って彼に別れを告げる。いつも一緒にいられるならいいのだが、そうはいっていられないのだ。彼はゴブリンなのだから。仕方のないことなのである。村にまで連れて行ってしまえば、殺されてしまうことに違いない。彼を失ってしまうことは嫌である。だから、我慢するしかあるまい。

「アラン様! どうしたのですかその恰好は! まるで野蠻人ではありませんか! 一どこでそんな恰好を覚えてきたのですか!」

使用人が、家に帰ってきた俺を見ると、目を見開いてんだ。わからなくもないが、そこまで大きな聲でぶことはないのではないだろうか。それほど、真っ赤なのだろうかね。ケチャップで真っ赤になったかもしれないこともなくはないのではないだろうか。まあ、その恰好であろうとも、怒っている理由が野蠻人に見えるということだから、許してはくれなさそうだが。しかも、恐ろしい程に臭い臭いを発しているせいで、使用人は辛そうな顔をしながら、俺に近寄ってきた。申し訳ない。

俺の服のような布切れを奪うようにがせると、もう一人の使用人に持たせる。彼は外へと持っていくとその場で焼卻処分してしまう。出てくる煙はそれまた臭い。発狂しているかのようなび聲を上げながら手をかざして焼くのを止めないのだから、があることだ。

「どうしたの! アラン! どうしたのその恰好!」

と、サラ母さんが遠くからやってきて俺のことを見ると、使用人以上の甲高い聲を上げて興した様子を見せる。どうして、こんな格好をしているのかがわからないのだろう。たしかに、俺がになっていたらおどろくものである。

「クルミザルと、木の実を投げ合っていました。だから、ひどく汚れてしまったので、こうしてがされてしまったのです。俺が來ていた服は、使用人が燃やしてしまいました。あまりにもひどかったので」

クルミザルは、い木の実を基本的に主食とするため、殻を割るために巖などに向かって木の実を投擲をするのだ。だから、俺と投げ合いをして遊んでいたという言い訳に使わせてもらうことにした。許してくれ。

「ああもう。心配させないで」

母さんは、汚れるというのにもかかわらず、俺をぎゅっと抱きしめる。その溫かみに俺の心は癒されていく。俺も抱きしめ返す。

「ん? なまぐさいわよ」

しかめた顔をして母さんは俺のことを見る。しっかりとにはなまぐささが殘っていたらしい。全に浴びていたのだから、服をいだ程度で消えるようなものではないか。

俺はこれからの言い訳を考えるのに頭をフル回転させるのであった。

      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください