《天の仙人様》第36話 出會い離れる時の中で
朝、俺は起き上がる。いつも通りだ。窓からは日差しが差し込んでいて、しまぶしさもじるが、これがあることで、俺の頭も心もだんだんと覚醒していく。眠たげな眼もゆっくりと開いてくる。一分もしないうちに俺は目がしっかりと覚めるのだ。これが俺のいつもの朝である。俺は前から起きるのには苦ではない。しかし、仙人になってからというもの日差しが當たるだけでここまで覚醒するようになったのだ。特に睡眠を必要としない仙人だからというのもあるだろうが、いいになったものだとしみじみ思う。力がみなぎってくるのである。気のせいかもしれないが、こうして自然に、起き抜けかられることでよりよい生活を送ることが出來る。それがいつもである。
しかし、いつもの朝とは今日はしだけ違う。今日は隣に山がある。布団が盛り上がっているのだ。そこからわずかに熱が生まれており、このベッドには二つの熱源が存在している。それは、かけているものですっぽりと埋もれているため、俺はしはがす。顔が出てきた。見慣れない顔。しかし、見慣れた人。つい最近知り合ったのだが、その前から一緒に朝の時間を過ごしていた。今までは、森の中では會えなかった。でも、これからは俺の隣にいてくれる。すぐそばにいる。しい人。元ゴブリンの、ハルである。俺は、ハルの寢顔のらしさ、しさに心奪われる。ゆっくりと頭をなでる。あたたかな気と共にハルの熱もじられるのだ。この至福の時間は永遠のようでわずかである。ゆっくりとまぶたを開きながら、ハルが目を覚ましたのだ。そして、俺の顔を見ると寢ぼけた目をこすりながら微笑んでくれる。俺も微笑み返す。
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「んー。……あ、アラン。おはよう」
「おはよう、ハル」
「フフ……おはよう、アラン」
ハルは俺と同じ場所で朝を迎えられたことが嬉しいのだろうか。ぎゅっと抱きついてきた。俺も同じようにして抱きしめ返す。あたたかなハルのぬくもりとさわやかな風の匂いが俺の全に回る。おしい。彼が俺のことをこれほどまでにしてくれて、俺もそれに応えているということにたまらなく幸福をじている。
視線が合う。気持ちが伝わっている。心がつながっているのだ。お互いが何を想っているのかが、わかるのだ。だが、心だけでは終わらない。口に出す。言葉にすることで、気持ちはより深く伝わり、沁み込んでいくのだ。それがたまらなく心地よくじる。この気持ちを二度と離したくはないと思うことは確実であり、それがに現れてしまっている。無意識的に彼の手を握ってしまうのだから。意識と無意識の両方において、俺が彼のことをどれだけしているかということがただ端的に伝えているのであった。
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「アラン……好き。好き好き」
「俺もだよ。ハル、好きだ。している」
俺たち二人は、朝の挨拶をわすと、もぞもぞとベッドから降りる。そして、近くにたたんでおいてある著替えを手に取り、著替え始める。男爵家程度の家では、わざわざ著替えに使用人がやってくることはない。男は王家だろうとないが。階級が上になるほどは著付けが面倒になるわけだから、大変だろう。俺は、ハルの著替えを傍目に見ながらそうなんとなく思っていた。そうして、著替え終わったのを確認してドアを開け、廊下へと出る。その時に、ハルが手を近づけてくるわけで、俺はそれに応えるようにして握り返す。やはり、張していたようでハルの閉じた口がし緩んでいる。まだ慣れていないだろうが、俺がこうして隣にいる限り、彼もまた落ち著いて生活できるのだ。
俺たちが食堂へ向かっている間にも、せわしなく使用人が行きかっている。この家には六人ほどいたはずだ。四人に男二人。男爵家程度では多いと思うだろうが、この國の男爵の平均的な使用人の數である。貴族の家で多くの人をできるだけ雇って、金を回すべきというわけだそうで。金が回れば、貴族にる金も大きくなるからな。最終的に損はしていないらしい。子供に教えてくれる理論なので簡単にしか教えてくれなかったが、そういうことなのだと理解した。むしろ、それ以上難しく考える必要がない立ち位置に俺がいるということの証明でもあった。ルイス兄さんほどであれば、より深く教えられるのだろうと思う。それでも、領地を継ぐにはそれなりの年月が必要だから、そこまでではないと思っているけれども。
俺たちは、すれ違う使用人たちとあいさつをしながら食堂へとたどり著く。そこには、ほとんど全員が集合しており、後はカイン兄さんを殘すだけとなっていた。いつもの席に座り、隣にハルが腰を下ろす。見慣れた景のわずかな新鮮さがある。俺は口元を出來る限り歪ませないようにと努力しているわけだが、それもあまりうまくいきそうには思えない。ようやく、ハルとこうして一緒の席で食事が出來るようになったのだ。諦めることの方が圧倒的にあり得るであろう狀態からである。奇跡に近い。だからこそ、この喜びがあふれ出してしまう。ごまかすように彼の手を握る力をわずかに強める。合図を送っているみたいに。
「おはようございます」
「お、おはようございます」
俺が挨拶をすると、それにつられるようにハルも頭を下げる。それに返す面々。アリスはいまだにむすっとした顔をしながらではあるが。それでも靜かに、朝食が運ばれてくるのを待っている。
ハルは、ここの食事が気にってくれたようで、鼻歌を歌いながら食事の準備ができるのを待っているようである。それを見ている母さんたちは娘がもう一人出來たことが嬉しいのか、優しく笑ってみていた。母さんたちもまた、一緒に喜びを分かち合っていることに違いない。家族が増えることに喜ばないものなどいないのだ。
「……そういえば、もうそろそろルイスは學校へ行く頃だね。つい最近にルイスがこの家にやってきたと思ったけれど、いつの間にかそんな歳になってしまった。年月の移り変わりは思った以上に早いものだね。……今のうちから準備をしなくちゃいけないな」
父さんが思い出したようにぽろっとつぶやいた。それを聞いたルイス兄さんはし目を輝かせて父さんの方を見やる。
そうだった。六歳を迎えた貴族の子は、王都にある學校へと通うのだ。正確には春になってからではあるが。今は、ようやく紅葉となり、葉が落ちているところなのだ。まだまだ期間はあるが、道の類をそろえるために今のうちから準備をしておくことは間違っていないし、早めにやっておいて損はない。しばらくの間は、ルイス兄さんと離れ離れになるのは寂しいが、これも義務なのだから仕方がない。
平民は近くの都市の學校へ通うか、王都の學校の學試験を合格すればれるようになる。とはいっても、王都の學校の學試験はそこまで難しくないため、頑張れば學は出來る。この學試験は努力が出來る人間かを見極める意味合いが強いそうだからな。上昇志向の強い平民を將來優秀な士に育て上げるための學校でもある。それに、この國は王國なのにも関わらず、教育に熱心に取り組んでいるからな。學校は無料で通えるのだ。移費はかかるため、貧乏人は近くの都市で我慢するわけであるが。そのためか、人して簡単な文字すら読めないという大人はいないといってもいい程である。それぐらいには、識字率が高い。
「もうそろそろ、ルイスが王都で寮暮らしになるのね。寂しくなるわ。この間生まれたと思ったら、もう六歳なのね。あなたの言う通り、時間の流れが恐ろしい程に早くじるわね。ちょっと前はこのぐらいに小さかったというのに」
ケイト母さんは、未來起こる出來事を想像してかしんみりとつぶやいている。手で作っているサイズはあまりにも小さく、冗談めかして言っているようではあったが、寂しさがぬぐえていないであろうことは誰の目にも見て取れた。それに、アリスがまだいるから、簡単に王都まで足を運ぶことは出來ない。だから、気軽にルイス兄さんに會えなくて悲しんでいるのだろう。俺だって、四年間もずっと一緒に生活してきたこの家から、一人兄さんがいなくなってしまうのは寂しい。
秋風が食堂の中へとり込んでしまったかのようなほんのりとした寒い空気が包み込んでしまっている。みんながみんな、家族がこの家から一定の期間であろうとも、いなくなってしまうことに何かしらの思いを抱いている。ハルだけはそこまでの思いれがないために、ニコニコと笑みを浮かべて、首をかしげているが。
「母さん、そんなに悲しそうな顔しなくたっていいじゃないか。まだ、たくさん時間はあるんだし、それに、夏季と冬季の休みには家に帰ってこれるし。數か月ごとに帰ってくるわけだから、寂しいとしたって、そのほんのちょっとの期間だけだろう?」
「そうだな、ルイスの言うとおりだ。別に、今生の別れというわけでもないんだからな。明るく送り出してやればいいさ。それに、ルイスは優秀だから、主席にでもなってくれるさ。そういう報告を楽しみにしていればいい」
と、父さんも明るく振る舞っている。確かに、ルイス兄さんは優秀だし、さらっと首席で卒業してそうなじがする。今も、剣の訓練をしっかりとやっていて、カイン兄さんに力負けはしなくなってきているのだ。これで、本職が魔法使いなのだから、オールマイティに活躍できることだろう。むしろ、楽しみに思えてきたかもしれない。俺たちと特訓をしているときの兄さんの姿しか見ていないのだから、そこから外に出た時、どれだけの実力があるのかということを客観的に見れるいい機會だろう。
「おはようみんな!」
と、ここでカイン兄さんがってきた。これで全員そろった。料理はもうきれいに並べられてある。後は食事の挨拶をするだけだ。
食後、俺はリビングにあるソファに座っていた。隣には手をつないでハルが座っている。食後休憩として、いつもソファに座って休んでいるのだ。この後に、森の様子でも見に行く。ルーティンである。
「ねえ、アラン。學校ってどういうとこなの?」
ハルは、食前の會話の容について理解できていなかったらしい。兄さんに対する思いれがないから、あのような顔をしているのかと思っていたが違うようである。そりゃそうだ。ハルが學校についてのことを知る機會なんて存在しないのだからな。なにせ、人間社會にって何日たったという話なのだから。一週間すら経っていない。それで、學校なんてものを知る可能はないだろう。
「學校は、同じ年の人たちで集まって勉強したり、遊んだりするところだよ」
「私や、アランと同じくらいの子と?」
「そうだよ。俺たちと同じくらいの人たちとだね。友達がたくさんできるといいな」
「私は?」
「友達だし、人だし、婚約者だよ。とっても大切な人さ」
「うん! 私も、アランのことをとっても大切な人だって思っているよ!」
ハルは、ぎゅっと俺に抱きついてくる。離れる気配がない。しばらくこうしていることだろう。俺は空いている手で、頭をなでる。すると、ハルの抑えられない笑い聲がれてくる。おしく思えて、優しく包むように抱きしめた。溫かく、包んでいるというのに、こちらが包み込まれているかのような、そんな錯覚を覚える。
「お兄さま!」
俺が目線を前に向けると、アリスがハルを睨みながらこちらへと近づいてくる。ハルとは反対方向の位置に座り、俺がでている手を摑んで自分の方へと引き寄せる。ハルはそれに気づいて、アリスの方を見る。アリスは、ハルと視線があると文句ありそうにじっと睨んでいる。俺は両腕が拘束されていて何もできない。
ハルは、その視線をじるが、にこりと笑って何でもないかのような対応を見せる。そうして、俺の頬にをつける。勝ち誇ったような雰囲気があふれ出している。アリスも負けじと同じことをしようとするが、き出す前に、ハルに元を手で押さえられ、止められてしまう。
「だめだよ?」
その一言はこたえたことだろう。目に涙が溜まっていき、今にもあふれ出しそうになっていく。
俺は、しの間ハルの手を離してもらい、アリスを抱き寄せる。そして、背中をやさしくさする。怖いのだ。取られるのが。消えるのが。ルイス兄さんだって、しばらく目の前からいなくなる。俺だってそうだ。だから、怖い。目の前から消えてしまうこの恐怖を、彼に耐えろと言うほうが酷なのだ。だから、俺は抱きしめる。証明するように抱きしめるのだ。大丈夫だと、安心しろと、消えないと。
ハルもそれをじ取ったのかしゅんとして、俺の背中にもたれかかる。前から、後ろから、溫をじる。そこにいる。だからこそ俺も、そこにいることを示し続ける必要があった。
アリスが泣き止むまで、俺は溫かく抱きしめ続けているのである。それが兄としての仕事だということであった。
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