溫かなベッドに包まれて俺は目を覚ます。春の気が窓から差し込んできており、俺の顔に直接當てている。ちくたくと時計の針はいじられ正常な時間へと戻っていく。俺は上半を起き上がらせようと力をれる。だが、くことはなかった。やはり、腕におもりが乗っかっているとくわけがない。しかも、両腕であった。毎日のように、腕枕をされていれば腕がしびれるという事態はなくなってくる。それほどに、俺は彼たちに腕を枕代わりにされているのだ。いや、片腕だけか。もう片方の腕は今日初めて重みをじているわけだからな。痺れをかすかにじている。しかし、彼たちの溫を直にじながら、寢ている姿を目に刻んでいるわけであり、俺としてはなんてことはない。むしろ、さらに彼たちとを著させようと抱き寄せてしまうわけである。

俺の右隣りには、ハルが。左隣には、ルーシィが寢ていた。そう、ルーシィも俺の家に住むことになった。二人の婚約者と、これから毎日のように同じベッドに寢るわけであるのだ。

本來であるのならば、婚約者となったからといって同じ家に住むということはない。まだ結婚しているわけではないし、婚約者とは結婚する時まで顔を合わせることすらないということもあり得るのだ。だから、わざわざ同じ家に住んで一緒の生活を送るということはしないわけだ。しかし、ハルが俺と同居している。婚約者の一人が俺と一緒に住んでいるのだ。もう一方からしてみたら、そこの部分で差がついてしまうのだ。ということで、差を埋めるためには自分も一緒に住むしかないわけである。向こうの家族も同じことを思ったそうで、そこはスムーズに話が進んだ。むしろ、向こうは俺の家にルーシィを預けるつもりだったそうで。貴族の妻にふさわしく教育してほしいのだとか。別にそういうのは気にしなくていいと思うのだが、気にするのだから仕方がない。平民と貴族の差は男爵程度であろうとも大きいのは確かであろうから。俺が將來、他の貴族の人間に妻のことで馬鹿にされないようにという彼らの心遣いなのだろう。寂しくないのかと父さんは聞いていたが、他にも息子たちがいるので大丈夫だと、涙ぐんでいたがそう答えいていた。そこまで決めているのであれば、俺もありがたく好意をけ取るとしようという話であった。

三人でベッドから降りて、食堂へと歩く。その間に話をするが、そのどれもが他のない、世間話にならないような、他人から見ればくだらないと一笑に付してしまうほどの話でしかない。だが、俺たちはそれを楽しんでいる。一言一言で、わずかに変わるの揺らぎをじながら食堂へと向かっていくのだ。俺は、この時間がなんとなく好きだ。

食事が終われば、著替えにハルは部屋へと戻る。俺はそれが終わるまでソファでくつろぐのだ。

「ハルは、どこに行ったの？」

「著替えに行ったんだよ。部屋に戻ってね」

「なんで？　さっき著替えたばかりじゃないの？　すぐに汚れちゃうの？」

「いいや。これから、森の中にるんだ。だとしたら、ドレスを著ていくときづらいし、汚れてしまうだろう。だから、そうなってもいいような服裝に著替えているのさ。ドレスで森の中にるような人はいないだろう。いつものことだよ」

俺は、なんてことないように答えた。すると、ルーシィは頬を膨らませて怒っているかのような顔を見せる。何かあったのだろうか。ただ、その怒っているであろう表がとてもらしく見えてしまい、俺はすと無意識的に腕をばして頭をなでてしまった。彼は最初はそれに喜んでいるようであったが、ふと自分が怒っていたということに気が付くと、再び睨んでいるかのような目つきをされた。睨んでいるような、であるため、そこまで怖さはないが。しさしかない。ただ、今度はそれを口にもにも出すことはしない。

「どうしたんだい？　怒ったような様子を見せて」

「アランも行くの？　森の中に？」

「え？　ああ、うん。もちろん」

「じゃあ、なんであたしにも言ってくれなかったの？　あたしも婚約者でしょ？　お嫁さんでしょ？　あたしだって二人についていきたいよ。三人で一緒に森の中で遊びに行こうよ」

「あー、そうか。ごめんな、ルーシィ。普段は、ルーシィと一緒に森の中にったことがなかったから忘れていたよ。ごめん」

俺は、申し訳なく頭を下げる。気にしていないというように俺の頬にれて頭を持ち上げる。そして、にっこりと微笑む。俺も同じように笑みを返す。と、ルーシィの顔が近づいてきて、同士がれ合った。離れると、恥ずかしそうに顔を真っ赤にしたルーシィがいた。彼は周囲を見渡して、誰もいないことを確認すると、もう一度をくっつける。今度は、長かった。長いのか。わからなかった。一瞬であり、永遠である。止まっているかのような時間が瞬間的に流れているのをじた。一瞬の永遠であった。

俺たちのは離れる。彼の顔はれたリンゴだった。そういえば、彼とキスするのは初めてであったか。そう思うと、俺の頬も熱くなっていくのをわずかにじてくる。ハルとのキスは薔薇のようなキスであるが、ルーシィとのキスはタンポポのようなキスであると思う。そういう二人の違いをじていた。しかし、顔には出さない。今目の前にはルーシィがいるのだから。今まさに、彼とし合っている中で、他のの名前を出すことは好ましくはないだろうから。

「これで許してあげる。次からはちゃんと気を付けてよね」

「ありがとう」

この言葉をわすだけがいっぱいであった。神はから作られるのか、魂で作られるのか、わからない。しかし、今のこの現象は魂からのものではないということなのだろう。に引っ張られてしまっているように思えてならないわけである。

俺の神は魂とに挾まれており、児と人の二重的な側面を持っているともいえるのである。それが混ざり絡まり合うことで、俺はし、自分がどうなっているのかが混してしまうわけである。だが、今目の前にいるに対してが芽生えているのは確かであり、結婚するということも、別に嫌ではない。むしろ、嬉しいのだ。彼をして、それと結ばれる。そこにはいま現在のなど無意味であるとすら思えるわけである。やはり、婚姻は魂でするものなのだろう。は所詮おまけなのだ。

「じゃ、じゃあ、あたしも著替えてくるね。アランと一緒にお出かけしたいし。使用人さんにお洋服の場所教えてもらわなくちゃ」

逃げるように、駆け出していた。俺はその後姿を見つめているだけだった。姿が消えていく。後に殘るのは向こうに佇む靜かな扉である。しんとして、何も寄せ付けない厳かな雰囲気がある。壁だった。立ちふさがっているかのように思えた。木で出來たそれは、巖の様に靜かなのだ。し、不気味だ。なので、俺はそれから目を逸らした。ゆっくりと天井を見上げる。あたたかなぬくもりを天井からじる。木で出來ているからだろうか。包み込む母の優しさであるかもしれなかった。

がちゃりと、ドアノブが回りハルが出てくる。にこやかである。が戻る。モノクロで褪せていたが、彩かに彩られていく。さっとが塗られていくわけである。その覚が俺の中で意識されてとてもおしく思えた。

「どう？　綺麗？」

「綺麗だよ。とても似合っている」

「ふふ……ありがとう」

ハルは、俺の右隣りに座る。ここが定位置なのは変わらない。何かあるのだろうか。いまいち思い當たることがない。うーむ。

手をつないだ。溫かなが伝わってくる。らかで壊れてしまいそうな儚いしさの中でそれがあるわけなのだ。俺はそのを全でもってじているのである。絶対にこのしさを忘れてはならないと刻み付けているのだろう。それぐらいに真剣であるかもしれない。

俺は、ルーシィのことも待っていると、じっと俺の顔を覗き見るようにして、ハルがこちらを向いている。何事かと俺はハルの方へと顔を向き直ると、無理やり顔を押さえつけられる。無機でも見るかのようにのない目つきは、俺に恐怖を湧き上がらせるには十分な要素である。ハルの視線はで止まる。目をつむった。そのまま顔が近づいてくる。れ合うだけがじられる。やわらかい。やわらかいものがれている。何かが口の中にり込んでくる。それは、俺の舌とれる。それもまたらかいものであった。ふわふわと、雲の上に乗っているかのような、そんなのまま時間が過ぎていくのをじた。は不意に消える。俺は目を開くと、ハルはにこりと微笑んだ。

「ダメだよ？　一番は私なのだから。どれだけ、多くのがアランに対して好意を抱いていようとも、アランが最もしているのは私なのだから。そして、私もアランのことを世界で誰よりもしている。とってもしくて素晴らしいことだと思わない？」

ひんやりとした空気が俺の首筋を過ぎ去っていった。刃が首筋に當てられて、さっとでられているかのような恐ろしさをじずにはいられないのである。それを現実のものとするかのようで、彼に指が俺の首に當たった。すうとでるように首にれている。命の流れをじてうっとりとした顔を見せている。それは俺の目を離すことなく縛っているかのようである。彼のしさに俺は目もも奪われてしまったのだろう。それはなんて素晴らしいことだろうかと思えてならない。たった一人のに、全てを握られているのだ。

彼は怒っているのだろうか。いいや、怒ってはいないのだろう。諦めもあるのかもしれない。しかし、それ以上の何かを持って俺に接しているのがわかるのだ。おそらく、俺にはたどり著くことすらできない奧の、更に奧深くに存在するもの。それが顔をわずかにのぞかせて俺を見ているのだ。蛇に睨まれているかのような恐ろしさと、妖艶さが俺のを縛っているのだ。

「してるの、アラン。誰よりも。一から百までその全てであなたのことをしているのよ。絶対に他のでは無理だろうと言えるくらいにね」

「俺だってしてるよ、ハル。今が始まって過去になり、未來へと向かっていったとしても、その先までも俺はハルのことをし続けているさ。だから、心配はしなくていい。俺がハルのことをさなくなる可能なんて、この世に塵一つでもないのと同じくらいなのだから」

俺は無意識てきに、ハルの頬へと手をばす。れる。らかなが手を侵食していく。逃れることなどできない。むしろ、自分からか。自分からそこに沈み込んでいくのだ。囚われに行くのだ。救いようのないものだが、それがたまらないのだ。

ルーシィが來るまでの間、俺たちは何もせず、ただ見つめ合うだけなのであった。時間が止まって、ただ二人だけの世界になる。完結しているのだ。そこから進歩も退化もなく。なにせ、今が完全でしかないのだから。誰にも邪魔をされないだけの完全たるものが存在しているのである。