《天の仙人様》第40話 ある夜の対話
夜。俺は眠る必要がない。食、睡眠、の三大求の全てを必要としないのだ。婚約者が二人もいて、が必要ないのかといわれたら、返す言葉もないわけだが、実際はそうである。仙人となることで、そもそもというものが必要とされなくなってしまうのだと思う。俺の今のは自らのアイデンティティとして無理やりに殘しているに過ぎないのだと思うわけである。俺が俺であると認識するためには、絶対に彼たちに対する、全ての生きに対するを忘れてはならないし、消してはならないのである。特に、彼たちに対するである。
そういうこともあり、睡眠がない俺はこっそりと庭に出て一人目を閉じて揺られている。空気が揺れている。草木もゆらりゆらりと、炎の様に空気が揺れているのだ。俺はそれによって寒さをじた。ひんやりとした何かがにれる。不気味である。に絡まるような君の悪さをじている。やはり、夜に出てくるもんではなかったか。妖怪か何かでもいるのではないのだろうか。俺はそう思った。だとしたら、本當にいるのか気になってしまう。俺は目を開けた。俺の目の前には、カラス頭の、山伏が立っていた。
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「お師匠様でしたか。お久しぶりでございます。ずいぶんと久しぶりに會うような気がしますね。それとも、最近?」
「さあな。永遠に一瞬だ。俺にも正確な時期など覚えていない。の時間すら止まっているものでな。貴様ももうわずかな時が経てば止まるというもの。いずれは、家族たちとのズレが生まれる。それまでの間にどこかへと靜かに消え去らなくてはならない。それが、俺たち仙人たちが背負う宿命なのだ」
「そうでしたか。それなら、しかたがありませんね。俺も……もうすぐそちらに行くのはわかっていたので、覚悟はしておりますが。ただ、まだあるであろう十數年以上もの時が経ったとき、どうなっていることでしょうか。気が狂っていないことを祈るばかりです」
俺は、肩の気を落とす。変に力がっていたのだ。ゆっくりと、力を抜いていき、気持ちを落ち著かせていくのだ。わかっていたことなのだから。いずれ來るであろう未來に対して、覚悟を持ってはいいだろうが、悲しんではならない。俺はそうなることをけれたのだから。生まれてすぐにだ。ならば、涙を出してはならないだろう。そんな顔を見せていると、お師匠様は俺に近づいてきて、目の前で胡坐をかく。そして、にたりと笑う。全てを見かされているかのようであり、不気味であった。
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俺は恐れるように、下を向いた。誰にも見られたくないとばかりに、逃げてしまうのである。くつくつとお師匠様が笑っている聲だけが聞こえるのであった。それが、俺の心に引っかかっているようで気持ちが悪いことこの上ない。
「恐ろしいのか? 永遠になることに」
「いえ、それはありません。永遠を求めているのは事実でしょう。ただ、常であり続けることに疲れたくはないと、無常を求め始めることはないかと、不安になることも、あるというだけです」
「どうだかな。だが、貴様はけれる。あるがままをありありとな。ならば、一瞬が永遠に変わろうとも、問題はあるまい。赤ん坊のころからそうなることを知っていて、そしてけれたのだ。のためであれば、無常は捨てられるだろう? 貴様はそう言う男であろう」
「たしかに、そうですね。変に考えすぎているのかもしれません。俺は、のために永遠を手にれたといっても過言ではないのですから。悩み過ぎるほうが毒でしょう」
俺は、空を見る。月が昇っている。綺麗なものだ。丸く形どられており、それがすべて歪んでいるのだ。汚く形されたものとしてある。完全な円などないのだと、それを見ると思う。だが、その歪なのが綺麗なのだ。お師匠様も俺につられるようにして、上を見る。そして、ふんと鼻で笑うと、こちらに向き直る。
お師匠様にとってみれば、他もなく、その程度のことでしかなかったのかもしれない。だが、俺はあの歪みをしくじているを持ち続けていたいと思っていた。それはより大きな苦しみとなって、將來襲い掛かってきそうではあるが、それを忘れてはならないのだと奧深くで理解しているようなのだ。だから、俺はじっとそれを見ているばかり。それが、お師匠様には奇妙に見えてならないのだろう。剎那を捨てた存在であるということなのかもしれない。
「……貴様は、前にも二人の子と付き合っていたな。懲りないやつだ。殺されるかもしれないぞ。いや、そうとは違うか。辛いまま一瞬ではなく、永遠を生き続けるかもしれない。あらゆる苦しみが忘れられることなく永遠の呪縛の中で絡まり続けることだってあるだろう。俺がこの道をったとはいえ、その可能を知っていて、自分から飛び込んだのだ。考えれば考えるほどに、それが一番恐ろしいことだと思わないか? どうだ?」
どうやら、俺の婚約者についての話題になるようだった。月はの化とでもいうのか。それとも夜がそうか。月を見て、その話題を出す何かを思い起こさせてしまったのだろうと思う。しいものは儚く、傷的にさせるに十分な力があるということだろう。であるからこそ、お師匠様とこのような談話をしているに違いない。お師匠様自も何か思うところがあるかもしれないのだから。
「はあ、そうですね。仕方がありません。私はこういう人間なのでしょう。されない恐怖を相手に與えたくないのです。だから、してしまう。いや、元からですか。今の言葉は逃れるための大噓でしょう。本當は、元からしているのだから、されれば、けれるのです。ただそれだけなのです」
「されなくなっても構わないと。貴様がし続けても、相手は貴様を永遠にはせない。貴様には永遠には出來ても相手はそこまでの力はないのだぞ」
「いいえ、お師匠様。それは、ではないので。と申しましょうか。とは永遠不変。変わらずあります。なくなることはけっしてない。我々のようにですかね。だからこそ、私はすることをやめずにいるのです。永遠であるということならば、俺のような瞬間から取り殘されてしまった存在は、それにすがるというものでしょう。俺だけかもしれませんが。に溺れる仙人というものは聞いたことがありませんしね」
俺たちは穏やかであった。焔に顔を照らしているようで、幽玄の中にいる浮遊をじているのだ。遠くで聞こえる鳥の鳴き聲が、現実であることをかろうじて伝えているかのようだった。ふわふわとした空間の中に漂っている。地に足をつけようとあがいてみて、れているような気がしないでもないのだが、それが雲か何かかと思うほどに、何もないのだ。だが、下を向けば地面に座って話しているのだとわかる。それでも、これが夢幻なのではないかと錯覚させていく。
手をばして、空を摑む。何もなくただ手を握るのみである。開いた。閉じて開く。それだけの作であり、何かが手の中に納まっているように思えた。今まさに何かをつかまえているのである。ただ、それが確信めいて見ることが出來ないだけという話ではあるが。
「俺にはというやつがわからん。妖怪だからだろうか。それとも、捨ててしまったからだろうか。いや、捨てる以前に持っていたのか。俺の周りにいる奴も、仙人になるためにを捨てた。にこびりついちまっているらしくてな、捨てることでしかれないとさ。こいつはをもって、仙人になっているというのにな」
「仙人はみな、を捨てるのでしょうか?」
「穢れを消すという方法が、それしか思いつかないのだろうよ。男にうつつを抜かすのは、穢れた証さ。雑念でしかない。仙人であれば、穢れがあってはならない。ならば捨てるであろう」
「自然は、をけれておりますよ。営みには欠かせぬものです。にらずとも、繁栄には必要……いえ、たしかに必要がないかもしれませんね。気づきました。我々には必要ないかもしれません」
「そうか……では捨てるか?」
「いえ、捨てることはないでしょう。私は自然の一部でいたいので。自然と共に、に溺れるというのもまたしいでしょう。誰よりも世をしているのです。世に溺れてみたいと思うでしょう?」
「なるほどな……それなら捨てられんか。くく、全く理解は出來ないものではあるが……まあ、悪いことではない。仙人ではないというわけではあるまいし。貴様はそのまま天人でもなるといいだろう。數千の時を生きようとも、たどり著けん境地にたどり著く道かもしれん」
天人、ね。そんな雲の上の存在になろうなどと、おこがましくて口が裂けても言えない。仙人の位になることですら、今でもし怯えているのだ。俺ごときがなってもいいのだろうかとな。俺の魂は清らかなそうだが、穢れが一切ないとを張って言えないのだ。穢れているように見えてしまう。極度な潔癖でも、逃れられないのではないかとな。それをお師匠様はどう見ているのか。これも恐ろしい。
空間が歪む。渦を描くようにして、俺と師匠の間に歪なものが生まれていく。俺は、警戒をもって腰を浮かせるが、お師匠様は気にした様子を見せずに腰を落としてじっとその先を見ている。しかし、その目つきには力がこもっており、俺のも心もびあがる思いである。
ずずずと、が現れる。しなやかな手足が姿を見せる。白く、艶めかしく、的である。姿をしっかりと、把握できるようになると、歪みは消え、一人のが立っていた。
「花魁、でしょうか」
俺は、そう聞いた。しかし、そうは思えなかった。キツネ耳に尾が生えている。それだけなら、気にはしないのだが、それが九本もあった。男どもを骨抜きするように著を著ている。はだけた部位からはが見えている。の谷間がくっきりと浮かぶほどであった。外は。中は違う。俺の産の一本一本ですら見かされているかのような格を見せられている。今この瞬間に不審なき一つでもしようものなら、この世からしの存在も殘すことなく消えてしまうだろうということをほぼ確信に近いレベルで理解できた。
ただ靜かに、くこともできずに、座っているばかりである。何が彼の琴線にれるのかがわからないのだから。
「いやあ、違う」
「だったら、その売のような服裝はやめろと言っている。品のない服裝は、それだけで格が落ちるというものだ」
「くく、鞍馬よ。わらわはお主とし合いたいのじゃ。でも、わからんというからのお。特別に一いでいるというのであろう」
と、九本尾の狐耳。おそらくは、九尾。彼はお師匠様にを預けた。お師匠様の不機嫌そうな顔が恐ろしく、俺は下を向いて気配を消そうと努力する。
「何逃げようとしているのだ、貴様は。この阿保たれをどうにかしないか。俺にはどうにも出來ん」
しかし、お師匠様にはバレバレであったらしい。睨み付けられるような視線に俺は耐えられなかった。ゆっくりと近寄る。邪魔をするなとばかりに九尾の狐が睨み付けてくるのだが、お師匠様ほどではない。恐ろしくなければ、キツネがじゃれているようなものであった。
「しかし、どうしようもありませんよ。お師匠様が満足させるしか。逆に考えれば、彼にを教えてもらえるいい機會かもしれません」
お師匠様のもとに寄ったが、助けるわけではない。そもそも、助けられることがあるかといえば、まあない。そもそも、何か妨害をしようと思っても、明らかに相手が格上なのだから、俺に勝ち目はないだろう。その時點でありとあらゆる策略も謀略も意味をなさないということが分かってしまうわけであった。
それに……彼はお師匠様のことをしているという想いが伝わるのである。をのまま永遠にするのであるならば、俺は彼の妨害をするわけにはいかないということでもあるのだ。そういう意味を込めて、俺はにっこりとお師匠様に対して笑顔を向けるのである。
「なんと」
「わかっておるではないか。この……ふむ、お主は仙人か」
「ええ。お初にお目にかかります」
「まあよい。しかし、ひどいであろう。わらわがこんなにもしているというのに、こ奴はなどわからんなどと戯けたことを抜かして、逃げるのじゃ。意気地がないであろうよ。そんな様子であれば、弟子に示しがつかぬぞ」
「抱けぬものは抱けぬというだけだ。呪いみたいなものでしかない。俺の意志とは全く関係なくそういうものなのだ。しかも、その呪いを解く方法を全く持って知らないとなれば、どうすることもできないだろう? ならば、仕方なしと諦めるのが本意」
「まあ、何と意気地のない。意気地のない。わらわは意気地のない男は嫌いじゃ。ほれ、嫌いになってしまうぞ」
「ならば、嫌いになればよい。俺にはが一人男に想をつかしたということでしかない。それならば、世にあふれている。此岸にも彼岸にもある。その程度のことならば、俺には何の痛みもないのだ」
「いけずじゃ」
九尾の狐様はあからさまに骨な泣いたふりをして気を引こうとしているが、お師匠様には一切効いた様子がなかった。
これは、朝まで続くのだろうかと、俺は一人夜の空を見ていた。蝙蝠が飛んでいた。番であった。おそらくでしかないがな。彼らは、俺の上空で別れて別々の場所へと飛び去ってしまう。縁起が悪いと、思ってしまうわけであった。
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