俺たちの視線をけたルーシィは何も言わずに黙ったままである。俺はそれに苦痛を覚えていたが、そのままにしていると、彼の心に大きなを殘したままになってしまうのではないかという恐怖の方が勝っていた。だから、俺はあえて聞いているのだ。

こうなった原因としては、村の中での話し聲にあったといってもいいだろう。しかし、あれはうわさに過ぎない。それに、斷片的なものでしかないのだ。だから、彼の噂だから、気にしなくていいという発言さえもらえればいいのだ。だから、それを待っているだけだ。だが、彼は口を開くことはない。

その姿を見ているハルは怒りを抑えるということが出來ないようで、こぶしを握る力が強まっていく。あのままでは自分の手を傷つけてしまうとすら思えてしまう。だから、すぐに手を握って、落ち著かせるように働きかける。だが、それで治まることはなかった。一応は、こぶしの力が抜けたのだから、治まったともいえるが、そうではなかったということだった。

「裏切るんだ。そうやって裏切るんだ。アランに隠し事をするんだ。なら、アランのことが嫌いなんでしょ。だから、アランに隠し事をするんだもんね。私は隠し事なんてしないよ。絶対に。アランが好きだもん。アランにだったら何を知られたってかまわない。アランはそんなことで嫌いにならないし、してくれているって信じているから。でも、あんたはそのをしゃべるとアランに嫌われるって思っているんでしょ？　だから、信じていないんじゃん。アランのことを。そんな、小さな卑しい醜い気持ちでアランに近寄らないでよ。消えてよ」

ハルは、ぐらをつかむようにして目線を合わせると、まくしたてるように言った。真っ直ぐに見ていた。絶対に視線など逸らしてはいけないというほどの剣幕があった。ルーシィはそれを見て、それをけて、涙がボロボロと零れ落ちていた。俺は仲裁にるべきかどうかを迷ったが、とりあえず、話せる狀態に持って行かなくてはならないと判斷したために介することにした。そうでなくては、彼の心がねじ曲がってしまうような、そんな気配がしたのだ。どろどろとした醜いを吐き出すのは悪くはないが、ぶつけすぎるのもまた悪い。神が変に歪んでいってしまうのだ。

俺は彼の肩に手を置いて、離すように伝える。そうでもしないといけないからと、俺の視線で訴えかける。彼は不満でもあるような顔をしているが、俺の懇願するような目を見て仕方なくというじで、手を離した。

頭にれてゆっくりとでる。大粒の涙を流しながらせめて聲を出さないように必死に抑え込んでいるのが、はじけ飛んだようで、俺のに顔をうずめて大聲で泣き出してしまった。ルーシィはそれほどまでにため込んでいたのだろう。それをすべて吐き出してもらうように、俺はゆっくりと、落ち著くように背中をさするのである。

しばらくの後に、ある程度落ち著いたであろう、ルーシィに俺は微笑みかけるようにして聞いてみる。それでも、やっぱり怖いのだろうか。俺の信頼というものがそこまで築けていないという事実にショックをける。むしろ、ハルが俺のことをしすぎているのだろうか。ルーシィの方がまだ普通なのだろうか。まあ、ハルは命を助けたりもしたから、その過程の有無なのかもしれないと思わんでもない。

「大丈夫。ルーシィ、大丈夫だから。俺は、ルーシィが何を言おうとも、しているし、嫌いになったりしない。むしろ、ルーシィが嫌いになるほどの話を思いつかないよ。どんな面を見たって、ルーシィは俺から見れば、らしいの子だし、俺の婚約者だし、俺のする人でしかないんだ。それは絶対に変わらない。怖がらなくてもいいんだよ。だから、安心して話してごらん」

俺は、ゆっくりと頭をなでながら、語り掛ける。もう片方の手では彼の手にれる。両手を使って彼にれる。手の甲を口元に寄せて軽く口づけをする。俺がしているとどれだけを使って表現しても、彼にどう思ってもらえるかがわからないのだ。しかし、俺は彼をしているという事実が、俺の中に存在する。だから、それを持っていればいいのだ。ただ、焦ることなく、していればいいのだ。

「…………ごめんなさい」

彼が頭を下げる。俺はにこりと笑顔を作る。この謝罪が何を意味するのかが分からない。その恐ろしさが俺に笑顔を作らせる。それは緩むことなく、固まるのだ。しているが、俺の心が傷つかないということはない。俺だって、生きているし、魂を持っている。それが傷つくことだって往々にある。ただ、俺はルーシィからされなくなってもハルからしてもらえるというしのゆとりから、しずつ、頬の固まりをほぐしていく。だが、やはり、ルーシィにされなくなる恐怖は大きい。俺は、二人を最もするとみているのだから。二人が俺から離れたら、きっと、誰も知らないようなどこかの森の奧のそのさらに奧へと隠れ住むのだろう。そんな弱い人間なのだ。仙人なのに。

「あたし、騙していたことがあるの」

「……それは、なんだい？　怒らないから、言ってごらん」

俺はそれを言うのがいっぱいである。聞きたくない。逃げ出したい。そう思う。しかし、彼のことをしているのならば、それすらもけ止めて、さなくてはならないだろう。するということの義務なのだ。嫌なものから目を背けることはではない。とは、どんな視點から見てもその人のことをし続けられるということなのだから。

「あたしは、男の子だと言っていた。の子だって知らなかったって。でも、本當は噓なの。あたしはの子だって知っていた。自分がの子で、アランに向けるこのがの子が男の子に向ける好きだってだってことも」

「……え？　そ、それはいつからだい？　いつから自分がだって知っていたんだい？」

俺はある意味拍子抜けした。どれほど重く苦しい話が飛び出してくるかと思ったが、途端にちんけなものに変わってしまった。それならば、俺が無駄におびえる必要はない。俺の心がすっと軽くなった思いがした。ならば、今度は彼の心を軽くする番であろうか。

そもそも、そんなことをして何の得になるというのか。子供の理論はわからないことが多いが、その中でも特段にわからない理論が現れた。さすがに、出會った直後は男だと思っていたのだろう。それが途中でだと気づいて……それをカミングアウトするのが恥ずかしかったからか？　いやいや、それだったら、カミングアウトしたほうがいい。そうすれば、俺にをられることもなかったんだ。そんなことがある可能がわずかでもあるのにどうして……。

「最初から。アランに會った時から……ううん、アランのことを見かけた時からの子だって知っていた。そして、一目で好きになったの。でも、の子として近寄ったら、他の子にいじめられちゃう。だって、アランは同い年ぐらいのの子に好かれているんだもん。みんなの噂話を聞いていただけでわかった。みんな、アランのことが好きなんだって。だから、あたしがアランと仲良くなったら抜け駆けしたってみんなにいじめられちゃう。だから、あたしは思いついたの。男の子の格好をすれば、いじめられずにアランと仲良くなれるって。だから、男の子として、アランと仲良くなれたの。いじめられなかったし。それに、あたしはそもそもの子の友達はいなかった。だから、あたしのことを知っている子はいなかったし、そのおかげであたしが男の子だって噓ついてもバレることはなかったの」

「でも、そんなことしたら、アランにの子として扱ってもらえないじゃない。それはどうするつもりだったの？」

ハルの疑問はその通りであった。男として接したのなら、として見られることはないだろう。俺だから、うまくいくような作戦だ。そもそも、と言ったって信じてもらえるかどうかわからない。それだけがある作戦だと思わざるを得ない。

「あのね……あたし、お母さんに聞いたことあるんだ。どうしてお父さんと結婚したのって？　そうしたらね、お父さんが水浴びしているところに、偶然鉢合わせたふりをして一緒に水浴びしたんだって。それでね、自分のを見たんだから責任を取って結婚してってお願いしたんだって。そうして結婚できたって、教えてくれたの。覚えてる？　あたしが水浴びしようってって一緒に水浴びしたの」

「あ、ああ……。……まさか」

「うん、そう。その時にね、を見せたの。アランもしっかり見たよね。恥ずかしくて隠してたけど、上半分は隠さなかった。恥ずかしかったけど、アランと結婚したいと思えば、そんなことへっちゃらだった。自分の旦那様になる人にを見られることはむしろ嬉しかった。だから、お母さんと同じように自分がだと言って結婚を拒否しても絶対に逃げられないようにしたの。それに、だって信じられないって言ったら、町の人みんなに言いふらすつもりだった。『の子のを見ても責任を取らない不埒もの』だって。これも、お母さんに教えてもらったの」

俺は、唖然とした表でそれを聞いていた。彼の母親は娘になにを教えているのだと嘆きたくなったし、何ともしたたかなだと尊敬すらじるほどだ。

たしかに、俺はルーシィの作戦にハマっていただろう。その通りにどういうルートを通っても彼と婚約するのは決まっているようだ。しかし、それがたまらなくうれしくじた。

「それで、どういうわけか皆にそうやってアランと無理やり婚約したって、噓をついて婚約したって気づかれちゃったみたいなの。だから、あたしが外に出るとああやって噂される。噂じゃないけどね」

「そうか……」

俺は目をつむって天を見る。風の音と匂い。日差しの溫かさが俺の顔面に降りかかる。それを見ているルーシィが張しているようにじられる。恐れているのだろう。自分が噓ついたことをどう思っているのかを。

「ルーシィ」

「は、はい……」

ルーシィの聲が震えている。恐れているのだ。これを知った俺がどんな反応を見せるのかを。拒絶されてしまうのかと。確かに、この世界ではこうやって積極的なはあまりいない。んな作品を呼んできたが、は基本的につつましくしているのだ。だから、ルーシィのようなことをするは異端として嫌いされることもあるだろう。それを恐れているのだ。だからこそ、俺は俺の気持ちを伝える必要があった。

「俺は嬉しいよ。俺のことを見ただけで、そこまでしようと思ってくれるほどにしてくれていたんだろう。俺もルーシィのことは初めて見た時からしていたんだ。男だと言っていたから、仲にはなれななかったが、それでも、俺たち二人はし合っていたということなんだ。それは運命だと思う。古くから続く縁が俺たちを巡り合わせてくれたと思わないかい。つまり、俺たちは結ばれることが運命づけられているんだよ」

「ほ、本當なの？」

「もちろんだ。そうじゃなければ、俺たちはこんなに深くしていないだろう。だから、俺は嬉しいんだ。そんな突飛な行を起こしたくなるほどに俺をしてくれていることを。そんなことを起こそうと思うほどのなんて、運命じゃなきゃあり得ないよ」

俺の言葉を聞いていると、ルーシィの表は暗いものからだんだんと明るくなっていく。そう、気にすることではない。そんなことはくだらない。そう思っていると教えてやることで、彼の心も、段々と明るくなっていくのである。

俺は、彼の肩に手を置いた、そして笑う。笑顔を見せる。気にしなくていいと伝えていくのだ。そもそも、二人のが生まれてこうして育っていくことは當然だったのだ。そうなれば、そこまでの道のりなどどれも一緒であろう。それをただ理解しているだけなのだ。

「う、うん！　あたしも嬉しい！　アランがあたしのことをしてくれて！　好きって言ってくれて！」

「そんなの、いくらでもいうよ。ルーシィ。してるよ、ルーシィ。今までもこれからも、ずっとずっとし続けるよ」

「あたしも、あたしもアランのことをし続ける。好きって言い続ける。死んじゃっても言い続ける！」

俺たちは、抱き合った。この喜びを表現する方法が思いつかないのだ。最上の喜び。これを全部で使って喜ぼうとした結果がこれなのだ。だが、それでいい。俺たちのが永遠不滅であることを、絶対に消えないことを伝えるように、伝えてくれるように、力いっぱい抱きしめているのだから。

それを見ている、ハルは不満げではあるが。俺は、ルーシィが満足するまで待つと、ハルも呼んで、いっぱい抱きしめる。同じぐらいしていると、伝えるためだ。だが、満足していない。だから俺は耳元で伝えた。これは特別なのだと。俺が真剣にしたものにしかしないと。俺はハルとルーシィの二人にしかしないと。ハルは一人がよさそうな顔を見せるが、それでも自分が特別な存在の一人であることに顔を緩ませてくれた。