《天の仙人様》第61話
兄さんが、馬車に乗って王都へと戻っていった。ここが、兄さんの家ではあるのだが、今の生活の拠點となっている場所が王都にあるので、王都へ戻るというのは間違っていないのだろう。やはり、一人人がいなくなると寂しくじる。今回は、最も寂しがっていたのがアリスであった。唯一霊語で會話できる相手だからな。毎日のように話し合っていた。何を言っているのかがわからないというのが殘念極まっているのだけれども。
そもそも、兄さんが、霊を見えているわけでもないというのに、霊語を扱えるというのが何度考えても理解の範疇を超えてしまっているわけで。兄さんが、置いていってくれた落書き帳にしか見えないような、霊語の翻訳本とにらめっこしている。アリスに見せてみたところ、霊語と思われるところの文字が読めないそうなので、この本の価値が今すぐにでもなくなっているというのが現狀ではある。それならば、なぜこの本をここに置いていってしまったのか。問い詰めたい気持ちになる。
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なんとなく開いてみても、一切読めるものがないというある意味で天才的な文字を生み出したものである。どんな言語でも、ある程度の規則がどんな無理をしても出來てしまうというのに、その一切を排除できるというのは才能に近いのだろう。つまりは、これは兄さんの頭の中を映し出しているようなものであった。そう思うと、これらがすべて不気味なものに見えて仕方がないわけであるが。靜かに本を閉じるのみである。
「それって、霊語なのですか、お兄さま? ぐちゃぐちゃしているだけで、文字には見えないです。ルイス兄さまが霊語を理解できていると知った時は、驚きましたが、これを見る限りでは全くそう思えません」
アリスにとっても、ただの棒線の塊でしかないようであった。ぐちゃぐちゃとしたこれらに無理やり言語に當てはめているのだろうなと思う。一切の規則がないからな。霊語話者であるアリスですらこれを言語に當てはめようと思えないことだろう。
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ならば、これ以上考えてもわからないものはわからないということで、書斎の本棚に収納しておく。帰って來た時にでも渡してあげればいいだろう。俺たちには必要がなさそうである。それは殘念であった。いや、殘念なのだろうか。この本を見てからというもの、俺は霊語というものに対するにわかな恐怖心があるのではないか。そう思えてならない。俺は靜かに、この本の記憶を消すことを誓う。頭がどうにかなってしまうかもしれないという恐怖が突然に湧いてきているのである。
というわけで、俺たちはアリスの土人形の訓練もかねて、二対二の模擬戦を行っている。俺とカイン兄さんに、アリスの土人形が二。それで分けて、戦っている。とはいっても、ルイス兄さん相手にすら負けるような技力しかないのだから、俺たちがひたすら攻撃を避け続けて、アリスが攻撃し続けるというルールである。なくとも、隙をつくように攻撃をするということを學んでもらわなくてはならない。
二の人形で、別々の相手に攻撃をするという訓練だけで、相當な集中力を使うことだろう。一時間もしないうちに、へとへとになっている。アリスは一切いていない。しかし、頭をそれだけ消耗させるというのも、それほどまでの疲労になるのだ。しかし、一時間も攻撃し続けられるだけの神力があるのだ。それは素晴らしいことだとじる。魔法や、魔力は神の狀態によっても大きく左右されるということがある。だからこそ、今生論ではないが、神力というものが強ければ、それだけ強固な魔法を唱えられるのだ。その點では、アリスの才能は非凡であった。
俺たちは休憩をしながら、ハルたちの様子を眺めている。
最近は、二人して何かをすることが多く、今は二人で剣の練習をしている。魔法だったり剣だったり、あとは仙も二人で行っているのをよく見る。仲がいいからなのかと思っていたのだが、どうやら、競爭をしているようであった。ライバル関係なのである。そういうものだろうとは思っているので、大した驚きではない。むしろ、二人はそういう関係だからこそ、上手くいっているような気がする。
「アラン! どう? 私の剣。とっても綺麗でしょ?」
「違うよね、アラン。あたしの剣の方が綺麗だもんね。ほら、見てみて。振り下ろし、切り払う。どう?」
と、俺の近くへ寄ってきて、自分たちの剣の腕を見せてくる二人。俺はそれにほほえましくじるわけだ。俺は近寄って、二人の剣を見比べる。どちらもとどまることなく流れるようなきをしている。風であり水のような剣である。力強くしい剣であった。
「どっちも綺麗な筋だよ。ハルの方が力強く、ルーシィの方がやわらかい。別々のしさの中で剣は活きているんだ。だから、どちらが上とかじゃないんだよ。どちらも上なんだよ」
と言ってみるわけであるが、二人はむっとした顔をして頬を膨らませている。どちらもらしい。一番ではないということに嫉妬しているのだ。だから上を目指す。ならば、俺はさらなるのためにあえて一番を選ばないという選択肢を持つべきなのだ。そもそも、選ぶつもり自がないが。俺でさえ、彼たちより上だと思っていない。ならば、彼たちのどちらが上だと決めることは出來るのだろうか。出來るわけがない。俺にはその程度の分別はあった。
彼たちは、選ばれなければ努力をし続けてくれる。磨き続けてくれる。輝きはさらに深く増していき、超えたしさにたどり著いてくれる。俺はそう信じている。なにせ、二人をしているのだから。する人がよりしくなることをまないものなんていない。
だからこそ、俺は彼たちにいろんな道を見せるべきだとじた。彼たち二人だけの剣というのを見せても、その二つだけで完結してしまう。それではだめなのだ。他の剣を見る必要があるだろう。例えば、俺とかの。俺だって、彼たちの手本という気持ちでいるわけではない。彼たちがいろいろとじるための一つのものとしての役割でしかない。いろんな、數多くあるの一つなのだ。虹を作るためには二では足りない。もっと必要だ。そのための一を俺が魅せるだけの話であるのだ。
俺は手に持っている剣を構えて、振り下ろす。らかく鋭く。ふわりとした軌道でありながら、風の音を鳴らすような勢いをもって。であり剛。その二つの力を合わせながら、また別々に存在させている。その剣を見せる。彼たちは気づいたはずだ。剣というもののしさの奧深くを。じっと俺の剣の先を見つめている。ハルたちがたどり著く場所はここであり、ここの更に先。何故なら、俺すらもスタートに立てていない。振れば振るほど実するのだ。絶対などない。永遠に走り続けるし、永遠に止まっているのだ。ゴールが走る速度以上に遠ざかっていく覚。その恐ろしさと共に俺は剣を振っているのである。その深淵の深さをのぞき込んでしまうが最後である。
だからこそ、仙人は永遠であるのだ。そうじゃなくてはたどり著けない。そうであってもたどり著けない。極致にまでの道なんて見つかるはずもなく、見つかっても消える。現れては消えを繰り返す、恐ろしいまでの無と有の転換である。
「わかったかい? とっても怖いだろう。震えるだろう。全てが見えても、すべてが見えないんだと教えてくれるんだ。まだまだ足りないんだ。り輝いているのに、闇に包まれている。があるのだということを見えていないんだ。そこにあるのに」
「…………。アラン。まだまだなんだね。私たちも。そこまでたどり著いても、まだたどり著かないんだね。ううん、たどり著いてないんだね。到ることの遠さがわかるよ」
ハルの目の先には何が見えているのか。剣の先か。そのさらに先か。恐ろしく遠い道程を見てしまったのだろう。闇などまだ溫い。がないだけなのだから。これには、があっても見えないのだ。希も絶も閉じ込めるように、わからない。も神も超えて、魂すらも超越しなければ、スタート地點すら見えないのではとすら、思い悩んでしまう。その恐怖がある。
「でも、きっと綺麗なんだろうなあ。天國にある月よりも、きっとしい。歪みなく、よどみなく、あるがままにあり続ける、剣の到達點。あたしたちも見れるようになるのかなあ」
ルーシィは、剣が特に好きである。だからだろう。それを見てみたいと思うのは。いや、俺だって見たい。そこにたどり著いてみたい。だが、ルーシィの想いは俺よりも大きい。永遠でもたどり著かない境地なのだ。考えても見つからない。ただ漠然と、存在するであろうということだけ思い浮かぶ。
永遠の修行の末に至るのだ。もしかしたら、永遠に修行し続けるだけかもしれない。永遠とはそういうものだ。たどり著けないから永遠。ゴールのないということが永遠。終わりがない。始まりも消えるだろう。世界の終わりがなければ、始まりも消えるように。
集中しても、力しても、無心であっても……わからないのだ。素晴らしいことだろう。絶対にたどり著けないということが分かっているものを努力するのだ。
「終わりがないということは、限界がないということ。長が滯ることはなく、上に登り続けられる。恐ろしいことだろう。カンストという概念が存在しないんだ。神速と謳われても、それよりも速くなることが出來るのだから。ああ、きっと……たどり著けないのだろうな。だから、いい」
俺は、剣をなでる。酔っているのだ。恐ろしい道を。誰にも見ることのできない、誰もたどり著けない、極致に思いをはせるのを。どこまでも続いていく。あぜ道すら用意されていない、獣道すらできていない。誰も通ったことのないの中を進むのだ。もしかしたら闇かも。そのどちらかもわからない。不可思議に、不可思議を合わせ続けるような恐ろしいことが、起きるのだ。
「ふふ、アラン。そんな剣にたどり著いたら、きっと神様だって超えちゃうよ。神様にすらたどり著けないよ。だから、その剣が一番。どう?」
「そうだろうな、ハル。それが自然の剣だ。恐ろしくを集めた強くて弱くて儚くて逞しい剣なんだ」
俺たちは、それを想像することしかできないのであった。それを悔しくもあり、それがただ楽しくもあった。俺はそれが好きであったのだと今再び思うのである。
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