俺たち三人は、いつものように森への道を歩いていた。ぞろぞろと森に向かって、晝頃に帰ってくるというのは、周りの人からはどう見えているのだろうかと思わなくもないが、日課としていると、おそらく周囲もいつものことだろうと大して気にも留めないのではないだろうか。そう思う。そのおかげであろうか、森の中は平和なのである。靜かな生の巡りが出來ているのである。そのしさに俺は心を奪われてしまっているのである。願わくばそれが永遠に続いてほしいと思っている。無常であるが、常もあるだろう。それを俺は証明できる立ち位置にいるのだ。ならば、常を願うことが変であるという理由はないのであった。

がさがさと、音を鳴らして近づいてくるのはオオカミであった。そして、俺の顔を舐めながら並んで歩いている。別に、何かこいつに優しくしたことはない。しかし、彼らもわかっているのだろうと思う。俺が生の格としてより上位にいるということを。だから、親のが彼らにわいているのかもしれない。もしかしたら、これでも忠誠の念かもしれない。どちらかはわからない。だが、俺たちは同じくこの世に生きている者同士という、特殊な仲間意識というものはわずかながらに存在しているとじているのであった。

森の中は、危険でありながら、最も安全な場所へと変質しているのだ。なくとも、普通にると危険が跳ね上がるが、俺たちならば彼らに歓迎されるのだ。これもある意味防衛機構だ。聖域が生み出している防衛機構に他ならない。

空気の質が変わる。がらりと変わる。汚れを落としたような清廉とした涼し気な風が俺のにれる。息を吸う。の中から異がだんだんと浄化されていくような心地よさ、そして吐く。の外に不純が飛び出していく。洗浄しているのだ。毎日のように俺は生まれ変わっていく。より潔白となるのだ。だから、落ち著く。ここは落ち著くのだ。仙がここでは數倍にもなって俺たちに還元していく。元は俺が生み出したようなものだ。彼らもそれを求めているのである。

妖たちがいつものように群がってきた。髪を引っ張っている。ついてきてほしいという意思表示とばかりに。それにつられてついていく。合唱のように空気に響き溶けていく音の集まりに耳を寄せれば、心が軽くなっていくのだ。

「ねえ、アラン。妖たちは焦っているみたい。何か嫌なことでも起きたのかな？　助けを求めている気がするの。不気味で、醜い、そんな何かに怯えているようで、怒っているようで、不快なを隠そうとしていないの」

ハルが顔をしかめながら言った。ふと確認してみると、確かに妖たちの顔つきは優れたものではない。いやそうな表を見せている。早く追い払いたいと願う気持ちが強くじている。それを思うほどの何かが存在しているということだ。不気味である。小さなものたちが不快を隠すことなくあらわにしており、すべてがそれであるのだ。震いしてしまうのも無理はなかった。妖たちにはそういうを前面に出すようなことはないと思っていたのだが。妖の不快を出す顔はわずかな恐ろしさを俺に與えているのだ。

「何があったんだい？　君たちがそんなに不快であることを表に出すなんてことはよっぽどのことなんじゃないか？　助けを求めているのかな？　それにしては、正気を保ったまま発狂しているかのような顔をしているのはよくわからないけれど」

「――――――！」

やはり、何を言っているかはわからないが、音にわずかながらの不協和音が生まれている。キイと金切り聲が混じってしまっているのだ。それがすべての妖から発生する音に混じっており、なおかつ、すべての音階が點でバラバラなのだ。ハーモニーというものを喪失したかのような吐き気を催す奇怪音であった。そんな音など今まで一度も聞いたことがないからしてみれば、よほどの事態だと思わずにはいられない。ハルたちに合図を送って、俺たち三人は妖の向かう先に向けて走り出すのである。

聖域の広さはまるで歪んでいるかのように広がっている。ここだけは地理がし変わっていることだろう。別時空への扉であり、そのものなのだ。外は変わらない円であるが、中はその數倍もの地形が広がっているようであった。聖域自が自然を生み出している。そうとも考えられるのだ。だから、俺たちが來るたんびに聖域は広がらずに広がり続けている。それを実するように想像以上の時間を走っているのだ。世界は、ここを中心に歪んでしまっているのだが、その歪みが正常であるのだ。聖域というものの恐怖がわずかに芽生えてしまった瞬間であった。

そうして、目的地へとついた。妖たちがピタリと止まったのだ。ならば、ここが終わりだろう。目的の場所はここなのだろう。俺はその先を見てみる。いるのだ。何かがいる。人だ。紛れ込んだのか。なぜ。どうやって。今の聖域には幻の結界が張られている。普通の人間にはそもそも認識すらできないはずだ。しかし、現にこうやってり込んでいるのだ。今はその事実をしっかりと見ることが大事であろう。

その人は、うつぶせに倒れており、ピクリともいていないようであった。死んでいるのかと思ったが、気が流れているためにまだ生きているのだと思う。ならば気絶しているのだろう。と、俺はその人をあおむけにしてみる。がゆっくりと上下にいている。呼吸は止まっていないようである。綺麗な寢顔である。醜悪な面をしは思っていたために、しい顔であることにしほっとする。が、それを見たハルたち二人は明らかに警戒のを強めた。

その人はであった。顔つきは明らかに顔であるし、髪も長くなっている。これで男だというのならば、生命の神という奴の恐ろしさの片りんを見ることになるわけだ。俺はのあたりに手をれてみると、わずかながらのふくらみを確認し、彼にも房があることが分かり、やはりだということを確認できた。

すると、ハルが俺のぐらをつかんで立ち上がらせて思い切り平手で叩かれた。そしてそのままもちをついてしまった。それほどに彼の平手は力強かったのだ。手形が殘るのではないかと思う衝撃の中で、この痛みを反芻しながら、彼のの発をじざるをえなかった。俺は視線を彼に向けると、怒りを持ちつつ、俺を叩いてしまったことに対する罪悪をわずかにじているようであった。彼が罪の意識をじることはないというのに。その行為はゆえの好意であり、俺はそれをけれているのだ。それならば、それに罪など生まれることはない。お互いのが重なり合いぶつかり合っただけの話である。気にするだけバカバカしいものなのだ。

俺は立ち上がると、そのままハルを抱きしめる。彼のに負けないように力強く抱きしめる。わずかな痛みを伴う抱擁であった。し顔をしかめてはいたが、顔をほころばせながら抱きしめ顔してくれる。またその強さでが悲鳴を上げているわけだが、それだけの強さを実できることに対する喜びの方が大きいのだ。

「ねえ、してる？」

「もちろん、してるよ。俺は獨占が強く、嫉妬深いんだ。一度し続けたら、永遠にし続けるさ。世界が変わっても命が終わっても、そのまま廻を回ってその先を。存在する限りしているのさ」

「私も、しているわ。これからも、この次も。永遠のその先の終わりなきそのままに。があり続けるの。アランが、私のことを何かの間違いが起きて、せなくなったとしても、し続けるよ。嫌って言ってもずっとずっとね。これに終わりなんてないの。いいえ、始まりすらなくなったわ。私の魂が存在するはるか昔から、この運命は定められていたの。だから、私はアランをし続けるわ。絶対に、永遠に」

「嬉しいよ、ハル。してる」

「私もだよ、アラン」

と、そこまで言うと俺たちは離れるのだ。これ以上するとルーシィがふくれる。機嫌を直すのが大変なのだ。だが、俺たちが誰彼の前でもを確かめ合う。だからこそ、この関係でいられるのかもしれない。隠すことなどないのだ。するということは、しいものなのだから。蕓とは違う、別種のがあるのである。を隠す必要など、どのような理由があろうともないのであった。特に、俺たちのような間柄であるのならば。むしろ、隠すほうが彼に失禮であると言える。

「あたしもとしてしいのだけど、ダメ？」

「ダメじゃないよ」

俺は同じようにルーシィも抱きしめる。彼はし優しく抱きしめる。ハルとはまた違った表現が必要なのだ。なくとも、彼に対してはこういった方がいいのである。あたたかさとぬくもりのままに俺たちが溶け合うようならかな抱擁。それが俺と彼のであるのだ。

それは終わった。二人ともしっかりとを確かめ合うことは出來たと思う。彼たちも満足できているようであり、俺の両手は二人によってふさがれている。ゆっくりと気が混ざり合うように循環していくのをじるのだ。俺たちがゆっくりとつながり合い、また別々であることを認識されながら、目の前で倒れている人をじっと見ている。

その人は、耳が特徴的であった。ハルに似ているといってもいいだろう。つまり、エルフと呼ばれる存在の可能が高いのだ。ならば、ここにいる意味もわずかにわかるというものだ。エルフというものは聖域に住んでいるともいわれているのだからな。それならば、今この場に倒れているのも理解できなくはない。どうやって、ここにたどり著いたのかという疑問は殘ったままであることには変わりはないのだけれども。

今度はハルたちにれてもらって狀態を確かめてもらう。俺は我慢した。彼はしい。だが、ハルたちに向けるとはまた別のものがある。いうなれば、彫刻を見た時に対する意識と、そのに近いのである。俺が、に対するともとれる、を持つのは彼たち二人だけなのだ。ならば、それ以外のに対してはそういう想いを抱くわけがない。とはいっても、的な接をすることを彼たちが止しているのだから、俺はそれに従うというのもまたであろう。信頼されていないというわけではない。俺を守る意味でも止なのだから。

「アラン、この人……弱っているよ。近づいてみたらわかったけれど、気の巡りがわずかに濁っているみたい」

「栄養失調ってやつかな。お腹が鳴っているよ。何日食べていないのかなあ。相當大変な目に遭ってきたんだろうね」

ならばと、俺は妖たちに手伝ってもらいながら、周囲の果実をとってくる。そして、魔法を使って一口サイズに切り分ける。それを無理やり口を開けさせて、中にしずつれていく。のどに詰まらないようにしっかりと注意を払いながら。その間も、彼たちには気を循環させてもらって、ゆっくりと力を回復させていく。そうすれば、自然と食べられるようになるだろう。

それはしばらく続いた。彼のから果実のがこぼれてしまうが、それを綺麗にぬぐい取る。彼の匂いと果実の匂いが合わさって、獨特のものとかしているそのをじっと見ていると、妖がものほしそうに見ているため、俺は彼らに指を指しだした。そこに群がっていく妖たち。それほどまで興味がそそるものだったのだろう。妖たちの舐め殘しを、俺も一口。甘い。ただの果実の甘さだけとは違う、甘さがそこにはあった。熱的で、涼やかな甘さであった。

俺は果実を食べさせながら、彼の頭をゆっくりとでていく。キラキラとり輝いているかのような金髪は俺の手になじむようにふわりとしたを伝えている。

「綺麗だな……」

俺のぼそりとしたつぶやきを聞こえていたらしく、ルーシィがこちらにやってきて、俺のをふさいだ。あまりのことにし驚いてしまったが、靜かに心を落ち著かせていく。

「ダメだよ？」

「もちろん、安心してほしい」

俺はにこりと微笑んで、ルーシィのにれた。それで満足してくれたようで、彼は再び作業へと戻る。

その後しばらくして、ようやくエルフのは目を覚ましたのである。