エルフのはゆっくりと目を開くと、俺たちの顔を順番に見ていく。だんだんと自分がどういう狀況であったのかを思い出していくかのように、目が開かれていく。そして、飛び起きると周囲を見渡して、大きく頷いている。その目は輝いているのだ。

彼は、今目の前にある景を目に焼き付けようと皿のようにしながらじっと木の一本一本、草花の一本一本を見ていく。俺たちはその奇怪な行を眺めていた。ハルたちはあまりにも突飛な行なためにしだけ顔をしかめているが、その程度にとどまっている。

そうして、何を思い出したかエルフのはこちらに向き直ると地面に座ってこちらの顔をうかがうように見ている。俺たちは、彼とは違ってひどく落ち著いているのだ。むしろ、彼の姿が稽であると思えるほどに取りしているようにも見えるわけであるが。

彼は俺たち……特に俺の顔を見ているわけだが、何か変なものでもあるのかとわずかに不安になる。そして、顔をしかめると彼はさっと目を逸らした。そして、ちらちらとこちらに視線を投げている。その景を俺はしっかりと見つめ続けている。すると、彼は恥ずかしそうに顔を赤く染めていく。

それを見ると、ハルたちはだんだんと怒りがわいてきているようで、拳にる力が強くなってきている。歯ぎしりも聞こえないようにしているようであるが、俺の耳にはしっかりと聞こえている。彼たちにとって、この人を置いておくのは危険なのだということがよくわかるのである。

「で、君は何者だい？　なんで、どうやって、ここにってきたんだい？　そもそも、ここがどういうところかわかっているんだろうね？　知らないようであれば、なにも見なかったことにしておとなしく立ち去るということをお勧めするよ」

俺はらちが明かないと思い問いかけることにした。なくとも、彼がどういう存在なのかを知っておくことは重要なことであるのだ。

その思いが通じたのか、エルフのはしっかりと俺のことを見つめ返している。自分が何をするべきなのかがわかっているようである。その態度の変化にわずかに、ハルたちも化した態度を示してくれるわけである。これで、すぐに発するような事態にはならずに済んだことにほっと一息つくことが出來る。

「わたしはエルフの探検家と言えばわかりますでしょうか。各地を転々と旅をして、希な地形や自然を書き記し、後世に伝えることをしています。わたしはエルフですので、ここが聖域であること、そして、聖域にはいる方法を知っております。なので、聖域にってスケッチでもしようと思ったところ、突然力が抜けて倒れてしまいました。そこを、あなたたちに助けられたのでしょう。謝します。ということですので、わたしの目的はここにある聖域の詳細をしっかりと見て、スケッチなどで殘しておきたいということになります」

彼は一息に、知りたいことの大を教えてくれた。エルフにも知的好奇心を刺激することはあるらしいということを知れたのはよかった。まあ、知ある生きだからな。そりゃ、知的好奇心ぐらいあるか。そして、彼はこんなところまで來てしまったのか。確かに、聖域というのはそれだけで価値があるからな。どうなっているのかを確認しようとしたのだろう。そして、力が抜けたと。彼がどういう事態にあったのかがすぐに予想できるのである。たしかに、この聖域は俺たち以外を侵させたことはないから、反的に、気絶させたのだろう。願わくばそのまま殺したとしてもおかしくはないだろうな。俺たちが毎日來ていなければ、彼は確実に死んでいたのだろうと理解できた。

俺は肩の力を抜いた。そして、呆れるように彼の方を見る。彼はどうしてそんな顔をされているのかがわからないようで首をかしげていた。なくとも、ハルはわかったようで殺気を向け始めている。先ほどまでは、可げのあるものだったが、今度は不気味である。をそぎ落としたかのようにただ殺すというのみが彼に突き刺さっていくのである。それに気づいたようで、彼がだんだんと萎していく。

エルフは人間よりも上位の格を持つ存在である。だが、それ以上に仙人というものは格が大きい。そんなものにもなく見つめられて萎しないほうがどうかしているというものである。

「あ、あなたたちは……わたしよりも上位の存在なのですね。だ、だからそんなに……何と言いましょうか、神々しいお姿なのですね。初めて見ました。エルフはしい姿かたちを取るものが多いといいますが、それすらもバカバカしいと思えるほどの顔立ちでしたので」

威圧に押しつぶされまいと、抵抗しながら無理やり言葉を発したようであった。どうやら、人間には格上の存在を見分ける力がないらしい。エルフだからこそ、俺たちがより上位の存在であるとわかるのだろうか。今まで、彼以外の人間に神々しい姿と形容されたことがないのだ。一応、オーラのような何かをじ取ることがエルフは出來るようだ。そうでなければ聖域などを知覚出來ないか。

俺は、彼がしでも落ち著くようににこりと微笑みかける。すると、どうだろうか。彼は突然直したようになり、俺に視線がくぎ付けになってしまった。俺がわずかにをかすとそれに合わせて目線がく。俺の姿を目に焼き付けているかのようであった。ならば、仕方なしと俺は彼が満足するまで見られつづけることにした。

そうして、彼は落ち著きを取り戻したかのように、息をゆっくりと吐きだした。そこで、ようやく俺は本題を切り出すことが出來るのだ。

「そうか……ならば、君は今すぐここから出ていくんだ。そして、ここになにがあったのかということをすべて忘れて、何事もなかったかのように旅に戻るといい。それが、君にとって一番いいことだろう。この忠告をしっかりと聞いておくことをお勧めするよ」

俺は優しく、忠告するように語り掛けた。しかし、どうしてそんなことを言われるのかわかっていないようで、彼は不満げな顔を見せる。たしかに、彼のポリシーに反することだろう。この地の記録の一切を殘すなと言っているのだからな。だが、それが最も誰も不幸にならない手段でもある。

「な、なぜですか！　わたしの生きざまは、數多くの地を記録にとどめて、後世に殘すことです！　それの邪魔は誰にもさせません！　たとえ、あんたたちのような存在であろうともです！」

「ならば、俺は君の命を消すことになるだろう。それは非常に惜しい。君は、とてもしい。人形のように整った顔立ちをしている。なくとも、人間が一生かかったとしてもたどり著くことのない完全に近い貌を持っているといっても間違いではないだろう。その顔が、死によって醜く歪んでしまうところなど見たくないからね。しいものを汚すことは嫌いなんだ」

彼は、俺に向けられたわずかな殺意に怯んでいる。しかし、彼の矜持というやつだろうか、きっと俺を睨み付ける。そこまで抵抗してくるとは魂もなかなか度があるようだ。非常に惜しい。とても綺麗だ。生きざまも何もかも。ただ、許されることかというと、違うわけではあるが。

「君がなぜ聖域で倒れてしまったか。それを教えるとしようか。答えとしては簡単なんだ。聖域自が君を歓迎していないということだ。だから、君を殺すつもりで、君の力を奪い取ろうとした。しかし、俺たちが回復させたことで、一旦は力を奪うのをやめてもらっているだけに過ぎないのだよ。つまりは、君が心をれ替えて記録を抹消しなければ、またいつでもこの地は君に牙をむいてしまうんだ。もちろん、噓は通じない。わかるだろう。邪な気持ちに対して敏なんだよ、聖域という奴は。聖域はを嫌うのさ。だからこそ、君には今すぐここに関するすべてを自らの手で消してもらうことをしてもらいたいわけだ」

彼は固まった。そうだろう。聖域はエルフに対して寛容的である。それは、エルフが自然をしているからだ。荒らされることがないとわかっているからこそ、聖域は彼らがることに対して抵抗はしない。だが、この場所は違う。自然に生まれているわけではない。俺が生み出した地だ。人為的に生み出されたと言えるだろう。ならば、他の場所とはまた別の価値観でいていてもおかしくない。その一つとして、俺たちのような仙人以上の存在じゃなければ知ある者をけ付けないということかもしれない。例外はいくつかありそうではあるがな。すくなくとも、彼はどの例外にも當てはまらないというわけである。

「そ、そんな……わたしが、聖域に歓迎されていない……。エルフなのに……？　どうして？　エルフは自然をしているのよ。それをけれないなんて……。いやだ、いやだいやだいやだいやだ……」

彼は錯していた。これ以上何かを言ったら、壊れてしまうのではないかという不安がある。しかし、これは言わなくてはならないことだった。自己満足だろうか。それでもいい。それほどまでに、大事なことであると俺は思っていることなのだから。ならば、いうべきことであろう。俺は決意を固めて再び彼へと向くのだ。

「知らないやつらに知られたくないんだよ。ここはとても恥ずかしがり屋なんだ。それならば、勝手に侵してきたら排除しようとするだろう？」

彼はショックだったようで、何も言わずに空をぼーっと眺めていた。俺は彼に近寄る。ハルたちに手を握られて、止められたが、にこりと笑って離してもらった。そして、彼の息が顔にかかるほどまで近づく。鼻に彼の吐息がかかる。わずかに甘く、心地のいい匂いである。

俺は、彼の頬に手をれる。ゆっくりとさすっていく。彼のはすべらかにさらりとしている。熱を持ったままに、らかく気持ちがいいのだ。彼は熱っぽく吐息をらしている。人のと児の男子。その二人が、熱のこもった視線をわしているということに背徳的な気分を連想させてしまうが、そういうわけではないだろう。

俺は、気を巡らせてゆっくりと彼のにも流していく。だんだんと、視線がふらふらとさまよい始めていき、首が揺れていく。眠りに落ちていくのかのように、まぶたがゆっくりと閉じていっている。

気の巡りが泥のようにずるずるときがぎこちなく歪みのように、凝り固まっていく。きはなくなるのだ。力が抜ける。人形のようにくたりと眠りにつくのである。

「アラン？　どうするの？　このの人、寢ちゃっているけど」

「彼は、疲れているんだ。神が悲鳴を上げているんだよ。それだけここにいることが苦痛ってこと。だから、楽にしてあげようと思う」

俺は、再び気を流し始める。記憶を消すのだ。簡単なことではない。だが、俺が出來ないわけではない。できることは出來る。ただ、下手したら、彼の人格事破壊することだってあるだろう。それはダメだ。俺は彼をしている。彼の過去も含めて、今もあって、そのうえでの。たとえ、人格が破壊されて廃人となった後でもすることは出來るだろう。だが、今の彼をする機會は永遠の失われてしまう。それは悲しいことだ。ならば、そうならないように、慎重にやっていくべきであろう。

ゆっくりと、脳に気を流しながら、聖域に関しての記憶だけを消していく。なだらかに、ゆるやかに。一歩一歩踏みしめて歩きながら、地面のわずかな土のを確かめるように。それだけに慎重に進めていくのである。

の記憶と神の記憶。その二つを消していく。どちらかが殘っていれば、フラッシュバックとして思い出す。それはダメだ。魔力も同時に流していく。魔力と気力の二重の力により、彼から記憶を奪い破壊していくのだ。

俺は彼の頬にれながら、目をつむり、のぞき込むようにして気を巡らせていく。だんだんと、距離が近づいていく。心であり。それの壁が消失していくのだ。ゆっくりと統合されていく気分になる。

俺は彼の額にをれさせる。の接がより深くなる。彼のより深く、奧深くへと潛り込んでいけるのだ。そうまでして、慎重にするべきことであった。彼はピクリと震える。だが、変にしてはならない。彼の反応に反応してはいけない。たどり著くのだ。そして消えていく。泡のように、優しく消していく。

「…………。おやすみ」

俺は、彼から離れる。妖たちが彼のを持ち上げる。そして外へと運んでいくのだ。そこに意思の疎通などない。無意識の意識により行われている現象であった。

「終わったの？」

「ああ、終わったよ。彼はこれで悩まなくて済んだよ。大きな苦しみの中にとらわれることなく、いつもの生を歩き続けられるんだ」

「それなら、よかったね。ここの記憶を持っていただけでも、彼はひどくつらい思いをしたことはわかるもの。そうならないということはとても素晴らしいことだね」

ルーシィはこちらへにこりと微笑みながら、俺の手を握る。そして、指で俺のにれて、何かをぬぐうようにかした。その指は、何かを払い落とすかのように振られる。儀式であった。

「これで、終わりでしょ？」

「ああ、そうだな」

憑きでも取れたかのように、俺のは軽くなるのをじていた。