《天の仙人様》第70話

父さん宛に王都から手紙が屆いた。最初はルイス兄さんから手紙が屆いたのかと思っていたのだが、されていた封を見てみると、王家の紋章であったそうだ。そして、その手紙の容を要約するとただ、「王都に來い」とだけ書かれていたらしい。詳しい説明は向こうでするということだろう。その一言に込められた重みというものをじてしまった父さんのの気の引き方は、二度とみられるものではないだろう。胃がつぶれてもおかしくないストレスにさらされたであろうことは理解できたのだ。

俺たちが、王都に何か呼ばれるような事態があるということで思い浮かぶのは當然、ルイス兄さんのことであった。しかも、悪い方向にしか思い浮かばないのである。それがどれほどまでに恐ろしいことか。一気にお通夜かとでも言いたくなるようなどんよりとした空気へと変わってしまったのだ。

そういえば、兄さんは王様が仲がいいらしい。だから、王様と関わり合う上で何かしらの不敬を働いてしまった可能がある。それをしたら、確実に首は飛ぶ。へたしたら、俺たちまでも死んでしまうことだろう。そのせいもあってか、父さんが馬車で王都に向かうということになった、その日にはひどく重苦しい空気が流れていた。

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そして、それは今も続いている。父さんは帰ってきていない。おそらく、報告があるのだとしたら、春休み頃であろう。それまでは、俺たちは何が起きているのかもわからずに、ただ報告を待っているだけなのである。生きているのに、死んでいるのと変わらない程に無気力な狀態へと変わってしまっていたのである。が、死んでしまうのだろう。もしかしたら、自分たちも死んでしまうかもしれない。その恐怖に耐えられるほど俺たちは心が強くはなかったのであった。だが、逃げるということは思い浮かばない。そこがわずかな貴族としての意地でもあった。

最もひどい狀態になっているのが當然のごとく、ケイト母さんであった。俺たちでさえ辛いというのに、自分の息子が処刑されるかもしれないという人がのんきに生きていられるわけがあるまい。日に日に気力をなくしていっている。俺たちが毎日のように日替わりで語り掛けているが、それでもやはり芳しくない。アリスが実の娘ということでめているが、アリスがいるからとそう簡単に元気になれるものではない。それにつられるようにアリスも元気をなくしてしまうのだから質が悪い。自分は母親に好かれていないのではないかと自己嫌悪に陥ってしまっているのだ。そうではないと、俺たちがアリスを勇気づけることにまでなっている。負の連鎖がとまることなく巡り続けてしまっているのだ。

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俺たちは順々に、ケイト母さんの看病をしているわけである。とうとう、あまりのショックからか倒れ込んでしまったのだ。サラ母さんが元気になってきており、回復してきたというのに、ここでケイト母さんが倒れてしまっては意味がないだろう。しかし、こうなることも想定できたのである。

俺たちはこのように神崩壊寸前ともいえるように弱り切ってしまったケイト母さんを監視する意味を込めて常に誰かがそばにい続けた。目を離したとたんに、自殺でもされてしまったら敵わない。そうしたら、アリスはどうなるというのか。そういうことを訴えかけてあげれば、彼は殘りわずかなところで何とか耐えているようでもあった。娘を想う親の心に働きかけることで、無理やりにでも意識を保たせているのであった。

自分の息子を失う恐ろしさを一生懸命こらえているところなのである。こればかりは、俺にはわからない。兄を失う恐怖と息子を失う恐怖は同じ天秤で測ることが出來ないのである。俺には彼の苦しみを一緒に背負ってやることが出來ないことがただただつらいのである。それが悔しかった。俺の力では、絶対に彼たちを救うことは不可能なのだから。諦めたくはないが、不可能を知っているのだ。無駄を努力しているのだ。虛しくもなるというものだ。だが、やめることはしなかった。意地でしかない。

「……ほんと、兄さんは何をしているんだか。夏にあったころは全く問題がないような顔をしてへらへらしていたのになあ。それがふたを開けてみればこうなったわけか。いや、確かに冗談で不敬を働くなみたいなことは言っていたけどさあ……。実際にそうなるとは思わないじゃんなあ」

カイン兄さんは、俺に愚癡るように呟いた。確かに、兄さんが本當に不敬を働くとは思っていなかっただろう。可能は考えていたのは事実であるが。しかし、それは一割にも満たないようなものである。それだけ俺たちの信頼があったということでもある。しかし、またこうなることが分かった時に、あり得ないとわめくこともないというのも事実である。これもまた信頼であった。ルイス兄さんが勝ち取っていた信頼は、あまりにも強固過ぎていたのである。信じすぎてしまえるほどに。負の未來を予想したままに離すことがないほどに。どれほど俺たちを苦しめれば済むのかと、言いたくなるほどであった。

俺は王都の方向をただ窓から見ているだけである。向こうには兄さんと父さんがいるのだと、王様がいるのだと、そう思うだけであった。悲しみもある。だが、そのどうしようもないと共に向こうを見ているしかないのであった。

悲しみはつらい。悲しいことはしたくないし、聞きたくも見たくもない。しかし、それをれるというのもまたである。事実を、現実を目を背けずに真っ直ぐみてあげるということがであった。逸らしてはいけないのだ。それこそ侮辱なのである。彼がどんな生き方をしているのかはわからないが、そのすべてをれてあげることが最も必要なことであるのだ。であるのだ。

俺がケイト母さんの看病をする日になると、サラ母さんにやったように手を握って、しっかりと気の巡りを整えてあげることから始める。彼の気はめちゃくちゃにれてしまっているのだ。當たり前でもある。神の不安定さはの不安定さにつながってしまう。それらは別個でありながら同一でもあるのだから。だからこそ、の安定をまずは計るわけである。それがあれば、神が崩壊することはない。わずかなところで、ギリギリであっても自分を持ったまま生きていくことは出來る。だから、おれはそうするのだ。逆に言えば、それしか出來ない。

「ありがとうね、アラン。息子が処刑されるかもしれないと知っただけで、こんなにダメになってしまう母親に対して、優しく看病してくれて。……ごめんね、こんなに頼りない母親で。こういう時に一番に強く振る舞っていなくちゃいけないのに……ごめんね」

ケイト母さんは、涙を一筋流しながら、俺に語りかけていた。俺はその姿をしっかりと見ている。

が辛いというは俺にはわからない。俺のつらいと、彼のつらいは絶対に違うと言い切れるのだ。兄と息子である。立ち位置が大きく違う。その時點で二人の間には絶対に理解し合えないがあるのだ。だから、何と言葉をかければいいのかわからないし、何もかけないでいるべきなのだ。俺はただにこりと笑って、彼が元気になることを祈るしかないのである。仙人であっても、所詮はこの程度なのだ。無様といえるだろう。バカバカしくもある。力なんて、殺すためにしか使えないのだ。救うためには使えないのだ。

ケイト母さんも俺たちが自分の痛みを理解してくれることはないとわかっているように思えた。理解できるのはサラ母さんだけだと。だから、俺には何も言わない。辛いの全てを俺にはさらけ出すことはしない。ただ母親として、息子に謝するだけに、謝罪するだけにとどめているのである。

「あなたがいつも笑ってくれるおかげで、私は救われているわ。ありがとうね、アラン。これからも笑っていてちょうだいね」

「母さん、今にも死にそうなことを言うのはやめてください。もし死ぬのだとしたら、地獄の果てまで追いかけて、頬を叩きに行きますよ。頬を叩いた後は、土下座をさせて、泣いても鞭で叩き続けてやります」

「それは嫌ね。私は息子に嫌われたくないわ。そしたら、本當につらくなってしまうわ。それに、アリスも置いていきたくないしね」

ケイト母さんは、ぎこちなく笑っている。だが、これでも進歩している。し前は笑えていなかった。涙が先に出てきていたのである。今ではこの程度に回復していることに俺は嬉しさを覚える。それと同時に、これで嬉しさをじてしまうほどに俺も弱ってしまっているのではないかと気づいてしまった。家がどんどんと、狂っていってしまうのだ。日のをどれほどまで浴びても、その溫かさをじなくなってしまっているのだ。冷たいのだ。太の熱が、熱として伝わってこないのだ。涙があふれてきてしまう。世界からも孤立してしまっているような孤獨。それがあった。

俺はそれと同時に、ルイス兄さんを一発毆ってやろうという思いも芽生えている。親を泣かせるものではないだろう。母親を泣かせてはいけないだろう。だからこそ、たとえ死んでいたとしても俺は一発毆ってやろうと決めているのである。

食から、固形食を食べれるようになったころである。ようやくここまで回復したので、喜ばしい思いが家を包んでいたころだ。そろそろ花の季節がやってきて、あたり一面が輝いて見えるようになるだろうと思える時期に、二臺の馬車がこちらの村へとやってくるのが見えたのである。

これからの季節にふさわしくないような棺桶のような重苦しさを乗せているのである。まるで冬に逆戻りしたのかのようなうすら寒さがそこに存在しているのであった。恐ろしい存在だった。しかし、父さんが帰ってきたのだということを伝えてもいるのである。

俺は、玄関まで歩きたくはなかった。足が石にでもなったかのようにかないのである。俺は最後の最後で逃げてしまっているようだ。恐怖しているのだ。れると言いつつも、れたくないと拒否しているのだ。

それはダメだろう。ではない。逃げることはではない。れることこそが。真実を聞かなくてはすることは出來ない。真のは噓ではない。真実であり、それをれる懐である。だからこそ、今のこの行は俺が憎むべきものであった。俺が嫌いなものであった。

扉が開いて、ルーシィがこちらに顔を出す。それを見た途端に石化が解ける。俺はそれをじると、呆れたように笑った。そういうものかと。薄な奴だと。まだまだだと。俺は嘲笑しているのだ。自分自に。だが、まだそれでもいい。將來はそういうことがなくなるようにしておきたいものだと思う。俺は、ルーシィの手を取って玄関への道を歩いていくのである。

玄関から外に出ると、二代の馬車がとまっており、前の馬車から父さんが出てきた。ものすごくやつれている。その顔は見たくなかった。息苦しくなる。息がれる。ケイト母さんは悸が激しくなっていく。使用人の一人がそばによって優しく背中をさすっているほどである。

二臺目の馬車からルイス兄さんが笑いながら降りてきた。生きていた。死んでいなかった。俺たちの口が開いた。閉じない。死んでいると思っていた。棺にれられていると思っていたのだ。しかし、そうではなかった。一安心すると同時に、心配させられまくったことに対する怒りが湧いてくる。この世の悪夢の全てを見せてやろうかという意思が見られた。そのあとに、綺麗なが降りてきた。そのとたんに、母さんたちの顔が固まった。驚愕で目を見開いていた。何があったのか気になるだろう。

「お、王様……」

サラ母さんがポツリとつぶやいた。俺はその言葉を聞き逃すことなく耳にれていた。

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