《天の仙人様》第165話
俺とカイン兄さんの二人はルイス兄さんに呼ばれて、彼の自室にいる。兄さんが帝國から帰ってきて、しばらく経ってからの呼び出しであったため、なにがあったのかとしばかり不安な気持ちがわいてくる。帰ってきてすぐ表面化するような問題ではなかったということは確実なわけなのだから。あとになって気づくような事態は、たいていあまりよろしくない方向にある程度進んでしまっているものだ。それが今伝えられてしまうのではないかという恐れがある。それを顔に出さないようにしてるが。そう、帝國のことで思い出したが、いまもまだ、ルールイは兄さんの所にいるらしい。そもそも、兄さんたちはバルドラン家所有の別荘に住んでいる。いずれは自分たちの家を持ちたいのだそうだが、そうはいかないようだ。何年か経てば、外壁がより外側に新しく出來るだろうから、その時に家を建てるのだとか。彼を國に帰らせることは諦めたみたいだが、毎日のように陣の喧嘩が起きているとかで、疲れた顔を見せている。大変そうである。他人事のようであるが、他人事として処理しなければ、こちらに火のが飛んでくるのだ。
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部屋に兄さんがってくる。神妙な顔をしている。何やら嫌な予がしないでもない。俺の想像が完全に正解であるのかもしれないという、それが真実であるかのように補強されていくのだ。今すぐにでも逃げ出してしまおうか。見なかったことにしてしまおうか。それは出來ない。であれば出來るだけ、平靜にいることを裝っているが、そううまくはいかないだろう。しばかりのぎこちなさが出てきてしまっている。だが、兄さんはその顔をしていても気にする様子はなく、真っ直ぐに自分の席に座る。相當に慌てているのかもしれない。なんとか、顔は平常心の狀態であろうが、心の奧底では混してこんがらがっているのかもしれない。であったら、一見すると普通に見えるのはすごいことだ。
「カインは帝國から帰ってきてまだ時間が経っていないからね。出來ることなら、もうし早くに呼んでもよかったんだけど、カインの方でもいろいろとすることがあるだろうから、この時期にさせてもらったよ。……二人に集まってもらったのは他でもない。いろいろとあると思うし、一週間後くらいをめどに発表されるだろうけれど、二人にはとりあえず先に知ってもらいたいと思ったんだ。いずれは、僕と同じような気持ちを味わうのだからね。先に、験しておくというのも悪くはないだろう。験しておくというより、験談を聞いておくと言った方が正しいかもしれないけれど。まあ、二人のことだから、僕ほどに慌てるようなことはないだろうけれども。とはいえ、聞いておいて損はないと自信を持って言えることは間違いないよ」
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「わかったよ、兄さん。なにかしら、オレたちも経験するであろう事態についてなのだろう。で、一何の用でオレたちを呼びだしたんだ?」
「ああ、わかっている。すぐにでも言うとしよう。……ふふ、そうだな。こう今すぐにでも言ってしまおうと思っているのだがな、顔が笑ってしまって上手く話すことが出來ないのではないかと心配になってしまう。……んふ。ああ、すまない。そんな目をしないでくれ。今言う。……それはな……マリィが妊娠したんだ」
兄さんは顔をほころばせている。あまりにも嬉しいのだろう。それが今おさえきれずに顔に出てしまっているのだ。幸せだという雰囲気をこの部屋全に充満させている。なんて返せばいいのかがわからないためにか、俺たちはただ固まってしまう程度には、明らかな溫度差があった。というか、そもそも兄さんに言われる前に大想像はついていた。なにせ、ここまでにやにやと口元をゆがませながら話そうとすることであれば、吉報なのは確実であり、俺たちはとっくの前に妊娠しているだろうということはわかっていた。むしろ、部屋にった直後のあの神妙な顔つきは何だったのかと言いたい。そのせいで、変な勘違いをしてしまったのだから。だが、その事実をあえて口に出してはいなかった。むしろ、今の今まで本當に気が付いていなかったのだというのだから、それこそが驚きのことである。よほど、伝えたかったのだろうが、あまり驚きはなかった。むしろ、驚きのないことを見せびらかすようにしているせいで、それに驚いている節すらある。
兄さんは俺たちのこの表に気づいていないらしく、今自分がどれだけ嬉しい気持ちでいっぱいなのかということを語ってくれる。その気持ちはわかる。いずれは俺も味わうことになるのだろう。というか、自慢するのが好きな人なのだと改め認識する。まさか、自分の子供が新しく生まれるということすらも自慢してくるとは思わなかったが。兄さんの自慢話はしばらく続くということはわかっている。だが、他人が喜んでいる瞬間を見ていて気分が悪くなるということはない。むしろ、こちらも、嬉しくじる。しかもなのだ。俺たちだって、兄さんの嬉しさが溢れているこの空間に浸っていれば、自然と笑顔になってしまうというものだ。
今日一日は、兄さんのもうすぐ父親になるのだという喜びをぶつけられただけで終わってしまった。だが、別にそういうことがあってもいいだろうという寛大な心を持てているのである。カイン兄さんに至っては、家で待っている二人のに対する問題を忘れられていたのか、より大きく喜びにを預けていたような気がしないでもない。なにせ、帰りの道で、泣きながら歩いているのだから。どうして、こんなにストレスが溜まっているのかと心配になってしまう。むしろ、こうしてストレスを抱えることが普通なのだろうか。
「なあ、アラン。どうしたらいいんだ? オレにはわからないんだ。ルールイもいいだし、そんな彼が俺のことを真剣にしてくれているというのはわかる。だけど、リリに対してそれは裏切りなんじゃないかと思ってしまうと、なんか気持ち悪くなってしまうんだよ。今の兄さんの笑顔を見たせいで、幸せの暴力をぶつけられてしまってな。涙が止まらねえわ」
人前で泣いているということを伝えるということは、それだけ心が弱っているという証でもあるだろう。あの空間の中で、幸せを分けてもらえることが出來ずに、ただ苦しさだけが増えていくというのであれば、それは重癥だろう。それだけ思い悩んでいるのだろう。俺はあまりにも理解できないことだが、兄さんとしては、それはあり得ることで、現に起きてしまっているということだ。リリ義姉さんをし、思いやるばかりに、こうまで鬱としているのではないだろうか。そう思えたのである。だからといって、義姉さんと兄さんが別れるべきだとは思わない。その苦痛はのために起きていることなのだろうということが言うまでもなくわかっているのだから。し合うことで、別れる必要はない。
であれば、それを伝えるしかあるまい。俺は、兄さんの顔を見る。のぞき込むようにである。兄さんの顔は涙で濡れてはいるが、必死にこらえているようで、そのせいでか、真っ赤に充している。痛々しくもあるが、そこから避けてはならない。それは誠実ではない。兄さんを助けたいと思っているのであれば、そこから逃げ出すことは決して許されることではないのだ。それを肝に銘じているからこそ、見続けることが出來る。同とかそういう意味の目ではなく、見ることが出來るのだ。
「……兄さん。兄さんはリリ義姉さんのことをしているのかい?」
「……それは……オレのことを疑っているのか? それだったら、許しはしないぞ」
「いいや、そういうことじゃあない。ただ、この確認は最も大切なことで、絶対にしなくてはならないことであるんだ。で、もう一度問うよ。兄さんは、リリ義姉さんのことをしているのかい?」
「……もちろんだ。當然だろう」
「それは……もう一人のを妻に引きれたからといって消え去ってしまうような弱いものなのだろうか。俺は、二人以上のをするということは、出來ると思っているし、周りからもそう見えるように振る舞っているつもりだ。それに、俺に好意を向けてくれる人に対して、自分もを向けてあげるととても気持ちがいいというのもあるかもしれない。人をするということに人數制限なんてないんじゃないのかな。だから、リリ義姉さんを真剣にしているのだって自分自のことを信じているのだったら、ルールイさんとも結婚して大丈夫だと思うけどね」
兄さんに俺の言葉が響いたのかはわからない。ただ、考え込むように靜かにしているだけなのである。結論を出すのはまだ先だろう。それに、一人で出すのも違う。三人で話し合うことが大切であろう。世界は男だけで回ることは出來ないのだから。どう頑張ったってそれは不可能なのだから。だったら、それなりの道を探さなくてはならないという話なのである。
それから一週間後、マリィ義姉さんの妊娠が発表された。號外新聞がばらまかれるほどではなかったが、新聞の一面を飾っていたことは確かである。その新聞をじっと見つめながら、兄さんの言葉がだんだんと現実のものとなって俺の中に落ちてくる。どこか、他人事に思っていたのかもしれない。知ってはいたが、それだけである。実際に見たわけではないし、お腹にってみたわけでもない。だから、そうなのかと空を浮かんでいるかのような不安定なものでしかなかった。だが、今こうして反芻することで、兄さんに起きた吉報は現実なのだと理解できたのである。
それに、陣がそわそわとしだしているというのも大きいかもしれない。自分の周りで妊娠したがいれば、それなりに考えることは俺たち男よりも多いことだろう。何を考えているのだろうかと想像すら俺たちはしない。分業というわけではないが、彼たちの考え、悩みにおいて、その部分は和らげることが出來たとしても、解決させることは出來ない。そういう段階に存在する話であるのだ。
そして、ルイス兄さんが言うには、陣はどうやら、マリィ義姉さんのところへと毎日のように通っているらしい。こういう時の行力と仲間意識は素晴らしいことだろう。それに、妊娠出産の先輩になるのだろうから、いろいろと聞いておきたいという気持ちも非常に理解できる。だから、迷をかけていないか心配になりつつも、変に止めたりはしないのだ。そして、そういう行を見せられるとなにか、言いようのないプレッシャーを押し付けられているかのように思えてならないわけではあるが。
というようなことを表に出してしまっていたようなのか、目ざとくルイに気づかれてしまったようである。最近のハルたちの浮ついた様子を見ていても、マリィ義姉さんの話題に関係のあることなのだろうということまで深読みしてくれているために説明の手間が省けてしまう。ここまでバレてしまうのだから、変に気を使って何でもないとごまかすことは出來ないだろう。だから、し弱みというものを見せてしまったかもしれない。あまり、見せたくはなかったのだが。そういうところがあってもいいだろう。やっぱり俺は生きなのだから。生きているものに弱いところがないわけないのだ。それを客観的に知れたことはいいことであっただろう。
「どんなに取り繕っても、アランしゃんみたいな人でも悩んでいるみたいですね。今日はいつも以上にわかりやすいところはありましたけれどね。まあ、アランしゃんもこういう話はハルしゃんたちとは話しにくいのかもしれませんね」
「そうだな。たしかに、こういう悩みはハルたちには出來ないだろうな。彼たちは純粋に子供をしいって思っているだけなんだからな。それに変なプレッシャーをじてしまう俺の方が悪いと言ってしまえばそれだけさ。だから、悩みとして誰かに相談することすら慘めなことに思えてならないのだがな」
「そんなことはないと思いますよ。そうですね……わたくしならただの一人の友人としてあなたの悩みに相談というわけではないですが、ただ、あなたの悩みを吐き出す先にいることは出來ると思いますよ。辛いこと、ハルしゃんたちに話しづらいことは、わたくしに話してくださって構わないのですよ」
彼はゆっくりと靜かに、俺の手にれる。らかくて、そして溫かい。人のぬくもりが俺に深くに染みる。弱い部分をさらけ出してしまいそうになってしまう。彼にならば、もうし悩みとかを言ってしまっていいだろうかと思えて仕方がないのである。もしかしたら、いろいろと話している先で、何か想像もしなかったようなしこりが出てくるかもしれないのだから。それを一緒に解決してくれるというのであれば、俺は彼に頼ってしまうわけである。
ほんのわずかでも、彼の溫かさが心地よくじていて、離したくはないと思えるほどであるのだった。
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