《天の仙人様》第176話

ひゅるひゅるとした空気のなかで、俺に立ち向かってきた騎士たちは無様に地面に這いつくばっていた。あのあと、順番にニ、三人ずつに相手をしていたのだが、あまりにも実力差があったみたいで、時間がかからずにこの慘狀を生み出したわけである。彼らはける様子ではないようで、生きているということだけを証明するのがいっぱいであるようだった。唸ったり、をもぞもぞと震わせていたり。それが彼らが今できる限界なわけである。ということもあって、いま俺たちの周囲を囲んでいるのは近衛騎士団所屬の騎士だけである。ならば、彼らが今度は戦うのかといえば、別にそういうことはないようで、ただ、遠くから俺の様子を伺っているのみである。

たしかに、騎士相手に全くの無傷で、全員を倒しているとなれば、彼らもまた相當な警戒をすることは確実である。普通であれば、複數人の騎士に囲まれて無傷でいることは難しいのだから。何でもないように乗り切っているほうがおかしいのである。むしろ、無傷で乗り切れてしまう相手がいるということは騎士自の存在を侮辱しているようなものである。彼らの実力は、その者一人に危機を抱かせるだけの価値がないということにほかならないのだから。とはいえ、彼ら相手に傷をもらっていたら、最後まで相手をすることが出來ないというのもまた事実であり、こうなることもまた致し方ないのである。彼らにわずかばかりの恐怖を植え付けようとも、俺には最後までこの地に立っている必要があるわけなのだから。それが、今俺がここに居る使命なのだと思っている。そうでなければ、わざわざむごたらしいまでの躙なんてものを引きけたりはしない。

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「さて……今まさに全ての騎士が倒されました。確かに、彼らは下級の騎士であり、王家の人間の守護をつかさどるにふさわしくはない実力しかないでしょう。しかし、それでも、彼らは役目を全うすることが出來ないのであれば、あなたたちが前に出て真に騎士とはどういうものかということをでもって教えねばならないのではないでしょうか。それを、この場にいる全員がんでいることでしょう」

今まさに、自分たちより実力が下であろうとも、騎士を圧倒的な実力でねじ伏せた相手に煽られた程度で、簡単に舞臺に上がってくるような短絡的な人間はいなかった。殘念極まるが、それだけ俺のことを警戒してくれているというのは素直に嬉しいことなので、何か不満をらしたりはしない。いっそのこと、馬鹿みたいに全騎士で突撃をかましてくれれば楽であろう。なにせ、この狹い空間では、同士討ちの危険があるのだから。それを使えば、數が多くなるほどに俺が優位に立てるのである。そちらの方が一人一人を相手にするよりも斷然楽なわけである。

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しかし、このまま直した狀態が続いても意味がないことはお互いが理解している。それによって、彼らもまた、覚悟を決めたようである。近衛騎士団の中でも両手で數えられるほどの実力者だけが、舞臺へと上がってくる。気の漲り方からも、彼らがおそらく、最も強い組み合わせなのだろうということはすぐにづいている。ならば、もうし楽しめそうだ。アオも、しゅるしゅると鳴いている。興が止まらないようである。だが、それはいけない。興で解決しなくてはならない。外では恐ろしい程に冷靜であり続ける必要があるわけだから。それが外にまでれてしまうと、大きな隙となって自分自に襲い掛かってきてしまう。それはいけない。であれば、そうならないように、冷え切らねばなるまい。

剣を構える。ゆっくりと間合いへっていく。じりじりと張の空気をだんだんと上げていくように、數尺近づくごとに、より警戒の度合いが高まるのだ。ばちんばちんと火花が飛び散っているかと錯覚するほどに、生の危機をじて仕方がないわけであった。もしも、しでもおかしなきがあれば、発してしまうほどに膨れ上がってしまっていることだろう。なくとも、彼ら相手にのんきに此方から攻め立てるなんてことは難しいだろう。観察するのだ。彼らの呼吸から、筋きからなにからまで。全てを把握するのだ。そのわずかな報の差が俺に勝利を呼び込むのだから。そうなればこそ、全神経を集中させて、彼らの全てを把握するのは當然であった。

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一人が、大きく一歩を踏み出した。その瞬間にもう間合いにり込まれている。開いていた距離は、瞬間に消え失せてしまうのだ。間合いというものが全て無駄だと思わせるだけの説得力を持つ暴力が目の前に迫っている。そのまま振り下ろされる。剣の速度は重力と合わさって、勢いはすさまじく、數瞬の時間すら要することなく地面へと叩き落される。しかし、そのほんのわずか上で止めているようで、地面にはヒビ一つとしてっていない。俺は、かすかに間合いから外れているために、攻撃を食らうことはなかったが、バランスが後ろに寄っている。その隙をつかれてしまうように、もう一人が橫に切り払う。剣でけ止めるが、片手と両手では、こちらが確実に分が悪い。押されてしまっているようだ。これではさらに、よろしくない事態へと転がっていくことであろう。アオが、尾を振って剣を叩き上げる。それに持っていかれてしまったようで、腕が大きく上へと飛ばされてしまっている。剣を落とさないようにとしっかりと握っていればこそ、その事態が引き起こされる。彼のは隙だらけになるのだから、そこへ向けて、拳をぶつける。鎧の上だ。普通であれば、拳の一撃は戦況を左右するほどの威力を出すことは出來ない。だが、俺は、鎧の中へと衝撃を通す。全ての威力が無駄になることなく彼の臓を打つのである。彼は、予想だにしていなかった一撃をもらって、數歩後ろに下がってもちをついてしまう。ここで、追撃したいところだが、彼を守るようにこちらへと、剣を振ってくるのだから、それらを潛り抜けてまで攻撃する必要はないと、し離れる。

後ろに下がっている相手に対して、攻撃を仕掛けるというのは至極當然のことである。それは彼らもわかっているので、俺が後ろへ一歩足を下げるだけで、彼らはより深く近づいてきて、剣を振るのだ。後ろに重心が寄ってしまえば、攻撃の避けにくさは段違いに上がるのだから。避ける時に後ろに下がってはならないというのはそういうところにある。後ろに下がる以上に前に進む方が速いという當たり前は致命傷になる常識なのだから。であれば、前に重心を持っていけばいいわけで、彼らの剣に向かっていくのだ。避けると思っている相手が、こちらへと突撃してくれば、しの驚きがあることだろう。無意識的に、彼らは振りの速度を弱めてしまう。予想外のことに対する混能力を損なわさせるだけの力を持つ。今まさにそれが決まってしまったのだと理解できるだろう。そうなれば、彼らの腕を摑まえるだけの余裕がある。一人の腕を取れば、三人を巻き込むように投げることは可能だ。甲冑を著込んでいる人間を投げるには相當な力が必要かと思うかもしれないが、投げるのに必要なのは重移の技なわけで、それさえ理解していれば、てこの原理で彼らは重力から見捨てられたように、飛んで行ってしまう。本來であれば頭から叩き落すべきだろうが、それをしないで、仲間のいる方へと飛ばす。それが今では最適だと結論付けたのだから。三人も巻き込まれてしまえば、俺を今すぐに攻撃できる位置にいる相手はいない。彼らの顔面に拳を突き出すだけで十分である。顔の形が変わらないように細心の注意を払って攻撃した。なんとか、鼻の骨が折れているような気がする程度で止められた。

その間に、俺を攻撃しようと近づいていた騎士には、アオが威嚇の意味で水鉄砲を出していた。地面を削る程度の威力があるから、そう易々と近づくことは出來ないだろう。

こうして、三人を戦意喪失させることが出來たので、殘りは二人なのだが、その二人も、降參だと言わんばかりに両手を挙げている。俺はそれに対してし不満が殘るが、まあ、訓練であるし良しとしよう。これが実戦であれば、彼らは死んでも降參することは許されないのだが、そこは不問としておく。なにせ、今は実戦ではないのだから。ただ、彼らは実際に戦場で戦ったとしても、俺に勝てるビジョンが見えなかったということを表から伝えている。であれば、これ以上の戦闘は訓練という名目でするのならば、無駄だろうという結論を出してもいいではないか。

仕方がないので、他に人がいないかと周囲を見回すが、誰も彼もが俺と視線を合わそうとしないのであった。別に、視線が合ったからといって、無理やりに戦うつもりはないのだが。誰か、戦いたそうにこちらを見ているような人はいないものかと見ていただけであろう。その覚を彼らは気づくことが出來なかったらしい。そうなると、今は誰も俺と戦いたくないと、言い張っているようなものであり、それでは、訓練にならないではないかと思わなくはない。

俺はアオへと顔を向けるが、彼もまた不満そうにしゅうしゅう鳴いている。まだ戦い足りないようだ。そもそも、お前は俺の背中にしがみついているだけなのだから、戦っているとかそういうことがあるのだろうか。俺はそんな疑問が頭に浮かんでいるのだが、だからといって何かを言うわけではなかった。

俺たちの視線は一つの箇所へと向かう。その先には、一人の男が立っている。俺に模擬戦の相手をするようにと提案をした人。近衛騎士団長その人である。彼は仁王立ちでこの様子を伺っていたようで、何も言わずにじっと立っているのだ。いい加減、戦いに參戦してもいいだろう。なにせ、誰も參加しようとしないのだから。俺はまだまだ運し足りないところなのだから。

俺たちのそんな願いが屆いたのだろうか。彼は舞臺へとやってきてくれた。俺は自然と笑みがこぼれてしまったことであろう。なにせ、んでいた人がようやく來てくれたのだから。むしろ、彼もこれをんでいたのだろう。だからこそ、こんな遠回しに、俺と戦う舞臺を用意したはずである。なにせ、ここは非公式の場なのだから。たとえ、ここで負けようとも、記録に殘ることはない。だからこ、誰もが本気で戦えるし、とっても心地のいい場所なのだから。自分たちのプライドを一切考えなくても済む場所ということである。プライドは舞臺の外なのだ。

「もうし思慮深い年なのかと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。悪魔に魅られてしまったか、どうだか。戦うことでそれほどの笑みを浮かべられる人間はそうはいないだろう」

「俺の笑みは所詮仮面でしかありませんよ。本には程遠い。どれだけ狂気を纏ったそぶりをしようとも、それはそぶりでしかない。偽でしかないのです。本にはかなわないのです。ただ慘めに映ってしまうであろうというほどの圧倒的なまでの格差が存在することでしょう。ただ、今あなたが、偽の狂気に怯えてくれているのだとしたら、こちらとしても、願ってもいないことではありますが……」

「では……私も、悪魔に魅られるとしよう。狂気と正気のはざまで踴り狂うとしよう。君が、それをんでいるのであれば、私がそれをんでいるのであれば、あればこそに、ひたすらに狂うとしよう。ふりでも狂おう。今まさに、我々以上の悪魔は世に存在せぬとしよう」

俺たちは頬を吊り上げて、三日月の笑みを浮かべる。狂ったように張り付けているのである。ここから先は、俺であり俺ではない。ただの役者になるだけなのだから。まるで、他人事であるかのように始まるのだ。

それは最初に、秒を超えて懐へとり込む。瞬間をさらにめたような時間の中で、俺の拳の屆く位置に、彼の腹がある。このまま突き出せば、俺は彼を破壊できる。だが、それを上回る速度で拳を叩き落としてくる。俺の頭蓋に直接あたるであろう位置からの振り下ろしを、俺はさらりと避ければ、そのままついでと言わんばかりに、膝裏を蹴り落とす。そこに力をれたとしても、耐えきることは難しい。むしろ、耐えたほうが痛い。彼の膝は曲がって、すぐにける勢ではなくなってしまうのだ。首筋が俺の腕を回す軌道上へと下がっている。ならばと、肘を首の裏側へ叩き込んだ。彼は悲鳴を上げて、倒れ掛かるところを、前転をしながら距離を取っている。どうやら、そこまで大きな威力にはなっていないようだ。しくらいは、意識が飛んでもいいと思うのだが。

立ち上がる瞬間に、アオからの火の玉が飛んでくる。當然だが、アオは口から全元素の魔法を放つことが出來る。だから、先ほどまでの考察で、水しか吐き出せないと勘違いしていれば、突然に出てきた火の塊に驚き、きが止まるだろう。そうしてしまえば、甲冑は熱せられて、中のは笑えないような怪我を負うことになることは確実である。だが、彼は、スパンと火の玉を切り裂いた。魔法を切り裂く技というのはいろいろとあるだろうが、ただ剣を振り下ろすという行為だけで、魔法を切り裂くことが出來るような人間は、どれだけいるだろうか。その一つのきだけで、彼の実力の底の計り知れなさを痛するのであった。

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