《天の仙人様》第177話
彼は靜かにたたずんでいるかのように剣を構えて、俺を真っ直ぐに見ている。ぶれることは決してない。しんとして、そしてしゃんとしていて、引き締まっているようであった。もし、しでもおかしなきを見せればその瞬間にでも、詰め寄ってくることは造作もないことだろう。それを確信させられるだけの、雰囲気を纏っているのである。そうそうに、彼を倒すことは難しいであろうということ、ただ一つが嫌というほど理解させられる。ただ、相対しているだけだというのにも関わらず。今までの騎士たちとは明らかに違うのだと改めて、より洗練されていくように理解できてしまうのである。
だが、俺もまた彼に対してしでもきを見せれば、倒すことなど簡単に出來るということを含んだ視線をぶつけている。はったりであろうとも、誰もがそれを信じたくなるほどの思いを込める。自分自が出來るのだと騙されたままで、今この狀況を生み出そうとしているのだから。そのおかげでか、この意思を強くじ取っているからこそ、ただ、そこにいるだけで終えているのだろう。何もできないでいる。二人して石のように固まったままなのであるから。
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しかし、この中に置いてそれを無視してくことが出來る存在がいるとすれば、それは今すぐにでもき出すことだろう。それは俺の肩に乗っかっていたのである。俺のに隠れるようにして安全な位置にいながら、一方的に攻撃できるようになっているのである。口を大きく開けて、火の玉をもう一度飛ばすのだ。それは、彼の手によって切り裂かれるだろう。そこは簡単に予想できる。何でもないように片手間に行えるに違いない。実際にそれが目の前で起きるのだ。火の玉はただの剣の一振りで両斷されるのである。そのおかげで、俺が彼に突撃するだけの道が生まれたわけであるが。火の玉が飛ばされたと同時に、走り出し、それが斬られる頃には、もうすでに間合いにり込めている。そして、彼は今まさに攻撃をし終わったところなのだ。避けるという可能はなかった。最も隙をなく対処する方法がそれなのだから。だから、彼は振り下ろしてくれると信じていた。そして、その通りであった。それだけの話であるのだ。
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もう目の前に俺の拳が迫っているということに気づけば、を無理やりにかして回避する。が完全にき終わった直後に無理やりさらなる行を追加するというのは相當に苦しいのだが、彼のレベルであればどうやら何とかなるらしい。だが、そこまでぎりぎりで避けたのであれば、俺は追撃するように追いかけるのは當然である。剣を振り下ろす。小手の箇所で剣をらせるようにけ止めた。それでは、ががら空きになるだろう。そこから足が飛んでくるのだ。自分から飛んで避けたようだ。その著地地點へ向けて、アオの水の塊が飛んでくる。當然彼ならば切り裂く。そうしなければより大きな隙を見せてしまう。それは危険であるということは彼自が気づいている。たとえ罠であろうとも、最善を盡くす必要があるのだ。叩き切り終わったところで、俺は勢を整え終わっているのである。
俺の一歩目と彼の一歩目とがほとんど同じであった。それは俺の間合いから大きくずれた位置にいないということになる。とはいえ、踏み込む一撃とその場での一撃では踏み込んだ方が強い。ということであれば、俺の拳を足一歩分だけでも避けることが出來たというのは大きなアドバンテージとなる。確かに彼は俺の一撃をもらって衝撃が伝わり、吹き飛ばされてはいるが、のきには何の支障も見られないだろう。吹き飛んだというのが余計である。あれでは威力はより逃げるのだから。つまりは、今の一撃はあまりにも無駄だということをこの狀況全てが伝えてくれるわけであった。
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彼はゆっくりと立ち上がって、ほこりを払うように、鎧を叩いている。余裕を見せつけているわけだ。それは、俺を煽るに最適だろう。そして、俺が怒るのをんでいるのだ。怒ればよりあしらいやすくなる。直線的で大ぶりな攻撃は、ただのカモに変わる。一瞬で攻守が代してしまうだろう。であればこそ、それに対して怒りを出してはならないのである。それに、逆に考えれば、彼は俺を怒らせなくてはならないほどに、冷靜でいては困ると考えているに違いない。それを完全なまでに信じ切ってしまうのもいけないだろうが、しばかりはいいだろう。
俺はすっと軽く息を吐き出すと、続けざまに大きく息を吸い込む。確かに普通であればただ呼吸をしているだけであろうが、今この場において、呼吸していると気づかれてはならない。その忌を破っているかのように、あたかもかろうじて呼吸をしていると、リズムを見せていると悟られてしまうかのような、その機微をわざと見せつけるわけである。
彼はすぐさまに、俺が息を吸い込んだ瞬間にも、襲い掛かってきたが、俺としては、息を吸いながらでも、リズムの裏をかくようにしてくことは出來る。そしてそのきには、しのぎこちなさも拙さもないのだ。何度も特訓を重ねた。息を吸う瞬間に合わせて拳を突き出す訓練を。普通であれば、無意味になるが、仙人であること、自然が味方をしてくれるということは俺にとってより大きなプラスとなり、それが可能となる。
剣でけ止めた。彼は驚いたことであろう。自分が気合をれるために、息を吐き出す。それと真逆のことを俺はしているのに、力が拮抗してしまっているという事実を。そして、それに気づいてしまえばすることは一つしかなかった。
彼はすぐにでも距離を取ろうとき出すが、もう遅いのだ。剣のつばの部分に手をかけて押さえつけると、ついでに腕を固めるように、氷漬けにする。そうすれば、手を離して攻撃や防に回そうとはすぐには出來まい。その瞬間にへ拳を叩き込む。正中線に沿うように、そして心臓の上であろう箇所にだ。ガツンと大きな音が鳴ると同時に、俺の気が鎧を通り抜けてを突き抜けていく。威力は弱めたため、心臓が一瞬だけ止まる程度で済むだろう。がかなくなったとしても、ほんのしの間だけである。とはいえ、そのしの間に、膝を蹴って倒すと、後頭部へ向けて拳を振り下ろす。當たる直前でピタリと止める。これでもう勝敗は決しているのだ。これ以上攻撃をする意味がない。
靜まり返る。先ほどまでの騒ぎ立てるようなうるささから隔離されてしまったかのようにしんとしているのだ。音が一切なく、生きが存在していないのではないかと錯覚するほどだ。呼吸を止めるように見ているのだろうか。それとも本當に呼吸が止まってしまったのか。どちらにせよ、この空気があまりにも不気味で仕方がないということは、俺の心に深く刻み込まれることは間違いないだろう。
俺は、押さえつけていた腕をどけて立ち上がる。が軽くなったことに気づいたようで、彼もまたゆっくりと顔を上げる。俺が手を差しべるとそれにつかまってすっと立ち上がるのである。そして、今この場の不気味な雰囲気を味わうわけである。一切の喧騒が存在しない、集団の場を。
「……これは、私は負けてしまったということなのだろう。そうでなければ、彼らはこうもおとなしくはならない。今までこれほどの靜けさをじたことはないだろうな。靜かにしろということを聞いていたとしても、こうはならん。全員が人形にでも変化したと言われた方が信じてしまいそうだ」
「確かに、人形である方が納得がいきそうなのは間違いがありません。ただ、彼らはあなたが負けたのだと理解する直前までは々うるさかったですよ。今ではその面影が一切ないというところにわずかな驚きも隠せませんが。それだけあなたが慕われていたということの証明でもあるのでしょう。羨ましい話であります」
「……そうか。そうなのか。いいや、なかなかであった。圧倒的というべきか。まだまだ上には上がいるということか。頂點であると気の迷いが完全に消え去り、何も殘らなくなってしまったのかもしれないな」
彼はふっと笑う。自分が負けてしまったことに何かしら面白いことでもあったというのだろうか。自分の強さを信じているからこそ、負けたというこの覚におかしく思えるのだろうか。たしかに、負けなさすぎるというのもおかしくはなりそうだ。勝ったり負けたりとすることで、人は長できる。俺に俺と同じくらいかそれ以上に強い兄さんがいてよかったと思う。であれば、俺はしばらく彼のこの傷に浸らせてあげようと思う。この反応から見ても、負けるということ自が相當に久しぶりなのではないかと思うのだ。だからこそ、負けたという事実に面白おかしさを見出すのだろうから。
俺は適當なところに座って、彼らの様子を眺めていた。これから何を思い何をするのだろうというわずかな興味が湧いている。俺のような小さな子供に負けたとあれば、騎士団としての地位が揺らぎかねない。非公式の場でのことだから、そう大きくなることはないだろうが、噂話としては広がってしまうだろう。確かに、この世界において、見た目では強弱が判斷できない。なにせ、種族で大きく格が違うのだから。児のような背丈で人する種族だっている。そして、その種族が特別戦闘能力で劣るということもまた、ない。であれば、気にするだけ無駄というのも一つの案としてあるのだ。子供のように見えても、數百年生きていればそれだけの老練さを持った戦士である。俺はそうではないが、騎士に勝つぐらいなのだから、そうなのかもしれないと民衆は思ってもおかしくはないだろうな。
騎士たちをい立たせるに十分な要素はあったのだろうか。あまりにも突然に彼らの中の誰かがびだしたのだ。自分たちが信じていた騎士団長ですら負けてしまうといういま現在における圧倒的な強者を前にして、び狂うのである。ただ、神が壊れたかのように大聲を張り上げてぶわけであった。それは洗禮なのだ。今までの自分たちの心の隅にあったであろう慢心を確実に消し飛ばすための洗禮。それを理解できたからこそ、彼らは一人でに勝手に、び始める。自分たちの無力さを嘆き悲しみ、そして、まだ強くなること、努力で越えられることを喜ぶのだ。俺がたどり著ける境地に、彼らがたどり著くことが出來ないという理由はないだろう。
先ほどまでの靜けさが噓であったかのように喧騒に戻る。一人一人が訓練に戻りだし、気絶していたものたちは、たたき起こされて回復され、訓練を始めるのである。それは、俺が最初にって來た時よりも騒がしく、恐ろしい。鬼気迫るというのだろうか。ただ一つ言えることは、今の実力を大きく越えるための、努力を始めたというところだ。個人としてのレベルを求め始めたのだ。
騎士は群れである。だが、その群れ一つ一つの個が優秀であれば、自然と群れはより強くなる。その當り前の真実。彼らはそれを実踐するようであった。今までの、この劣りを群れでカバーすることを軸に置いたことはなさそうに見えた。とはいっても、個人主義に走るわけではないのだ。騎士は群れなのだから。
俺の役目は終わったように思えた。なにせ、模擬戦だけを求められたのだから。技の向上を求められたわけではない。であれば、俺は帰るとしよう。アオが一鳴きして、彼らに別れの挨拶を告げる。どうせ聞いていないだろうが、それでいいさ。彼らは今は立ち止まることが出來ないわけなのだから。
空は赤くなっている。まさかそれほどまで戦い続けていたとは思わなんだ。晝からなのだから。もうし短いとばかり思っていた。思ったよりも過ぎ去る時間は早かったらしい。まあ、俺にとってみれば、數時間というのはまるで貴重でもなんでもない時間なわけだが。過ぎ去ってしまったことに悲しみも憐みも、傷も起きない。それはとても悲しいことに思える。だが、そんな道を歩むことを選んだのは俺自なのだから。であれば、悔やんではならない。俺の否定は俺がしてはならないのだから。俺は俺をひたすらに肯定し続ける必要があるのだ。そうでなければ、この世から自分は消えてしまうのだから。
俺は、肩にもたれるように重をかけているアオの頭をなでる。さらさらとしているようで、つるつるとしていて、そしてぼこぼこともしている。そんな不思議なである。もう蛇というよりトカゲといった方がいいのだろうか。トカゲにしてはどうは長いし、蛇というには手足がしっかりとしている。俺の服をがっしりとつかんで落ちないようにしがみついているのだから。つくづく謎な生きだ。
それからしばらくの日が経つ。あの訓練の日以降であるが、とある噂が王都の民衆の間で広がっているようである。なんでも、騎士団の施設に小さな子供がして、全員をボコボコにしたそうであるらしい。しかも、その子供は、天の使いなのだそうで、自分たちの実力に慢心している騎士団を哀れに思い、自らが赴いて、更生させようとしたのだそうだ。そして、今はその効果が出ていて、生まれ変わったように訓練に勵んでいるということである。
人の話というのは聞いていて面白いと思う。どこまで尾ひれがつくのだろうか気になるところだが、毎日聞いていれば飽きるので、また數年後にどんな話に変わっているか、それまで取っておくとしよう。
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