《天の仙人様》第178話
朝となった。目が覚める。とても気持ちのいい朝であろう。日差しが窓からり込んでおり、目覚めるのを手助けしてくれているようだ。すっと簡単に俺の頭は覚醒してくれるわけだ。俺は背びをして、ベッドから立ち上がる。もぞもぞと、ベッドの上ではまだ眠そうにまぶたをこすりながら、ハルが座っている。そして、知らない年が寢息をたてて寢ている。ぐっすりと気持ちよさそうである。俺は彼のことを見て最初はあまりにも違和のなさに何の疑問も持たなかった。だが、よく見れば見るほどに知らないということが鮮明に意識されていく。そして、その年は驚くべきことに、全であるのだ。素っで俺たちのベッドの上で寢ているのである。
俺たちは彼に視線を向けると、自分たちは夢でも見ているのではないかと思ったが、そんなことはない。確かに覚醒しており、痛みをじる。では、これは現実ということになるのだが、俺たちに全く気付かれることなく、この部屋へと侵できるような年に心當たりはないし、そんな年がこの世に存在することはありえない。數十年生きているのであれば、可能としてはわずかにあるだろうが、數年程度しか生きていないであろう、この年には土臺無理な話であるのだ。であったら、どういうわけで、どういう手段にこの部屋にり込めたのかという疑問が盡きることは永遠に來ないかもしれない。
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なにせ、俺たちには彼を昨日、連れてきたという記憶もまたないのだから、どうして彼がこうしてこの部屋で寢ているのかという疑問を解決するがない。であるならば、彼に答えてもらうしかないだろう。俺はぺちぺちと頬を叩いて、無理やりに起こす。気持ちよさそうに寢ているし、それを阻害するのだから、あまりやりたくはないが、やらなくては解決しない。であれば、許せとは言わないが、俺たちのためにも起きてもらう。それぐらいの義務を課したとしても誰にも罰せられることはないだろうから。それだけの重大な事件とも取れることが目の前に存在してしまっている。それが悪い。
目を開けると、不機嫌そうであったが、俺の顔を見ると、彼はにこりと笑みを浮かべるのである。それは俺に許しを乞うための想良さというものではなく、ただ純粋に俺と顔を合わせたことに対する喜びというものがれているようでもある。それは余計に俺の中での混に拍車をかけている。彼がいったい何者なのかがより深くわからなくなっているのである。もし、俺の顔を見ることで笑顔を見せる程度の仲であれば、俺が忘れることなど決してないはずなのだから。だからこそ、今この目の前で怒ってしまった現象に対して心當たりがないということがあまりにも恐ろしく思えるわけであった。それをどうにかできる手段がないのである。
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「君は何者だい? 一いつの間にこの部屋に侵していて、そして、俺たちのベッドの上で寢ているわけなのだい? 答えようによっては、それなりの場所へと連行させてもらうことになるよ。君のような年を脅したくはないのだが、そうでもしないと、これは解決しそうにないからね。ごめんよ」
「ええ、そうね。私たちの最も清らかでしい時間をあなたのせいで潰されたというのは非常に大きいわ。この後は、しばらくは二人きりでし合うだけの時間があるはずだったのに、あなたのせいで今アランはあなたにかかり切りになってしまったのだから。それがどれだけ重い罪なのかということはわかるわよね?」
彼は一何が起きているのかと、わからないようで首をかしげているのだが、何かを話してもらわなくては一向に進まない。この問題が解決へと向かっているという実が湧かないのである。だからこそ、何かしらの弁明を求めているのだが、彼は何も話すことが出來ないのか、ただ聲を出しているばかりである。いいや、音といってもいいかもしれない。それにはしの意味も存在せずに、ただ波が揺れているのみであるのだから。言語として解することが出來ないのである。それがどれだけ恐ろしい事か、不気味なことか。あり得るのかと思えてならない。今目の前にいる年は空想の産であるという結論が最もしっかりとした芯を持って俺の目の前に転がってしまえる程度には、力を持ってしまっている。あっていいことなのか。いいや、ダメであろう。ならぬだろう。だが、今それは現実として俺の目の前にある。
彼は、俺たちの表の怪訝さを見ていてだんだんと焦っているようであった。だが、どうすればいいのかがわからずに、汗をかきながら必死に弁明するように音を出しているだけなのだ。言葉が話すことが出來ないというのは、どうやら、冗談ではなく本當であるらしいということを俺たちはここで理解できた。なにせ、四歳児相當に見える、さでありながら、格なのだから。であれば、拙くとも言葉を話せないわけがない。普通であれば。まっとうな生を送っているという前提が存在すれば。だが、彼はそれを一切しないということは、つまりはそういうことなのだろう。存在しないのだ。俺の常識というものを完全に置き去りにしてしまえるほどの、暴力的なまでに殘酷な世界で生まれたということを告げている。
言葉を話せないような家庭環境というのは、どんな考え方をしたとしても、スラム街出でなければならないが、それだとしても、言葉を聞いたこともないというのがあり得るのかという至極當然な疑問が浮かぶのだ。文字をかけないであれば、スラム街出は俺にすっと馴染んでってくる。しかし、言葉を話せないは聴覚に障害を持っている必要があるわけだが、明らかに彼は俺の言葉を理解し意思を伝えようとしているのだ。であれば、耳に障害がないということがわかる。音が出せるのだから、話せないわけではない。離せないなら、音を先に出すことをしない。それを考えれば考えてしまうほどに、今まさに、目の前にいる年があまりにも不気味な存在に見えて仕方がない。だが、彼は今まさに俺たちに対して何とかして意思疎通を図ろうとしているわけなのだから、そこで恐れるような気味悪がるような目で見てはならない。彼に無駄な恐怖を與えてはならない。それが大切であると思えた。
彼は、何かを視界にれたようで、突然固まった。そして、ゆっくりと自分の手を顔の前に持っていく。じっくりと、自分の手のひら、手の甲を見ている。何かを確認するかのように。そしてその目は現実のものを見ているとは思えないほどの驚愕に染まったままに。そして全へと視線は移する。足の指先までをじっくりと見まわして、手でれる。自分のを確認するようにであるのだ。
慌てたように、驚いたように手足をばたつかせている。混の極致にいるようであるが、今まさに混の絶頂にいるのはこちらであるということをわかってもらいたい。今すぐにでも彼が冷靜になって、何かしらの行をとってもらいたいのだが、それは出來そうにないだろう。それを確信できた。今この場にいる誰もが混している。かろうじて俺が一番冷靜かもしれないというだけであって、その優劣が意味をすものでないということが確かであった。
どうしたものかと頭を悩ませているときに、彼は突然にきを止めると目をつむって、何かに祈るようにしている。真剣に祈っているようで、目をつむるのに力がっているのがわかる。するとどうしたことだろうか。今まさに人間の姿をしていた彼のは蛇へと変わっていくではないか。そして、完全に蛇の姿へと変わってしまう。いいや、蛇というには一つおかしいところがあるが。それは手足が生えているというところである。がっちりとした指と爪と鱗とで出來ている竜の爪といっても過言ではない。そして、その姿は俺のよく見知ったものであった。
彼は、アオの姿へと変わったのである。ということは、あの年はアオであったということになる。それならば納得だ。なにせ、アオは俺のベッドの上で寢ていてもおかしくはないのだから。だから、彼もベッドの上で寢ていたということなのだろう。すっきりしたような気がするが、それを素直に飲み込めるような神を俺は持ち合わせていなかった。
むしろ、俺は今すぐに大聲を張り上げて、この狀況を逃げ出すということから逃げずにいたことを褒めたたえてあげたいほどである。俺の頭の処理能力を大きく逸してしまうのではないかと不安になる、いいや、実際にはもう逸している狀況を、現実逃避せずにしっかりと相対しているわけなのだから。今俺の脳で処理できる限界が、アオが人の姿をしていたということだけであった。むしろ、それだけで十分なわけである。よくよく考えればそれ以上の報はこの場に存在していないように思えてきた。であれば、問題はない。あとは、これをどうしたものかと悩むだけだ。
「あー、えっと……とりあえず、今はいろいろと考えたいところだけど、朝食でも食べに行かない? それからでも考えればいいし。もしかしたら、冷靜になって見つめることだって出來るかもしれないし。だから、今この現象に無理に向き合っているのもあまりいいことだとは思えないのよね」
「……たしかに、そうだな。じゃあ、ご飯を食べるとしよう。そうだな。そうしよう。今、無理に処理してしまおうと思ったら、きっと、頭が壊れることは間違いないだろうからね。神が先に死んでしまったら意味がない。そうだろう。そうだ」
とりあえず、朝食を食べに行くとしよう。ハルだってそういう救済の道を出している。それに、腹に何かをれなければ働くものも働かないであろう。そういう方向で納得するという名の逃げともいえる行為で、今この狀況を一旦は放置するのであった。そうしなければ、何も始まらないし、何も起きないのである。ただ固まったままに全てが終わってしまうのだ。始まらないから終わりすらもないか。そう考えると余計に恐ろしいことではあるが。
朝食が終われば、今度はルーシィたち三人も呼んでこの狀況に巻き込むことにする。二人でなにもできないであれば、五人では何かあるかもしれない。何もないかもしれない。思い浮かぶ頭の數は二倍以上になったのだから、何かしらいろいろとあるのではないのかと思うのであった。あまりにも、心弱い補強である。
「ところでさ、アオが人の姿を取れるようになっているというのが事実だとして、皆はどうしたいの? この話合いが何のためにあるのかがいまいちつかめないというのと、今言ったことの両方が曖昧なんだよね。今この狀況だと」
「たしかに、それはあるな。とはいっても、アオが人の姿になれるようになったという事実をけれるために、時間がしいし、そしてその事実を出來るだけ多くの人に知ってほしい。今ここに居る皆には知っていてもらいたいんだ。なにせ、夫婦なのだからね。はなくしておきたい。なくともそういう思いから、この話合いが開催されているというのが大きな理由かもしれない。だから、この場で何かしらが決まることに対しては、どうでも良かったりするんだ」
「そうではありますね。アオしゃんが人の姿を取れるというこの事実がわたくしたちに伝わってそれを認識できるようになったということは、これから先、その景を見た時に辺に取りさないという、重要な役目を持ちますね。むしろ、それ以外に何かあるかと言われれば、あまり思いつきはしません」
「だったらさ……もう終わりじゃん? これ以上何かを話そうとしたって意味がないってことなんじゃあないの?」
「いいや、あるわよ。人として育てるか。それとも、蛇として育てるかという二択が存在するわ。そして、人として育てる場合、誰の子供として育てるかというのもあるわ。つまりは、名目上は誰の子供という扱いにするかという話。まあ、ルーシィのように興味がない人には関係ないでしょうけどね。みんなもそこまで興味がないみたいだし、私が責任をもって、アオのことを面倒みるとするわ。アランと、私とで、二人三腳でアオのことを育てていくことにするわね」
という結論で、この話合いが終わろうとしているところで、ルクトルからの待ったがかかる。それならば自分がふさわしいというような視線を向けている。たしかに、アオを一番世話していたのは俺を除けばルクトルである。であれば、ルクトルの子供として生活させるのが筋の通る話だろうということであるらしい。
俺の予想していなかった方向で、話がより複雑に、そして難解になっているような気がしないでもない。すぐに解決しそうではあるが、彼たちは、自分たちこそがアオの子育てにふさわしいと思っていることであろう。闘志がからあふれているのだから。今のアオは、赤ん坊と同じ程度の知能だといっても過言ではない。であれば、一から付きっきりで子育てできるだろうし、そうすることで、自分こそが正妻なのだという証明に使うつもりなのだろう。そこまでなんとなくで理解できる。であれば、これからの話合いには、あまり口出しをしないこととしよう。俺が決めてしまえば、文句が出る。彼たちでこれは解決しなくてはならなくなったのだから。
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