《天の仙人様》第183話
最近、アリスの周りをふわふわと浮かんでいる霊たちが、何かしらの形を持つようになっている。ただのの塊ではなく、意味を持つ形を持つことによって、より強い力を発揮できるようになっている。ただの概念は力であるが、それを留めるが存在しない。そこにが與えられることによって、力は方向を持ち、加減を持ち、より強靭なものへと進化するのである。それが、アリスの周りの霊に起きている。基本的には、妖のような形ではあるが。空に浮かんでいる小人というのがふさわしい。基本的に妖と霊は違う存在なわけであるため、それらは、妖だとは呼ぶことはないが。
そのおかげかは知らないが、アリスの魔法に対する見識がより深くなっていることは間違いない。技という面でもより優れたことになる。土くれの兵隊は俺たちの倍の數でもって襲い掛かれるのだ。アリス一人で十の戦力となりえてしまう。バランスが崩れることだろう。こんな魔法使いが百人いるだけで、戦力が十倍なのだから。唯一救いといえることは、そんな魔法使いは、この世に現れる可能はそうそうないと言い切れてしまうことだが。それほどまでに、アリスは特別なわけなのだから。魔力にされていると言っていい。ルイス兄さんが嫉妬に狂ってしまうほどに。自慢気に、霊もを張っているように見えたのであった。
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だが、今アリスの目の前にいるのは真っ白に覆われているハトの姿を模した霊である。大空へと今か今かと羽ばたこうとしているが、それを押さえつけるようにしている。だが、何かの紙を持たせると、空高くへと羽ばたいて、そのまま消えてしまった。どこか見えないところまで行ってしまったのである。しかし、霊や妖は聖域の中でしか生きられないはずだったと思っていたのだけれども。アリスの周囲には聖域に似たような空間が出來ているから、存在することが出來るというのに、それから離れても、何でもないかのように活できるというのはどういうわけなのだろうか。
聞いてみたところ、それは魔力による仮初のを與えているからなのだそうだ。神生命はがないからこそ、外での活が不可能であるわけだから、疑似的なを與えることによって、その活領域を増やしているということらしい。どれほどの魔力のコントロールと量が必要だろうか。魔力に質としての力を與えるということは。末恐ろしさまでじてしまうことであろう。それだけの実力なのだから。とはいえ、それでも活時間の限界は一日なのだそうだから、それで、全てが解決するというわけではないらしい。ただ、魔力による仮初のは視界には見えないようで、俺たちのように霊をじ取れなければ、見ることは出來ないため、諜報なんかでは役に立ちそうな能力であった。
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「ところで、あのハトはどこへと飛んで行ったんだい? あんなに空高くへ飛んで行ったのだから、すぐ近くというわけではないのだろう。それに、紙を持たせていたことだ。何かを屆けるつもりなんだろう。それなりの距離を何にも邪魔をされないように飛んでいると思うわけだが、どうなんだい?」
「ええ、その通りです。たしかに、かなり遠くへと飛んでもらっています。今、私は文通をしておりますので。お兄さまの友人にキースという名前の人がいましたでしょう。私と、彼は似たような力を持っていますので、そこから意気投合しまして、それからこうして、たまに文通をする仲なのです。彼と私は同じことを出來ますからね。こうして、定期的に文通が出來るのですよ。それも、人の手を使わずに」
「へえ、そうだったのかい。それはいいことだ。なにせ、二人の力はを真に理解できるのはお互いだけだろうからね。俺だって相談に乗ることぐらいは出來るだろうけど、それぐらいしか出來ない。なにせ、俺の理解の更に奧深くにもぐりこんでしまったかのような世界なのだからね。想像なんてものが出來るわけがない。その先にいるから。だから、そうして二人でいろいろと意見を換し合ったりして、理解を深め合うことはいいことだね」
俺はうんうんと、納得したように頷いた。これから先、アリスたちがどれほどに強大な力を持つことになるかはわからない。その時に、その不安を一緒になって背負ってくれる人がいるというのは心強いことこの上ないだろう。俺にとってのハルたちのような存在へとなってくれることを祈るばかりである。もしかしたら、アリスとキースの二人が結婚するようなことに発展するかもしれない。想像というのはどこまでも広がっていくのだから、あり得ないなどと一蹴は出來ないだろうし、意味はない。それが、空想の中でしか実現していないのだから。今はまだ。ただ、そうなると、キースが俺の義弟となるわけだが、それはそれでいいかもしれないな。友人とになることはわずかな気恥ずかしさがあるのだが、それ以上に、どこの馬の骨かもわからないような気味の悪い男よりも、彼の方が萬倍にも信頼できるわけなのだから。妹のためを思うのであれば、彼ほどに優れた男を見つけるというのは難しい話であろう。
と、そんなことを考えていると、不思議そうに顔をのぞき込まれていた。何か変なことでも考えているのではないのかと言われているようで、し慌てたように、ごまかす。それでは余計に不信というものが生まれてしまうわけだが、それでも、とっさのことであったために、上手くごまかすことが出來なかったのだ。仕方ないことだと、自分に言い聞かせていく。
次の日には、真っ黒に染まっているハトがアリスの元へと手紙を屆けに來ていた。キースからの返事なのだろう。彼もまた、確かに同じ技をに付けているようだ。魔力を、であるほどに確実なとして生させることは難しい。土や水の元素を使ってしまうようでは、理的に見えてしまう。だから、ただ魔力をそのままに使う必要がある。たしかに、彼らは魔力にされているような存在であるわけだから、造作もないのかもしれない。それはこの世の誰もが羨むことだろう。才能を超えたところに存在するわけだから。なにせ、ルイス兄さん以上の技であるわけなのだから。兄さんの技を人間がたどり著くであろう、限界の才能を持っていると見れば、それを大きく逸している二人は、紙にされている、いいや、そんなことすらも生ぬるいとじてしまうほどなのだ。表現のしようがない。化けという表現ですらも陳腐であり、彼らの才能を侮辱しているかのように聞こえてしまうほどであった。
手紙を読んでいる、アリスの顔は緩み切っている。にへらと笑っているようである。見ているこちらが恥ずかしくなりそうであった。さっと視線を外して、なかったことにするとしよう。兄がのろけ話をしていてもなんとも思わないが、妹ののろけには言いようのない気恥ずかしさと苦しさがある。男の差であろう。
そんなわずかなほほえましさを持たせながら、彼は手紙を読み進めているのだが、ある時を境に、段々と険しくなっていく。剣呑な雰囲気がどろどろと流れ始めているのである。リビングの掃除をしていた、使用人たちは、そのあまりにも不気味な雰囲気に押されてしまうように、そそくさと逃げてしまった。巻き込まれたくはないというその意思がしっかりと伝わってくる。
しかし、彼たちはまだ掃除が終わっていない。助けを求めるように俺の方を見ているが、手招きをして、掃除の続きをするように言いつけておく。大丈夫だろう。彼が発したとしても、使用人の方へは行かない。そこはしっかりと信頼している。むしろ、怯えているほうが彼の餌食にすらなるだろう。であれば、堂々とそのままに掃除をしていればいいのだ。
そう伝えると、恐る恐るというじで、再開する。俺も何も気づかなかったように、手に持っていた本を読み進めていく。穏やかな時間である。隣には発寸前の弾があるが、俺たちへと被害が來ないのであれば、それはないのと一緒だろう。であったら、ただ平穏な平日であるということだ。それ以外にはなにも存在しないのである。目を逸らすことなく、ただないこととできるのだ。
アリスは、今すぐにでも手紙を引き裂いてしまいそうな剣幕でもって読み進めているわけである。だが、キースが書いたものであるという唯一の事実のみで、それに耐えているようなのだ。出來ることならば、これを今すぐにでも消し去ってしまいたいというを、封じ込めるだけのを、持っているという証明なわけだが、そこを指摘することはしない。俺に飛び火してきそうだから。
「…………お兄さま」
「ど、どうしたんだい? そんなにつんけんとした態度でさ。その様子じゃあ、あんまり楽しそうなことではなかったようだけれど、まずは一つ落ち著いてから、読み直すこともありなのではないかな。冷靜になってから、見る視點が変わったりするからね」
「……お兄さま、これを見てください。とりあえず、読んでみればわかると思いますし、わかるようになっています。これでわからないとは言わせませんよ。そして、ここに書いてあることはあり得ると思いますか? こんなことが。決してあってはなりませんよね」
どうやら、火種はこちらへと向かってきたようだ。そこまで暢気には構えていられなかったということだ。俺は、アリスからけ取った手紙を読み進めていく。実の兄にたいして、文通相手とのやり取りの容をさっと見せられるというのは相當な図太さがあるのか、それとも、俺の想像しているのとは全く違う容が書かれているのか。疑問が殘るところである。ただ、彼が怒るに値するだけの容であることは確かだろう。どれで怒っているのかを知るということがこれほどまでに恐ろしいということはない。今すぐにでも、俺の手で破り捨てて燃やしつくしても構わないだろうか。それが最も、神的に安定しそうなのだから。
だがしかし、今こうして手紙をけ取って読めと言われているかのような圧力をけているのだから、目を通すしかあるまい。逃げてはならぬと、全神経が訴えかけてしまっているのだ。ぎちぎちと締め付けられていくような圧迫の中で、俺は素直に読み進めていく。素直でなければならないのである。
容としては他のない世間話が基本である。とはいっても、木々や花々のしさをただつらつらと書き連ねているわけではなく、今は何をしているのかという近況報告であったり、どんなことが出來るようになったという技的な報告が主なわけだが。そこまでであれば、普通の淡い手紙であり、それで終わる。むしろ、そこから先など必要ないのではないかと思わないでもない。消し去ってもいいではないかと。しかし、確かにある。俺の目に映りこんでくるのだ。その途中から、自分に婚約者、そして結婚のいが來ているそうだ。たしかに、彼は特待クラスに在籍していたのだから、才能があることは間違いない。そこに目を付けた商家や下級貴族たちが、見合いを紹介してくるそうなのだ。そして、斷るのもなんだしと、見合いをしているそうなのだが、あまり結婚には乗り気ではないらしい。どのも素敵だとは思っているそうなのだが、それとはまた違うのだとか。俺であれば、全員と婚約して、結婚するだろうが、彼はそうではないのだ。今まで一緒にいるのだからそれはわかる。ただ、キースは將來領地を継ぐだろう。その時に、妻がいないとなれば、他の貴族に舐められる可能は高い。男の格は妻の數で決まるという考えもあるほどなのだから。多ければ多い程、それだけのにされる素晴らしい男だという価値観である。
どうやら、そのことに対してアリスは怒っているようであった。どういう心理が働いて怒っているのかが深く読めない。であれば、今の気持ちをぶつけるしかないだろう。本心は伝わることは決してない。自分の意思で伝えようと思って、そして口から発しなければ伝わらない。それが本心である。それに、アリスとキースの二人は、何度も文通をしているのだから、ある程度、本音をぶちまけたところで、関係が大きく壊れてしまうようなことにはならないだろう。
そのことを伝えると、途端に怯えたような表を見せている。たしかに、相手に本音を隠すことなく伝えるというのはとてつもなく恐ろしい。それは言うまでもない。だが、そこで踏みとどまっているようでは、彼の気持ちを完全に伝えることは出來ないわけだ。むしろ、その方が嫌なことには違いない。自分が想像する中で最も理想的な展開を自らの手でつかみ取るには、本心というものをさらけ出す必要がある。それがまさに今なのではないだろうか。そう力説してあげると、納得してくれたようで、自分の部屋へと駆け足で向かっていった。途中で母さんに見つかって、廊下を走ってしまったことを怒られていたが。淑であるならば、急いでいるからと、家の中を歩いてはならない。その當り前を忘れてしまうほどに、彼は、頭がいっぱいいっぱいなのだろう。ほほえましいことだ。俺は口元がふと緩んでいたのである。
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