《天の仙人様》第189話

最近寢付けなくなっている。そんな気がする。疲れだろうか。わからない。疲れというものが俺にあるのだろうかという問いから考えていかなくてはならないほどに、疲れをじることはないのだが、それでは、一どうして眠れないのかという話になる。眠れないことで俺のに影響はない。そもそも、眠る必要がないのだから。でも、そうそう、寢たくはないということは思わないので、普通は眠りにつくし、それでしっかりと眠ってきた。今まではそれが正常であり、當然のこととして処理されてきたわけである。であれば、最近になって眠れなくなったのはどういう了見なのだろうか。気になるところである。

仙人でよかったといえば、寢なくてもしも問題なく明日を過ごすことが出來るということだろう。眠りによって、疲労を取ることが大事であるならば、そもそもの疲労が存在しない仙人にとってみれば、それは必要ないことなのだから。そのおかげで、寢付けないということが俺に影響を及ぼすことはほとんどなかった。仕事の効率が著しく落ちたりなんてことはない。そもそも、仕事を一週間に一度しかしない時點で、効率とかを気にする話ではないわけだが。とはいえ、眠るということも俺としては娯楽の一つとして考えている節があるわけで、それを奪われているとなるとあまり好ましくはない。

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ただ、これを誰かに相談できるだろうかという話でもある。もし、俺が眠れない、寢付けないということを相談したら、なくともハルたちは自分たちのせいかもしれないと変に気負うことになるだろう。であれば、使用人に相談をするべきか。いいや、それも出來ないだろう。なにせ、俺は毎日元気に過ごしているのに、寢付けなくて困っているなんて言った日には、皮でも言っているのかと取られてもおかしくはない。なにせ、やつれたような顔で、働いている人もいるわけなのだから。今も隣を通った使用人は疲れたようにふうと、気づかれないようにひっそりとため息を吐いていた。俺の耳は良いので、聞き取れてしまったわけだが。俺は、そんな彼にしばらくの休暇を與えようとするのだが、何を思ったのか怯えたような表でそれをけ取ってくれそうにはない。

どうしてかと聞くと、どうやらクビにされてしまうのかと思ったらしい。たしかに、突然休暇を與えられて、それを素直にけ取ることは出來ないか。あまり深く考えずに、休暇を與えようとした俺自の甘さもあったということだろう。これからは、もうし事前に伝えておくべきだな。思い付きで行することはあまりよろしくはないことを、ここで改めて実したのである。

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「いや、君はこの家で働いている使用人の中で一番疲れたような目をしているんだ。だったら、休みを與えてあげて、リフレッシュさせるべきだと思うわけなんだ。そうすれば、君はよりしっかりと働くことが出來るのではないのかな。それに、そうすることで、仕事の効率が上がるのであれば、一日二日、それどころか一週間程度ならば休みを與えたってかまわないさ」

「……そうですか。ご主人様がそこまで、私たちのことを思ってくれているなんて思いもしませんでした。それならば、ありがたくけ取りたいと思います。では、明日から三日ほど休みをいただきますね」

「うん、ゆっくり休んでおいでね」

先ほどまでの思い詰めたような顔は消え去り、明日からの休みを楽しみにしているような雰囲気を纏いだしている。であったら、すぐにでももらえばいいというのに。まあ確かに、雇い主から休みをもらったとなれば、解雇なのかもしれないという不安がよぎるのもわからなくはないが。だが、俺は何の前れもなくそんなことをするような人ではないと思ってもらっていたと思っていたのだが、まだそうではなかったようだ。殘念極まるが、信頼関係はそう簡単に築いていけるものではないので、時間をかけていくとしよう。人間の難しさというものだろうな。

俺はそんなことをうんうんと思いながら、勝手に納得していた。彼は俺から離れると、喜んで仕事を始めるわけである。その様子に他の使用人たちも不審な目を向けているわけで、呼び出されて理由を聞かされていた。そして、どうしてなのかという理由をしっかりと話してくれたのである。しかも、俺のいる前であった。それだけ、彼は浮かれているのかもしれない。それほどなのだろう。俺から休みをもらえるというのは。そんなに厳しい業務を與えているつもりはなかったのだけれども。

しかし、それを聞いてしまえば、當然のように他の使用人からも何かを訴えるような視線を送られている。確かに彼一人だけを優遇してはならないだろう。それがひしひしと伝えられてくるわけなのだ。ということで、彼がかえってきてからも、三日ずつ、一人一人に與えていくことにした。普段の週に一日の休みだけでは出來ないことをしてきてもらいたいところである。

こうして彼たちの笑顔を見るのは悪くはないだろう。こちらの気分もよい方向へ向かうことは間違いない。

そうしたところで、俺の寢つきの問題が解決するわけではないが。ただ、彼たちが喜んでいるのであればそれでいいかという思いもあった。盛り上がり過ぎた使用人の一人が、俺に好意を伝えながら頬にキスをしてきたことも見逃してあげるとしよう。本當に、使用人たちしかいなくてよかったと思うべきだろう。そうでなければ、この家から追い出されていたことは間違いないのだから。彼としてはスキンシップの一環なのだろうが、そもそも、主人に対してそのようなスキンシップをしてくるとは思うまい。誰もがただ目を丸くさせて、くことすらできなかったのだから。

結局、彼たちに相談はしなかった。むしろ、出來るような狀況ではなかったというのもあるだろう。そういう方向にもっていったのは俺なわけであるが。どうしようもないわけだ。それに、彼たちに相談したところで、解決策が見つかるだろうか、なんていうことが頭に浮かんでしまったということもある。この悩みを解決することが出來る存在が、この家にいるのか。そう考えてしまうと、全ては俺の心のうちにしまっておくべきなのではないかと、思わないでもないのだ。

俺はバシンと頬を叩いた。そうでもしないと、うじうじとした醜い心が顔を見せてしまうような気がしたのだから。悲観するべきことでもあるが、しすぎることではないのだ。それを理解しなくてはならない。だから、わずかに殘っている悪を完全に消し去るように、払うように、叩いたわけであった。

庭へと出ると、そこにはアオの特訓をしているハルとルーシィの姿がある。今は、アオに仙を教えているのだそうだ。とはいっても、これは大聲で言うようなものではないので、小聲で行っているわけだが。というか、それならば森とかで行ったほうが良いだろうに。わざわざ庭で行っているようであった。ただ、森という戦に最適な空間でやる必要がない程に、才能があるということも確か。才能はあえて厳しい環境にさらすことで、より強靭なものへと進化することが可能なのである。実際に、アオは始めたころからは見違えたような、技を要している。もしかしたら、俺を相手にしても、數時間は戦い続けられるかもしれない。

アオは、龍というおかげもあってか、優れた仙の才能があることはわかっている。俺たち三人しかいないときに、それも教えてあげようということになったのだが、誰が教えるのかで問題になったわけである。結局は二人で教えることにしたらしい。ただ、二人の先生に教えられるというのは、二種類の指導法によるごちゃごちゃしたような教え方になってしまう危険が高く、そのせいで、び悩むこともなくはないだろう。だから、一方が話しているときはもう一方は靜かにしておこうということで、納得させている。教えたがりなのはいいのだが、それが度を過ぎていれば、全ての教育は無へと消えてしまうのだ。それをしっかりと注意しなくてはならないだろうな。

だが、今彼たちは喧嘩している。おそらく、指導方法の違いからであろう。やはり、一人に任せるべきだっただろうか。俺が教えたほうがいいだろうか。そこまで難しいことではない。もう十分に出來ていて、あとは、気を巡らせていくだけなのだから。慣れの段階であるのだ。それさえ終われば、後は自分で勝手にやっていく。だが、そこで詰まってしまうと、大変だ。抜け出すのに相當な苦労が必要。ハルも昔はそうだったのだから、よく覚えている。

「あ、アラン。聞いてよ。ハルちゃんはね、あたしの教え方に文句があるからって、いちゃもんばかり付けてくるんだよ。それはひどいよね。そもそも、ハルちゃんは最初から気をじ取れていた狀態で始まっているんだから、基礎が適當でおざなりになっているじゃん。そんな人の教えよりも、一からしっかりと築き上げてきたあたしの方が、上手く教えられるのは當然なわけで、それに文句を言ってくるというのも訳が分からないよね」

「あんたねえ……違うことは違うといって何が悪いのかしら? 私は、今アオが進むべきところでとても苦労したのよ。だったら、その時の経験なんかを活かせるに決まっているんだから、私の方の教え方の方が正しいに決まっているでしょ。だからね、あんたの教え方の杜撰さにあきれて口を出すのも仕方がないという話じゃない。わかってくれたかしらね?」

「自分の下手さ加減を人のせいにするなんて、なかなかふざけたをしているね。これだから、自分が間違っているということが理解できないんだよ」

「あら? あんたなんかよりも、數倍も私の方が強いということを理解できているのかしら。仙は実力に直結するのだから、あんたなんかよりも強い私の理論の方が正しいに決まっているじゃない。そうでしょう?」

これはしばらく続くことだろう。好きなだけ喧嘩させた方が良さそうだ。俺の一言でやめさせることは出來るが、それでは不満を無理やりにに溜め込ませるだけでしかない。であれば、無理やりにでも吐き出させた方が將來的にはいいだろう。そう思った。ならば、その喧嘩から離れるように巻き込まれないようにとしているアオへと近寄る。そして、そのまま俺が教えてあげるとしよう。俺だって仙人なのだから、教えられないということはあるまい。どれだけ上手いか下手かはわからないが、そこまでではないだろう。

夜へと変わり、すっかり靜まり返っている。俺はベッドの上で何となしに天井を見ていた。當然眠れるわけはない。疲れているわけでもないし。とはいえ、いつもならば、このような狀態でも普通に眠れたのだから、眠れないというのがあまりにも異常に思えてならないわけである。

そして、そのあいだじゅうもビンビンと視線をじる。俺はいつも通りに石のアクセサリーをに付けているのだが、それでも夜の間は視線をじて仕方がない。これを気にして眠れないのか。それだとしたら、あまりにも気にし過ぎということだろう。神経が尖りすぎていると思えてならない。人の視線程度で眠れないとなれば、俺は寢る瞬間までハルたちの視線にさらされていた時期だってあったのだ。その時も平気で眠れたのに、どうしてそんなことがあり得ようか。

「おとうさん……眠れないの?」

「ああ、眠れない。いや、眠らなくても問題はないんだけどな。ただ、夜に眠りたいという思いがあるわけで、それをかなえられないというのは非常にストレスがたまる。どうにかしたいのだけれども、どうにもできないな。悔しいことに」

「そっか……」

アオは今では普通に言葉を話せるようになっている。そのおかげで、今までは上手く意思疎通が出來なかったということがあったが、それが完全になくなった。言葉が通じるというのはやはり非常に素晴らしいことだ。それを深く実させられる。しかも、言葉を話せるようになってからは、危なっかしいところが減っているのだ。今までは、危険なへと何の警戒心も持たずに近づいていたというのに、それがなくなっただけでも非常に大きな長であろう。龍というのは、言語の壁があって、それを乗り越えることで、生として長できるのだろう。そう思えた。いや、言葉を話せることが大きな長になるのはどの種族も同じか。

それだけ、言葉というのは上位の壁なのである。上位者からしか與えられることがない、究極の知であるといえよう。他のあらゆるものを全て超えて、言語が最も重要なものとして君臨しているのだ。

その通りだと言わんばかりに、アオは姿相応、年相応の考えを持つことが出來ているので俺は嬉しく思う。赤ん坊であるかのような神を大きく越えてくるのである。それだけ大きな長なのだから。

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