《天の仙人様》第196話
今日の朝、ルイス兄さんたちが家族全員でやってきた。たしかに、この家はバルドラン家所有の家なのだから、兄さんたちが子供を連れてやってくることは當然なのだが、それにしても、あまりにも突然である。一応は王族の仲間りをしているのだから、それなりの準備というものをこちらが出來ていなければならないだろう。実際に、使用人の一人は、誰かが來たからとドアを開けてそのまま泡を吹いて倒れてしまった。それほどまでに過激なわけである。
「で、何しに來たんだい? さすがに、何の連絡もなしに來てももてなすことなんて出來ないよ。それなりの準備があってこそのものだからね」
「いいや、別にそういうわけで來たんじゃあない。ただね、これから僕たちは外國に行かなくちゃならなくてね、そこにクルーたちを連れていきたくはないのさ。だから、アラン達にあずかってもらいたいということを言いに來たんだよ」
なるほど、そういうつもりであるらしい。であれば、それも前に伝えておくべきではないかと思うわけなのだが、それはおかしい事であろうか。いいや、そんなことはない。俺の方が正常なのではないだろうか。俺はすぐさま、それは出來ないというわけだが、向こうも引くつもりはないようである。そもそも、そういう予定が出來たのもほんのし前であるらしくて、急いで準備をしていたそうだ。そのために、連絡を回すことを忘れていたのだとか。當日になって気づいたのだから仕方ないと、申し訳ないと思ってはいると、あとは、お土産を買ってくると、いろいろと言っている。
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そして、俺が兄さんたちの焦りというものをじて、斷り切れないでいると、そこを漬け込むようにして兄さんたちはクルーたち兄弟を俺たちに預けてどこかへと行ってしまった。いいや、場所は知っている。先ほど聞いた。そして、そこに子供を連れていきたくはないというのもわかる。たしかに、外國に行くだけならば、問題はないのだろうが、ハールメル神聖教國であるのならば、置いて行くのもわからなくはないということであった。
その國は、教皇が國家元首として君臨する世界最大の宗教國家であり、世界宗教でもある、ハールメル教の信徒のみが住んでいる國である。そもそも、ハールメル教というのは、大預言者であるハールメルの教えを信仰する宗教である。この世界の神話を文章にして後世に殘した人もハールメルである。正直、これ以外の宗教を信仰しているというのは相當に、獨自の民族を持っているか、閉ざされた空間で生きてきたか。その二つぐらいだろうとまで言われている。王都にある教會もハールメル教の教會であるわけだし、俺たちの生活と接にかかわっていることは確かだ。そもそも、大神之子様はハールメル教の信仰の対象となる存在であるのだ。大預言者ハールメルは、全ての大神之子の寵をけているのだという記述もされている。俺たちには想像も出來ないほどに偉大な人であった。
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しかし、それだけならば、大したことはないはずであろう。ただの宗教國家というだけでしかないのだから。だが、教國の人間は無垢な子供に対して説法をするのが好きだという変わったところがある。子供連れの異國人は、宗教関係者に囲まれて、神の素晴らしさを教えてもらうのだそうだ。それほどまでに彼らは信仰に傾倒しているわけであり、それが薄れている存在を理解できないのだ。特に子供は純粋であるから、より深く神への信仰をさせようという魂膽もあるのだろう。そういうわけであって、兄さんたちは子供を置いて行くという決斷をしたのである。彼らは善意でやっているのだし、それは伝わるのだが、兄さんたちとしては迷ととらえることも出來てしまう。だから、無駄なトラブルを生むことなく向こうで仕事をするのであれば、子供を置いて行くというのは至極當然のことであった。
兄さんたちは、無意識的にクルーのことを預けられるのは俺たちしかいないと思っているのだろう。彼が大神之子様の寵をけているということは知らないはずだが、それでも、そうして俺に預けてくるわけなのだから、それなりに何か思うところはあるだろう。それに、もし連れて行った場合で、教皇なりなんなりの偉い分の人に、クルーの狀態を気づかれた場合は、二度と王國に帰ってこれない可能もある。時期教皇として育てるとして、取られてしまう可能だってあり得る。それも回避したいだろう。だから俺もそれを理解するからこそ、最後には拒否することはなく頷いたわけである。もっと早く行ってくれれば、喜んで頷いたというのに。
ちなみに、同じ子様の力を持っているカイン兄さんは、教國へは一生いかないと心に決めているそうだ。自分がどんな目にあうのかと、想像できないが、あまりにも想像できなさすぎるということが想像できてしまうので、行きたくないのだそうだ。まあ、俺たちも行きたいなどと、のたまったら、確実に引き留めるだろうとは思っているので何も言うことはないわけであった。
ルイス兄さんたちが王都を出発した時は、クルーたちはとても寂しそうな、それでいて悲しそうな表を見せたので、これは大丈夫だろうかと心配にはなったのだが、過ぎ去ってしまえば、なんとかなるようで自分の両親を求めて泣き喚いたりはしない。
そもそも、クルーたちはよくしつけられている、というべきかそもそもの本質としてこういう格なのかもしれないが、靜かにしている。俺たちに迷をかけないようにとおとなしいのである。とはいえ、子供らしく外に出て遊んでいたりはするが。俺としては、アオと一緒に遊んでもらっているのは非常に嬉しいところである。修行であったり特訓であったりに追われているアオにこうした休息の時間であり、安らぎの時間を與えることは大切である。その相手として、同じくらいの年代の友人が出來るというのは喜ばしい事であった。彼たちもそれをわかってくれているので、いたずらをしたりして、他人に迷をかけない限りは注意をしたりはしない。ただ、アオに稽古をつけてあげられないことでつまらなそうにしているが。どれほど、鍛え上げたいのか。確かに、面白いくらい技を吸収してくれるのだから、教えがいはあるわけだが。
クルーもまた、王族のスパルタ教育をけているそうなので、剣の腕は素晴らしい。魔法も兄さんのを継いでいるからか、當然のように優れている。當時の兄さんより明らかに技が高いのだ。兄さんのことだから、自分の息子にすら嫉妬しているのではないかと思わないでもないが、実際のところはそうではないらしい。普通に喜んでいるそうだ。自分の息子が自分を超えるというのはやはり嬉しいことなのだろう。
こうしていると、今までアオ一人だったのに対して、新たに二人の子供が増えたわけだが、たったそれだけのことだというのに、自分たちに子供が出來たようでほほえましくなる。だが、彼たちは他人の子供と自分の子供という境界をより顕著にじやすいのか、俺がクルーたちにかまっていると、その姿をじっと見つめられるのである。何か悪い事でもしたのかと不安になってしまうほどである。しかし、それは子供がしいという願が抑えきれずに表に出てきているだけなのだから、俺が変にこわばらせる必要はない。いや、あるかもしれない。子供が出來ないことがこれから先あったとしたら、最も悲しんでしまうのは彼たちなのだから。彼たちの涙を見たくないのであれば、俺はそれに対して何かしらの反応を見せなくてはならないのだろう。それはとてつもない程の重圧でしかないが、そういうのを背負うのは俺の役目なのだ。そう心に刻んでいるからこそ、その程度ですむのかもしれない。
だが、俺は仙人である。仙人が子供を産んだという実例は存在しない。なにせ、し合うことがほとんどないそうなのだから。だったら、俺の子供を産むことの出來るが存在するのかという疑問にぶち當たることは當然である。俺が先駆者として一番前にいるのだから。それは恐ろしい。先が見えないことの恐怖をじてしまう。これから百年、千年、萬年と時が経つほどに、彼たちはどう思うのか、どうなっているのか。よりその気持ちが強くなっているのか。それとも逆か。それはわからない。だが、どちらに転んでも、俺には苦しい結末が待っていそうであった。どうしたものかと、頭を抱えても、その抱えた頭から解決策は落ちてこないのだから。
それから考えれば、ルクトルは最も俺が安心できるかもしれない。彼はとして生きてはいるが、真にではないから。彼たちとはまた違った覚で接することが出來るのだから。それが、俺にわずかな安寧を與えてくれているのではないかと思えてならない。今は、母親であるかのようにアブルイを抱きかかえ、あやしているわけだが、それに的しさと母親的な包容力をじてはいるが、真にそういうわけではないのだろう。そう捉えることもできた。まだどこかで、一つ引っかかるところがあって、そのおかげで、彼は彼としていることが出來ているのかもしれないと思う。俺が心休まる場所にいるのかもしれないと思う。
その様子をクルーはじっと見ていた。顔をしかめてみているのである。それに彼は気づいていないようで、アブルイのことをいとおしそうに見つめていた。ただ、その姿が彼にとっては、何かしらの引っ掛かりを覚えてならないようで、納得したり、落ちてこないのだろう。俺と彼とでは、何かじ取るところが違うのかもしれない。
「ねえねえ、叔父さん」
「どうしたんだい、クルー。何か気になることでもあったのかい?」
「あの人はどうして男の人なのに、叔父さんと結婚したの? 普通は男の人との人が結婚するんじゃないの? どうして、男の人同士で結婚したの?」
その言葉に思い切り頬を叩かれたような覚が襲ってきて、固まってしまう。當然ルクトルだって聞こえていただろう。ばっと顔をあげてこちらへと見てくるのだ。目を見開いたかのように、大きくしながらである。なんでそんなことを言うのかと怒りと恨みが混ざり合ったかのような、そんな視線であった。
ただ、自分自が、子供相手に対してそこまでの負のを見せてしまっているということに気づけば、すぐにでも隠そうとする。恥だと理解して、何でもなかったかのように平然と見せるようにするわけである。そして、俺へと目を向ける。俺ならば、クルーを納得させるだけの理由を教えてくれるのだと信頼してくれているのだろう。であれば、応えねばらなるまい。
「なんでって……し合っているからさ。二人の人間がし合っていれば、男であったりというようなものは関係なく結婚することが出來るんだ。し合う中を阻むことが出來る存在っていうのは誰一人として存在しないのだからさ。クルーだって好きな人が將來できたのならば、その人と結婚したいと思うだろう。俺も同じように、ルクトルのことが好きだから、結婚したいと思ったんだ。だからなんだよ」
「でも、男の人は赤ちゃんを産めないよね? お母さまはの人と男の人が結婚するから赤ちゃんが出來るって言っていた。だから、ルクトルさんと叔父さんが結婚したって、赤ちゃんは出來ないんだよ。だったら、どうして結婚したの? 赤ちゃんが出來ないのに結婚することって意味があることなの?」
純粋だった。真っ直ぐである。一つの悪意もなくただただ疑問を述べているだけなのだ。それを痛い程にじている。そして、それほどまでに純粋な言葉というのは時として人を傷つけるだけの力を持ち合わせている。なくとも、ルクトルには突き刺さるだけの鋭さがあるのだ。彼は涙をボロボロと流しながら何も言うことが出來ずに、嗚咽をらすばかりである。かろうじて、大聲を張り上げたりはしない。ただ、かろうじてである。もうすぐそこまで限界が來ていて、その中でのほんのわずかに踏みとどまっているだけなのであった。
俺はすぐに駆け寄って、彼の背中をさすった。限界が來てしまったのだろうか。彼は今までもそのことで悩んできていたのだろうか。子供は出來ないのだと。それを理解していて、それで悩んでいたからこそ、クルーの、その一言が、純粋な一言が恐ろしいまでに突き刺さってしまったのだろうか。あり得ない話ではない。なにせ、俺の妻の中で唯一の男なのだから。そのことで悩んでいても仕方がない。ただ、それだけに彼のことも同じくらいにしていたし、子供が出來るとかできないとか関係ないと言わんばかりの対応をしていたはずなのに。それでは足りなかったのだろう。
だがしかし、俺は彼に対して謝罪をしてはならないのである。絶対に。それは俺たちの間に育まれているを否定することになるのだから。たとえ、何が起きようとも、この剣に対して俺だけは謝るという意思すらも見せてはならないのだと、わかるのである。
クルーは、ただ不思議そうに首をかしげているばかりである。それがあまりにも不気味に思えてならなかった。人間ではないかのように見えてしまったのだ。俺も最低であった。
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