《天の仙人様》第209話
目を開けばそこには、歪みが生まれている。全ての、あらゆる建造をごちゃごちゃに混ぜ合わせているかのような、ぎこちないものが建っている。それが、周囲にポツンポツンといくつかある。その周りをさらに、小さな建が囲んでいるのだ。そして、それらもまた、ぐちゃぐちゃに混ざっている。落書きでしかお目にかかれないような、不可解なオブジェクトであった。建として使うことは出來ないであろう。そもそも、玄関が平気で二階、三階の位置に取り付けられている時點で、中にることすら出來ないわけだが。いいや、窓が地面にめり込むようにして取り付けられているのだから、侵することは出來そうか。脳みそがかき混ぜられそうな恐怖をじるので、りたくはないのだが。
ここが呼び出された夢の中であるということは言うまでもなく理解できたことであった。仙人の力を封じられているかのようにが重くなっている。夢という人為的なものの中というだけで、これほどのハンデをつけられてしまう。仙人というのも無敵ではないということなのだ。仙人が仙人として活できるためには、自然の中にいなくてはならない。そのアドバンテージを取り外されてしまえば、ただ強いだけの人間で止まってしまうのだから。今までの努力を完全に無意味なものとして定義づけてくるかのような場所なわけである。これほどまでに恐ろしい場所があるだろうか。
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人がぞろぞろと現れる。彼らは敵ではない。エキストラである。夢の世界をただ何となしに生きているだけの存在。今日という日と永遠にき続け、そして一瞬で數百年の時を経る。そんな存在なわけであった。彼らは俺を認識して、認識することはないのだ。俺は彼らの世界の中には存在しないのだから。旅人を認識することはないように出來ているのが當然なのである。本來であれば。どうやら、今回のエキストラは俺を襲うようになっているらしい。奇聲をあげながら、俺に向かって拳であったり武であったりを振りかざしてくる。俺はそれをなんてことなく避け続ける。どれだけの數がいようとも、実力がけた違いに離れていれば、意味はない。倒すということは無意味な妄言や妄執へと変わってしまう。それほどに隔絶した差があるのだ。
ただ、避け続けているだけでは敵は増えるばかりだ。俺も反撃をすることで數を減らしていく。であるというよりも、さらに弱い。の頑強さをバカにしていると言わんばかりの脆さであった。ちり芥にでもなるかのようにばらばらと崩れていくのだ。一撃ではじけ飛んでしまうのだ。これが遊びか何かなのかと思わずにはいられないほどに、爽快というものを突き詰めたかのようであった。人の死というものを極限までふざけているかのように過剰な演出でもって、見せつけられているのである。これに対する怒りというものがふつふつと湧いてくる。必ず、この夢の主人を殺してやろうという固い意志を持つのである。
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一撃れるごとにばこんばこんと人が死んでいく。片をまき散らしていきながら。周囲がだるまになっているのだ。それは消えずに殘るのだから當然だろう。俺に、自分のしたことを見せつけていくかのように彼らはあっけなく死に、その姿をさらし続けている。夢でありながら、あえて現実であるかのように彼らは振るまうのだ。あっけない程の弱さだけは現実味がなさすぎるけれども。それが、俺の神に負擔をかける。……そういう魂膽なのだろうということはすぐさま理解できた。理解してしまった。
なんてことはない。彼らは敵であり、俺の倒すべき存在だ。その相手を殺してしまったということに、何の罪の意識も芽生えることはない。むしろ、俺は彼ら夢の住人ですらもをもって殺してあげているのだから、辛いなどと思うことはあり得ないのである。だからこそ、彼らが死ぬときに、來世の幸福を願いながら、祈りながら殺していくわけであった。何度だって出來るだろう。それが、どこの世界の人間かということはたいして影響はしないのである。
膠著狀態へとなってしまった。彼らがどれだけの數で押し寄せようとも、それらをしのれもなく処理できてしまう。そんな相手に対して、どう攻めればいいのかという迷いと揺があるのだ。だから、俺から離れたところで、警戒するように立ち盡くすばかりであるのだろう。俺も、無駄に彼らを殺すことを良しとはしないので、そうしてくれていると助かる。人は無意味に死ぬために存在するわけじゃあないのだから。それがたとえ、命令を與えられ、その通りにしかけぬような人間であろうとも。
その時であった。彼らの間から一人の男が現れる。鋭い目つきをした男である。勝気の強いともとれる顔か。なくとも、自分に多大な自信を持っているということは確実だろう。そうでなければならないであろう表なのだから。
おそらくは、彼がこの夢の主ということだろう。目の前のその男を倒すことで俺はここから解放されるわけである。出來ることなら、もう二度と俺に手出しが出來ない様に完なきまでに潰しておきたいところだ。そうしないと、また何度もこんな目にあわされるだろうから。それを好んでいるわけではないのだ。
「さすがに、夢の住人を無理やりにかして殺そうとしても、死ぬわけがないか。そう簡単に死ぬのだったら、わざわざ夢の中にまで引きずりこむはずがないのだから。そう思うと、今までのが無駄だったように思えるだろうが、別にそういうわけじゃあない。これ以上は、言うつもりはないが、貴様のきは全て見切ったと言っていいだろう。この世界において、貴様が俺に勝てる道理は萬に一つもない」
「なるほど、たしかに。夢の世界で主に勝つには圧倒的な次元で優位に立ててなくてはならないだろうからな。現実世界であれば、俺が圧勝できそうだが、こちらでは、そうもいかないというのは仕方あるまい。圧倒するという表現を破ってその上に行かなくては、ここで勝つことは難しいのだから」
「そうだろう、そうだろう。だったら、すぐにでも諦めるがいいさ。俺だって、貴様と戦いたいわけじゃあないんだ。閉じ込めておきたいだけなんだ。であれば、貴様とわざわざ戦う必要はないだろう。貴様が抵抗しなければ、この話は非常に簡単に終わるわけだ。一人の仙人がこうして、夢の世界に閉じ込められて、夢の世界を延々と見せ続けられるというだけのね」
「なるほど確かに、諦めるというのも一つの選択肢としてはない話ではないな。俺が夢から覚めなくなることによって、世界が大きな影響をけるということはないだろうし」
俺の敗北宣言に似た言葉を聞いて、彼の口元が一段とつり上がっている。仙人を倒す、殺すことが出來るというのはそれほどまでに優秀であるという証なのだろう。それだけ難しいということでもある。そうでなければ、ここまで用意周到に準備をするはずがないのだから。実力差があるのならば、ふらりと近寄ってそのまま首を吹き飛ばしてしまえばいい、それが出來ないのだから、こうして回りくどいことをするわけだ。
ただ、俺は出ないわけがない。この世界を楽しもうなどと思うわけがないのだ。彼に対してどれだけ聞こえのいい言葉を並べようとも、俺はこの世界を抜け出すことに全力を盡くすに決まっているのである。そして、それを予想できていない相手ではないのである。お互いが先ほどまでの會話の全てが何の意味もない、価値もないものだということを真に理解しているからこそ、行に迷いを生じさせることがないのである。
一歩目の踏み込みで、俺たちの距離はゼロとなる。完全に間合いにられている。それと同時に、俺の間合いでもある。彼の拳がこちらに屆く前に俺の拳は到達している。しかし、彼のはぐにゃりと歪んでしまうのだ。そして、空気に溶けるようにして消えてしまった。幻であったということだろう。夢のまた夢にいるというわけであろう。彼が夢に実在しているか、夢の中の夢なのか、そのどちらかをとらえなくてはならないということであった。難題なのは間違いない。全ての覚が劣ってしまっている中で、人間を見分けるというのは難しい。
夢の世界の中では男は多重に増えていく。ぼんやりと空気が震えていく中で、一人一人と男が増えているのである。その中のどれかが本なのだろうが、それがどれかがわからないのである。用に存在を同等のものとして表示されてしまっているのだから。
ただ、存在を希薄にしているわけではないということは確かであり、それだけは救いだろう。今見えている男のどれかが本なのだということがわかっているのだから。これで、本は明にでもなってしまって、この場のどこにも存在しないとなってしまっていたら、俺はどうすることもできなかっただろう。ただ虛しく、彼の幻想との追いかけっこが始まっていたということになる。ブルリと背筋が震えるほどの恐怖であった。
何とか、彼らの攻撃をかわし続ける。変に反撃はしない。どれが本かわからないうちに攻撃を仕掛けることは無駄な隙を生む。それに、なんとなくだが、彼らの本は常にどれかであり続けて、どれでもないのではないかという考えが浮かんでしまっているのだ。その可能を否定できない限りすべては意味のないものとなる。
つまりは、彼は今目の前にいる男たちのどれかなのだが、俺がたとえ本を運よく攻撃できたとしても、本はまた別の男へと移ってしまうのではないかという可能であった。常に本が変わり続けているという可能がふと頭の中に思い浮かんでしまったのだ。それならば、攻撃が意味のないものとなることは當然だろう。あまりにも荒唐無稽だが、夢の世界でそれを論じるのはナンセンスという話だ。
「どうした? もう諦めたのか? まあ、実際に相対しなければわからないことなんてごまんとある。これがその一つであったというだけだ。俺としても、あまりにもあっけなさ過ぎて拍子抜けしているが、そういうこともたまにはあるのだろう。別に気にするようなことではない」
余裕しゃくしゃくという様子である。そして、実際に今のままでは彼が勝つ可能の方が高いのだ。だからこそ、あそこまで自信たっぷりな口調で話すことが出來るわけなのだから。どれだけ悔しい思いをしていようとも、それはまげられない事実であり、それをしっかりと認識しなくてはならない。絶対に必要なことなのである。ここで、冷靜さを失ってしまえば、俺の負けは確実なものとなる。それだけはあってはならない。
とはいえ、なくとも今の狀態では彼を倒すことは出來ないだろう。であれば、今の狀況から一つ打破しなくてはならない。そして、俺はその方法を持っている。全ての前提をぶち壊すかのような、絶対的な打破の方法だろう。これをされてしまえば、彼は発狂したようにわめきたてることは間違いない。
俺の足元からひょこりと草が生える。ただの草。現実であるような、雑草の一つに數えられるだろう。緑で小さな存在。食べれば苦いだろう。そんなものが俺の足元にひょこりひょこりと、生えていく。彼はまだ気づいていないようだから、だんだんとそれを生やし、増やしていくのである。
じわじわと変化をしていれば、気づくものも気づかない。數分かけて、一本生えてくるかどうかというほどに小さく、目立たない変化なのである。そして、彼は俺を倒すことのみに意識を注いでいるのだから、草が生えていることに気づくことは難しいだろう。自分の世界が何にも侵されることはないと思っている人間であればあるほどに、発見は困難を極めるであろうことは間違いないのだ。そして、気づくころには、完全に周囲が緑一面に覆われているのであった。
彼は揺している。そうだろう。完全無欠のこの世界を俺の手で塗り替えている最中なのだから。夢の世界に現実を混ぜているのだから。この緑は現実であり、自然の象徴として俺が生やしているわけなのだから。この世界に存在していたものは、全て圧倒的に現実離れしているか、かすかに現実離れしているか。どちらにせよ、現実ではありえないように、姿形であったり、思想であったりを持っているのだが、そこに、俺が完全無欠に現実と同じものを持ち込んだのだ。それがどんな意味を持つのかというのは彼は真に理解していることであろう。
じわじわと侵食している草花、木々から俺は自然の力を、巡りをじ、け取っている。そして俺もその巡りに混ざっていく。今この世界はだんだんと、俺のものとなり、自然のものとなり、現実のものとなるわけである。そこまでくれば、彼はただ怯えるように逃げるしかない。だが、そんなことはさせまい。すぐに追いつきつかまえる。彼が今まで使っていた、夢の殘像は現実では通用しないのだ。そのまま俺は、首を斬り落とし、彼を殺したのである。
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