《天の仙人様》第212話

勢はだんだんとよろしくない方へと向かっているのだろう。兵士の數が多くなってきている。街中へと視線を向ければ、それだけで通りすがっている兵士たちの姿が簡単にみられるのだから。確かに、募兵のポスターが通りにられていた。家計を助けるために、志願する孝行息子がいないというわけではないだろう。これほどまでにピリピリとした空気が、俺たちにまで屆いてくるほどである。膨らんでいるのだ、ぱんぱんに。あとちょっとの刺激さえあれば、戦爭になるのはたやすいことであろう。俺のんでいる未來ではないが、これが國家の選んだ未來である。俺の思い通りな世界になんてなるわけがないのだ。どれだけ力をつけようとも。

俺は無力なのだと実してしまう。こうして、彼らがいずれは戦場に向かうのだろうと思ってしまうと。俺には彼らを引き留めるだけの力は存在しないのだ。町に殘る人だって、喜んで送りはしない。涙を流して、それでもそれを隠すようにして送り出すのだ。ぐちゃぐちゃにかき混ぜられたようなの渦巻きの中で、俺たちはいるのである。吐き気を催してしまうほどの、ひどく極端に談にでも変えてやろうという、醜悪なに當てられてしまって。ぞろぞろと、王都から兵士が旅立っていった。最前線の國境付近へと向かっている。隠すつもりはない。ほとんど、戦爭狀態なのだ。あとしのきっかけで発するということ。それを今まさに見せつけられているのだ。

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どれほどの死が生まれることだろう。無慈悲に、無殘に、生は殘ることはなく消え去ってしまうだろう。戻ってくるものも、ほとんどが死人のようなものだろう。悲慘である。いいや、悲慘であるという表現こそが彼らに対する侮辱である。なにせ、それすらも生ぬるいとじるであろう景がこれから繰り広げられるのだから。誰もがんでいない、しかし、起きてしまう。それが、國家のためであるから。國家という概念と民という概念は永遠に相容れることはないのだと、痛させられるわけであった。

反戦運はあったのだが、衛兵に連れ去られていった。そうだろう。なにせ、これから、戦爭へ向かい、全ての國民が一致団結しなくてはならない時に、その和をそうとする輩なのだから。殺されたって文句は言えない。それを理解して、それでもやるというのだから、彼らには最上の敬意を持つべきだろう。なくとも俺は、彼らに敬意を払っているのである。

後姿というのは、あまり好ましくはないのだが、一段と虛しさばかりをじてしまうわけであった。これほどまでに、むごたらしい後姿というのは見たことがない。これから死にに行く人間の姿というのは、不快を極限まで極めたような存在なのかと思わずにはいられないのである。彼らを俺は肯定してはならないのである。國家の肯定とはまた別に、俺個人では、それを永遠に否定していなくてはならないのである。それこそが、彼らに対する俺の仕打ちであり、俺という自我が自分を保つための儀式であるのだ。

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國民全員が浮足立っているこの中で、靜かに落ち著けるようにして神を統一していく。しんと靜まり返っていくのだ。そうしなくてはならない。俺たちまでもが興の渦に巻き込まれてはならないのである。の気が強まってはいけないのである。だからこそ、森にでもって、気持ちを落ち著けることが重要なのであった。

「……アラン」

靜かに響いている。靜寂に染まったこの世界の中で彼の言葉だけがしゃらんと響いてくるのである。ハルが寂しそうに見ている。その後ろにはアキの姿があった。二人は、人間社會とは別の場所で生まれ、育っている。ハルは人間社會で生きていた時間の方が長いわけだが、それだとしても、二人がここに來て、彼らに……戦爭というものに対する何かがないというわけではないのである。

怒りが湧いているのか。いいや、そんなことはない。怒りなんてものは湧きはしない。ただ、彼らの所業によって、世界に傷がついてしまうことを嘆くのだ。それが、二人の基本なのである。本意なわけである。ここにはいないだろうが、ルーシィも同じ気持ちでいるかもしれない。仙人なのだから。ある意味では、生きとしての覚が変わっているのだ。目の前の二人は、どちらかと言うと、仙人よりだったので、大きな変化はないだろうけれども。

「泣いているかい?」

「泣いているわ」

「そうですね。涙があふれてきています。気づいているのでしょう? そして……アランは、そのための準備をしてきたのでしょう?」

「私たちも――」

「ダメだ。それは許さないよ」

反論しようとする、二人を止める。絶対に行かせはしないという意思で、睨み付けるのだ。なるほど、この二人だけの理由は、ついていくためか。ルーシィはある意味、超傍観主義ともいえるからな。それに比べれば、彼たち二人が積極的に関わってきたいというのは理解できた。だが、俺がそれを許容するべき理由ではない。むしろ、してはならないのである。

ハルは、言うだけ意味がないと気づいたようである。諦めてくれる。俺のためを思って、退いてくれるのである。それがたまらなくうれしいのである。お互いが理解しているからこそ、退くべきところを言わずともわかる。彼が俺の妻でいてくれてありがたい。靜かに、禮をするのである。すれ違う時に、埋め合わせを要求されてしまったが。當然かなえてあげるとしよう。

俺は部屋に置いてある、ローブを手に取った。地獄からの贈りだ。それを著る。自分自ですらも、鏡の前にいる男が誰なのかが認識できない。自分であると信じようと思っても、それを邪魔されるかのように、否定してくる。このまま、前に立っていたら、神が壊れてしまいそうだからと、目を逸らした。相當に強い強制力が働いているようだ。これでは、絶対に俺だと思われることはないだろう。しかも、フードをかぶっていない狀況でこれなのである。俺の顔がしっかりと見えているうえで、認識できないという疎外能力は、想像以上であった。どれだけの高級品なのかと思わないでもない。

さっそく、俺は王都を出る。書置きには、ちゃんと書いている。戦爭を止めてくると。それを彼たちは信じることだろう。そして、待ってくれることだろう。俺たちとの間にはそれだけの信頼関係というものが築かれているのだから。だから、彼は安心して待ってくれるし、そのおかげで、俺も安心して外に出ることが出來る。戦場に向かうことが出來る。帰れば、待ってくれている人がいるのだから。その思いを背中に乗せて向かうわけであった。

一つ山を越える必要はあるが、それを過ぎれば、戦場にはちょうどいい風景が広がっている。ガールハラト王國と、シプリヒト皇國。この二國が爭うのだとすれば、ここが最も可能のある場所だろう。正面からの全面戦爭にもっとも向いている地形である。そして、二國は対面に陣取っているわけであった。俺の予想からしもずれることなくそこに存在しているわけである。

この土地は、國境をまたがって存在している大平原である。どちらの土地かと數千年に渡って言い爭っているような歴史がある。國が変わっても同じことをしているのだから、この土地がどれほど重要なものかはわかるだろう。ここに、都市を一つ作るだけで、防衛において、非常に楽になるのだ。勢力バランスが大きく崩れてしまうといっても過言ではないほどに。だから、両國はこれを求めるわけであるし、どちらの土地でもないという扱いにして、お茶を濁してきたのだ。ここほどにふさわしい場所はないというのはそういうわけであった。

俺は夜になる頃に、彼らが睨み合っている戦場の真ん中へと移する。ローブを著込んでいるので、俺だと気づかれることは決してない。誰が見ても、俺だとわかることはないのである。ついでに杖を適當に作ってきたのだ。一応聖域に生えている樹木の中から削り取っている。ナツには文句を言われてはいなかったので、問題はないということだ。一応、俺が生み出した空間なのだから、そんなことはないだろうとは思ったが、その通りであってよかった。

彼らは、一部の見張りをたててほとんど全員が寢靜まっているので、俺の存在には気づけまい。極限まで気配を殺しているということもあるだろう。俺の存在を発覚させるのは日が昇ってからでいいのである。

そして、実際にそこまで來た。今まで彼らしかいなかった戦場に、唐突にローブ姿の男が現れたのだとしたらどうしたのだと思うことは間違いないだろうな。それを狙っている。明らかに異質な存在である。どちらの國にも屬しておらず、ただ中心に立っているのみ。俺の疲労は完全に存在しないため、一日二日ではなく、一月二月でも立っていられよう。そんな存在を目の當たりにして、彼らはどう思うことだろうか。

ざわざわと騒いでいる様子がこちらまで聞こえてくる。両軍の揺は手に取るようにわかってしまうのだ。いたずらが功したみたいに稽で、口元がにやりと笑みを浮かべてしまうというのも仕方がなかった。それだけ面白く、おかしい事態なのである。それは、俺だけだろうが。當の本人たちは、頭を抱えていることだろう。あの男をどうしたものかと知恵を振り絞っていることであろう。超常の存在に対する彼らの反応というのは、そういうものなのだ。だからこそ、この作戦が非常に有効なものとして表れてくれる。

そして、一番先に接してきたのは皇國の人間であった。彼らは馬に乗ってこちらまで歩いてくるのだ。余裕な風を吹かせながら。所詮一人になにが出來るのかと思い至ったようであるとわかる。俺は、その様子を何となしに見ていながら、彼らが近づくのを待っているのであった。

「貴様は、どういう了見でこの場所にいるのだ。これからは、我々と向こうとの戦爭が起きる。ここは戦場となる。貴様が巻き込まれて死ぬことに、我々は何とも思わないが、貴様は死にたくはないだろう。ならば、さっさとこの地を離れよ」

「それは出來ませんな。私はこの地の嘆きを聞きやってきましたので。これからあなた方のやる死の踴りというものは、んでおりはしません。であれば、あなた方が諦めよう、やめるとしようと思うまで、この場に留まるとします。決して引くことはありませんので。それを理解し、そのうえで戦爭をしようとするのであれば、あらゆる被害は保証できませんので」

「貴様……今すぐに首が飛んだとしても文句が言えないということを理解して発言しているのか?」

「まさか、そんなことを理解していないわけがないでしょう。ただ、たとえ、実行に移そうともそれが不可能であるということも、理解しているのですから、あなたたちに払う敬意というものが必要ないわけでありますよ」

彼のやさしさという奴であろう。それをけ取ったのだが、地面に捨ててしまった。だが、そうしなくてはならないのだ。俺は目的をもって、んでこの場にいるのだから。逃げるわけにはいかないのである。今この場にいる人間を全員殺したとしても、殺すことになるとしても、俺はここにとどまらねばならない。現在のためであり、未來永劫のためでもあるのだから。

彼は俺の発言に怒りを持ってしまったようで、剣を振り下ろしてくるが、難なくけ止め、そして折る。どうやら、そこまで鍛えていない剣であったらしい。簡単に折れてしまった。もうしまともな鍛冶師に鍛えてもらった方がよかったであろう。ほとんど詐欺と変わりがない。

ただ、殺すことはしない。彼は指揮か、そうではないにしても、それなりの地位にあるだろう。彼を殺してしまえば、皇國軍に揺が走り、混してしまうことは間違いないのだろうから。それはならない。軍の暴走によって、止められるはずだった、戦爭を始めてしまうなんて、んではいない。むしろ、最悪の結末といえるだろう。

あっけなくあしらわれてしまったということで、彼らは逃げるように自分たちの陣地に戻っていく。その様子を王國軍も見ていたことだろう。ならば、理解していたはずだ。俺に喧嘩を売れば、どうなるのかが。犠牲がより大きくなることは間違いない。皇國軍の他に俺とも戦わなければならないのだから。多くの死を防ぐためには、今この場にいる全兵士のをいけにえに捧げるということに俺は、何のためらいもない。それを理解しているか、していないか。それで大きく変わるだろうな。まあ、向こうがそれに気づくのかと言われれば、ほとんど不可能だと思うわけだが。

俺は、この場に立ちながらも、薄く気を巡らせていく。修行のチャンスでもあった。この地を聖域へと変貌させないように細心の注意を払いながら自然と巡りを合わせ、同化していくのだ。俺の手によって、より澄んだ流れの中にある力の巡りは、すぐさまかき消されるようにして、どこかへと消えていく。完全な循環を持たせつつ、それを外にまで影響させないようにと、しているわけであった。外に流れそうであれば、すぐにでも消していくのである。

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