《最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔の國再興記~》その24 魔王さま、躙する
今までヴィトニルは、両親からけ継いだ圧倒的な魔力で、他のフェンリルはもちろん、北の大地のほとんど魔たちを圧倒してきた。
父は神のをけ継ぐと言われている由緒正しき一族の生まれで、當時は最強のフェンリルとして恐れられていた。
母は強い魔力を持って生まれ、また誰もが振り向いてしまうほどの貌で數多の男たちを魅了してきた。
そんな2人から生まれたヴィトニルは、生まれたその時から北の大地の全て統べることを運命づけられていたのだ。
敗北を知らず、全能に溢あふれ、侍はべらせるに困ったこともない。
傲慢ごうまんとも取れるその態度も、実力によって裏付けされたなので、誰も文句は言えなかった。
ゆえに、恐怖などというとも無縁だった。
……マオと出會うまでは。
ヴィトニルは魔王を名乗り、城を拠點に國を作ろうとしている輩やからが居ると聞き、すぐさまいた。
厳しい環境で鍛え上げられた北の魔をかき集め、さらにはいくつもの魔の里を襲撃し、ヴィトニルの元には5000以上の魔を集めたのだ。
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5000もの魔を従える自分を、彼は自分こそが真の魔王だと自賛した。
これだけの戦力があれば、おそらく相手は戦いが始まる前に現実を直視し、降參するだろうとまで考えていたのだ。
だが、現実はヴィトニルの想像を遙かに凌駕する。
見せつけられたのは、自分を超える圧倒的な魔力。
知ったのは、自分の中にも存在していた恐怖と呼ばれる。
飛來した氷塊によって、フェンリルたちはもちろん、ヴィトニル自もかなりの痛手をけた。
的ダメージはもちろん、力を見せつけられることによって士気も低下、見た目以上に大きなダメージを負ってしまったのだ。
それでも引くわけにはいかなかった。
極寒の地で、自分の力だけを頼りにり上がってきた。
ここで退卻を選べば、自分が今まで積み上げてきた地位も、名譽も、信頼も、全て失ってしまう。
もはや退路は存在しないのだ。
「おら、怯んでんじゃねえぞお前ら!」
「で、ですがっ」
「ですがじゃねえ、攻め込むんだよ、何があっても! こっちは5000もの魔が居る、オレだって居る、それがたかだか3人程度に負けるわけないんだよ! 進むぞ、一瞬で終わらせる!」
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「ヴィトニル様……」
彼の勇ましさにフェンリルたちは勇気づけられ、そしてゆっくりと前進を再開した。
フェンリルが歩きだすと、後方の3000を超える魔たちも一斉にき出す。
このまま平原を進み、そして森を超えれば、その先が魔王城だ。
まだ戦える、自分さえ健在ならフェンリルたちは何度でもい立つ、魔たちだって付いてきてくれる、だからオレは絶対に立ち止まれない。
そう自分へ言い聞かせ、今にも止まりそうになる足を力づくで前へと進めていくヴィトニル。
しかしそんな彼の意思をあざ笑うかのように、フェンリルたちは足を止め、そして一斉に異変が起きている城の西へ視線を向けた。
遠くの大地が、何の前れもなくぜたのだ。
土や木々を撒き散らしながら風が拡散すると、夕日の炎と黒煙が空高く舞い上がり、周囲に小さな火花を撒き散らす。
そして一瞬遅れてから――
ドオオォォォォンッ!
鼓が破れそうになるほどの破裂音をフェンリルたちは聞いた。
音よりさらに遅れて、発によって引き起こされた強い風が通り過ぎていく。
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「なんだよ、今度は何が起きたんだ!」
ヴィトニルは思わず聲を荒げた。
しかしそれに答えられるフェンリルは1も居ない、誰もが唖然あぜんと心地の方を見ていた。
伝令係のプチデーモンが慌ただしくヴィトニルの元へと近づき、獣人部隊の被害狀況を伝える。
『な、なにもない場所で急に発がっ! 幸い直撃はけませんでしたが、心地に最も近かったコボルトは負傷者多數で使いになりません! 他にも風で巻き上げられた巖や木によって負傷した者が多く、被害は甚大っ……』
「そのまま進軍できないのかよ!?」
『負傷以上に突然の出來事で部隊が混しているのです!』
「くそっ、ニーズヘッグがやったってのか? いや、だったら巨人部隊の方が健在のはず、あいつらさえ無事なら――」
巨人族に希を託すヴィトニルだったが、別のプチデーモンがヴィトニルに近寄り、絶的な戦況を告げる。
『こち、ら……巨、人部隊。ぐ、ぁ……からだ、が……うごか……急に……巨人、たちも……全員……戦闘、不能狀態……にっ……!』
「おい、ヴォルフどうしたんだよ!?」
『わから……な……紫の、霧が……』
「おい、返事しろよ、何があったんだ!」
『ヴィ……ル……さ、ま……』
「ヴォルフウウゥゥゥッ!」
ヴィトニルのびも虛しく、通信はそこで途切れた。
彼が最も信頼する側近であるヴォルフですら倒れてしまった。
もはや、殘るは彼自が率いる本隊のみ。
魔王は3人で相手をすると言っていた。
獣人部隊の発が1人、巨人部隊の毒霧が1人だとすれば、あと1人は――
「來るのか、魔王が……」
その時、ヴィトニルの瞳に森から姿を表す小さな人影が映りこむ。
赤のマントをはためかせながら、黒いローブを纏い、年はゆっくりとこちらへ近づいてくる。
ヴィトニルはプチデーモン越しに會話した際に聲のさは察していたが、まさか本當に年だとは思いもしなかった。
「ふざけやがって、何が3人で相手をする、だ。本気で……本気でそんなこと出來ると思ってるのかよ、魔王サマよおぉぉぉおおおッ!」
威勢よく吠えるヴィトニルの聲を聞いて、魔王は不敵に笑った。
背筋が薄ら寒くなるほど不気味な笑み。
崩れそうになる心に鞭打ち、ヴィトニルはさらに吠えた。
「お前ら行くぞっ、他の部隊はやられちまったが、あいつを潰せばオレらの勝ちだ!」
「おおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」
フェンリルの軍勢が雄びをあげる。
鬨ときの聲が戦場に轟き、3000を超える魔の軍勢が一気に魔王目掛けて前進した。
土埃を巻き上げ、地面を揺らし、町の1つや2つぐらいなら容易く飲みんでしまうほどの戦力が迫る。
その迫力は、目にしただけで腰を抜かすに十分すぎるほどだったが――魔王はそれでも微笑んでいた。
「合わせろお前ら!」
ある程度接近した所で、ヴィトニルがフェンリルたちに合図を送る。
合図を聞いた先頭を走るフェンリル部隊は一斉に息を吸い込むと、に溜め込んだ冷気を魔王目掛けて吐き出した。
アイスブレス、ニーズヘッグのブレス同様に彼らに與えられた、詠唱を必要としない氷の吐息だ。
広範囲に放たれるブレスがれたは例外なく凍りつき、そして凍れば最後、その爪によって無殘に砕かれる。
這い寄る氷の吐息に、しかし魔王は微だにしなかった。
「ドレインアイス」
そして一言そう呟くと――フェンリルたちの吐き出したアイスブレスは渦を巻き、魔王の手のひらに集まっていった。
ニーズヘッグのドレインポイズンを見ていたからこそ、イメージは容易かった。
彼が地面が溜め込んだ毒素を吸収し溜め込み、そして毒霧として利用したように、魔王も吐き出された冷気を利用してしまえばいいと考えたのだ。
手のひらで球のように渦巻くアイスブレスの集合。
そこに魔王は軽く魔力を與えて細工を施すと、
「これ、返すよ」
と言って魔の軍勢目掛けて放った。
放たれた球はふわふわとフェンリルたちに近づく。
速度は遅かったので容易く回避したが、球は徐々に高度を下げ、やがて地面にれる。
ゴオオオォォォォッ!
地面にれた球は弾のように一気に膨張すると、一瞬にして後方の魔たちを氷の嵐が包み込んだ。
ヴィトニルが引き連れていた3000もの魔の軍勢は、瞬く間にフェンリルが放ったアイスブレスに包み込まれ……嵐が晴れる頃、そこには氷漬けになった魔の軍勢だけが殘されていた。
「大丈夫、ちゃんと死なないように細工はしてあるから。僕が解除したら何事も無かったかのようにみんなき出すよ」
魔王がさきほど魔力で施した細工がそれだった。
殺してしまえば配下にすることもできないのだから。
「ば、化……」
フェンリルのうちの1が呟く。
しかし彼だけじゃない、誰もが同じことを考えていた。
あのヴィトニルでさえも。
もはや戦意が湧くことすらなく、ただただ、ゆっくりと近づいてくる魔王を眺めることしかできなかった。
「なんでだよ……なんでなんだよ、魔王!」
「何が?」
吠えるようにぶヴィトニルに、魔王は平然と答えた。
「それだけの力がありながら、なんであんな廃れた城の周りでちんたら開拓なんてやってんだよ!? その気なれば簡単に世界征服なんて出來たはずだ! 北の大地も、人の世界も、全て容易く掌握できたはずだろ!?」
「そうだね、出來るかもしれない」
「だったら!」
「そんな方法で世界征服したって、どうせ長続きしないって」
「なんだと……?」
「どうせ支配するなら、気持ちよく支配しないとね。本當は君たちとやり合うのも嫌だったんだ、北の大地だって時期が來たら手回しして、平和に手中に収めるつもりだった」
「ふざけるな!」
ヴィトニルは敵意を剝き出しにして魔王に食らいつく。
もはや彼に怖いものは無かった、失って困るものなど何も無いからだ。
命ですらも、もはや死んだに等しいこの狀況では惜しくない。
「北の大地は死の大地だ、食い一つ探すだけでも命がけなんだよ。魔のを貪らなけりゃ生き繋ぐことすら出來ない。だから力が全てなんだ、貴様のような生ぬるいやり方で魔たちが付いていくもんかよ!」
「だったら、僕が力でその仕組みを変えるよ」
「なっ……簡単に言いやがって……!」
「簡単じゃないだろうさ、けどせっかく実現できる力があるんなら、僕は難しい方をし遂げたいと思う。人間たちを支配する方法だってそう。力を使って恐怖でねじ伏せるんじゃない、魔たちの力を合わせて、毒で蝕むように人間の社會のっこを侵蝕して、価値観から変えてしまいたい」
「そんなことっ、できるわけねえだろうが!」
力だけを信じて生きてきたヴィトニルはそれを心から否定したかった。
だが、魔王は瞳に揺るがぬ自信をめている。
ヴィトニルがかつて抱いていた自信と同じく、自分の力に裏付けされた確証とも呼ぶべき自信を。
それがいかに荒唐無稽な夢でも、葉う可能を信じさせるだけの力があった。
「でも、それが実現したら……」
「俺たちもかな生活ができるようになるのか?」
「戦わなくても生きられるようになるのかもしれない……」
フェンリルたちの心はすでに魔王の方へと傾きつつある。
ヴィトニルは、とにかく悔しかった。
力でしか従わせることが出來なかった部下たちが、ほんのいくつかの言葉だけで魔王に心を開きつつあるという事実が。
「確かにお前の言葉には夢がある、希がある、そして吐き気がするぐらいの現実味だってある。けどな、オレは信じられねえんだよ! 力が全てだ、そうやって生きてきた。その価値観はオレのに、命に、魂に染み込んでる! いまさら変えられるもんじゃねえんだ!」
「どうしても?」
「どうしてもだ。どんなにお前が正しかったとしても、オレはオレの信じる道を生きて、オレの信じる道で死ぬ! どうしても止めたいってんなら、殺して止めてみろッ!」
ヴィトニルは地面を蹴り、牙をむき出しにして魔王の元へ食らいつく。
自分から食いついておいて何だが、ああ死ぬんだな、と思っていた。
けど、それで構わないとも思っていた。
遊びまくった割には子供を殘せていないことが気がかりだったが、自分の道を貫き通した上での死だ、思い殘すことは何もない。
そんな満足の中での死をヴィトニルはけれていたのだが――魔王は、そんなに甘くはない。
首筋へ食らいついてきたヴィトニルを軽々と回避すると、魔王は微笑みながら言った。
「あいにく、そう簡単に死なせてあげるつもりはないよ。言ったろ? 僕は難しい方をし遂げたいと思うって。だから――どうしても信じてくれないってんなら、信じられるようになるまで付き合ってもらうよ、ヴィトニル」
「なにっ!?」
魔王はヴィトニルのにれると、魔法を発させた。
「メタモルフォシス」
手のひらから大量の魔力がヴィトニルに送り込まれる。
「がっ、があああぁぁぁぁぁっ!」
送り込まれた魔力は、ヴィトニルのを魔王がむ形へと作り変えていく。
それは魔王の世界征服の手段を象徴しているようで。
否が応でも、ヴィトニルは理解させられた。
侵食し、価値観から変えてしまう――その意味を。
「ヴィトニル様っ!」
フェンリルたちが心配そうにヴィトニルに駆け寄る。
「がっ、がおっ、ぐっ、ギ、ガッ……グルゥァァァァアアアアアァァァァァァァッ!!」
ひときわ大きな咆哮が響く。
やがて変形が終わると、そこには――
「なぜだ、なぜ……なぜオレが……人間のの姿になってるんだよおおおぉぉぉぉぉっ!?」
白髪のと化した、ヴィトニルの姿があった。
ちなみにヴィトニルは、れっきとしたオスである。
……いや、オスであった。
「……あれ?」
別まで変えるつもりは無かった魔王は、とぼけたように首を傾けるのだった。
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