ここは人里から北へ離れた森の中。

そこでボロボロになった男の冒険者が、これまたボロボロになったの冒険者に肩を貸しながら、行くあてもなく森のぬかるんだ地面を踏みしめ、進んでいた。

「はぁっ……っく……ぐ、おおぉぉおおっ……！」

「兄ちゃん、もういいよ……」

「諦めるなよ、まだ……まだ行けるっ、ぬぐおおぉぉぉりゃあああぁぁっ！」

「私を置いていけば兄ちゃんだけでも助かるかもしれない」

「ざっけんなよアーシェ……俺は、妹を見捨てて逃げられるほどっ、腑抜けた兄貴になったつもりはねえんだよおおおっ！」

戦士のガーシュと魔法使いのアーシェは、兄妹で冒険者をやっていた。

しかし、ここ1年ほどで人間を襲う魔が極端に減ったせいで、討伐依頼を主に引きける冒険者は食っていくのは困難になってきている。

そんな中、久々にありつけた討伐依頼。

貴重な薬草が取れる地域で”魔獣”ホーネットが大量発生しているので、冒険者に討伐してほしいという容だった。

魔獣と言うのは、言語は話せないが魔法を使う危険生のこと。

言語を話す生は魔と呼ばれ、それ以外の生はと呼ばれていた。

魔獣討伐の報酬は魔討伐に比べると安いのだが、とにかく仕事の無かった2人はすぐに食いつき、馬車を使って依頼書に書かれたホーネットの発生場所に向かう――はずだった。

馬車での旅は順調だったのだ、山賊に襲われてしまうまでは。

山賊は冒険者のれの果てである。

魔の討伐依頼が減る一方で、最近では食い扶持を失った冒険者が山賊となり、馬車を襲うことが社會問題になりつつあった。

2人は、まさか自分たちがそれに巻き込まれるとは思っても居なかったが。

「ふんっ……ぬうぅ、ぐうぅう……」

「兄ちゃん、お願いだから……」

「黙れつってんだよおおぉぉっ！」

山賊から命からがら逃げ切った2人は、気づけば運悪くホーネットの大量発生地帯に足を踏みれていた。

萬全の狀態なら迎え撃つことも出來たが、山賊から逃げ出し満創痍だった2人ではホーネットの相手は出來ない。

襲われ、傷を追いながらも2人はさらにホーネットからも逃げ、そしてボロボロになりながら、方角すらわからない森の中をさまよっていた。

アーシェは足を怪我しており、まともに歩けない。

ガーシュも妹ほどではないにしろ、全傷だらけだった。

それでも諦めないガーシュだったが……ついに限界がやってくる。

ドサッ。

意識を失い、地面を倒れたままかなくなるガーシュ。

「兄ちゃん……やだ、起きてよ……。

私、兄ちゃんがいなきゃ何にも出來ないよぉっ！

やだ、やだ、やだぁっ……誰かっ、誰かいませんかぁっ！　誰でもいいんですっ、助けてくださああぁぁぁいっ！」

ぶアーシェだったが、その聲が呼び寄せたのは助けではなく――2人を追う大量のホーネットだった。

不快な羽音を鳴らしながら、鋭い針を見せつけるようにアーシェへと近づいていくホーネットたち。

足を怪我していてけない、兄ももう限界だ。

死を覚悟した――その時だった。

「ディメンジョン・ラパロトミー！」

年の聲が聞こえた。

その直後、アーシェへ迫っていたホーネットたちのは上下真っ二つに両斷され、を撒き散らしながら絶命する。

「さすがに話の通じない魔獣は配下にできないからなぁ。

いや、ホーネットって蜂だし、はちみつとか作るのに使えたりするのかな……」

顎に手を當て、何かを考えながら近づいてくる年。

彼の姿を、地面に座り込んだアーシェは呆然と見上げていた。

「あ、あなたは……？」

「通りすがりの営業マンだよ」

「えいぎょうまん？」

「さ、僕が肩を貸してあげるから、安全な場所まで案してあげるよ」

「ありがとうございます……」

赤いマントに黒いローブ、見るからに怪しい年だったが、きすら取れないアーシェは従うしかなかった。

両肩で2人を支えながら、引きずるように森のさらに奧へと進んでいく年。

「あの、どこに行くんですか？」

「町だよ」

「町があるんですか？　こんなところに！？」

「うん、行ってみればわかるよ」

それからし進むと、広場に出た。

地面には石のようながはめ込まれており、表面に魔法陣が刻まれている。

年に連れられるまま、アーシェと意識を失ったガーシュは魔法陣へと足を踏みれると、魔法陣がまばゆいを放ち始める。

「きゃっ」と聲を上げ、思わず目を閉じるアーシェ。

そして次に目を開いた時、広がる景に彼は言葉を失った。

「……なに、ここ」

まず目についたのは、山の上にそびえ立つ禍々しい城。

そして次に目にしたのは、その麓に広がる広大な町だった。

町は賑やかな喧騒に包まれており、人里の都會に負けないほど多くの住人たちが往來している。

商業も盛んなのか、馬車らしき乗りの行き來も多く見られたが、アーシェが絶句したのはそれを見たからではない。

「魔が、いっぱいいる……」

その住人全てが、人類の敵である魔で構されていたのである。

「ようこそ、魔の國マオフロンティアに！

……ってやっぱこの名前、自分で名乗るには恥ずかしいな」

高らかに宣言する年。

アーシェは信じられない景を目にし、信じられない単語を聞いたことで完全に混しきっていた。

「魔の國？

いや、そんな、そんなが存在するわけ……！

いや、でも、オークが居る、しかも買いしてる。

ケットシーが接客して、コボルトが客引きをして、フェンリルが馬車を引いて……なに、何が起きてるの？　私は夢でも見てるの！？

うそよ、こんなのうそよっ、ウソに決まって……」

「噓じゃないよ、現実さ」

「……きゅう」

「おっと！」

脳の処理速度が限界を迎えたアーシェは、ついに意識を失ってしまった。

慌てて抱きかかえる年。

「混するのはわかってたけど、気絶までしちゃうとは。

とりあえず……診療所に連れて行くかな」

年は苦笑いしながら、2人を引きずっていった。

そんな年の姿を、周囲の魔たちは興味深そうに凝視していた。

「うわあああぁぁぁぁぁあぁぁぁっ！」

ガーシュは目を覚ますと同時にんだ。

悪い夢を見ていたのだ。

自分だけ助かり、最の妹であるアーシェが死んでしまう後味の悪い夢を。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

パチンッ！

彼はあれが夢だったということを確かめるため、両手で頬を叩いた。

「痛い……夢だったんだな、あれは」

落ち著いたガーシュは周囲を見渡す。

どうやら自分は何者かに助けられ、治療をけた後にベッドで寢かされていたらしく、隣には同じくベッドで眠るアーシェの姿があった。

人間など誰も居ないはずの森で一誰が助けてくれたのか。

疑問はあったが、ひとまず命が助かったことに安堵するガーシュ。

「あら、重傷だったあなたが先に目を覚ますなんて。

さすが戦士、力があるのね」

聞こえてきたの聲に反応し、ガーシュは顔を上げた。

そこには緑髪の、白を纏ったしいがいた。

こんなに綺麗な醫がいるとは、都會であればすぐに有名人になりそうだな――などと考えられたのもつかの間。

「あなたが俺たちを助け……て……うわああぁぁぁぁぁぁっ、あ、あ、アル、アルラウネだとッ！？　剣を、早く剣をっ！！」

醫の下半が巨大な花であることに気付き、ガーシュは大慌てで腰の剣を探した。

しかし、剣はどこにもない。

よく見れば服も目を覚ます前とは別だ、寢ている間に道を沒収され、服まで著替えさせられていたらしい。

「そう慌てないの、危害を加えるつもりはないから」

「魔が人間に危害を加えないはずがないだろう！？」

「常識は変わるものよ、1年もあればね。

さ、包帯を変えるから大人しくしてねー」

「うわあぁぁぁぁっ！」

「うるさいわねえ、縛るわよ？」

アルラウネは足元のっこでガーシュのを縛り、きを制限した。

それでも彼はをよじられなながら抵抗したが、魔法も使えない人間の力では、一度縛られれば出するのは難しい。

「なぜだ、なにが目的なんだ？」

「目的ねえ……上司の命令、かしら」

「上司、だと？」

「ええ、この町を訪れた人間を全力でおもてなせ、ってね」

「もてなす……？」

「々と考えがあるんでしょうね、はい包帯の換終わりっ」

アルラウネはっこを手のように使い用に包帯を換すると、ガーシュのを解放した。

どうやら本當に敵対するつもりが無いことを察した彼は、解放されてももう暴れることはなかった。

どのみち、武もない今では抵抗するだけ無駄なのだから。

……ほどなくして妹のアーシェも目を覚ましたが、ガーシュと全く同じリアクションを見せたのは言うまでもない。

その翌日、傷がすっかり癒えた兄妹2人は強制的に退院させられた。

服と所持品、もちろん武も返卻され、魔の國に解き放たれる人間2人。

久々の自分の服はやはり落ち著く。

しかし布団と言い病と言い、やけに布の質がよかったせいか、しごわついてじてしまうのが気になっていた。

「悪夢だ、どうなってるんだこれは……」

「兄ちゃん……」

を震わせながらガーシュにしがみつくアーシェ。

2人は二大國家の一方である共和國出だったが、この町は首都と相違ないほどの賑わいだった。

圧倒され、全くきが取れない2人。

そんな2人の元に、1のフェアリーが近づいてきた。

「あなた方がガーシュ様とアーシェ様なのです？」

「そうだが、お前は？」

「私はフェアリーのレモンと申しますです、お二人が滯在中に泊まる宿に案するよう命令をけていますです」

「宿、だと？　それに命令とは、一誰からけているのだ！？」

「魔王さましか居ないです、すでに出會っているはずなのですが」

「魔王？」

ガーシュに心當たりは無かった。

この町に來てから出會ったのは、フェアリーと診療所のアルラウネだけ。

しかしアーシェだけはそれ以外にも1人の年と出會っていた。

「まさか、あの男の子が……」

「アーシェ、知ってるのか」

「うん、ホーネットから追われてる私たちを助けてくれて、その男の子にこの町まで案されたの」

「たぶんその人なのです、魔王さまは元々人間の世界から追い出された、普通の人間だったそうですから。

あまり待たせると將に怒られるのです、説明はあとでいくらでも聞けるです、早く宿に行くのですよ」

レモンに急かされ、歩きだすガーシュとアーシェ。

あまり人間を見慣れないのか、周囲の魔にじろじろと見つめられ、常に命の危険をじながら2人は綺麗に舗裝された石畳の道を歩いていた。

樹人の開いている店には見慣れぬ果実が並び、それをゴブリンが見慣れぬ通貨を使って購している。

し進むと広い公園が見え、そこでは異なる種族の魔の子どもたちが楽しそうに遊遊びに夢中になっていた。

町の至る場所にはプチデーモンが看板を持って待機しており、様々な魔が貨を渡して何かを話している。

そんな景をガーシュとアーシェが眺めていると、突然町の一角にサイクロプスが姿を表した。

ビクッと同時にを震わせる2人。

「あまり怯えないで大丈夫なのです、あのサイクロプスさんは鉱石を運んできただけなのです」

「無茶なこと言うなよ、サイクロプスだぞ？」

ガーシュが愚癡る。

サイクロプスは普通の冒険者なら、見かけただけで一目散に逃げ出すほどの強力かつ危険な魔だ。

それがどんな仕組みか知らないが、突然姿を現したのだから、驚くなと言う方が無理な話である。

「これだけ違う種族の魔がいるのに、爭いにならないの？」

「ならないのです、許可なく個人的に爭うことは法律で止されているのです」

「法律だと？　魔が？

なぜ兇暴な魔たちはそれに従うのだ」

「兇暴ではないのですよ、人間を襲うのは、それだけ魔が人間に襲われてきたからなのです。

あと、法律に従うのは魔王さまがおっかないからなのです、だから人間が襲ってこない限りはこちらから襲うことはないのです、破ったらどんなに強い魔でも小指一つでパン！　とされてしまうのです」

レモンが冗談を言っているようには見えない。

「あの男の子がそんなに強いなんて……確かにホーネットは一瞬でやられてたけど」

「それだけの力を持ちながら、なぜ人間の世界に攻め込まないんだ？」

「それは、お二人がをもって知ることになるのです。

ようやく著いたのです、ここが宿なのです」

レモンが指差す先にあるのは、筆で『妖宿・清流』と書かれた立派な看板が掲げられた、大きな木製の建だった。

人間の世界でもほとんど見かけたことのない意匠の建を見せられ、張のあまり思わずごくりと唾を飲み込むアーシェ。

まるで人の手が及んでいないダンジョンに足を踏みれる時の気分だった。

「さあるのです。

思う存分、魔の國流のおもてなしをけるのですよ」

2人がり口の直前まで踏み出すと、木製の扉が自で開く。

「うおっ」と仰け反りながら驚くガーシュ。

そして開いた扉の先には、両側にずらりと並ぶ大小様々な魔の姿があった。

が半明だったり、上半が樹だったり花だったり魚だったりする部分から目を背ければ、男揃いである。

『いらっしゃいませ！』

そう言いながら、まるで一流宿のスタッフのように恭うやうやしく頭を下げる魔たち。

あまりに常識外の景を見て――

「きゅう」

アーシェは再び意識を失うのだった。