「……ただいまー」

扉を開け、然して大きくもない聲で言うと、途端にリビングのほうからドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。

そして、すぐにユズが玄関に姿を現す。

「ちょっと！　今までどこに行って……」

どうやら怒っているらしかったが、その言葉は途中で中斷された。

ユズの視點が、ぼくから、ぼくに支えられながらも気を失っているへと移り。

暫しの沈黙のあと、ユズはポツンと一言だけを発する。

「えっと……誰、ですか」

§

「なるほど……そういうことですか」

ぼくたちはリビングへと移し、外を歩いていたらが倒れたことを話した。

正面にはユズが座り、ぼくの隣にはが座っている。ちなみに、はリビングの椅子に座らせるや否や目を覚ました。

不思議そうな顔をしているものの、大人しくぼくとユズを見つめている。

「ユズ、ご飯作ってたよね？　せっかくだから、この子にも食べさせてあげようよ」

「あ、はい、そうですね。同居してるくせにライムさんが全然手伝ってくれなかったので、わたし一人で作りました」

「……怒ってる？」

「いえ、全然、まったく、これっぽっちも怒ってなんかいません。ライムさんがどうしようもない人だってことは、とぉぉぉぉぉっくに知ってましたから」

「……めちゃくちゃ怒ってるじゃん」

確かに途中で出かけたのは悪いと思ってるけど、そこまで言われるようなことかな。

しむくれながらも、ユズは臺所へ行き、皿を持ってくる。

その皿には、大きなとサラダのようなものが乗っていた。

「これ、何の料理？」

「龍のステーキと、コビルサラダです」

「こ、コビル、サラダ……？」

「元気が出るって言われる草のことです。こうしてサラダとして食べるのが一般的なんですよ」

このステーキが、龍ので。このサラダが、元気が出る草か。

異世界の料理も、なかなかバラエティに富んでいるらしい。

ぼくはあまり好き嫌いとかないし、目の前の料理も凄く味しそうに見えた。

でも、龍のって凄いな。高そうなんだけど、一般家庭の食卓に並ぶようなものなのか。

と、ユズが持ってきた料理を目にして、ぼくの隣に座っているの瞳が瞬時に輝き出す。

そして、部屋中に腹の音が鳴り響いた。

「食べますか？」

「……いい、の？」

「はい。お口に合うかは分かりませんけど」

ユズの言葉を聞いて、はステーキのをゆっくり口に運んでいく。

飲み込んだ直後、さっきまで浮かない顔をしていたの口元が綻ぶ。

それからは、遠慮など一切じさせない勢いで、ガツガツとを貪り始めた。

「凄い食べっぷりですね」

「お腹が空いてたからだろうね。ユズの料理が味しかったわけじゃなくて」

「……ライムさんは食べなくていいです」

「ごめん、冗談だって！」

「くれぐれも言葉には気をつけてくださいね」

「ごめんなさい気をつけます」

と、そんなやり取りをしている間には早くも食べ終えたらしく、再びぼくとユズを不思議そうに見つめていた。

量はそんなになくはなかったのに、完食するのが実に早い。

の空腹は、ぼくが思っていた以上だったのだろう。空腹は最高のソースとも言うし。

「……仲、いいね……」

「そ、そんなことないですよ。わたしが、ライムさんの世話を焼いてあげてるんですっ」

「ユズって、時々偉そうだよね」

「う、うっさいです！　そんなことより、ライムさんも早く食べてください」

言って、ユズはが食べたのと同じ料理をぼくに差し出す。

もちろん味しそうではあるけど、龍のやコビルという名の草は食べたことがないためし張してしまう。

「龍のなんて、普通に一般家庭で出るものなの？」

「そんなわけありませんよ。龍にも々あって値段も様々ですけど、基本的には高級食材なんです」

「だったら、何でそんな高級食材を今出したの？」

「えっ？　そ、それは、その……お祝いっていうか……」

「お祝い？」

「ほ、ほら、今日からライムさんは、この世界の住人になるわけじゃないですか。しかもわたしと一緒に暮らすわけですし、初日なので、そういうお祝いとかしたほうがいいかなって……その……」

「ユズ……」

恥ずかしそうに若干しどろもどろになって告げたユズの言葉に、ぼくはしだけしてしまった。

まさか、ぼくのためにこんな豪勢な夕飯にしてくれたとは。

正直、普通に嬉しかった――けど。

「……でも、わざわざ祝うようなことでもないと思うよ」

「こ、細かいことはいいんですっ！」

何はともあれ、ぼくは龍のステーキを食す。

すぎずらかすぎず、適度な食を以てぼくの口腔を通っていく。

グルメレポーターでも何でもないぼくには陳腐な想しか出てこないが、めちゃくちゃ味しい。

あまりの味っぷりに、異世界に來て初の食事を堪能していると。

隣のは、ボソリと呟く。

「……あり、がとう……」

「え？　ああ、いや、これくらいいいですよ。そんなにお禮を言うほどでもありませんし」

「そうそう。全然大したことないから気にしないでよ」

「何もしてない人が言わないでくださいっ！」

ちょっとした冗談のつもりだったのに、怒鳴られてしまった。

ユズって、ぼくにはちょっと厳しくないですかね。気のせいかな。

はそれでも尚、翳りのある表で俯いている。

そして、今にも消えてしまいそうなほど儚い聲で。

「……ううん、こんなに優しくしてもらったこと、ないから……」

そう、言った。

ぼくたちは、ただ外で倒れたを連れて帰り、お腹を空かせていたから食べさせただけ。

の口ぶりは、ちょっと大袈裟のような気がした。

「どういうことですか？　そもそも、あなたは一……？」

訝り、ユズはに問う。

ユズの反応を見る限り、貓耳や尾の生えた自は、この世界では珍しくないのかもしれない。

だが、ボロボロの服を著ている理由、疲労困憊している理由、空腹狀態で夜に歩いていた理由……合點のいかないことが多すぎて、不審がるのも無理はないだろう。

すると、は答えた。

己の名前と、自らのの程を。

「……私、ミント・カーチス。こことは違う別の國で、奴隷をしているの……」