《ぼくは今日もむ》#12 一筋の希

「いいん、ですか……?」

思わず、ぼくは不意に現れたマリアージュさんを見ながらも、そう訊ねた。

ドリアン王から料理を作るよう命じられ、料理があまり上手くないぼくにとっては教えてくれるというのはとても嬉しいことだった。

だけど、マリアージュさんは王に仕えているメイドだ。

そんな人が、ぼくに協力してくれてもいいものかどうか単純に気になった。

「はい。わたくしはお坊ちゃんとライム様のことを応援していますから。今までの方と際をしていなかったお坊ちゃんが選んだんですもの。いくら父親である旦那様と言えど、邪魔をする権利はありませんわ」

凄くいい人じゃないか。

ぼくは本の彼ではないのだから、し罪悪が芽生えてしまう。

「それでは、早速始めましょう。ライム様、お料理の経験はございますか?」

「えっと……それが、全然」

「でしたら、まずは基礎から教えたほうがよさそうですね」

僅かに苦笑しつつ、マリアージュさんはそう言ってくれた。

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こんな狀況になるなら、ユズの料理をもっと手伝っておくべきだった。さすがに予想できるわけないから仕方ないんだけども。

マリアージュさんは冷蔵庫から様々な食材(八割ほど初めて見たものばかり)を取り出し、ボウルや包丁、まな板などのを用意する。

かなり手際がよく、メイドというだけあってとても慣れているのが伝わってきた。

「……ライム様。料理を教えることはできますが、完全にわたくしが作ったものを旦那様に渡すわけにはいきません」

「え? どうしてですか?」

「わたくしは毎日ここで料理をし、そしてそれをバピオール家の皆様が口にしているのです。なので、わたくしが作った料理ならば、すぐに気づかれる恐れがあります」

得心がいった。

いつからここのメイドをしているのかは定かじゃないものの、何年もの間ずっと食事を提供してきたのなら、舌が覚えてしまっていてもおかしくはない。

「じゃあ、どうすれば……」

「そこで、ライム様の腕の見せどころですよ。何かアレンジを加えるのです」

「ええっ? い、いやいやいや、無理ですよっ」

「ふふ、そう心配なさらずとも大丈夫ですよ。こういうのは閃きも大事なんですから」

なんて無責任なことを仰ってくる。

閃き『も』大事ということは他にも経験やら技などが必要になってくるのだろうし、そもそもぼくなんかじゃ何も妙案は浮かんでこない気がするのだが。

これ……本當に大丈夫なのかな。

§

十數分ほど経ち、ぼくはマリアージュさんの手によって基礎は概ねマスターした……と、思う。

包丁の使い方など、そういった家庭科の授業でも習うようなことも、優しく丁寧に教えてくれた。

しかも、授業より遙かに分かりやすく、覚えやすい。

このままだと、惚れてしまうかもしれない。

ちなみに、ネルソン王子は調理室から出て、ドリアン王たちと一緒に待っている。

ぼくが調理しているところを見ているより、完した品を王たちと一緒に食べたいらしい。

あんまり期待されても困るんだけどね。

「それでは、調理にりましょうか」

「は、はい。よろしくお願いします」

張しながらも返事はしてみたが、結局のところ何を作るのかはまだ決めていない。

見渡すと、野菜やらやら卵やら魚やら、日本にはない食材ばかりが並んでいる。

試しに何の卵か、または何のかって訊いてみたら、ぼくの知らない名前を挙げられてしまったし。

見た目からして日本のとは違う上、そんなよく分からない魔から採取したと思しき食材を使用しての料理なんて、きっとぼくじゃなくても地球人には不可能だろう。

これらが、ぼくもよく知っている日本の食材なら、まだ何とかなりそうなのになぁ……。

と、そこまで考えて、ぼくは何か頭の片隅に引っかかるものをじた。

ここに並んでいる食材は全部、日本には存在しないものだ。

いや日本どころか、おそらく地球のどこにもないものだろう。

ユズが作ってくれた食事も、ぼくが聞いたこともない料理だった。

ということは――逆にこっちの世界の人は、日本の料理を知らないんじゃないか……?

「あの、マリアージュさん。卵かけご飯って、知ってますか?」

「……? ご飯に卵をかけるのですか? あまり、相のいい組み合わせだとは思えませんが」

念のため、ぼくが作れる數ない料理(?)の名を出すと、マリアージュさんは耳にしたこともなさそうな様子を見せた。

やはり、そうか。

何だか馬鹿っぽい展開だが、これはいけるかもしれない。

ただ問題は、異世界の食材で、どうやって日本の料理を再現するか。

ちくしょう。ぼくの料理レパートリーがもっと多ければ、ここまで悩むことはなかっただろうに。

「あ、それで思い出しましたが……旦那様、ドリアン王は――とても卵がお好きなのです」

マリアージュさんの一言で。

急に、ぼくに一筋の希した……気がした。

まあ、実際はそんな格好良いもんじゃなくて。

ただ単に、ぼくは運がよかった。

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