《ぼくは今日もむ》#2 ぼくだって、たまには格好つけたくなる

ミントが奴隷をやっていて、恐怖のあまり逃げ出したことは知っている。

ユズがそんなミントを見かねて、この家に匿い、そして今小さなを震わせながらも庇っていることは分かっている。

謎の男たちがミントを探してこの國に訪れ、ミントを奴隷に戻すため連れ去ろうとしていることも理解できている。

でも、そんな三者三様の事なんて何の関係もなく。

ぼくは自分の明へと変化させ、ゆっくりと近づいていった。

となった今はとても大きく見える、男のその背中に向かって。

ミントに、辛い思いはしてほしくないから。

ユズに、悲しい顔をしてほしくないから。

たった、それだけの思いで。

途中で臺所を経由し、そこで手に取ったフライパンを。

ぼくは、一人の男の頭上目がけて――力一杯振り下ろした。

「……あがっ!?」

短い悲鳴をあげ、男は床に倒れ伏す。

殘りの二人が喫驚し何があったのかと狼狽えるが、ぼくはすぐさまフライパンを振り回して二人も同様に気絶させた。

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正直、フライパンごときじゃ大したダメージにはならないかもと思ってはいたけど、どうやら杞憂だったらしい。

偶然當たり所が悪かったからか、フライパンが思っていた以上に頑丈だったからか、もしくはぼくの火事場の馬鹿力故か。

それは定かではないものの、今は別にどうでもいい。

「え……? え、えっと……?」

「……?」

ユズはぼくの能力を知っているはずだけど、テンパっているからかミントと一緒に訝しんでいる。

安心させるためにも、ぼくは即座に能力を解除させた。

途端に現れたぼくの姿に、ユズとミントは一様に驚愕する。

「ら、ライムさんっ!? 今は依頼をけてる途中のはずじゃ……もう終わったんですか? ああ、いや、そんなことより、とにかく助けてくれてありがとうございます」

何やら疑問點は多いようだが、それでもしっかりと禮を述べてくる。

もうし來るのが遅ければ、ミントが連れ去られていたり、もっと最悪な狀況になっていたのだろうか。

……いや、いくらぼくが來なかったとしても、ユズの力なら簡単に蹴散らすことくらいはできそうだ。神だし。

ただ、人間に対して使う気はないみたいだけど。

「無事でよかったよ、大丈夫?」

「あ、はい。まさか、こんなに早く來てしまうとは思いませんでした……」

ぼくたちがミントを匿ってから、まだ二日程度しか経っていない。

どれだけ數が多く、どれだけ多才な人材が揃っていたとしても。

いくら何でも、あまりにも早すぎるような気がした。

「……ライム、ユズ……ごめん……」

ふと。

今にも消えりそうなほど儚い聲で、ミントがそう呟いた。

謝ならば、まだ分かる。ユズに庇ってもらったことや、ぼくに助けてもらったことだと理解できるから。

しかし、先ほどミントが発したのは謝ではなく謝罪。

想定していなかった言葉に、ぼくもユズも怪訝な表となってしまう。

「……やっぱり、私、帰らないと……」

「え? な、何で?」

「……だって、このままじゃ、みんなの迷になる……だから、私は、ここから離れたほうがいいの。あそこに、戻ったほうがいいの」

どこか申し訳なさそうに、泣きそうな顔で、聲を震わせながら。

ミントは、そう言った。

戻るということは、つまり奴隷生活をまた繰り返すということだ。

どれだけ辛い日々を、どれだけ過酷な暮らしを、どれだけ痛い思いを強いられるかも分からないというのに。

でも、どうして――なんて、そんな野暮なことを訊くつもりはない。

奴らは、ミントを追ってここまで來た。ミントを連れ戻すまでは、おそらく諦めたりはしないだろう。

そうなると、當然ミントと同居しているぼくたちに迷がかかる。

どころか、危害が加えられる恐れだってあるかもしれない。

そういう危懼が頭の中を占領して、ぼくたちから離れることを選んだのだ。

つくづく、優しいの子だな、と思う。周りの平穏を脅かさないために、自分自を犠牲にするなんて。

だけど、その優しさは。

今のぼくには、今のぼくたちには不要なものだった。

「――だめだよ」

悲しそうに俯くミントに、ぼくはただ一言告げる。

するとミントは顔を上げ、疑問符を浮かべてぼくの顔を見る。

ミントは、分かっていない。

友達とは、どういう関係なのか。仲間とは、どういう立場なのか。家族とは、どういう存在なのかを。

「泣きたくなったり、辛くなったり、嫌なことがあったりしたら。迷だとか、そういうんじゃなくてさ……もっと、助けを求めたっていいんじゃないかな。それが迷だとじる人なんて、なくともぼくの周りにはいないよ」

困ったときに助け合わないなんて、友達とは言えない。

辛くなったときに手を差しべないなんて、仲間とは呼べない。

連れ去られそうになっているのに救おうともしない人は、家族とは認めない。

ぼくは、そう思う。

だから――たとえ相手がどんなに危険人だったとしても、自分の手の中に大した力などなくても差しべる。

「……っ、で、でも、それじゃ――」

「でも、じゃないよ。ミントだって、また奴隷生活に戻るのは嫌でしょ? それなら、絶対に助けるよ」

「……うぅ、ぅん……っ、あり、あり、がとう……っ」

ついに涙を堪えられず、大きな瞳から大粒の涙が溢れ出した。

ぼくは何も言わず、ただ泣き止むのを待つ。

この涙が悲しいときに出すものではなく、嬉し涙だということは分かってるから。

「わたしも全く同じ意見ですけど、まさかライムさんがそんなことを言うとは驚きました」

「それ、どういう意味なの」

「いつもは変態ですし、ろくでなしですし、変態ですし、馬鹿ですし、変態ですから」

「う、うるさいな。ぼくだって、たまには格好つけたくなるときはあるんだよ。ミントほどの相手なんだから、尚更に!」

「下心が丸見えなんですけどっ!? やっぱり変態じゃないですか!」

「か、勘違いしないでよ。そういうんじゃないから。ただ家族同然の子を助けたかっただけだから」

「何で、このタイミングでライムさんがツンデレになってるんですか……」

などと、嗚咽をらしながら泣き続けるミントの前で、ぼくたちはいつものように漫才を繰り広げていた。

玄関のほうから、複數の足音が近づいてくるまでは。

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