《ぼくは今日もむ》#3 私を、見捨てて

――ドタ、ドタ、と。

涙を溢れさせるミントの前で、ぼくとユズが漫才という名の會話を繰り広げていると。

玄関のほうから、複數の足音が近づいてきた。

まず間違いなく、ミントを連れ戻しに來た男どもだろう。

「……また來たみたいですっ! わたしが囮になりますから、ライムさんはミントさんを連れて逃げてください」

「え? で、でも――」

「大丈夫です。狙いはミントさんのはずですから、わたしにはそこまで酷いことはしないと思いますし、すぐに後を追いますから」

「それ、死亡フラグなんじゃ……」

「縁起でもないこと言わないでくださいっ! ほら、早くっ」

と、ユズがんだ――直後。

ぼくたちのいるリビングに、見知らぬ男が二人ほど姿を現す。

ぼくは咄嗟に自分の姿を消し、同時にミントのれることでミントも同じように明と化した。

イチかバチか試みてみたわけだが、やはり思った通りれた相手の姿も消すことができるらしい。

自分一人だけというより、他の人にまで効果が適用されるほうが強いし。

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もしこの能力が自分一人にしか効果ないものだった場合は、ミントの姿を消すことができずにバレる羽目になってしまっていたが……何とかぼくの推測通りだったようで安心した。

ありがとう。この能力のおかげで、ぼくたちは気づかれることなく逃げることができる。

誰にともなく謝し、そして自ら囮になると申し出てくれたユズにも謝をして。

明狀態のまま、二人でこっそりと窓から外に出た。

§

問題は、ここからだ。

とりあえず外に逃げてきたのはいいものの、どこまで逃げればいいものか分からない。

いつ、どこから奴らが來るかも分からないため、能力を解除することもできずにいた。

ユズは、大丈夫だろうか。

あいつらが、ユズに酷いことをしなければいいんだけど。

……いや、ユズはああ見えて神さまなんだ。あんな男たちにやられるほど、弱くはないだろう。も、心も。

だから、ぼくはただユズを信じて、逃げ続けるしかない。

「……ライム……」

「ん?」

ふと、手を繋いだまま街を歩いていると。

ミントが小さな聲を発し、怪訝に思ってぼくは背後を振り向く。

「……もう、いい……もう、だめだから……。逃げられるわけ、ないの……」

「な、何で……?」

ミントが呟いた言葉に、ぼくは思わず問い返す。

ミントは、先ほどちゃんと理解してくれたと思った。

涙を流しながらも、お禮を言ってくれたから。あれ以上反対の意見は述べず、ぼくたちに頷いてくれたから。

だから、一緒に逃げ続けてくれるのだと。

そう、確信すらしていた。

なのに、まさかここで諦めと取れる発言をするだなんて。

そんなの、理由を訊かないわけにはいかない。

「……だって、あの人たちは、しつこい。私たちが幾ら逃げても、どうせ追いつかれる。私の味方をしていたら、ライムとユズまで、標的にされてしまう、から……」

「だ、だから、そんなのやってみないと分かんないでしょ? そうやってすぐに諦めないで、もっと助けを求めたほうがいいって、さっき言ったばっかじゃないか」

「……うん、分かってる。そう言ってくれたのは初めてだったし、すごく、嬉しかった。けど、ライムは今、困ってる。私は……逃げる場所なんて、どこにもないの……」

ぼくがどこに逃げるべきか悩んでいることを、あっさりと察してしまったらしい。

ミントが言ったのは、全て事実なのだろう。

どうしてそこまで執拗にミントを付け狙うのか甚だ疑問だが、ぼくたちはとにかく逃げなくてはいけない。

あいつらに見つからないであろう場所へ。

でも、そんな場所は存在しない。

この世界には十ヶ國あり、別の國に行けばまた暫く平和で幸せな暮らしはできるかもしれない。

しかし、それはあくまで暫くの間だけ。

ここ〈トランシトリア〉にいないことが分かれば、またすぐに別の國へと探しに向かうだろう。

そうして延々と追われ続け、見つかったら逃げ、再び追跡される……それの繰り返しだ。

ぼくたちが真に安穏を得られるとすれば、奴らから完全に逃げ切れたときか。

もしくは、どうにかしてこの問題を解決できたときか。

「……お願い、ライム……。私を、見放して。私を、見捨てて。私は、充分々してもらった……それだけで、凄く嬉しかった。でも、やっぱりこれ以上、ライムたちの楽しくて、明るくて、平和な日常を壊したくなんてない……っ!」

さっきは、ぼくの言う通りに助けを求めるつもりだったのだろう。

ぼくの言葉を聞いて、それでもし平穏が訪れてくれるなら、と。

ミントはきっと、逃げている間も考えていたはずだ。悩んでいたはずだ。

できるなら、助けてほしい。ぼくたちと一緒に楽しく過ごしたい。でも、そんな手段は思いつかない。奴らに見つかり、再び追いかけられてしまった以上、また同じように暮らすのは難しい……そんなことを、延々と。

ミントと過ごした時間は、決して長くはない。

だけど、どういう格なのかは分かる。こういう狀況になったとき、何を考え、何を思うのかは大分かる。

分かって、しまう。

辛さも、弱さも、痛みも、悲しみも、どんな絶だって乗り越えて。

否、ただひたすらに耐えて、我慢して。

ぼくたちを傷つけないために、勇気を振り絞ったのだ。

気持ちは、理解できる。

だが、納得はできない。

それならせめて、そんな顔をしないでほしい。

そんな涙を、見せないでほしい。

いくらロクでなしのぼくでも、今のそんなミントを見てしまうと。

――絶対に、何があっても助け出してやりたいと思ってしまうから。

「……行こう、ミント」

ぼくはミントの手を強く握り、靜かに告げた。

ミントは唖然となって、ぼくの顔を見つめる。

「……どこ、に……?」

「決まってるでしょ、ミントが前まで住んでいた――〈バトリオット〉ってところにだよ」

「……そう……。やっぱり、私は、帰ったほうが……」

「違う、そうじゃない」

何やら勘違いをしているらしいミントの言葉を、すぐさま否定する。

そんなところに行く理由なんて、たったひとつしかない。

當然、ミントを元の場所に帰すためじゃない。

「誰なの? 奴隷制度なんか、考えた人は。ミントが、今までどんな辛い思いをして、今まで何度泣きたくなって、今までどれだけ心に傷を負ってきたのか……ちゃんと、考えたことあるのかな。人の痛みを知らない奴が、自分が傷つく覚悟もない奴が、誰かを傷つけていいわけがない」

ぼくは、まだ奴隷について詳しくは知らない。

正確に、どんなことをされてきたのかを教えてもらったわけではない。

でも、ミントの様子からして、辛いことであるのに変わりはないだろう。

それだけで、充分だった。

ぼくが、決心するのには。

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