《ぼくは今日もをむ》#4 もう一度、みんなが笑えるように
生まれて初めてだった。
ここまで、心の底から強い憤りをじたのは。
ただ単に、許せなかった。
ミントの――いや、全ての奴隷の気持ちを全く尊重せず、それどころか自分たちの喜楽のためだけに他人を利用して。
許せ、なんて當然無理な話だろう。
今、ミントの涙を見せて、ミントの気持ちを告げれば、奴らは何を思うのか。
もしそれで何も変わらないというなら、そんな人は人間じゃない。人間とは認めない。
ただの――屑だ。
「潰そう。奴隷制度なんていう、下らない運命を。邪魔してくるやつなんて、みんな殘さずやっつければいいんだよ。もう一度、みんなが笑えるように。もう一度、ミントが楽しく過ごせるように」
奴隷制度がなくなれば、必然的に奴隷がいなくなる。
そうなると、今奴隷をしている子たちには自由が訪れる。
もしかしたらそれをんでいない者もいるかもしれないけど、奴隷を続けて痛い思いや辛い日々を過ごすことに比べれば何倍もいいはずだ。
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「な……何、言ってるの……? そんなこと、できるわけない……」
「やってみないと分からないでしょ。そうやって、最初から諦めるからだめなんだよ」
「……わ、分かる、よ……っ! 奴隷制度は、〈バトリオット〉での絶対的な掟みたいなもので……誰もが、それに従ってるの。私を含めた、奴隷のみんなも、逆らわずに従うしかなかった。逆らうとどうなるか、分かってるから……」
「でも、ミントは逃げてきた。助かりたいって、救われたいって思ってたからじゃないの?」
最初から絶対に救われるわけがないと諦めていたのなら、そもそも逃げ出すことすらしないだろう。
確かに奴隷制度が國に定められたルールだとしたら、逆らえば処罰をけるかもしれない。
だからこそ、ミントは國を出て逃走したのだ。
その奴隷制度に正面から逆らうことはせず、國の住人じゃなくなることで奴隷という分から逃れるために。
「……そ、それは……そう、だけど……。こんなことになっちゃったら、もう……」
「どうせ、奴隷制度なんて悪い王様とかが考えたんでしょ。だから、偉い人を諌めて奴隷制度をなくしてもらえば――」
「――だめっ!」
と。今まで聞いたことのないようなミントの金切り聲が、ぼくの言葉を途中で遮った。
し驚いたためつい怯んでしまっていると、ミントは更に続きを紡ぐ。
「……余計なこと、しないで……。あんまり逆らうと、処刑とかされちゃう、から……私だけじゃなくて、ライムまで、罰せられちゃう、から……」
國が定めたルールに違反した者を、罰する。時と場合によっては、処刑までする。
それは、ぼくが暮らしていた日本と大差はないし、當然と言えるかもしれない。
だけど……処刑、か。
き年の気持ちを考えず、奴隷として利用している偉い人たちと。
年たちを救うため、制度や法律に違反する人。
その両者が存在した場合、どちらが悪者でどちらが善者なのか。
きっと社會的には、後者――つまり、ぼくたちのほうが悪者扱いされてしまうのだろう。
國が、そう決めたのだから。それが、ここでのルールなのだから――と。
だけど、ぼくはそんな大人の事なんか知ったこっちゃない。
そんなにルールが大事か。そんなに楽をしたいか。
生憎と、ぼくは元々他人だ。こっちの世界の住人ではない。
だからこそ、そんな下らないルールなんて最初から関係ない。
誰に責められてもいい。誰から咎められてもいい。
ただぼくは、目の前のの子を泣かせたくないだけだ。の子を幸せにしてあげたいだけだ。
そのためなら、ぼくは。
「……行こう、ミント」
ぼくはミントの腕を引き、歩み始める。
しかし、逆方向からの力が加えられたので振り向くと、ミントは一向に足をかそうとはしていなかった。
「……だめ……だめ、なの……。もう、嫌。ライムたちに、傷ついてほしく、ない……」
「だめ? 違うよ、ミント。ぼくたちは、傷つきに行くわけじゃない。これから、傷つかずに済むために行くんだ。また、平和に暮らすために行くんだよ」
「……それ、って」
「お願い。この一回だけでいいから、ぼくのことを信じてほしい」
「……」
返事は、ない。
だけど、ぼくは確かに見た。
ゆっくりと、靜かにミントが頷いたのを。
それが、合図だった。
ぼくは微笑みかけ、二人でひたすらに走り続けた。
他國に行くため、港へと。
§
やがて、十數分ほどが経過した頃。
視線の先に、停船してある港と思しきものが見えてきた。
よかった。いくらぼくの能力で明になっているとは言っても、一応追われているのため、船が來るまでの長時間は待ってなどいられない。
もう既に船は來ており、あまり待つ必要はなさそうなので、ぼくたちの運のよさに謝しつつ、足のきを速くした。
それが、いけなかったのかもしれない。
たとえ気持ちが逸ってしまったとしても、たとえ出來るだけ早く行くべきだと分かっていても。
後ろで手を繋いだ狀態でミントと一緒に走っている今は、突然走行を加速させるのは悪手だった。
「……ぁっ!」
短い悲鳴をあげ、ミントは不意に躓く。
その拍子にミントの手はぼくの手から離れ、そして地面に転んでしまう。
ぼくの能力でミントの姿を明にできたのは、手を繋いでいたからだ。
いや、正確にはれていたから――か。
どっちにしろ、れていなければぼくの能力はミントに適用されないわけで。
じゃあ、今。地面に倒れているミントは、一どうなっているのか。
言わずもがな、ぼくの手から離れた途端に明ではなくなり。
ぼく以外の者にも、ミントの姿が見られることになったのだ。
「ミント……っ!」
見つからないようにと逃走している以上、できるだけを隠す必要がある。
そのための手段として、ぼくの能力で明になるというのが一番だろう。
だから、急いでミントのところまで駆け寄り、再び能力を発させるため手を差しばそうとした――が。
「――くな」
倒れているミントのすぐ背後に、いつの間にか目つきの悪い男が一人立っていて。
不意に、銃口が向けられた。
ぼくにではなく、ミントの後頭部に。
「何やら妙な技を使うようだが……もう一人、そこにいるのだろう?」
どうやら、明にはなっていても、ぼくがいるということはバレてしまっているらしい。
なら、これ以上姿を消していても意味はないか。
そう思い、ぼくは姿を現した。
「……ほう。か。しかも、かなりの上玉と見える」
ニヤリ……と、男は不気味な笑みを浮かべる。
その歪んだ口元が、男の低い邪悪な聲が、今のぼくにはただただ不快としか思えなかった。
「謝するがいい。男ならば殺しているところだが、貴様ほどのなら――無駄なを流させる必要もなさそうだ」
「どういう、こと……?」
「ふっ、分からないか? 貴様のような顔もも標準以上のは、あの國ではかなり重寶される。そこの、ミントを連れ帰るついでだ。貴様も、同じように奴隷にしてやろう」
まるで、ぼくがそれをんでいるかのように。
まるで、それが男の優しさとでも言わんばかりに。
他でもないぼくに向かって、男はそんなことを宣ったのだった。
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