《ぼくは今日もをむ》#9 條件次第では
「侵って……どうやって、ですか?」
ぼくの宣言に、ユズは訝しそうに首を傾げた。
開いた窓を指差し、ぼくは答える。
「ほら、あそこから中にれるみたいだからさ」
「でも、見張りの人の前を通る必要がありますよ? 見つかってしまうんじゃ……あ」
と、ぼくが言おうとしていることを察してくれたのか、その言葉は途中で途切れた。
ぼくは當然ただの人間で戦うなど持たないが、この間ギルドにてとある能力を使用できるのだと知った。
そう――明化の能力である。
ぼくが能力を使えば、見張りの人に気づかれることなく窓から中へ侵することができる。
しかも先ほど、手でれた相手の姿も消せるということが分かったし、両腕でユズとミントの明化も可能だ。
問題は、結構な音を立てたり、手を離してしまうと見つかる可能があるということ。
とはいえ、細心の注意を払っておけば大丈夫だろう。
「……分かりました。他にいい案もありませんし、お願いします」
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ユズから同意を得られたところで、ぼくは心の中で強く念じ、能力を発させる。
更に両腕で手を繋ぐと、二人の姿も同様に明になった。
それを確認したのち、ぼくは意を決して歩を進める。
いくら明になっているからって、足音を立てすぎると気づかれてしまう。
そのため、できるだけ慎重に心がけつつ、開いている窓にまで辿り著いた。
手を離せばユズとミントへの明化が解除されてしまうので、手を繋いだまま窓から中へと侵を果たす。
當然繋いだままというのは一苦労だったが、ここまではなんとか無事に來れた。
あとは、目的の人を探し出し――説得を試みるだけ。
単純でありながら、最も難易度の高い最終目的一つを殘すのみだ。
「……どこにいるんでしょうか……?」
「偉い人だって言うなら、たぶん上の階だと思うよ」
ぼくの中の個人的なイメージとして、一番偉い人などは上階、もしくは最奧にいるものだと認識している。
例外もあるだろうけど、この屋敷ではその例にれていない気がする。
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三人で肩を並べて廊下を歩き、階段の場所を探す。
いつどこに誰がいるのか分からないから、明化の能力は決して解除させずに探索し。
およそ數分ほどで上へと続いている階段を見つけ、ぼくたちはゆっくりと上っていく。
上った先にあったのは、大きな扉が一つ。
その他には、ちょっとした観葉植が廊下に飾られているだけだ。
おそらく、ここがそうなのだろう。
開けてしまえば、さすがに部屋の中にいる人に気づかれる。
……でもまあ、説得をするには結局姿を見せなくてはいけないんだし、怖気づいてもいられないか。
「行くよ……?」
「……はい」
「……ん」
二人が頷くのを見てから、ぼくは――力一杯、扉を開け放った。
広がっていたのは、何十畳もありそうなほど広い部屋。
一番奧で大きな椅子に腰かけた男と、傍らで立っている長の男。
部屋の広さの割には、たった二人しか存在していなかった。
ぼくたちがいる位置からはかなり離れているため顔立ちなどは見えないが、ぴりぴりとした突き刺すような空気だけが明狀態のぼくを襲う。
「何者だッ!」
立っている男が椅子に座っている男の前に出て、ぼくたちに向かってぶ。
姿は見えていないはずだが、そりゃ突然扉が開けられれば當然の反応でもあるか。
彼らに向かっての歩みを止めないまま、ぼくは徐々に能力を解除させて姿を現していく。
途端に、男二人は怪訝な表となった。
張、不安、恐怖……そういった負のに支配され、足が震え、顔が青ざめていっているような覚にさえ陥ってしまう。
でも、ここまで來たんだ。今更、そんなことを言っている場合ではない。
ぼくは、ミントを幸せにしてやるって決めたんだから。
「……突然すいません。ぼくは、ライム・アプリコットといいます」
相手の逆鱗にれないように、慎重に言葉を選ぶ。
穏便に済むなら、それに越したことはない。
「いきなりですけど、この子、知ってますか? ミント・カーチスっていうんですけど」
「奴隷か?」
「そうです。前までこの町で奴隷をやっていて、逃げ出したんです」
「はっ、うちの商品を返しに來たのか? わざわざご苦労なこったな」
ミントを商品扱いするなどという、暴な言い。
だが、一応ミントのことを忘れていたりするわけではないようで、ほんのしだけ安心した。ぼくの中で、どれだけの悪人なのかと覚悟していただけに、尚更。
まあ、あんなに大勢の人が連れ戻しに出向くわけだから、當然とも言えるけど。
「どうして、逃げ出したんだと思いますか?」
「…………」
「嫌だったからですよ、奴隷生活が。辛くて、泣きたくなって、苦しくて、泣いて……どれだけ怖かったことか、分かりますか?」
「何言ってんだ、お前。奴隷なんざ、ただの商品だろうが。そんな玩ごときに同してやるほど、腐った思考は持ち合わせちゃいねえよ」
……落ち著け。
まだだ、まだ怒るな。
拳を強く握り締めながらも、なんとか冷靜さを失わせず更に続ける。
「どうして、逃げ出したミントを、あんなに執拗に追ってきたんですか?」
「うちの奴隷の中でも、かなりの上玉だからなァ……そんな商品に逃げられちまうわけにゃいかねえ。まだ、育も済んでねえしよ」
「育……?」
「ああ。もっと俺様好みに教育したあとで、いっぱい可がってやるためによ」
……落ち著け。
質問に答えてくれるだけマシだ、なんて問題じゃない。
憤怒ののみが湧き上がってくるが、まだ持ちこたえてくれ。
「ミントを……いや、全ての奴隷を開放してください。ぼくたちは、そのために來ました」
「おい、ふざけてんのか?」
「大真面目です。これ以上、奴隷のみんなに非道な行いをするのはやめてください。奴隷制度は、今日で廃止にしてほしいんです」
「お前、そんな頼みを聞くとでも思ってたのか? くだらねえ」
予想していた通りの反応を返してきたが、この程度で諦めるわけにはいかない。
必死に次の一手を捻り出そうとしていたら、予想だにしていなかった言葉が発せられる。
「だが……條件次第では呑んでやってもいい」
「條件、ってのは?」
「知ってっか? この町には、でっけえ闘技場があるんだ。そこで俺様が選んだ奴ら三人と、お前ら三人が勝負をしろ。お前らが勝てば、言う通りにしてやる」
闘技場。先ほど、ミントから話を聞いたばかりの施設だ。
三対三……つまり、ぼく、ユズ、ミントの三人が見世となって、殺し合いという名の試合をしなければいけないというわけか。
「三人と三人が、一斉に勝負をするわけじゃねえ。正確には、一対一が、三試合っつーわけだ」
もし互いのチーム六人が同時に戦うのであれば、勝機は充分すぎるほどにあった。
何故なら、こちらにはチート級のステータスを持った神がいるのだから。
しかし、一対一となると話は別である。
ユズは問題ないだろうけど、ミントが戦えるのかどうか定かじゃないし、何よりぼくには明化の能力しかない。
勝てる見込みなど、正直あまりない。
「お前らが勝てば言う通りにするとは言ったが、それだけじゃ不公平だ。俺様が勝った場合は――お前ら三人には、俺様専用の奴隷になってもらうぜ」
最悪、ぼくだけならまだよかった。
だけどこの條件は、ユズとミントを巻き込むわけには――。
「……分かりました。その條件、けます」
不意に、ぼくの隣から発せられた承諾の言葉に、ぼくは思わず愕然となってしまう。
「ちょ、ユズ! そんな簡単に……っ」
「大丈夫ですよ、勝てばいいだけなんですから。もちろん、わたしだけじゃありません。ライムさんも、ミントさんも、こんな悪辣な人たちに負けてしまうほど弱い人だとは一切思っていませんから。それに……わたしたちは、そのために來たんじゃないですか」
「ユズ……」
「……ん。私も、大丈夫。それくらい、今までの暮らしに比べれば、大した問題じゃない、から……」
「ミント……」
迷うだけ、時間の無駄だったのかもしれないな。
ぼくたちは、何のためにこんなところまで來たんだっていう話だ。
その程度、ででも気合ででも、必死に食らいついて最終的に勝てばいいだけ。
二人がこんなにも覚悟を決めているのに、ぼくが怖気づいていてどうするんだ。
「分かった。ぼくも、それでいいよ」
「はっ、決まりだな。基本的に娯楽がねえこの町で、唯一の娯楽だ。せいぜい、楽しませろ」
ぼくたちの了承を得て、男はニヤリと不遜に笑った。
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