《ぼくは今日もをむ》#11 命知らずな大勝負
モニターの映像には、大勢の観客の姿と広い円狀のフィールドのみが映り込んでいる。
ユズと対戦相手の姿はない。
まだ、どこかで控えているのだろうか。
やがて、司會と思しき男のよく通る聲が響き渡る。
「――さあ! ついに始まります、大・注・目の命知らずな大勝負! この町の奴隷制度が廃止となってしまうのか、はたまた奴隷制度は継続され三人の年端もいかないが奴隷となってしまうのか……。三試合全て、一瞬たりとも目が離せません!」
司會者が何やら興した様子で言うと、それに助長されたかのように観客たちも大聲を張り上げた。
騒がしいというか、暑苦しいというか、無神経というか。
一応これでも命懸けの戦いであることに変わりはないというのに、よくもまあ、そんなに盛り上がれるものだ。
やっぱり大勢の観客にとって、あくまで娯楽の一つでしかないのか。
人の命が関わっていても、街や國の制度が丸々変わってしまう可能をめていても、長年積み上げられた國民の認識は簡単には変わらないらしい。
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だったら、この戦いで証明するしかない。
他でもないぼくたちが、何百、何千といるたくさんの人々へ。
「長ったらしい託なんていらない! 早速、お互いの先鋒に登場してもらいましょう!」
司會がそう告げるや否や、二つある場口のうち北側の上方に配置された巨大な畫面に、とあるステータスが表示された。
「まずは、我が國代表! 先鋒の選手はこの方――ルーベル・チャンドラーッ!」
そうして、出てきたのは。
先刻、屋敷に侵した際に、王の傍らで控えていた男だった。
まさか、あのときの男が登場するとは。しかも、こんな早くに。
側近のようだし結構な手練れであることは間違いないだろうけど、その相手がユズならば心配するほどでもないはずだ。
しかし。
表示されたステータスを見て、思わず絶句してしまう。
筋力:6378
耐久:974283
敏捷:365
力:4531
魔力:1004
知力:33276
固有スキル:堅牢結界
全六つの能力値に、一人一つだけ有した固有スキル。
確かに、彼の能力値は総じて隙のない高すぎるものではあったが、ユズと比べればどれも見劣りする。
ただ、一つを除いて。
「九十萬……っ」
喫驚したあまり、ほぼ無意識に口から呟きがれる。
そんな數値、ゲームの中でも見たことがない。
だけど、戦慄しているぼくに構ってくれるわけなんかなく、司會の進行は続く。
「そして! 他國から訪れた挑戦者――ユズッ!」
次いで、南側の場口から張した様子のユズが出てきた。
上方にある畫面に表示されたステータスは、この間見せてもらったときと全く変わっていない。
筋力:45
耐久:15763
敏捷:9667
力:5458
魔力:59476
知力:25780
固有スキル:太
何度見ても、頭おかしいんじゃないかと思ってしまうほどのチートっぷり。
だが、先ほどの九十萬などという圧倒的な數値を見たあとだと正直霞んで見えてしまう。
いや、ぼくはユズを信じるだけだ。
ルーベルと呼ばれた男の耐久や筋力と比較すれば遙かに負けてはいるものの、他の能力では勝っている。
知力でも一応負けていることに気づいたけど、ほんのしだしそこまで影響はしないだろう。
大丈夫だ。ユズなら、この高い能力値なら、負けている部分の數値を補えるだけの力をめているはずだ。
それに最終的な勝敗は、こんな數字の差ではなく互いの技などの実力差で決まるもの。
ただそう信じて、ぼくはミントとともにモニターの畫面を注視し続けた。
「両者の場を果たしたところで、早速始めてしまいましょう! それでは、ルーベル・チャンドラーVSユズ――開戦!」
前置きや説明なんか、何も言わず。
その言葉と同時に、ついに戦いの火蓋が切って落とされた――。
§
「……ユズ、と言ったか。どうやら貴様の能力値も高いようだが、それでも貴様の勝ちの目などないことを思い知らせてやろう」
「……」
ユズは相手の耐久の高さに警戒しているのか、返事も返さず様子を伺っている。
「ハンデだ。どこからでもかかってくるがいい」
「……えっ?」
「聞こえなかったか? この最初の一撃、貴様にくれてやると言っている。腕を切斷するのも、足をもぎ取るのも、目玉を抉るのも、全を焼き盡くすのでもいい」
「な、何言ってるんですか。正々堂々、ちゃんと勝負をするんじゃないんですか?」
「図に乗るな。これは、貴様に対する優しさでもけでもない。そうしたハンデを設けた上で、貴様ごときの攻撃など通用しないことを分からせてやる」
どうやら、ルーベルは自の耐久に余程の自信があるらしい。
だが、あいつだって人間だということに変わりはない。
いくら耐久が高いからといって、神であるユズの攻撃で全くの無傷というわけにはいかないだろう。
でも、自分が馬鹿にされていると分かっても……いや分かったからこそ、ユズはなかなか攻撃する素振りは見せなかった。
「……どうした? 貴様にとっても、然程悪くない條件のはずだが」
「わたしは、あくまで正々堂々と戦うべきだと思っていますから」
「いつまで甘ったれたことを言っている。これは、紛うことなく命懸けの戦いだ。お互いの信念に則った、負けるわけにはいかない勝負だ。……そうだろう? ならば、容赦は無用だと思うが」
確かに、ルーベルの言っていることも間違いではない。
ぼくたちは當然勝たなければ來た意味がないし、おそらく相手だって負けるわけにはいかないと思っているだろう。
でも、騙されてはいけない。
あいつは、ただ単にハンデを設けてくれているわけではないのだから。
ルーベルの途轍もない自信は、つまり実際にそれだけの実力があるということだと思う。
あのステータスにあった、九十萬などという數値を見ただけでも大は分かるけど。
とはいえ、どちらかがき出さなければ勝敗どころか始まりさえしないことも事実。
どっちにしろ相手にチャンスを與えてしまうことになるのなら、こちらが先に攻撃を仕掛けたほうがいいのかもしれない。
可能は極めて低いだろうが、もしその一撃で勝つことができたら萬々歳だし。
ユズもぼくと同じようなことを考えたのか、必要以上に警戒しながらもようやくき出した。
「後悔、しないでくださいよ……っ! 荒べ――疾風はやての渦ッ!」
そうんだ剎那、眼でも目視できるほどの巨大な風の渦がユズの掌てのひらに集う。
回転を続けながら、渦はルーベルへと迫っていく。
やがて渦がルーベルを巻き込む――が。
ルーベルは微だにせず、ただ涼しい顔で突っ立っているだけ。
効いていない、のか……。
驚いた様子を見せたユズだったが、瞬時に次の攻撃を行う。
「――紅蓮の茨ッ!」
直後、ルーベルの足元にある地面から大量の炎が生えてきた。
いや、あれはただの炎なんかじゃない。
まるで茨のような、細長くて刺々しい炎がルーベルの周囲にびて。
更に、當然それだけでは終わらず、炎の茨はルーベルのに巻きついた。
――しかし。
「な、なんで……?」
目を見開き、ユズは驚愕の聲をらす。
それも無理はないだろう。
何故なら、炎の茨に巻きつかれた狀態でも尚、ルーベルは効いていないかのように無表で立っていたのだから。
炎なのに、全く焼けていない。茨なのに、どこも刺さっていない。
一、どうなっているんだ……?
「……ふん」
ルーベルが鼻で笑い手で振り払うと、炎の茨は全て跡形もなく霧散した。
そして――。
「終しまいか?」
不敵な笑みを浮かべ、そう嘯うそぶいたのだった。
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