《ぼくは今日もをむ》#13 死神か悪魔
「一回戦、勝者は――挑戦者、ユズですッッッ!」
司會が勝負の結果を告げた途端、観客たちから大きな歓聲が巻き起こる。
よかった……一時はどうなるかと思ったけど、なんとか初戦で勝利を摑み取ることができた。
次は、ぼくの番か。
張して汗が吹き出そうだが、なんとか自分のをむことで抑える。
よし、今日もらかい。今日も気持ちいい。大丈夫だ、うん。
「……次、中堅。來い」
と、ユズのときとは別の男が部屋にってきた。
一人目から二人目の間って、全く時間をあけたりはしないらしい。
「それじゃあ、行ってくるね」
「……ん。頑張って」
ミントに見送られ、ぼくは男について行く。
無言で男とともに長い長い廊下を進んでいると、ユズがこちらに歩いてくるのが見えた。
勝ったあとで、すぐ控え室に戻ってきたのだろう。
徐々にぼくとユズの距離が狹まり、やがてほんの數メートルにまで近づいたとき。
お互いに口角を上げ頷いただけで、橫を通り過ぎた。
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試合前に、々と言葉をわしたりはしない。
どうせ、この戦いが終わったあとに、また會えるんだから。
そのときに、二人で……いや三人で労い合えばいい。
今は、ただユズから託されたバトンを、ちゃんと次へと繋げるだけだ。
§
「さて、一回戦での熱が冷めやらないまま、早速次へ行ってしまいましょう! 果たして、どんな白熱した勝負を見せてくれるのか……二回戦目の開始ですっ!」
司會の言葉に、観客は大きな歓聲で応える。
一回戦、ユズの相手は凄まじい耐久の持ち主だった。おそらく、ユズが相手の能力の仕組みに気づかなければ勝てなかっただろう。
それほどまでに、強い相手だったと思う。
次は、二回戦。
一ぼくの相手は、どんな人なのか。
初戦であんな戦いを見せられてしまった以上、次はあまり強い人は來ないなどと楽観的な思考を持つことはできない。
まず間違いなく、さっきと同等かそれ以上の強敵だろう。
「我が國代表! 中堅の選手はぁ――レカ・ハーコットだッ!」
そうして登場してきた一人の姿を見て、ぼくは思わず目を疑う。
小さい。ぼくより、シナモン王より、ユズよりも。
桃のサイドテールがよく似合う、とても可らしいだ。
くりっとした大きな赤い瞳に、にこにことした表……こんな命懸けの試合に參加するような人には見えなかった。
そして、上部に表示されたステータスには――。
筋力:850037
耐久:561
敏捷:2935
力:1357
魔力:58
知力:39
固有スキル:破滅之霧
筋力の數値だけが、異常の極みだった。
「八十五萬……」
つい、驚嘆の吐息がれる。
ルーベルの九十萬に比べるとないが、それでも八十五萬はおかしい。
しかも、あのい容姿で筋力が高いなんて、どう考えても信じられなかった。
魔力や知力は辛うじてぼくと同じくらいだけど、筋力が高いのだから魔力は関係ないだろうし、頭脳戦なんかもできるわけないから意味がない。
「更に! 他國から訪れた挑戦者――ライム・アプリコット!」
名を呼ばれたので、張して騒がしく鳴り続けるをみ――押さえながら、フィールド上に出る。
観客や司會の注目、対戦相手の視線を一に浴び、何だか気分が悪くなってしまいそうだ。
當然ぼくのステータスも、上部の畫面に大きく表示されている。
筋力:90
耐久:79
敏捷:122
力:104
魔力:39
知力:61
固有スキル:隠蔽化
ユズ、ルーベル、レカの三人と比べ、明らかに低いから異様に恥ずかしい。
やめてください。完全に公開処刑じゃないか。
「両者に、準備が必要かなんて訊くまでもないですね! 私たちも待ちきれない! 二回戦、レカ・ハーコットVSライム・アプリコット! 開戦です!」
司會がそう言い、ぼくとレカの勝負は始まる。
途端、レカが口を開く。
「あははは! こんにちは、おねーさんっ! れかの相手って、どんな人なのかなーって思ってたら、おねーさんのすてーたす低いねー。ごめんねー、この勝負勝っちゃうかもー」
「ぼくは、やってみないと分からないと思うけどね」
「そうかなー?」
レカは、可らしく首を傾げる。
強そうには見えない。戦えるようには見えない。武を持ってすらいない。
だからこそ、余計に怖かった。
ぼくの警戒心は、一秒ごとにどんどん募っていく。
「じゃあ……試しに見せてあげよっか。れかの力っ♪」
「え……っ?」
訝しむ暇すら、なかった。
その間、およそ一秒。
軽く跳び上がったレカは、握り拳を地面に振り下ろす――と。
拳が直撃した場所から、地面にひび割れが広がった。
「うーん……ちょっと調子悪いかなぁ」
何やら不満げに首を傾げているが、これで調子が悪いなら一調子のいいときはどうなるんだ。
だめだ、この子の一撃はだめだ。
全力で避けないと、本気で死んでしまう。
「ま、いっか。次はぁー、おねーさんのに、れかの力を教え込んであげるねっ!」
無邪気に、そう言って。
レカは地面を蹴り、真っ直ぐぼくへ迫ってきた。
絶対に、あの攻撃を食らってはいけない。
一発で終わってしまうことは、明らかだろう。
だから、ぼくを目がけたレカの拳を、ぼくは既すんでのところで橫に回避した。
「もー、避けないでよぉ」
を尖らせて不満を口にするレカだが、そんな風に可らしく無邪気に言われてしまうと殺し合いの戦いをしているとは思えなくなってくる。
でも、あまり相手の口調や態度に油斷していると、一瞬で亡き者となってしまいそうだ。
とはいえ、耐久値が高くてこちらの攻撃が効かない先ほどとは違い、凄まじい破壊力を持つ攻撃なら當たりさえしなければどうということはない。
無論、避けることができれば、だが。
「ほら、ほらっ! そろそろ、避けるのも疲れてきたんじゃないの?」
笑いながら、嘯きながら。
ぼくの顔を小さな拳で執拗に狙い続けるレカ・ハーコット。
後退しつつ頭をかすことで辛うじて回避には功しているものの、いつまでもこのままでいられるわけがない。
現に、疲労が溜まってきてぼくのきが鈍く、レカのきは速くなっているようにじる。
永遠に後退し続けられるわけもなく。
やがて、ぼくの背中は壁にぶつかってしまう。
それはつまり、これ以上後ろに避けることはできないというわけで。
「潰れちゃえっ!」
楽しそうにび、ぼくの顔を目がけて拳で突いてくる。
が、ぼくは既すんでのところで頭を右にずらしたため、ギリギリ避けることはできた。
凄まじい音とともに壁がひび割れるが、いちいち気にしてなどいられない。
すぐに離れようとした。
急がなければ、また次の一撃を繰り出されてしまうだろうから。
でも、できなかった。
封じられたわけでも、考えを変えたわけでもない。
ただ単に、ぼくよりレカのほうが素早かったというだけ。
「隙あり、だよ。おねーさんっ♪」
今度は拳ではない。
レカの回し蹴りが、ぼくの脇腹に突き刺さり。
圧倒的なまでの破壊力を以て、ぼくのは突き飛ばされてしまった。
「……か、ぁッ」
ほぼ対角線上に位置するところの壁へ衝突し、苦悶の吐息と同時にを吐き出す。
もしかしたら、背中の骨が折れているかもしれない。
そう思ってしまうほどの激痛だった。
「えへへ、どう? どう? 凄いでしょ?」
まるで誰かに自慢するかのように笑う、レカの表が。
今のぼくには、無邪気で明るい子供などではなく、殘酷な死神か悪魔のように見えた。
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