《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》003 悪い人ばかりじゃないし、どうにかやっていけそうかな
フラムとミルキットは、手を繋いで通りを歩いた。
行く宛は無かったが、とにかくあの商人の拠點から離れたかったのだ。
何度も使ったことのある道なのに、心なしか人々の視線が冷たい。
ボロ布を纏い、顔もやつれ、髪もボサボサで、しかも顔に奴隷の印を刻んだが、まさかあのフラム・アプリコットだとは誰も想像していないのだろう。
時折、わざと肩をぶつけては、ニヤニヤとして通り過ぎていく人すら居る。
「ねえミルキット。奴隷ってさ、いつもこういう扱いけてるものなの?」
人と人の間をうように進みながら、フラムは問いかけた。
ミルキットは首を傾げる。
「こういう、とは?」
その返事だけで十分だった。
彼にとって、無條件にげられることこそ日常なのだ。
つまり奴隷とは、それがであろうと年であろうと、見下しても良い存在ということ。
いや――見下すために、そして求を満たすために作られた分と言うべきか。
フラムは思わず、空いている左手で自分の顔をでた。
指の腹にじる、本來あるはずのない微かな凹凸。
特殊な塗料でまでつけられ、もう二度と消えることは無いだろう。
れると、さすがにまだ痛む。
しかし印の存在を意識した時にじるのは、的な痛みよりも、神的な痛みの方が大きい。
「ご主人様、どこか苦しいんですか?」
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「……これが奴隷なのかって、再確認してただけ」
「……?」
魔王討伐の責務からは解放されたが、この顔では故郷にはもう戻れない。
結局、死んだのと同じだ。
けれど命はここにある、フラムはちゃんと自分の意志で、地面に足をつけて歩いている。
1人でもない。
価値観の齟齬はあるものの、一緒に苦しんでくれる道連れだっている。
「まずはお金を稼がないとね」
「はい……やはりを売るしか無いのでしょうか。私、そういった経験は無いのでうまくできるかは不安ですが」
最初に浮かんでくる案が、まさか売春とは。
フラムは盛大にため息をついた。
「ミルキット、もうちょっと自分のを大事にしなさい」
「大事に? よくわかりません」
「を売るのは最終手段ってこと」
「ではどうするんですか?」
「まずは西區の中央に向かおっか、そこで仕事がもらえるはずだから」
「奴隷でも請け負える仕事……」
1つだけ、この王國には分を問わずお金を稼ぐ手段があった。
ミルキットにはその発想が無いらしいが、建の前まで行けば彼でもわかるはずだ。
フラムは握る手にし力を込めて、ペースを上げて進んでいく。
◇◇◇
王都は、中央區、東區、西區、北區の4區域に分かれている。
最も広い中央區には、大小さまざまな商店が、また大通りから外れた場所には大量の住宅が立ち並ぶ。
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東區には、貴族や大商人など様々な金持ちたちが暮らす高級住宅街あり、北區には、王城や大聖堂など、王國において重要な役割を擔う施設が揃う。
そして西區には、その他の區域からあぶれた貧しい人間たちが集っていた。
奴隷商人の拠點は西區に近い中央區にあり、そこからフラムの目的地まではさほど距離は無い。
「ここは……冒険者ギルドですか?」
とある建の前で立ち止まると、ミルキットはり口の上に掲げられた看板を見て言った。
それは名前が示す通り、冒険者たちが集い、ギルドに委託された仕事を請け負ったり、その結果を報告する施設。
“冒険者”という呼び名は、王國にまだ未開の地が多かった頃、モンスターひしめく大地を開拓していった勇敢な人間たちを支援する施設だった名殘だ。
「そ、奴隷上がりの冒険者だって居るって聞いたことあるし、今の私には戦う力もあるから、簡単な依頼ぐらいならこなせるんじゃないかと思って」
グールや商人を殺した経験は、フラムにとって自信になっていた。
致命的な一線を越えてしまった覚はあるが、まっとうな道をハズレた人間が生きるには、それはメリットにしかならない。
「ところでご主人様、その戦う力というのは、どういう理屈なんでしょうか。剣を握った途端に傷も治って、あんな大きな剣も軽々振るえるようになってましたよね」
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「うん、たぶんあの商人が言う通り、この剣はエピック裝備なんだと思う。付與されたエンチャントの効果で能力が向上したんじゃないかな」
「ですが前に握った男は、が溶けて死んでしまいました」
「確かにそれは気になるけど、私は魔力が無いからスキャンも使えないし……」
剣に対して魔法を使えば、裝備の名前や付與されたエンチャントだって確認できる。
「ん、待てよ。も軽くなったんだし、魔力も上がってたりして……?」
使ったことは無いが、使い方ぐらいは知っている。
フラムはミルキットの手を引いたまま、「ちょっとこっちに來て」と冒険者ギルドの橫にある小道にった。
そして人通りもない、薄暗いそこで“出てきて”と念じると、彼の手のひらの上で粒子が渦巻き、広がり、剣の形になっていく。
本當に出てきたことに心驚きつつ、一呼吸置いて、フラムは剣に向かって『スキャン』を発させる。
まずは基本中の基本、全に満ちる魔力をじ取り、作し、任意の部位へと集中させる。
今までは何度試したってその覚を摑むことはできなかったが――今は確かに、の側を流れる不定形の存在があった。
フラムは思わずにやつく。
どれだけ努力しても屆かなかったが、自分に宿っているのだから。
しかししでも思考に雑音ノイズがじると、摑んたはずの魔力が霧散しそうになる。
慌てて集中しなおし、持ち上げ、頭まで持ってきて、瞳の周辺で留めた。
「スキャン」
そして、魔法は発する。
--------------------
名稱:魂喰いのツヴァイハンダー
品質:エピック
[この裝備はあなたの筋力を318減させる]
[この裝備はあなたの魔力を96減させる]
[この裝備はあなたの力を293減させる]
[この裝備はあなたの敏捷を181減させる]
[この裝備はあなたの覚を107減させる]
[この裝備はあなたのを溶かす]
--------------------
「魂喰い……」
視界に表示された騒な文字を、フラムは思わずそのまま聲に出した。
呪いの裝備に相応しい接頭詞だ。
おそらく、元はただの両手剣《ツヴァイハンダー》だったのだろう。
それが何らかの形で死者の怨みを取り込み、さらにこの剣を握って死んだ者の無念までもを吸収し、持つ者を全て拒む剣へとり下がった。
「でも何で? ステータス減のエンチャントが付いてるなら、こんな巨大な剣を私が使えるわけはないんだけど……」
「減、しているんですか」
「うん、見た限りはね。ミルキットもスキャン使ってみたら?」
「私は使えませんから」
そんなわけはない。
フラムのように特殊な事でステータスが0になっていない限りは、魔力が1でもあればスキャンは使えるはず。
そう思ったが、彼はすぐに気づいた。
確かに基本的な魔法ではあるが、誰にも教えられずに、1人で使えるようなものではないということに。
要するに、初歩的な魔法の使い方すら、今まで誰も彼に教えてこなかったのだ。
「それに、もし見えたとしても、よくわからないと思います。文字が、読めないので」
フラムは、恵まれている。
ミルキットの言葉を聞く度にそう痛する。
「じゃあ、読み書きなら私でも教えられるから、落ち著いたら一緒に勉強しよ?」
そうフラムが笑いかけると、ミルキットは黙ったまま數秒靜止し、その後ほんのしだけ視線を下に向けた。
瞳に浮かぶは、戸い、困。
「ご主人様がそれを必要だと言うのなら、私は従います」
「よし決まりね。……っと、そういや裝備の謎が解けてないんだった。なんでステータス減やが溶けるはずなのに、逆に能力が上がって、傷が治るのか……逆、に……ひっくり返って……」
心當たりなら、ある。
これがエンチャントの効果の“反転”によるものだとするのなら――
「私の、屬? まさか、そういうこと?」
「屬ですか?」
「そう、私の屬は反転って言うの、いわゆる希屬ってやつ。そのせいでステータスも0になって、全然役に立たないと思ってたけど……そっか、そんな使いみちがあったんだ……!」
つまり、減は増加へ、の溶解はの治癒へと転じる。
呪いが祝福に反転すると、そう言ってもいいかもしれない。
「なんでこんな役に立たない力なんて持ってるんだろうと思ってたけど、はは、そりゃ呪いの裝備を自分で使おうとは思わないから、気づかないわけだ……はははっ、ははははっ!」
1人舞い上がるフラムの笑い聲が響き渡る。
ミルキットはいまいち理解できていないのか、首を傾げた。
「あ、ごめんね1人で盛り上がっちゃって。要するに、私は自分の屬のおかげで、呪いの裝備を使えば使うほど強くなれるってこと!」
「そうですか、ご主人様はすごいですね」
反応は薄い。
思わずがくっと崩れてしまうフラム。
そりゃそうだ、出會ってからそう時間も経っていない上に、どうやらあまりの抑揚が無い格をしているようだから。
共を得られなくてちょっぴり殘念だが、のんびりしていると日が暮れてしまう。
今日の宿を取るためにも、最低限の報酬は手にしておきたい。
冒険者ギルドでは、冒険者として登録されるために、最初に簡単なFランクの依頼をけて解決しなければならない。
それを終えればライセンスを手にすることができ、かつ一応依頼を解決した扱いになるので、安宿に宿泊する程度の金を得ることはできる。
再びギルドの前に戻ってきた2人は、気を取り直してり口をくぐった。
お世辭にも綺麗とは言えない施設には、晝間にも関わらず酒の匂いが充満していた。
仲間を募るための紹介所と稱した、酒場が併設されているのだ。
そこにガラの悪い、かつ格のいい冒険者たちがたむろしている。
彼らはってきた2人のの姿を見ると、顔に刻まれた奴隷の印を確認して、一様にニヤリと下品な表をした。
付窓口はり口のちょうど真正面にある。
退屈そうに爪をいじっていた派手な化粧をした付嬢は、フラムを見るなりさらにぶすっとした顔になった。
「奴隷がこんなところに何の用? 見た所、どっかの貴族の小間使いってわけでも無さそうね」
「冒険者になりたくて來たの、ライセンスを発行してもらえない?」
フラムが言うと、付嬢のみならず、飲んだくれている冒険者たちからも失笑がれる。
「冗談よしなさいよ、命を無駄遣いする気? あんたたちには娼婦の方がお似合いよ、なんだったらそっちの仕事紹介してあげましょうか?」
彼の言葉は悪意に満ちている。
フラムはどうにか苛立ちを飲み込んだが、そこに追い打ちをかけるように冒険者がヤジを飛ばした。
「そっちのブラウンの髪の子は俺行けるかも、今晩買ってやろうか? あ、包帯の方は無理だからいいわ」
「ひでぇな」
「じゃあお前行けるのかよ、あんな化みたいな見た目したやつ」
「無理だな……いや、でも最近溜まってるから行けるかもしれんな」
「ひはははっ、今のお前なら野良犬だって行けるだろ!」
「違いねえ、がははははっ!」
歯を食いしばり、拳を握って耐えていたフラムが、我慢できずに男たちの方を睨みつけると――ミルキットが彼の服の裾を握った。
そして橫に首を振る。
「なんで……」
「ご主人様が損するだけですから、やめてください」
「言っとくけど、私が怒ったのはミルキットが言われたことに対してだけじゃないから」
それでも9割は彼に対する下品な言葉への怒りだが。
ミルキットはそれに気づいたから、フラムを止めたのだ。
「冗談抜きでさ、買ってくれてるって言ってんだから甘えたらいいじゃない。そっちの方が楽に稼げるわよ?」
「お斷りします」
「あっそ」
そっけなく言い放つと、付嬢はフラムが來る前にやっていた、手元の書類の処理を再開させた。
「いや、あの、ライセンスを発行してしいんだけど?」
「……」
「ねえちょっと!」
「……うっさいわね、奴隷風が。いいから黙って男に開いてなさいよ」
半笑いで言われ、さすがにフラムも限界だった。
ぐらでも摑んでやろうかと、カウンターに乗り出す。
「まあまあまあ、そう言ってやるなって」
すると仲裁するように、紹介所の方から男が1人やってきた。
フラムよりも頭一つ分ほど大きい、細の男だ。
それでも全に筋はしっかりと付いており、やせ細っているというよりは引き締まっているように思えた。
素薄めの茶は短く切りそろえられている。
オフだからか、冒険者らしい裝備はに付けていないが、腰には高そうな片手剣がさげられている。
「おっとお嬢さん、いきなり口を挾んで済まないね。僕の名前はデイン・フィニアース。ここのギルドでAランク冒険者をやってる者だ、よろしく頼む」
差し出された手を、フラムは訝しみながらも握り返す。
手は大きく、皮も厚く、ゴツゴツとしていた。
頬の傷と言い、鋭い目つきと言い、表だけは穏やかに見せているが、実力は確かなのだろう。
でなければ、Aランクにまで上り詰めることはできない。
なにせ冒険者はFランクからのスタートだ。
これまでけ取ってきた報酬額の累計でランクは上がっていくが、高額依頼を繰り返しけられるほどの信頼がなければ、その領域まで到達するのは難しい。
「イーラ、せっかくこの治安がクソ悪い西區のギルドに新人が來てくれたんだ、歓迎しないでどうする」
「でも……」
「ライセンスをけ取ってから、その先を生き殘れるかどうかは実力次第。チャレンジに奴隷とか貴族とか分は関係ない、門扉は広くあるべきだと僕は思うけどね」
「……デインさんがそう言うなら」
このデインという男は、よほど強い権力を持っているのだろう。
先程まで悪態をついていたイーラが、あっさりと折れた。
さらにデインはカウンターに乗り出し、イーラの手元に指をばすと、「これなんかいいんじゃないか」と依頼まで指定する。
そうしてフラムの前に出された書類には、『ワーウルフの牙1個の納』と記されていた。
依頼ランクはF。
地図も渡され、そこにはモンスターの出現地點がマーキングされている。
「はいこれ、任務完了と同時にライセンスも渡すから」
「あんがと」
フラムが低めの聲でそう言って地図をけ取ると、イーラは骨に嫌そうな顔をした。
冒険者になるのなら、彼とも長い付き合いになるのだろう。
さっそく天敵ができてしまったことに、心の中でため息をつく。
「デインさん、で良いんですよね。ありがとうございます、おかげでライセンスが貰えそうです」
ギルドを出る前に、フラムはデインに向き直って頭を下げた。
彼は「気にしないでいいよ」と言って爽やかな笑顔を浮かべる。
そして、紹介所の方へ移すると、仲間と思しき冒険者が座るテーブルに戻っていった。
「いこっか」
「はい、ご主人様」
フラムは自然とミルキットの手を握ると、ギルドを後にし、地図に記された場所へと向かった。
そんな2人の姿が消えるまで、デインは爽やかな笑顔のまま背中を見送り――そして見えなくなった途端に、「ふっ」と吹き出すように笑う。
「何やったんすか、デインさん」
同じテーブルの男が彼に問いかけた。
「見ての通り、ライセンス発行用の依頼をけさせてあげただけだよ、僕って優しいからさ」
「白々しいっすよ、どうせ依頼容に何か仕込んでるしょう」
「ま……後輩の未來を案じて、ちょっと壁を高くしてやっただけだよ」
そう言って、グラスに注がれた白く濁った酒をあおる。
「っぷはぁ! くへへっ、ほら、本來はFランクの依頼を達でライセンス発行って流れだろ?」
「そういうことになってますね」
デインのコネさえあれば、それすらスルー出來てしまうのだが。
「それを上げてやったんだ」
「どれくらいっすか?」
「ちょっとだよ、ちょっと。Dランクの依頼をFランクと言って渡しただけ。本當に才能があるなら、ワーウルフぐらい簡単に倒せるはずだと思うよ、僕はね」
「DランクってFランクの3倍か、下手すりゃ5倍近く強いモンスターじゃないっすか。死にましたねあの子ら」
「その時は仕方ない、僕と違って才能が無かったんだ」
「ははっ、さすがデインさんだ!」
冒険者たちは、奴隷のたちが無慘に殺される姿を酒の肴に、大いに盛り上がった。
――『勇猛なる卑怯者』、デイン・フィニアース。
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