《「お前ごときが魔王に勝てると思うな」とガチ勢に勇者パーティを追放されたので、王都で気ままに暮らしたい》007 私たちは奈落の底から“普通”を目指して

フラムとミルキットは、昨日話していた通り、中央區へ買いに來ていた。

一足先にみすぼらしい布切れを卒業したフラムは、上はシンプルなシャツに下はホットパンツと、きやすい格好をしている。

そしてミルキットはと言うと――

「……本當にこれでいいの?」

「その、むしろ私の方が聞きたいと言いますか。こんなに高い服を買っていただいてもいいんですか?」

「アンズーのおかげでお金に余裕はあるからいいんだけど……なんでそれ?」

――黒を基調とした給仕服を試著していた。

スカートの部分や元にフリフリのレースがあしらわれており、ドレスのように見えなくもない。

実際、これを著て給仕の仕事をするのは難しそうなので、特定の趣味を持った人のためのなのかもしれない。

顔の包帯とのミスマッチさも、服にゴシックがあるからか、これはこれで味があるようにフラムには思えた。

「一番よく目にした服がこれでしたから、いつか著てみたいと思っていたんです」

ミルキットは手でスカートをつまみながら、ちらちらと試著室の中にある鏡で自分の姿を見て言った。

と言っても、それははっきりとした願ではなく、漠然とした薄っぺらい憧れのようなものだったが。

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フラムに『著たい服は無い?』と問われ、どうにかひねりだした答えがそれだった。

「ま、確かに見ててかわいいし……これでもいっかな」

「私もそう思います、素敵なデザインですよね」

「違う違う、服だけじゃなくてミルキットが似合っててかわいいってこと。店員さーん!」

さらっと恥ずかしいことを言うフラムに、ぽかんとするミルキット。

しかし當の本人は一切自覚がない様子で、し離れた場所に居た丁寧な腰の店員を、手を振って呼び寄せていた。

駆け寄ってきた彼は一瞬、頬にある奴隷の刻印を見て嫌そうな表を浮かべたが、すぐに元に戻る。

この店員がよく出來た人間――というわけではなく、店時、すでにそのやり取りは済ませているからだ。

その時はミルキットもボロボロの服を著ていたし、もっと骨な反応をされた。

とは言え、ギルドでの扱いの方がもっとひどかったし、いい加減にフラムも慣れてきた。

奴隷とはそういう分なのだ、一生消えない印を刻まれてしまった以上は、割り切って生きていくしか無いのだろう。

フラムは案されたカウンターで會計を済ませ、2人で店を出る。

ラフな格好の、しかも腰から紐でくくった塗れの篭手をぶら下げた奴隷のに、顔を包帯でぐるぐる巻きにしたメイド服の

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なんとも奇妙な、得の知れない組合せの2人である。

元々そういう傾向はあったが、それぞれ服を新調した結果、余計に際立ってしまった。

だが中央區の大通りは、“人で埋め盡くされる”と形容する他ないほど、買い客や外からの観客でごった返している。

特別休日や祭りがあるわけではない、いつもこの狀態なのだ。

そんな中では、どんなに珍しい二人組が居てもすぐに視界から消えてしまうため、注目を集めるということは特に無かった。

目立たないのは助かるのだが――気を抜くと人の流れに連れ去られそうになるため、単純にはぐれないよう、フラムはミルキットの手を握って進んでいく。

買い揃えるべきものは沢山ある。

何も持たない2人が一から生活を始めるとなると、腕いっぱいに荷を抱えても、一度の買い出しでは生活必需品を全て購するのは不可能であった。

さしあたって、今日中に必要になりそうなものだけを集めていかなければ。

最もの高かった服は最初に済ませ、あとは靴に、歯ブラシやお風呂用品。

冒険に必要なバックパックもしい所だし、今晩の食事も買って帰らなければならない。

最低限でもそれだけの量があるのだ。

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金銭的な余裕はあるものの、時間の余裕があまり無い。

店にっては慌ただしく商品をし、手に取り、購する――フラムとミルキットは、それを何度か繰り返した。

いささか忙しない一日だが、自分の生活のために自分で買いをする、という経験の無いミルキットにとっては、それでも貴重な経験である。

「ありがとうございましたー!」

珍しく奴隷に対しても想のいい店員に見送られ、店を出た2人は、増えた荷を分擔して抱えながら、手だけはしっかり繋いで大通りを歩く。

「なんかお買いが楽しくなってきちゃった」

「わかります。初めて見るものばかりで、ついつい目移りしてしまいます」

「ふふっ、嬉しそーに所持金が全部吹き飛ぶような高級食を持ってこられた時は、さすがにどうしようかと思ったけどね」

「も、申し訳ありませんでした、あの數字が値段だとは思わなくて……」

恥ずかしそうに俯くミルキット。

そんな彼を見て、フラムはおもむろに足を止めた。

そして、ちょうど通りに面した場所にあったとある店の看板を見上げる。

「ご主人様?」

「寄り道、してもいい?」

「はい、もちろんです。行き先はご主人様が決めることですから」

フラムが見つけたのは、王都で最も大きな書店である。

店のり口を抜けると、真正面にディスプレイされていたのはオリジン教の教典であった。

王國の歴史において、“本”という存在が今ほど庶民の手に屆くものでは無かった頃、最も多くの書籍を所持していたのは教會だ。

また、教會では子どもたちへの教育も盛んに行われていたため、教育に必要な參考書や、信者に配るための教典を大量に刷るために、印刷技が発展していったという経緯がある。

その影響か、今でも王國に存在する印刷會社や書店は、教會の息がかかっている所が多い。

実際、店の看板にも創造神オリジンのシンボルをイメージしたロゴが描かれていた。

もっとも、別に教會と繋がっているからという理由ではなく、単純に教典が売れ筋商品だから、一番目につく場所に置いてあるというのも、また事実なのだが。

フラムとミルキットは別にどこの宗教にも屬していない。

興味なさげにそこを通り過ぎると、近くの柱にられていた案図を頼りに、奧の壁側にある本棚へと向かった。

「ご主人様、本を読まれるんですね」

「んー? 私のじゃないよ」

フラムは言った。

そして再び本棚に向き直ると、気になる背表紙の本を一冊引き抜いて、表紙を確認していく。

その目つきはやけに真剣だ。

自分のためでもないのに、何のために――とミルキットは首を傾げる。

「でしたら、どなたが読むんですか?」

「言ったじゃん、落ち著いたらミルキットに読み書きを教えるって。思ったより早い段階にまとまったお金が手にったから、早いけど今のうちに準備しとこうと思って」

「あれ、本気だったんですね」

「その場しのぎのご機嫌取りだと思ってた?」

「私みたいな不出來な奴隷のために、そこまでしていただけるとは思ってもみなかったので」

ミルキットの自にももう慣れた。

フラムの使命は、その言葉の端をとらえて、重箱の隅をつつくようにお小言を言うことじゃない。

に自信を持たせて、そういう言葉を自然と使わなくすることだ。

「ご主人様は、私に獨り立ちしてしいのでしょうか」

「そこまでは考えてないよ、さすがに皮算用だし」

「ですが、もしご主人様に與えられた知識や経験のおかげで、1人で生きていく力をに著けたとしたら――」

その聲はどこか不安げだった。

の気持ちを理解し、フラムは自嘲する。

「心配しなくても、まだ私だって1人じゃ生きていく自信は無いから」

「……そんなことを言ってましたね」

「信用できない?」

「信用というのがどんななのかわかりません。ですが私は、できるだけご主人様と長くいっしょに居られたら、と思っています」

ミルキットのその言葉に、フラムは思わずにへらと笑う。

「へへ、それが信用ってやつなんじゃない? 信用してるから、その人と一緒に居たいって思えるんだと思うよ」

「これが、信用……」

の在り処を探り、形を確かめるように、ミルキットはに手を當てた。

フラムと話していると、時折がきゅっと締め付けられる。

渦巻く、心地よく締め付けるようなその覚の名前を“信用”と呼ぶのだと知っただけで、裏切りや、喪失に対する不安が消えたわけじゃない。

けれど、しだけ気持ちは軽くなった。

フラムはその後も本を選び、ミルキットに教えるのにちょうど良さそうな子供向けの參考書を見繕うと、それを購した。

本というのは、そう安いものではない。

の雰囲気は厳かで、客層もなりの良い人間ばかりである。

カウンターで値段を聞いた時、ミルキットは「えっ」と戸っていたが、フラムは彼に抗議をさせまいと、素早く代金を支払うのだった。

◇◇◇

その後、勉強に必要になる筆記用や夕食を購した2人は、両手に荷を抱えることとなった。

さすがにこうなると手は繋げない。

幸い、西區に近づくと人通りは中央區ほどではなくなるし、はぐれる心配はなさそうだ。

「たくさんお金を使わせてしまいました……私なんかのために」

帰路についたミルキットはどこか暗い。

主以上に自分に対してお金を使わせてしまったことを、後ろめたく思っているようである。

「じゃあこう考えよう。ミルキットの幸せは私の幸せ、ってね」

「よくわかりません」

「私の力で誰かが幸せになってるって思うと、私も幸せになれるの。そういうこと」

「……やはり、よくわかりません」

今までの人生で経験したことのない、“好意による他者からの施し”に、戸うことしかできない。

以前の主人も、時にミルキットに優しくすることはあった。

だが往々にして、それは“前フリ”なのである。

喜ばせ、浮かれさせておいて、突き落とす。

それは単純な暴力や罵倒よりもずっと辛い、げられるために買われた奴隷たちが、最も恐れる拷問であった。

その結果として、自ら命を斷つ奴隷もなくはない。

ナイフで首を突き刺したり、タオルで首を締めたり、狂しつつ壁に頭を打ち付けてみたり――主たちは、その様を見てゲラゲラと笑う。

曰く、奴隷は無様な死の瞬間にこそ最も輝きを放つのだと。

ミルキットは何度もそれを味わううちに、何をされても喜ばないようにがセーブをかけるようになってしまった。

自己防衛のための手段である。

だが――おそらく、フラムは裏切らない。

ミルキットはそれを理解しつつあるからこそ、戸っているのだ。

突き落とすためではなく、ただ彼を幸せにしたいと願うからこそ與えられるに、品に、どう報いるべきなのかの報が脳に一切インストールされていない。

「ま、しずつ慣れてけばいいよ、そしたらわかるようになると思うから」

「私が慣れるまで、待っていただけるんですか?」

「そんなの當然じゃない」

向けられる満面の笑みに、またが締め付けられた。

けれど“待たせたくない”、そう焦ってしまう理由にこそ答えがあるのだと、まだミルキットは気づいていなかった。

がそれに気づくのは、もっと後になってからのことである。

「待てっ、待ってくれ、それは大事ななんだぁっ!」

中年男の必死な聲が聞こえる。

かと思うと、フラムとミルキットの両脇を掠めるように、2人の男が全力疾走していった。

「うわっと。なにごと?」

男たちの後ろ姿には見覚えがある。

ギルドの紹介所で飲んだくれていた、デイン一派の冒険者ではなかったか。

「ご主人様、彼らが持っているカバン――やけに高級品ではありませんか?」

「確かに、西區のゴロツキが持てるじゃないよねえ。ちょっくら行ってくるかな。ミルキット、荷見といて」

「はい、わかりましたっ」

フラムはその場に両手に抱えていた荷を置き、姿勢を低くすると、地面を蹴って男たちの追跡を開始した。

走りながら、腰にぶら下げていた篭手を両腕に裝著する。

敏捷を上げる効果はないが、念のために筋力を上げておいて損は無いはずだ。

男2人は、その速度からしてDランク冒険者と言った所だろう。

その程度では、魂喰いで底上げされたフラムからは逃げられない。

「くそっ、こいつ例の奴隷かっ!」

男は後ろを振り向いて言った。

直後、2人揃って逃げ切ることを諦めたのだろう、二手に別れて逃亡を始めた。

――片方は諦めるしかないかな。

フラムはカバンを持っている方の男を追いかける。

別れて數秒後には彼を追い抜き、前に回り込んで拳を構えた。

相手は短剣を抜いて応戦――かと思いきや、

「ファイアボール!」

魔法を発し、火球を放ってきた。

低位の魔法だ、威力も大したことなければ速度も遅い。

フラムはを傾けゆうゆうと回避する。

すると男はそこに急接近してくる、さきほどの魔法は囮のつもりだったのだろう。

だが、フラムにはまだまだ余裕がある。

放たれた短剣による刺突は、やけに緩慢なきに見えていた。

エンチャントの効果に心しつつ、男の手首を摑むと、強く握りしめる。

ゴリッ、と鈍いがガントレット越しに伝わってきた。

「あぎゃぁああああっ!」

男はぶと、手から短剣を落とし崩れ落ちる。

手首はあらぬ方向に曲がっていた、骨が折れてしまったのだろう。

フラムが思っていた以上に、筋力増加の効果は大きいようだ。

「あっ、ああぁ、痛いぃっ……助けてくれぇ……!」

「同の余地無し、ね」

苦しそうに悶える男を一瞥すると、フラムはカバンを取り戻す。

そして、持ち主の元へと戻ろうとした。

するともう1人の男が逃げた方からも、「ぐぇっ!」とが潰れたような聲が聞こえてくる。

「……誰かが取り押さえてくれたの?」

先程までは、フラムが1人で追跡していたはずなのだが。

立ち止まり、聲のした方をじっと見ていると、向こうから男の首っこを摑み、ずるずると引きずる誰かが近づいてくる。

10歳ほどの小さなの子だ。

ぼさっとした金の髪に、白いローブ、そして背負った大きめのメイス。

長が小さく、が丸みを帯びていることもあって、まるでおもちゃのような印象を覚える。

しかし、先程の男の聲は、あの鈍で毆打された時に出たものだ。

紛れもなく、威力は本なのだろう。

「オリジン教の修道……」

王都であのような格好をしているは、それ以外に居ない。

フラムと旅を共にしたマリアも似たようなコスチュームだったし、そういえば弾戦も意外とこなしていた記憶がある。

オリジン教の修道といえば、回復魔法で人々を癒す優しいのイメージだが、案外、魔を滅するための戦闘も教えているのかもしれない。

「んん? そっちはあなたが敗してくれたんすね、ありがとうございますっす!」

タレ目で、どこかぼーっとした、田舎っぽい顔つきをしたは――変な口調で禮を告げると、勢い良く髪を振りしながら頭を下げ、同じぐらいの勢いで元の姿勢に戻る。

そして「んっへへ」と歯を見せて無邪気に笑うのだった。

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